破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「なんだ、こりゃあ!?」
ガジカが叫び、跳んだ。
低い天井に張り付き、睨む。
赤い。
とにかく、全身が紅い。
ただ――
胴体、その背部が白い。
まるでロウソクみたいな真っ白だ。
ギョロリ、と。
妙に透き通った赤い瞳が動く。
キョトキョトと、あわただしく周辺を見まわしていた。
「何なのよ、これ……!」
バッキーは魔力の障壁で身を守りつつ、一歩後退した。
赤い、巨大なサソリ。
それが部屋の中で狭苦しそうに動く。
実際……。
サソリの巨体からすれば、部屋は動くのさえ困難だろう。
赤い体。
それは、人間……より正確には、女の体で構成されている。
若く美しく、瑞々しい体が無数に寄り集まり、形を成しているのだ。
そして、サソリの背部にあるもの。
巨大な女の顔だった。
美しい。
赤い瞳。
潤んだ唇。
白い歯。
なめらかでつややかな肌。
――予想外、どころじゃないよ!
女の欲求。欲望。
虚栄。
驕慢。
強欲。
そういったものが凝り固まったようなもの。
「ちょいとミズ!? こいつはノツゴじゃねえよ!? 何なわけ!?」
「そんなこと聞かれても……!!」
バッキーは、ガジカに焦った声で返す。
しゅう。
しゅう。
しゅう。
不気味な呼気音をあげて、ハサミを振るう怪物。
同じサソリ型だが、性質はまるで異なる。
巨大な顔。
ぬるり。
赤い唇から、なお赤い舌が這い出る。
――うわ……!
ゾッと、耐え難い不快感がバッキーの背中を走った。
「気持ち悪いんだよ、この虫けら!!」
ガジカは両手で印を組み、魔法を構築――放った。
無数の髑髏。
青い燐光に包まれた髑髏たちが、怪物に襲いかかる。
サソリ型の赤い体にぶつかり、あるいは喰いついていった。
動きが鈍る。
「潰れてしまえ……!」
バッキーは杖の先に、圧縮した魔力を宿した。
そして――
魔力で編まれた巨大な四角形を怪物に叩きつける。
壁と魔力に挟まれ、怪物の赤い体はトマトのように潰れていく。
バッキーが魔力の四角形を消した後――
ほぼ半壊した大サソリの体が、肉片と体液と一緒に横たわる。
「やった……!?」
バッキーが一瞬ホッとすると、
「油断するな、ヒーラーさん! まだ動いてるよ、そいつ」
「!?」
バッキーが飛びのくと同時に、
「燃えてしまえ!」
ガジカは空中から燐火の矢をいくつも放つ。
それが直撃すると、怪物の肉片はジワジワと燃えだした。
ただ。
燃える速度も勢いも、弱い。
「ちっ……! しつっこいね!」
バッキーのそばに着地しながら、ガジカは歯噛みをした。
「……今気づいたけど、これ使い魔に近いですね?」
バッキーは息をついてから、そんな意見を述べた。
「魔力で生み出された。そういう感じ。とすれば、本体の魔導士がいるはずだけど……」
「いないんじゃないかね、多分もう死んでるよ」
ガジカは赤い怪物を見ながら言った。
「死んでる?」
「こいつはわけのわからん呪いの副産物さ。生み出したヤツの妄執が死んだ後も形になって、こんなものになって残ってる。未練がましいったらないよ」
「そんなことが……」
「わかるんだよ、あたしは
「ああ、なるほど……」
妄執。
バッキーはほう、と息を吐いた。
さっき感じたものは、同やら勘違いではなかったらしい。
誰かの欲望。
誰かの執着。
それが、こんな醜悪な形となって残っている。
――ああ、
いつか自分も――
そんなネガティブ思考が、バッキーの脳裏をよぎる。
――ダメだ、ダメだ。
嫌な
と。
眼前の魔性に、変化が起こった。
ギョトギョト、とそんな感じか。
サソリの胴体から浮かび上がる女の顔。
その赤い瞳が、濁った視線を周辺に向ける。
――見られている……!?
一瞬ゾッとするバッキーだが、そうではなかった。
ボウ、と静かな音がした。
棚に並べられた胎児の骸。
そこから、白い
「気をつけな! 何かする気だ!」
ガジカはふわっと、バッキーのそばに駆け寄る。
白い靄。
それはやがて、濁り固まって蠢き出した。
青白い胎児。
それがいくつも、いくつも床を這っている。
――ひ。
バッキーは、青ざめた。
白くブヨブヨしたサソリの頭部に、胎児の顔が――
何も見えないはずの目が開く。
真っ黒。
――ノツゴ!?
ノツゴ。
サソリの体を持つ胎児たちは、赤いサソリの元に集まっていく。
いや。
引き寄せられていくのだ。
――何をする気だ。
不快な予感。
バッキーは反射的に杖を握りしめ、魔力を集中させる。
ぐちゃり。
めきり。
ばき、ばき、ばき。
「……!?」
「こいつ!!」
ふたりの女は、総毛だった。
喰っている。
赤いサソリは、ノツゴたちを喰い始めたのだ。
ハサミでつかみ、女の口へと放り投げる。
その度に――
砕けて、潰れた赤い体が再生していく。
瞬間――
バッキーは理解した。
ノツゴは餌だ。
この赤いサソリが永らえるための。
「ガジカ、さん」
バッキーは静かに
「魔力供給をします。フルでさっきの『火』を使ってください」
「ああ……」
ガジカも、静かにうなずいた。
――燃えろ。
焼けて朽ちていく魔性を見て、バッキーは思う。
――燃えろ。消えてしまえ。灰になって、二度と戻って来るな。
・ ・ ・
「不老長生の魔法?」
バッキーは思わず、大きな声を出した。
「ええ」
手ずからお茶を用意して、ジャコーはため息をついた。
「全体的な美容も兼ねていたらしい」
何十年も前――
あの村に屋敷を構えていた魔導士。
女が研究していたものよ。
美しい貴婦人は、わずかに表情を曇らせていた。
「その女は、人工子宮についても色々やってたそうでね」
「子宮?」
「専門家ではないから、何とも言えないけど。要は体外で、子どもを作る技術ね。自分の体に負担も時間もかけることなくね」
「それは」
「そこで生み出されるのはホムンクルスでもゴーレムでもない。過程は違っても、まぎれもない赤ん坊。自分の子ども」
「で、でも、なんであんな」
「予備パーツ、らしいわ」
「ぱ、パーツ?」
「老いて衰えていく自分の体を補い、新しく若く保つパーツね。自分の複製を作るのには限界があるけど、自分の子どもなら――」
「そんな……」
「記録では、違法な魔法の研究で女は処刑された。でも、その残骸が人知れずに残っていたのね。当時の杜撰な後始末が今になって、というわけ」
厭な話だ。
バッキーは、お茶を飲みながらうつむく。
若くいたい。
いつまでも生きたい。
美しくありたい。
切実だが、エゴイズムの塊。
そんな女の欲望が、今日まで人知れず永らえていたのか。
哀れな胎児たちを貪って――
――私の欲も、あんな風に残らないと良いけど……。
自身の欲を思い返し、バッキーは大きくため息をつく。
お茶の湯気が、ノツゴの姿に重なって見えた。
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サポーター様用短編のネタを探し中なので
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