破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「あ」
「おい、あいつ……」
仕事帰り――
街へ入ってしばらくすると、声が飛び交い始めた。
道を行く者たちは、さっと横に退いていく。
――なんか、古い映画でこんなの見たような……。
割れていく人波を見ながら、バッキーは微妙な気分になった。
確か。
海が二つに割れて、そこに道ができるというダイナミックなシーンだったろうか。
聖書のエピソードを映画化したものだったはずだ。
割れた道を、カーシャはどうでも良さそうに進んでいた。
あまり意識もしていないのだろう。
切断されたマンティコアの首を片手で持ち上げ、滑るように歩いていく。
「何かさ、異世界? に来ても、やってることあまり変わらねえな?」
マコネは後ろに続きながら、肩をすくめる。
「まあ、異世界っていうほど大げさなもんじゃないのかも」
「そうだな。どっか、見たことのない遠い国かもしれねえや」
マコネとバッキーが話していると、
「ただまあ、ヤオアムトを知らないのだけは確かだったようね。金貨を見せた時は驚いていたもの。てっきりあそこが田舎だから――そう思ったけど……」
ここでも驚かれたわ。
精巧な鋳造技術だと、ね。
カーシャはふたりを見ずに話す。
「あれ、マンティコアだよな……?」
「しかも、あんなでかいの……」
「昨日はグレートグリフィンを討伐したらしいぜ……」
「あれ、あいつがやったのか?」
「っていうか、昨日の今日でかよ……。腕利きどころか、マトモじゃないぜ」
「何なんだよ、あの女」
「だけど……すげえいい女だよな」
「他のはガキと半端デブの女だけどな」
「……もしかするとさ」
「おい、よせよ!?」
「こないだ、あいつに
「尻を触ったか胸を揉んだかして、グチャグチャにされたんだよ」
「グチャグチャ?」
「両手両足がもう、グチャグチャでさあ……。骨なしのクラゲみたいになったらしい」
「いくら何でもそんな」
「マジだってば……! 冒険者同士でもやりすぎだってことで、冒険者の資格を剥奪するとかどうかって騒ぎだってさ」
「でも、あれ」
「だからさ。その罰金代わりに、マージマンティコアの討伐を命じられて……で、あれ」
「マージって、魔法まで使うマンティコアかよ!? そんなもん……」
「……フツーに討伐して、首もって帰ってきてるよなあ」
ヒソヒソと――
半ば恐怖で塗り固められた会話が、あちこちでささやかれる。
「――で、どうだった?」
戻ってきたカーシャに、マコネは気楽な態度で言った。
「これでプラスマイナスはゼロ。またすぐにクエストを受けられるわ」
カーシャは手をひらひら振り、軽くのびをする。
「……しかし、こっちのはクエスト受けるのもやるのも、手間かかるなあ」
マコネはあくびをしながら、ひょいっとギルドの掲示板を見る。
大きな木のボードには、いくつもの依頼書が張り出されていた。
大小の紙、様々なクエスト。
「まあ、クエストを受けるのに制限がないってのは、ありがたいけどよ」
「討伐したモンスターを自動記録するようなものも、ないようですね」
バッキーが言った。
「ああ……。だから、いちいち爪だの牙だの、首だのを証拠として持ち帰らなきゃならねえときたもんだ。面倒くせえ、面倒くせえ」
「だけど、あんなところに放置したモンスターの死体……。もったいなくないんですかねえ?」
と。
バッキーは指を顎にあてて言った。
「全部持ち帰りゃ、けっこう金になりそうなのによ。どーもそのへんもなあ」
そんな会話の最中――だった。
カーシャは、入口のほうをジッと見ている。
やがて?
