破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「無事だったのか……!」
「ああ――」
カーシャは息を吐いて、地面に座り込む。
「お、おい!?」
あわてて駆け寄ろうとするグシオへ、
「そう驚くな、ちょっとばかり疲れただけだ」
カーシャは片手を上げて苦笑した。
「本当か?」
「ああ。そういうお前こそ、傷を負っているではないか」
カーシャは、その水色に輝く瞳でグシオを見た。
「こっちのほうこそ、大したことないさ」
「兜を砕かれるほどなのに、か?」
指摘通り。
グシオがいつもかぶっている黒い兜は、ない。
砕けた残骸が、地面に転がるのみ。
「ああ。兜は壊れたけど、おかげで頭のほうは無事だ」
額から流れる一筋の血。
グシオはそれをぬぐって、また苦笑する。
「……そうか」
カーシャはほう、と息を吐く。
「ところで……。いったい何があったんだ? 外に転がってるモンスターの死体は……」
「ひと口では言えぬ」
疑問の言葉。
それにカーシャは、ゆっくりと首を振るだけ。
「少しずつでもいい。何があったのか知りたいんだ。もしかすると、他にも敵が」
「グシオ」
カーシャはいきなり立ち上がって、グシオに歩み寄った。
そして。
銀色の筒を、ゆっくりと突き出す。
「え?」
「使え。ハイレベルの治癒魔法が封印されている」
「いや、ちょっと……」
「傷を負っているのだろう?」
「ああ。いや、大丈夫だ。俺は……」
「何かあれば最前線で戦う身だろう。ならば、可能な限り体力は温存するべきだ。傷も癒すべきだぞ」
カーシャは――
グシオの返事を聞かずに、魔法の筒を操作する。
向けられた筒の先端。
そこから、粒子状の光が流れ出す。
魔力の光はグシオの体を包み、
「これは……!」
グシオを目を見開いて、自分の手を見た。
戦いで受けた傷。
ドラグーンを長時間飛ばしてきた疲労。
それらがすべて消え去っている。
むしろ。
気力も体力も、最高のモノとなっている。
それを実感できた。
「知り合いに、腕の良いヒーラーがいてな。もしもの時に備えて、魔法を封じさせてもらった」
腕の良いヒーラー。
当然、それはバッキーのことである。
「もう、天才だろ。そのヒーラー……」
グシオは、半ば呆然として言った。
「まあ、そうだな」
カーシャは息を吐く。
それから、
「時に。まさか、お前ひとりで追ってきたのか?」
「ん。ああ……。急いでたから」
その返事に、カーシャはまた息を吐く。
「では、女騎士や姫君たちは置いてけぼりか。困ったことだな。いや、私が言うべきではないのだが……」
「だから――早く、戻らないと」
グシオはそう言って、カーシャに手を差し出す。
「……そうか」
カーシャはそっと握り返す。
自然。
黒い瞳と、水色の瞳が交差した。
「え、ええと……。早く出ようか、ここはまだ危険が」
「グシオ」
「え? え……」
カーシャの額。
それが、グシオに胸に押し付けられる。
「私は、言ったな。お前のもとを決して離れぬと。私は、お前の女だと」
「あ、ああ」
グシオは一瞬、喉を鳴らしてしまう。
確かに覚えていた。
ただ。
あまり深く考えないようにもしていたのだが。
「あれは嘘だ」
「え?」
一瞬、意味がまったくわからなかった。
と。
グシオの体が宙に浮く。
カーシャに抱きかかえられたのだ。
いわゆる、『お姫様だっこ』の状態である。
立場が男女逆だが。
「お前が留守の間、仲間はどうしているのかな」
「どういう意味だ……?」
グシオは、カーシャの顔を凝視する。
嫌な感覚が、背中を這い上っていった。
カーシャの顔が間近にある。
女神のように美しい美貌。
それが、ひどく残酷でおぞましいものに見えた。
「少なくとも、王妃様はもはや今までどおりの立場にいまいよ。放逐か、幽閉か。それとも、ワインでも贈られたかな?」
「だから、どういう……!」
叫びかけたグシオ。
その唇へ、白く美しい指が添えられた。
「ああ。わかりにくいか? ワインを贈る。つまりワインに毒を入れて飲んでいただくという意味だ。つまり、遠回しに自害しろと言っているわけだ」
「……!?」
「いずれにしろ、お前たちはこの国での大きな後ろ盾を失うことになる。いや? 今頃ことは完了しているだろうなあ」
一瞬。
グシオの思考はフリーズした。
次に浮かんだのは、血だまりに崩れる王妃――
オルマの実母だった。
「お前……!」
反射的に、グシオは跳ね起きた。
跳ね起きようとした。
……のだが。
「がっ!?」
グシオは、地面に抑えつけられていた。
どこをどうされたのか。
何をどうされたのか。
まったくわからないまま――
「今さら焦っても遅い。すでに『悪は
いや?
悪だと断言できるかは、微妙かもしれぬな?
グシオを抑え込みながら、カーシャは自問するように言った。
「何で……?!」
「なぜ? そうだな、お前には知る権利があろう。ある意味では、お前も犠牲者だ」
カーシャはグシオの頬を優しく撫でる。
「王妃様はなあ……。現在の正当な嫡子である王太子殿下を排して、お前をシーマの玉座にすえようとしていたのだよ」
「な……!?」
寝耳に水。
まさに、それだった。
「知らなかったか? いや、遠回しにアプローチされていたかもしれないが、まあ気づかなかったかもしれない。お前は妙なところで鈍いからな。愚鈍とも言える。王族としてやっていけるタイプではない」
「くっ……。そんなもの――」
「権力に興味など、ないか。それも良かろう。つまらぬ野心を起こすより、どこかで隠棲するほうがお前の好みかもな」
カーシャは言った。
グシオに息がかかるほど、顔を近づけながら。
容姿に似合わない、血のような口臭。
それが異様な感覚と興奮を若い肉体にもたらす。
「だが、王妃様は本気だった。ゆえに、排斥されたのだよ。自業自得だな、国の簒奪を企てたのだから……」
「お前は、何なんだ。目的は何だ!?」
叫び、反射的に殴りかかろうとしたグシオ。
しかし――
それは白い手のひらにあっさり受け止められた。
「お前のような男が、女の顔を殴るのか? それほどまでに余裕がないのか?」
カーシャは、そっとグシオから離れ、
「やれやれ」
芝居がかった仕草で首を振る。
「私はな、保険だよ――」
「保険……?」
グシオはゆっくり後退しながら、言った。
カーシャの美しい顔を睨みながら。
「ああ。王妃を排除する際に、お前たちがとち狂った行動をした時のな」
つまり。
お前が暴れた時に、止めるためだよ。
いや?
殺すためか。
そう言いながら、カーシャはゆっくりと手を広げてみせた。