破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
<いや、まことに世話になった――>
トーザ侯爵は、静かに頭を下げた。
画面の向こう。
カーシャは、巨漢の男と映像通信越しで話していた。
場所は、ギルド本部の一室である。
宮廷でも実力者で知られる男。
冒険者ながら、数多のドラゴンを討った英雄と呼ばれる乙女。
ある意味ですさまじい組み合わせだった。
「とんでもない。こちらもずいぶんと無礼を働いてしまい、ご不興を買っていないかとヒヤヒヤしておりますわ」
<そのように言われては、かえって恐縮するな。ま、後々のお礼もしっかりとするので、今後ともによろしくお願いしたい>
「いいえ、いいえ。何しろ一度殺しかけてしまいましたから。むしろ、お詫びを申し上げねばなりません」
殺しかけた。
カーシャはの言葉に、さすがの侯爵も一瞬ギョッとするが、
<いや、うむ。そうか……。ふむ、むしろかえって良かったのかもしれん>
トーザは少し考えてから、
<ミズ・カーシャ。当家がなぜあの子どもを養子としたか、おわりかな?>
「さて。今や下賤の身となった私ごときには……」
<俺はな、密かにあれをとっくり見たのだよ。使者と相対している時や、色々とな>
「ははあ」
<そこで勘どころが働いた。あいつは今のままではダメだが、磨けば光ると>
「失礼ながら、それだけで?」
カーシャは少し驚く。
<これでも色々揉まれておったな。そういう勘は研いでおるのだ。伏魔殿たる宮廷を渡っておるのも、その勘が助けとなっておるのさ>
――そういうものかしら。
カーシャは首をかしげる。
相手の強弱や殺気は一瞬でわかる。
危険が近づくのも感じ取れる。
しかし。
ヒトの資質とか器というものは、
――あまり、わからないのよねえ?
そういう意味では、
――何千年殺し合いをしていようが、私は単なる小娘か。喜ぶべきか、嘆くべきか。
まあ。
閉ざされた場所で同じことを繰り返すのなら――
何年たとうが、成長なんかできないわけね。
そんなことを考えて……。
カーシャは己の有様に内心で失笑した。
・ ・ ・
「ここだけの話だよゥ?」
「そういうセリフは、尾ひれがついて広がると言ってるようなものだぞ」
ミゾイに対して――
ライワは、いわゆるジト目で返した。
紫の髪の毛をわずかに揺らしながら。
「あっははは。確かに、でもお前さんはつまらないことは吹聴しないだろう? 口の軽いおしゃべりは、ギルド本部の、ギルドナイトの隊長になれるものかい」
ミゾイは愉快そうに笑う。
「誰が他でしゃべるものか、そんなくだらん話」
「だからしゃべったのさ。私はおしゃべりだからねェ?」
「悪趣味だな」
ライワは呆れた顔を向ける。
フェイスベールの下、裂けた蛇の口を歪ませる同僚に――
「しかし、あの女はどうすれば良かったのかねェ?」
「知るものか。下手に隠し立てしようとして深みにはまったんだ。バカの自業自得だな」
ライワはそう切り捨てた。
「非情だねえ」
「お前なら、かけるのか? その自堕落な女に情けを」
「いやいや。そんな義理はないよゥ」
ミゾイは笑って、手を振った。
「そういうことだ」
「そういうことかねェ」
ミゾイは少し背伸びをしながら、
「どうすべきだったかな、その女は」
「はっ。どうするも何も。相手の子どもを、飽きたから出ていけと追い出せば良かっただろう。引き取り手はあるんだ。遠慮があるものか」
いや――
実際そうなったのか、結果的には。
ライワはお茶を飲み干し、この場にいない『その女』を見た。
「そんなことすりゃ、向こうの貴族様の心象悪くなろうねェ。てめえで引き取ったくせに、と」
「ことが露見すれば、遅かれ早かれだ」
「まあ、そうか――」
ライワは少しだけフェイスベールを取ってから、
「私の意見としては、結局のところつまらない見栄だろうさ」
「ほう。見栄か」
「相手の子どもに、素敵な女のヒトと見られたい――そういう欲と見栄さ。色に狂ってるのに、清純な乙女みたいな心境だったのかね。いい年の女がさァ」
「失望されたくなかったか」
「捨てるくせに、嫌われるのは嫌。憎まれるのも厭。まあ、ワガママなことだよゥ」
女ってのは――
そういうもんだけどさァ。
ミゾイはクスクスと笑う。
・ ・ ・
屋敷の前には、古式の馬車が停車していた。
本当の馬が引く文字通りのもの。
ただ。
そのサイズは、大きくて頑丈そうだ。
特注品である。
馬も、大きい。
巨体で足も太く、全身から力強さが漂っていた。
馬車の前には、ウシロ少年と巨漢のトーザ侯爵。
見送るのは、カーシャたち4人。
「まあ、お元気で」
カーシャはおざなりな返事をして手を振る。
挨拶が終わり、まず侯爵が馬車に乗り込む。
続いて、ウシロ少年。
だが。
少年は、少し振り返ってから、
「あなたみたいな英雄とお話しできたのは、一生の宝です。何だかスッキリしました。それに」
「それに?」
「多分、もう何も怖くはありません」
「大仰なことを」
カーシャは肩をすくめたが――
少し、意地の悪い笑みを浮かべ、
「次に会う時は、得体の知れない男に抱かれて、よがっているかもしれなくってよ」
雌犬のようにね。
そう言うと……。
ウシロ少年は少し考えてから、
「もし、そういうヒトがいるとしたら――」
ちょっと笑う。
「きっと、伝説に残るような英雄でしょうね」
――まあ。
――そうだろうなあ。
バッキーとマコネは顔を見合わせ、無言で同意し合う。
――?
ボロンは、よくわかっていなかった。
「ふふん」
カーシャは、鼻で笑う。
――小賢しい。
と、思った。
「それでは、皆さんもお元気で」
礼をしてから、少年は養父と共に馬車に入っていった。
「これからは――」
トーザ侯爵は、愛用のカフェ・シガーを
コーヒーの香りが車内に漂う。
「色々と忙しくなる。きつくもなるぞ」
「はい」
少年は、目の前の巨漢を見つめた。
「僕も、父上のおそば――貴族として、男として、たくさん学びたいと思います」
「ははは。こやつめ」
トーザ侯爵は笑い、うなずいた。
その時――
――おじいちゃん、さようなら。
少年は、心の中で本当に祖父へ別れを告げた。
あるいは。
風の中に消えていった。