破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「反動だな――」
ゴトクは言って、肩を落とした。
『高速トンネル』を抜けて、ヤオアムトへの帰還。
ちょうど――
トンネルを出て、すぐのこと。
「反動?」
カーシャは首をかしげた。
「ナーロッパのほうへ行く時、『石ころの呪い』を喰らっただろ?」
『石ころの呪い』
受けた者の存在感をどんどん薄くしてしまう。
そして。
最終的には誰にも認識されなくなる。
極めて悪質な呪いだった。
「ああ。そうだったかしら」
「それまで薄くなっていたものが、今度は逆流してあんたの本質を垂れ流しにしている」
ゴトクは首を振った。
「? よくわからないわね」
自分の手を見ながら、カーシャは首をかしげた。
「だったらよけいに始末に負えんね。近づくだけで人死にが出そうな邪気というのか、瘴気というのか。そういうもんがドバドバ出てる。虫も獣も、敏感なヤツは周辺から逃げ出してるぜ」
「……それで、あなたはそんなに距離を取っていると?」
カーシャは言った。
確かに――
ゴトクは、カーシャから10メートル以上離れている。
「ともかくだ。そのまま、垂れ流しってのはよろしくない――」
金髪のエルフは嘆息すると、何か紐のついたものを取り出し、
「とりあえず、それでもつけといてくれ。どっちの目でもいいから。それで当座は何とかなる。」
カーシャに向かって投げた。
「ふーん?」
カーシャはキャッチしたものは、眼帯。
よく見ると、裏にビッシリと呪文が刻まれている。
「たちの悪いドラゴンなんかを封じるためのもんだ。虎の子、最後の最後に使う切り札なんだが、まさかこんなことに使うとはな……」
・ ・ ・
「まあ、そういうことよ」
「はー……。何か機嫌悪そうに見えたけど。違ったのか」
説明されたマコネは、ため息をつく。
「別にそれはフツーよ。ゴトクの言うことがホントなら、呪いの反動なんでしょう」
カーシャは青い髪を掻き上げてから、
「時に、少し仕事を頼みたいのだけど」
「やれることなら、やるぜ」
「**の街へ行って、ウシロ・ミーガとその周辺について調べてほしいの」
そう言って――
カーシャは高額紙幣を束ねたものを投げる。
「あいよ。けど、裏の裏まで行ったら、ゴトクのほうが得意かもだぜ?」
受け取りながらマコネが言うと、
「彼には、
「はあ、厄介なもんだなあ?」
「正直どうでもいいといえば、いいのだけど……。無意味に騒ぎが起こっても鬱陶しいから」
「なるほどねえ。よし、わかった。仕事は、早いほうがいいんだろ?」
「そうね」
「じゃ、今から行ってくる。
うなずくと――
マコネはひょいっと、窓から外へ飛び出していった。
場所は二階の部屋なのだが……。
彼女には関係のないことだった。
「……ふむ」
ひとりになった後。
カーシャはお茶を淹れてから、首をかしげた。
――まあ、なんとなく察するところはあったけど。一応裏を取っておかないとねえ。
そう考えてから、
「ぷっ」
失笑した。
――別に、どうだっていいこと。なのに、つまらない興味を引かれているなんて。バカみたいね。もっと有効な時間やお金の使い方もあるだろうに、我ながら……。
カーシャは、お茶をひと口飲んで天井を見上げた。
ウシロ・ミーガ。
線の細い、どこか陰のある少年。
顔立ちは整っている。
少し控えめだが、礼儀も知っている。
貴族の作法もすぐ飲み込むだろう。
――しかし、妙なものを預かることになった……。
まあ。
カーシャが面倒を見ることは、ほぼないだろう。
では、誰が。
マコネはさっき出かけていった。
バッキーは、
――まあ、メイドみたいなことは無理ね。時々、子どもの世話はしているようだけど……。
バッキー。
彼女はマコネと共に、幼い冒険者たちの指導をしている。
簡単な武器の使い方。
罠の作り方。
うまく逃げる方法。
薬草・毒草の見分け方。
あくまで、指導。
食事や金銭を与えているわけではない。
――あの子には、そうもいかないのか。
カーシャは、ウシロの顔を思い出す。
そして――
薄く笑った。
・ ・ ・
祖父が亡くなったのは、だいたい一年前だった。
元気そうだったけど、心臓が悪くなっていたらしい。
ある日いきなり倒れて、それっきりだ。
ドタバタと葬儀はすまされた。
自分では、ほとんど何もできなかった気がする。
近所のヒトが、色々手伝ってくれたので、何とかなった。
その時だ。
親族だという貴族が来たのは。
形ばかりのあいさつをした後、
「まあ、こうなってしまっては……」
ひどく困った顔をしていた。
話を要約するに――
祖父は一応貴族の家柄であり、親族とほぼ付き合いをしていなかったらしい。
そうだろう。
子どもの頃から時々違和感をおぼえたけど、自分が貴族の血筋なんて考えたこともなかった。
ただ、魔法はけっこう得意だったから、振り返ってみれば思い当たることはある。
貴族は血統的に魔法や魔力に優れたヒトが多いのだ。
それから、使いだというヒトが時々お金を届けに来た。
「何かあればこちらに……」
紹介状みたいなものも。
ラージ・トーザ侯爵。
トーザといえば、僕でも名前を知ってる大貴族だ。
親族だという貴族は、僕の扱いに困っているらしい。
使いのヒトの反応からして、それを直感した。
これからはひとりで生きていくのか。
そんなことを考えながら、ぼんやりとしていた。
でも、そうはならなかった。
いきなり訪ねてきたヒトがいたのだ。
「ウシロくん!」
そう言って僕を抱きしめたのは、当然いつもの使いではない。
バイヤ・ムガン・ギネーカ。
バイヤさん。
よく出入りしていた商家のヒトだ。
幼い頃からお世話になっていた。
母のような――
いや、母よりもずっとずっと。
そういう大事なヒトだった。
祖父が死んであわただしかった時も、忘れてはいない。
その後、僕はバイヤさんに引き取られた。
使いのヒトとも、バイヤさんは真っ向から交渉をしていた。
親族だという貴族も、それでもう関わってはこなかった。
僕のことは持て余していたのだろう。
それから――
僕はバイヤさんのうちで暮らすことになった。
とても幸せだった。
ずっと、こんな日が続くのだと思った。
「愚か者」
青い鬼が言った。
冷たく、蔑んだ水色の隻眼が僕を見ている。
「自己陶酔もいいかげんにしろ」
「自分を美化するのもいいかげんにしろ」
それは。
でも。
「執着するは愚かなり」
そして、ウシロ・ミーガは悪夢から目覚めた。