破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
――ああ、そういえば……。
と。
カーシャは思い返す。
やって来たダンジョンを引きかえしながら。
「好きなのは、色々というか。全部? かも。あ、ちょっと大げさかな? そんなことないかな」
そんなことを言っていたのは、アヴァータス・タリワ・ジャービック
通称はアヴィー。
国で最高の実力者とされる女騎士。
パーティーの全体の指揮は彼女がやっていた。
――確かに、采配は見事だったわねえ。確か……。
故郷では、士官学校を首席で卒業したらしい。
――天才肌というやつかもしれない、か。
剣術も魔導も、主席にふさわしいもの。
加えて――
天賦の才と言える指揮能力。
戦術レベルでは天才。
――まあ、戦略面ではどうか知らないけどね。
ある種の天才によくあることで……。
突出した才能の分、他が著しく欠けている。
かなり高位の貴族出身らしいのに、
――特に、貴族に必要な政治的なセンスがまるでない……。
さらに――
恋愛面でも、その歪さがよく表れていた。
――よく言えば一途とも言えるのかしら? さて、あの女は……。
故郷に帰る。
そういうことになっているらしい。
「ま、逃げた英雄……今はただの
善意でそれをやりかねねえ。
ゴトクはそう言って、嘆息した。
「ねえ――」
「ん……?」
「少しだけ、気になっていたことがあるのよ」
「何が?」
「色々調べてもらったけどね? 英雄グシオの軌跡というか活躍は、どうも不自然だし異常だわ。特にドラグーン関連はね。あんなものを比較的初期から所有して、整備員までいる。どうやって段取りをつけたのかしら?」
「……ふむ」
ゴトクは腕組みをした。
「そこのところを聞きたいよ、天使さん」
言いながら――
カーシャは斜め後ろを振り向いた。
いつの間にか……。
銀髪の美しい少女が道に立っていた。
オルマ・ボログ。
それとも、オルマ・シーマ姫殿下と称されるべきなのか。
「カーシャ、あなたは――」
銀色の美少女は、剣呑な視線をカーシャに向けている。
「スパイ、だったんですね」
「そうよ。今さらゴチャゴチャ言うとはドンくさい。大した知性を持ってないわねえ」
「……!!」
オルマはキッとカーシャを睨んだ。
鋭い視線がより鋭くなる。
「あなたは、グシオさんを、みんなを騙して嘲笑っていたんですか……。バカなヤツだと」
「え。そうだけど? まあ、お仕事でもあったわね。まあまあ楽しかったわよ、アホな女騎士の演技も。というか、もっと怪しまれると考えたけど。予想を超えて信用されたから驚いたわ。あんな都合の良い展開を」
「……罠だったんですか」
「というよりは、監視よ。あなたたちが王妃様と同調して動いた場合即座に……」
ヒュッ、と。
カーシャは喉を搔き切るジェスチャーをしてみせた。
「こうするためにねえ」
「――」
オルマの目が、大きく見開かれる。
そして、
「よしな」
「!?」
オルマが、杖をつかむ腕。
ゴトクはそれをつかんでいた。
「それをすれば、お前さんは一瞬でミンチになるぜ」
「あなたは……」
「一応は旅の商人。で、こちらの仲間とも言えるが……」
「放してください」
「……」
「つまらないことはしません。表面上であっても、仲間だったひとですから」
「そうかね」
冷たい少女の声。
ゴトクは気にする様子もなく、言葉に応じた。
「グシオさんは――」
オルマは言いかけたが、
「知らない。知っても言わない」
質問を聞く前に、カーシャは即答した。
「やっぱり、生きているんですね」
「死んでたほうが良かった?」
「――冗談でも、やめてほしいですね」
オルマは敵意を隠すことなく、カーシャを見る。
「そう目を怒らせては、可愛らしいお顔が台無しですよ姫殿下」
「違います」
銀の少女は表情を見せずに返答をする。
「ちがう?」
「グシオさんがいないのなら、そんな身分、何の意味もありませんから」
「ああ、そう」
氷のような声。
だが。
カーシャは、ただ肩をすくめただけ――
「教えてくれないのなら、もういいです」
オルマは背を向けようとするが、
「それだけ?」
カーシャの声。
無視するオルマ。
「あなたこそ何者か、おたずねしたいところですわね天使さん」
「関係ありません。あなたには」
取り付く島もない。
オルマの態度はまさにそれだった。
「そうね。関係ないわね」
一方で――
カーシャのほうも、気にしてはいない。
「……」
ゴトクは、無言でふたりのやり取りを見ていた。
やがて。
オルマが姿を消した後、
「まあ苦労を全部台無しにされた。その恨みはあるんだろうなあ……」
ゴトクはため息を吐き、頭を掻いた。
「やはり」
「ああ。大英雄・黒炎のグシオ、その活躍にはあの子の助けがかなり入ってたようだな。それもだいぶ初期、下手すれば最初から」
「それほど魅力的だったのかしらね、彼。ああ、そうねえ。笑顔は無邪気で、戦闘の活躍とはギャップが激しかったかしら」
「惚れたかね、お前さんも」
「そこまでの純情さは残っていない」
カーシャの返事。
そこには――
今までとは違い、どこか虚しさ……虚無があった。
もはや。
身を焦がすほどに恋をすることもない。
身を溶かすほどに誰を愛することもない。
そんな確信が、カーシャの中にあった。
多分、それは正しいのだ。
「……こいつは、俺の当て推量なんだが」
ゴトクはまた頭を掻き、空を見上げる。
カーシャの虚無を見ないふりをして。
「あの娘っこは、多分英雄グシオと同じかもしれねえな」
「同じとは?」
表情を戻し、カーシャはたずねた。
いつも通りの、淡々とした声で。
「遠い未来の知識と経験を得た。いや、
「ふうん」
カーシャはどうでも良さそうにつぶやくが、
「感覚としては、不幸な未来を変える手助けをする。いや……」
今度こそ、自分の恋を成就させる。
本人の感覚としては、そんなところだったのかしら。
微妙な表情を浮かべて、そう言った。
「言ったように、当て推量だがね」
「健気というのか、それともエゴイストというのか」
「さてな。どっちもだろ。ただ、どう転んでも不幸な結末になった気がするよ」
「そうね。そうでしょうね。恋する乙女は強いけれど、その分」
いえ。
どうでもよくなるらしいから。
カーシャは謡うように言って、ゴトクと同じく空を見上げた。
空はどこまでも青く……。
広かった。