破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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その118、マヒトツノオニ-5 バッキーは腹を立てる

 

 

 バッキーは、自分の金庫を開いていた。

 屋敷内の住人は、ボロンをのぞいて全員それぞれの金庫を持っている。

 こんな場所に入る泥棒はいない。

 お互いに盗む心配はない。

 しかし――

 

「まあ、一種のけじめ? だな」

 

 マコネはそう言っていた。

 生活費は基本全てカーシャが出している。

 もっとも。

 彼女がクエストで受け取る額からすれば微々たるものだろう

 

 また。

 金庫の中身も、驚くほどのものではない。

 大金は、ギルドの口座に分散して預けてある。

 

 バッキーの場合――

 金庫は、半分貯金箱として使っていた。

 

 その金庫から、数十枚の高額紙幣を取り出す

 日本円で言えば、数十万円か。

 大金だ。

 ただ。

 それを簡単に扱って、あるいは稼げるだけの能力と実績を、バッキーは持っている。

 

 とにかく――

 バッキーは苛ついて腹立たしかった。

 理由はよくわからない。

 

 あの時。

 ボロンが写し出してしまった『濡れ場』を見た時。

 ウシロは痙攣をして、うずまくり――

 吐いた。

 凄まじい勢いで。

 

 強い精神的ショック。

 それに間違いはなかった。

 これで、バッキーは何となくだが状況を理解した。

 

 ウシロは逃げることも、耳をふさぐこともできず。

 ただ震えて、吐いていた。

 

「やめなさい!!!」

 

 バッキーは、思わずボロンを張り倒していた。

 自分でも驚くほどに暴力的な衝動。

 

 ボロンは、

 

「ふぎゃあっ」

 

 猫みたいな悲鳴を上げてすっ転んだ。

 

「……あのう、わたくし、何かよからぬことをしてしまいましたですかね?」

 

「やったよ、思いっきり……」

 

 その間も、ウシロは吐き続けた。

 胃の中のもの……。

 水も含めて全て吐き出すのではないか?

 というほどに。

 

 涙と鼻水。

 よだれ。

 汗。

 それに、吐瀉物。

 とにかく出せるものを全て吐き出してうめく少年。

 

 そんな醜態をさらす少年の姿。

 バッキーは無性に腹が立った。

 介抱をしてやる気にするならならなかった。

 

 普段の彼女らしからぬ冷淡さ。

 いや。

 そうではなく、とにかく腹が立ったのだ。

 

 ようやく落ち着いたところで、洗浄魔法を使い色々綺麗にしてから――

 バッキーは今現金の準備をしていた。

 

 

 ・  ・  ・

 

 

「――で」

 

 カーシャは面白そうにバッキーを見て、

 

「へどを吐いて苦しんでいた男の子を、サキュバス街に放り込んできたと。あなたらしからぬ行動だったわねえ」

 

「……軽率すぎました」

 

 バッキーは、今さら自分の行動に頭を抱えていた。

 

「ひとから預かってる子なのに。いや、自分の身内だってこんなのは……」

 

「まあ、いいでしょう。良いか悪いは別として、面白くはあるもの」

 

 カーシャは笑って立ち上がり、

 

「そっちの代金は、私が払うことにしましょう」

 

 札束をバッキーの手のひらへ乗せた。

 

「だいぶ多いですけど……」

 

「いいのよ。あって困るものじゃないわ」

 

「そうですね……。ありがとうございます」

 

 付き合いも多少長いので――

 バッキーは素直に受け取った。

 

「だけど、あの子は……」

 

「まあ、察するというか邪推すれば?」

 

 カーシャは自分の青い髪を撫でつつ、

 

「自分を引き取ってくれた女と、()()()()()()になったのでしょうね」

 

「あああ……」

 

 やっぱり、と。

 バッキーはため息を吐く。

 

「でも、その……」

 

「そうねえ。飽きたのか、それともうまく口説かれたのか。どっちにしろ、女は新しい男になびいたと」

 

「取られちゃったんですね」

 

