破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「……」
カーシャは、地面に転がった石に座っていた。
街から少し離れた丘陵地帯。
ネビズの街より、はるか西南。
隣国との国境前にある街――マサミカ。
いくつか転送ゲートを乗りつぎ、カーシャはここへ来ていた。
西へ目をやれば、連なった山々が見える。
あそこを越えれば隣国。
しかし、ドラゴン種をはじめとするモンスターが巣食う場所。
行くことも、来ることも容易ではない。
そして。
山々の前には、巨木が立ち並ぶ古い森。
広大な森林の中には、無数のモンスターが生息している。
――ネビズと、同じような環境か……。
カーシャはボンヤリとしながら、
――退屈なものね……。
目の前では、目を閉じたタロザが両手で印を組みながら集中していた。
狐獣人の周辺では、数枚の呪符が魚のように宙を泳いでいる。
――確かに、見たこともない術式のだわ。
印を組む。
つまり、手指を様々な形に組み合わせることだが、
――印を組んでの魔法は、あるけど……。あんな呪符は初めて見る……。
カーシャはふと、古くなった記憶をたどった。
さほど魔法の才能もなければ、知識が豊富なわけでもない。
それでも、生家であるチーフウォール家には古い書物や異国の品々が数多くあった。
――あるいは、宝物庫の奥で
どっちにしろ屋敷も土地も、何もかもとっくに他人のものだ。
――気にする意味はないけれど。
広い庭と伝統ある屋敷。
いくつもの土地。
一流の調度品。
ぞろりと並ぶ何人もの使用人たち。
疑うことなく当たり前に過ごし、享受していた貴族の生活。
「ふうん……」
確かにおぼえている。
しかし。
だからどうだ、というわけでもない。
赤い地獄の中で、何度もこれは悪夢だと思った。
目が覚めれば、もとの暮らしに戻っているのだと。
やがて、そんなことも考えなくなったが。
死ぬことへの慣れ。
それは最後の最後までなかった。
でも。
殺しあうことは、ただの日常になった。
化け物も、敵にしかならない亡者も。
呼吸すらまともにできない、焼け焦げた空気も。
腐った肉を喰らうことも。
全てが。
日常に。
――まあ? アレが、あの体験が現実だったのか、その証拠もないけど……。
しかし。
自身の殺戮技術と、戦闘能力。
――これは、確実に残っているのよね……。
手にしたチカラを振るっての復讐。
――やろうと思えば、できる……。
だが、遠く古びた記憶はただそれだけのもので。
感情の失せた、単なる情報になり果てていた。
――あいつらにとっては、幸いなのか……?
それも、どうだっていい。
幸福になろうが不幸になろうが、死のうが生きようが、
――知ったことじゃない。
のだった。
足元の小石を拾ってみる。
あっさりと握りつぶし、文字通り粉々になった。
――〝目を覚ました〟? 時も、同じことをしたかしら?
強くはなったのだ。
確実に。
しかし、そこには達成感も高揚もない。
かといって、虚しいわけでもない。
自分は最強だとも思えない。
実際、そうではないのだ。
地獄では、自分より強大な化け物など珍しくもなかった。
むしろ、そんな連中ばかりだったと言える。
「……ほうっ」
ため息が出る。
――まるで死人。
今の自分は、生きているふりをしているだけの死人かもしれない。
――嬉しくはないけど、哀しくもないわね……。
そういうものだとしか思わない。
――それとも、心の奥ではちがうのかしら?
潜在意識とやらでは、また別なのか。
確かめようもない。
――ただまあ……。
カーシャは、冒険者になってからの戦いを思い返してみる。
――いえ……。戦い……じゃないわね。
虫けらを無造作に踏みつぶしてきた。
その程度のこと。
ただ。
血と臓物の臭いに、ほんの少しだけ
あるいは、どこか安心したような気もする。
――その成果が、これね。
いくばくかの、金貨と銀貨。
この小さな硬貨が……。
一般人の収入なら、軽くひと月以上の額となる。
貯めている金は相当なものになった。
カーラナーガを見つめ、思う。
――
今のところ、特に使い道はない。
稼いだ金はパーティーメンバーに分配したが、単独で行ったクエストも多い。
食費は多いが、それでも使い果たすにはほど遠い。
「お願いしたいんですがねえ。ある程度は消費してほしいんですわ。金が一か所に集まりすぎるのは、よろしくありませんからな」
などと、ギルドマスターに言われたこともある。
――どこかに寄付でもする? 似合わない行為だこと。まあ。
くだらないジョークみたいだ。
「――見つけましたえ」
タロザの声に、カーシャは顔を上げる。
「飛ばした式神が、国境近くでウロウロしてる連中を
「そう」
応えながら、カーシャはゆっくり立ち上がった。
「お手をどうぞ。道案内はこの子に」
タロザが言うとカーシャの手のひらへ、小さな白いモノが飛び乗った。
「――狐?」
ネズミくらいの大きさだが、姿は白い狐。
「式神、つまり使い魔です。その子が相手の居場所へとご案内します。うちは、あんさんの足についていかれません」
「……」
「なんも、怪しいもんとちがいますえ。こないなとこでオカシな真似するほど、アホとちがいます」
「それはけっこう」
カーシャは軽くうなずいて――
一瞬で、そこから消え去っていた。
「……はあ~~~~」
カーシャの気配が完全になくなった後、タロザは大きく安堵の息を吐く。
