破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
カーシャはウシロと向かい合っていた。
自室。
魔導照明器の灯りの下――
乙女は少年を見ている。
自分はベッドに腰をかけて。
会話はない。
十数分ほどたつが、どちらも無言。
カーシャはバスローブ姿だった。
さっきまで入浴していたのだ。
裸身にバスローブのみを着け、少年を見ている。
眼帯はつけたまま。
青い乙女は――
笑ってはいないが、怒ってもいない。
――これがねえ。まあ、最初から察せられたことだけど。
そんなに『母』が恋しいか。
思わず、そんなことを言いそうになるが、
――いえ。この場合ちょっと的外れかもしれないわね。知らないけど。
チラリと、鏡のほうを見る。
美しい女が、扇情的な格好で少年と向かい合っている。
まだあどけなさの残る――
それでも男になりかけている少年。
少年に対して……。
カーシャは両足を組み、生足をさらしている。
胸元を少し開いている。
外見だけなら扇情的。
しかし、
「……」
少年はひたすらにおびえていた。
怖くて怖くて、仕方がない。
明らかにそういう態度だった。
――そういうものかしら。
別に、本気で誘うつもりなどない。
こんな相手は、カーシャの趣味ではなかった。
――趣味ねえ……?
自分を振り返り、カーシャは内心肩をすくめる。
――趣味に合う殿方とは、どんな方かしら。稀代の英雄。それとも洗練された貴族?
前者も後者も、カーシャには縁遠い。
相手が英雄となれば、自分はそれに対峙する魔物かもしれない。
――呼びつけたはいいけど。さて、どうしたものか。
特に考えなどなかった。
ちゃんとした筋から預かった以上、無体な扱いはできない。
やれば押し通せるかもしれないが、
――無意味ね。
そんなことを考えつつ、長い髪を掻き上げていると――
「あ」
ポトリ、と。
眼帯が床に落ちた。
どうやら、適当につけていたのが悪かったようだ。
瞬間。
少年は、血の塊を吐き出した。
・ ・ ・
僕は暗闇の中でぼんやりとしていた。
バイナさんがいた。
でも、遠い。すごく遠い。
なのに細部までハッキリと見えた。
バイナさんは声を上げていた。
優男に弄ばれ、トロンとした目で――
メアもいた。
メア・ギネーカ。
バイナさんの娘で、幼なじみだ。
年上でいつもお姉さんぶっていた。
僕を弟扱いして笑ってた。
いつも、きれいな笑顔だった。
メアは男たちと絡み合っていた。
人間という感じが全然しなかった。
グネグネとした、得体の知れない生き物みたいで不気味だ。
オショネもいた。
いつも微笑んで、世話を焼いてくれた。
照れ臭さで嫌がると、笑ってやっぱり世話を焼いた。
彼女も知らない男に抱かれていた。
抱く。
そんなきれいなもんじゃない。
わけのわからないナメクジか何かの交尾みたいだ。
みんな、みんな遠くにいる。
涙は出ない。
ただ内臓が、ジクジクと腐っていく。
腐っていくくせに、心臓はうるさい。
腐った胃から、腐ったものがこみ上げてくる。
その時――
視線を感じた。
ゆらゆらと、高い高い場所から気配を感じた。
鬼がいる。
巨大な影、あるいはイメージだけかもしれない。
それでも――鬼は確かにそこにいた。
わかるのは、巨大な単眼と牙のみ。
青い単眼が僕を見下ろしている。
「愚か者」
鬼は言った。
この言葉を、何度も聞いた気がする。
ああ、そうだ。
鬼は何度もその言葉を僕に投げかけるのだ。
怒るのでもなく、嘲るのでもなく。
ただ、ごく当たり前の真理みたいに
そして、鬼の牙が僕を噛み潰した。
心臓も胃も、あらゆる臓器が噛み砕かれて消えていく。
いいさ。
消えてしまえ。
喰われてしまえ。
こんなズクズクと腐っていくだけのモノなんて、もう要らない。
鬼が来るぞ。
鬼に喰われるぞ。
内臓を生きたまま――
祖父の声だ。
――でも、おじいちゃん。
僕は声じゃない声で言葉を返す。
――喰われてしまうのも、悪くはないよ。だって、空っぽになった僕の中はこんなにもスッキリしている。
無駄に苦しいだけの心臓も。
反吐を押し出すだけの胃も。
くだらない肝臓も。
何にも役に立たない膵臓も。
みんなみんな喰われていった。
僕は空っぽの胴体のまま、立ち上がる。
体が羽毛みたいに軽かった。
今はもう闇も怖くない。
悲しくもつらくもない。
あのヒトたちも懐かしくはない。
古い思い出に未練もない。
僕は、自由だ。
・ ・ ・
「やれやれ……」
ベッドに寝かされたウシロ少年の寝顔。
バッキーはホッと息をつく。
静かな寝息を聴きながら――
「外で待機しててよかったですよ……」
バッキーは椅子に座り、大きな深呼吸をする。
「即死じゃなかったのか?」
マコネは物騒なことを言った。
「即死ですよ。体は再生しても心臓は止まってましたから。けど、すぐだったから」
蘇生が成功したんです。
そっちのほうも訓練してて良かった……。
言い終えた後、胡乱な瞳でカーシャを見る。
「よくわかりませんけど、大人げないというか……。あの子、何か変なこと――」
「いいえ」
カーシャは応えながら頭を掻き、
「ちょっとうっかりでね。これがはずれちゃったのよ」
眼帯を指さした。
「いきなり、何かすげえ圧力があったから何事かと思ったぜ」
マコネも複雑な顔をしている。
「……こうしてみると確かに厄介で不便だわ。余計なことをならないように、遠出したほうがいいのかしらね」
カーシャは苦笑して、足を組みなおした。
「遠出って、旅から帰って間もないのにですか?」
「死人を出したり、さっきみたいにあなたへ余計な手間をかける。そういうことになりかねないけど?」
「はあ、それはまあ……」
「さてと。とりあえずまあ、行ってくるわね」
「どこへです?」
「ゴトクのところへ。ともかく、これは外れないようにしておきたいから」
言って、カーシャはふわりとバスローブを脱ぎ捨てた。
それから――
テキパキといつものような服装に着替える。
「では。また留守をお願い」
そう言い残して、窓から出ていってしまった。
「何か、ドタバタだな。ここんところ……」
マコネは言って、ウシロ少年の寝顔を見た。
「はっ。のんきな顔して寝てらあ。良い夢でも見てるのかね」
「それなら、いいんですけどね」
バッキーも同じようにウシロを見た。
確かに――
寝顔は安らかだ。
良質な睡眠をとっているように思えた。
この時――
パチリ、と。
少年の瞳が開いた。
「生きてる……?」
「いや、いっぺん死んだぜ? バッキーのおかげで生き返ったがよ。ちゃんと礼を言えよ?」
マコネがからかうように言った。
「そうですか……。バッキーさん、ご迷惑をおかけしました」
ウシロはバッキーを見て、微笑む。
晴々とした、良い笑顔だった。