「はっ」

 

 バッキーのつぶやきを、カーシャは鼻で笑う。

 

「オモチャが持ち主に捨てられたというのが正確じゃないかしら」

 

「えげつない」

 

「あの子を観察するに、自分からうまく取り入って口説くなんてタイプではない。向こうから誘われてズルズルと……でしょうね」

 

「なんて……」

 

 グロテスクな話だ。

 と。

 バッキーの不快感はより強まっていく。

 

 男女を逆転して考えてみるがいい。

 幼い頃から知っている、父親ほどの年が離れた男。

 それがどんなに、イケオジであろうが善人であろうが……。

 

 年端もない少女と関係を結び――

 しまいには、どんな理由にしろ他の女に耽溺する――

 

「犯罪だ……」

 

「ん?」

 

「い、いえ。独り言です……」

 

 そうは言ったものの――

 

 バッキーは今すぐその女を殴りつけたい気分になった。

 そして。

 同時に。

 あの少年に対して、余計に腹が立ってきた。

 

 

 ・  ・  ・

 

 

 小さな部屋だった。

 薄っすらと花の香りがして、空気が良い。

 わずかに開いた窓から、心地良い風が入ってくる。

 

 それでも――

 僕は何もしたくなかった。

 花の香りも、風もひたすらに鬱陶しかった。

 

 ほっておいてくれ。

 触らないでくれ。

 

 気配がこっちまで伝わってくる。

 いや、小さな音だった。

 

 サキュバス街の店。

 僕はこの部屋に放り出され、うずくまっている。

 頭の中で、何度も厭な光景が繰り返されていた。

 

 僕が大好きだった女性(ひと)がわけのわからない相手にオモチャにされている。

 恍惚として快感を貪っている。

 見たくない。

 思い出したくない。

 だけど、それは何度も何度も――

 

 ――じいちゃん、助けて。

 

 もう祖父は死んだのだ。

 

 ――わかってるよ、でも苦しいんだ。

 

 ぱさり。

 横で音がした。

 少しだけ、視線を上げる。

 

 ベッドの上では、やって来たサキュバスがひとりカードゲームをしていた。

 僕に対してまるで無関心だ。

 誘惑するそぶりさえ見せない。

 

 その冷たい態度が、かえってありがたかった。

 優しく背中を撫でられたりしたら、もっとつらくなる。

 女性は、どうしてもあの女性(ひと)を思い出すから。

 

 それに――

 小さな体。

 痩せ気味の体形。

 胸もお尻も小さい。

 大きいけれど、つり目。

 ネコみたいだ。

 

 見た目は僕とおなじくらいの年に見える。

 いや、長命種族の年齢なんか外見じゃわからないけど。

 サキュバスがどれくら生きるのかなんて、僕は知らない。

 

 だけど、少なくとも。

 彼女の姿もありがたかった。

 

 体形も雰囲気も、あのヒトと、あのヒトたちとは本当に真逆だ。

 ひょっとして、そういうことに気を使って彼女を選んだのだろうか。

 自分はただ何もせずに、されるがままにいただけなのだから。

 考えすぎかもしれない。

 

 不意に、サキュバスと目が合った。

 一瞬ビクリとなる。

 バイナさんと重なるような気がして。

 余計な心配だったけれど。

 

 サキュバスは何も言わずに、またカードゲームに戻った。

 ホッとした。

 

「愚か者」

 

 誰かの声がした。

 女のヒト?

 目の前のサキュバス?

 

 違う、これは鬼の声だ。

 

 ()ている。

 鬼が僕を見ている。

 不気味なひとつ目が僕を見ている。

 

 負け犬とも言わない。

 情けないとも言わない。

 ただ、愚かと言う。

 

 そうなのかな。

 そうなんだろう。

 

 僕が好きだから、愛しているから。

 きっと、あのヒトたちもそうだと。

 勝手に思っていたのか。

 

「愚か者」

 

 僕は僕にだけ聞こえる声で、僕自身に言った。

 

 

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