――おっそろしい
居住まいをただし、狐獣人はカーシャを追いかけ始める。
――下手うったら、あてばかりかおやっさんにまで
「なるほど。優秀だわ」
近くの小枝にとまっている式神を見て、カーシャはつぶやいた。
周りにはエルフの死体が散乱している。
場所さえわかれば、追いつき殺す。
極めて簡単なものだった。
あちこちへ移動して、同じことの繰り返し。
単純作業とも言える。
「ごう、ろく、いえ、なな……」
〝駆除〟は、およそ7か所で行った。
正確な人数はおぼえていないが、
――100人には満たない。もっといるのか、それとも全て殺したのか。
カーシャは、ギルドから渡された魔導符を見た。
「なんか、スマホみたいですね?」
魔導符を見て、バッキーはそんなことを言っていたか。
――スマホ……。確か通信機の一種らしいわね。
薄い石製の符は、しとめた相手の数を自動カウントする。
ギルドから渡されたものだが、あくまで必要なクエストのみらしい。
「89人か……」
どうやら、残党はそこそこの人数がいたらしい。
「他には?」
カーシャの問いに、式神は小さく首を振る。
――丘からの距離を考えれば、かなりの広範囲……。それでもういないとすれば、全滅させたか、もっと遠い場所にいるのか。
――しばらく待つしかないわね。闇雲に探しても意味ないし。
カーシャは血で汚れていない
タロザが追いついてくるのを待ちながら、携帯食料をかじる。
干し肉と乾パンを混ぜ合わせたようなもの。
保存優先で作られているので、美味くはない。
――人殺しをした直後、まともに食事はできない……か。
どこで聞いた話だったろう。
戦場における新兵の体験談だったかもれない。
――ああ、そうか。別に初めてのヒト殺しじゃなかった……。なにを今さら、か。
エルフは、人間ではない。
だが、同じヒト種という枠でまとめられる生物同士。
ハーフが生まれるように、交配も可能だ。
――どっちも、相手を同等と見てはいないけど……。いえ、それはどうでも良いとして。
周辺には血の臭いばかりでなく、腐敗臭まで漂っているが、
――気にはならないわね。
〝善良な人間〟だったら、正気ではいられないのか。
――けれど、戦争で戦う兵士がみんな極悪人や殺人狂……というわけじゃない。
慣れるのか、割り切るのか。
それは知らない。
――さっさと慣れたほうが、生きて帰れそうな気はする……。知らないけど。
カーシャは自分がつくった死体をそれとなく見ながら、
――あの男は、どう思うのかしら? どうとも思わないか、それとも自分を棚に上げて嫌悪を示す?
ちょっと見てみたい気もした。
今となっては、無理な話だが。
あの男、つまりカーシャにとっては父親。
――思い返してみれば、【御父上】と食事を共にしたことはあったのかしら? 記憶にはないわねえ。
父は自分の屋敷にはあまり帰らなかった。
カーシャがおぼえているのは、冷たい目と娘を振り返りもしない背中だけ。
死に目にも会っていない。
あの男は好き勝手に生きて、勝手に満足して死んだのだ。
――終わり良ければすべて良し……。ずいぶん素敵な人生じゃないの。
殺された叔父にとっては迷惑極まりない話だが。
「ある意味、うらやましいわ」
笑うことも怒ることもなく、カーシャはつぶやいた。
それから。
「カーシャ・チーフウォールよ! 本日この場をもってお前との婚約を破棄する!!」
あれは、王太子がカーシャに向けて言い放った言葉だ。
カーシャや父の行った非道や不正をぶちまけて。
――おまけに、これ見よがしにアレを抱き寄せながら……ね。
あの時、従妹の……リーン・ヒコ・チーフウォールはどんな顔をしていたのか。
拘束され、無様に引きずられていく自分を嘲笑っていたのか。
――そういう風に見えていたし、思ってもいた。
実際どうだったかは、わからない。
ちゃんと周辺が見えていたかも、怪しい。
その後カーシャは牢獄でつながれ、裁判で追放刑を受けた。
身分ばかりか、魔法すら封じられて魔導士としても死んだ。
獣みたいに檻へ放りこまれ、市中引き回しにされながら王都を出た。
ただ、その時の詳細はあまりおぼえていない。
完全に茫然自失となっていたから。
それはさておき。
「どうするか……」
やりたいことも、目標もない。
かと言って、隠遁生活を送る気にもなれない。
――中途半端だわ。
我ながら、そう思う。
いっそ、殺人狂にでもなったほうが楽しい人生なのか。
つまらないことを思い出し、考えているうちに――
「………」
カーシャはある方向に顔を向けた。
狐獣人が近づいてくる。
「ふう、やれやれ……。えらい遠くまで、しかもよーけ殺されましたなあ?」
タロザは転がる死体を見ながら、あきれた顔になる。
「
「そらまそうです。それで……あちこち式神を飛ばしましたけど、ここら一帯にはもうおりまへん」
「しき……。ああ、使い魔を放ったということね」
立ち上がりながら、カーシャは死体を
「これだけの死体、ギルドは全部回収するのかしら」
「必要なら、しはるンとちがいます? なンに使うんかは、知りませんけど」
タロザは小さく肩をすくめた。
「どうせロクなことじゃないでしょうね。知ったことじゃないけど」
その時、カーシャは思い出す。
「ところで……あなた、どこかで会ったかしらか? バタムの時より前に」
「いいえ?」
タロザは首を振り、
「ただ、そうですねえ。おねえさん同様、えげつない使い手でまわりに恐れられてる