大き目の木製ドアから、そうっと入ってきた者があった。
若干薄汚れた服装の、若い旅人。
黒髪に、黒い瞳の少年。
「――また、会ったわね」
「ああ、お姉さん」
カーシャの言葉に、相手は驚きもせずにうなずく。
「何か、そういう感じはあったけど。変なもんだね」
黒髪の少年――ヘビィクはちょっと身を揺すり、笑ったようだった。
「縁があるということかしら。ここへは?」
「まあ、適当な仕事がないかと」
少年は曖昧な返事をした時だった。
「大変です……!!」
奥から、真っ青になった男が飛び出してきた。
「ラクシャサだ――。はぐれラクシャサが近くで見つかった……!!」
――アレか。
カーシャは、獣の髑髏を顔に持つ、赤い怪物を思い出していた。
さて、その後は……。
冒険者たちは、みんな大騒ぎだった。
「守りを固めろ!」
「先制攻撃だ!」
「あいつらにフツーの攻撃が効くもんか!!」
「とにかく魔法でも何でもいい。ぶっ放せ!」
「バカ、逃げるほうが先だ!」
「おら、知らねえ、おら知らねえ!!」
喧騒。
とにかく、そうとしか言えない状況だった。
――こうなってくると、かえって冷静……。いえ、バカバカしくなるわねえ?
腕を組み、どうしたものかと考える。
そして。
飛び交う声を聴くともなく聴いていた。
やがて、
「アルゴノーツに連絡しろ!」
「……間に合うもんか!!」
そんな言葉が出てくる。
「ねえ?」
不意に――
カーシャはヘビィクに言った。
「え?」
「〝
「――ああ。ガーディナーを集めて、ラクシャサに対抗してるところだね」
「では、あなたは?」
「もちろん、関係ないよ」
ヘヴィクはあっさり言ってから、
「あのー、僕ってガーディナーなんですけどね?」
報酬さえいただけるのなら?
時間稼ぎはできますよ?
やや図々しい態度で、騒がしい受付カウンターのほうに話しかけた。
・ ・ ・
「まだ、ざっと調べた段階だけど……。信じられない戦果ね」
女――
ブルシーは報告書を手に、もう一度相手を見た。
黒みがかった紫の髪を持つ、長身の美女。
「でも、事実なのよ。倒されたラクシャサの検証もしたし、サンプルも入手してきた。間違いないわ」
魔導士フォクネは長い金髪を掻き上げ、ため息を吐いた。
こちらもやはり美女。
「だけど、たったひとりのガーディナーがこれだけのこと、できる? いくら
「戦闘指揮官のあなたにわからないことが、私に確証を持って言えると思う?」
険しい顔つきのブルシーに、フォクネは冷静な声。
ただ。
その瞳には、やはり動揺があった。
「ほんっとに! 一体、どういうヤツなのかしらね、その腕利きって。うちにいてくれたら、戦いも楽になってたのに……」
ブルシーは息を吐き、右の拳を左の手の平に叩き込む。
「報告書では、まだ若い少年だったらしいわね。あと、お酒が好きらしくってよく飲んでいたそうよ」
「おさけぇ? ガキのくせに?」
「実際の正確な年齢は、わからないけれど。もしかすればエルフのような長命の種族かもしれない……」
・ ・ ・
いつの間にか――
それとも。
ヘビィクがグズグズしている間に、か。
マウミは周辺に受け入れられていった。
おそらく……。
大きな原因は父だったのだろう。
あまり表立ったものではなかったが、あの男はマウミに惹かれていたのだろう。
一緒にいると、まるで本当の父と娘みたいに見える。
そういうこともあった。
実の息子よりも、何者とも知れない少女に心を開く。
――そういうこともあるのかも。
今となってはヘビィクもそう思ったりするが、実際問題見栄えの良いものではない。
ただ。
マウミ自身への好感が強まる中で、その不自然さは流されていったようだ。
「どうして、父さんと仲良くなれるの……?」
「そんなこと、ないよ」
「……そうかな」
「そうだよ」
「……そうは、見えないけど」
いつか。
マウミとこんな会話をしたこともある。
思い返せば、冷たい空気、雰囲気であったとヘビィクは思う。