破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
口外するな、ということですな。
無論そのあたりはわきまえております。
そして……。
彼女について、ですな?
闘技場での一件……。
あれを、止めようと思った……。
先ほど申し上げたように、神にかけて本心からです。
しかしながら……。
ええ、いかにも。
老いぼれた、とお笑いになられることでしょう。
事実、笑われても仕方のないことです。
ですが。
それを含めても、なお……。
言い訳。
はい。
まったくもって、反論できません。
ただ……。
振り返った彼女の姿に……
戦慄しました。
いや、震えあがっていたのです。
気づいた時には、おのれの汗で服がたっぷり濡れておりました。
もしや、失禁したのかと思ったほどです。
あるいは、脱糞してもおかしくはなかった。
その時に感じたものは……。
血の臭い。
そればかりではなく、戦場で嗅ぐ臭いすらあった。
死体の腐っていく臭いですな。
……実際に臭った?
それは多分違うでしょう。
気配というのか、雰囲気ですか。
これが戦場……死体の臭いを思わせたのでしょう。
戦場でしみつき、決して流れ落ちない。
そういった者は必ずおります。
割り切ることができなかった、あるいは慣れすぎてしまった者。
私とて、そのようなところが……絶対に無いとは言い切れません。
今、こうしていても……。
彼女を思い出し、同時に浮かぶものは……。
積み上げられた死体、でしょうな。
どれほど殺してきたのか。
闘技場?
ええ、確かにミノタウロスが出てきました。
色んな手段で大幅に……。
いや……無理やりに強化され、代償として長くは生きられない。
そういったものだと、推測できましょう。
……素手、生身で戦う。
……魔法すらも無しで。
正気の沙汰ではありません。
ですが……。
はい。そうです。
彼女は意にも介しておりませんでした。
一方的に殴り、潰し、まさしくバラバラにしていきました。
もう、ムチャクチャですな。
特殊合金の武器、なまじの攻撃魔法。
これらをはねのける強靭なモンスターを、です。
猫? ライオン? いや、そんなレベルではない。
火炎竜がネズミをいたぶるようなものでした。
ふふっ……。
いや、失礼。
しかしながら。
もはや、笑うしかない光景でした……。
ですが、考えてみれば当然のこと。
いちいち不思議がることではない。
一国を滅ぼしかねないドラゴンを……。
そんな生ける災害を、たやすく殺害する剛の者。
いかに強化されようと、ミノタウロスに負けるわけがない。
は?
抹殺?
彼女を、ですか?
……王宮より、否――陛下よりの命であるならば。
軍人として拒否する選択など、ありえません。
ですが……。
どれほどの損害……。
そこを、よくよく考えていただきたい。
戦場で真っ先に死んでいくのは、末端の兵士なのです。
戦死は、避けがたいもの。
覚悟をせねばならんことです。
しかし……!
無思慮な命令でいたずらに死なせては……死んでいく者たちは救われません。
どうか……。
そこを熟慮していただきたいっっ……!
夜のネビズ。
酒場の隅で、カーシャは飲んでいた。
「あの
カウンターの奥。
女給が店主に向かって、コソコソと言っている。
目に強いおびえがあった。
――ふうん?
カーシャは
――ここでは、まあこんなところかしらね。
そんなことを思う。
ひとり、高い酒ばかり飲んでいる。
高いと言っても――
別に、飛び上がるような値段でもない。
張り込めば、普通の庶民でも買えるレベルだ。
むしろ、安い酒をたっぷりと飲むほうが一般的。
――そりゃま……。冒険者が来る店だから当然か……。ほとんどは稼ぎだって知れているし、その稼ぎも不安定……。
店に来てから、ずっと飲み続けている。
何本も、何本も、何本も空にした。
――酔わない……。気分も、変わらない。
酒に強かったわけではない。
少しの酒で酔い、フラついた。
むしろ、弱いほうだったろう。
――たくさん飲んで、酔っぱらうなんて……はしたない行為だったから。まあ、酔ったふりして目当ての男に介抱される……そんな女は、よく見たわね……。
ほんの少しだけ、笑みがこぼれる。
――
最高級の酒をじっくり味わい、少しずつ少しずつ飲む。
それが貴族らしい
――今の立場なら、溺れるほど飲んで、醜態をさらすのも自由だけど……。
どれだけ飲んでも、酔うことはない。
飲んだ酒は、カーシャの中でドス黒く沸き立つ〝なにか〟に変性していく。
そんな感覚だった。
気づけば、
「……おや」
空の酒瓶は目の前で列になっている。
「ちょっと。さっさと片づけて」
高額紙幣を出しながら、カウンターへ呼びかけた。
――紙の通貨か……。これも……。ここに来て初めて使ったわねえ……。
今の時代、ヤオアムトで一般に使われているのは紙幣。
普通の紙ではなく、魔法技術で特殊加工されたものだが。
偽造することは、金貨銀貨以上に難しい。
ただ。
――気取った貴族は、こっちのほうを使う……と。
カーシャは金貨を取り出し、見つめた。
――まあ……。上の爵位では現金を直接扱うほうが
それから。
カーシャは何気なく、店内を見まわした。
「……!」
「………」
客たちはいっせいに目をそむけ、顔を伏せた。
――お酒……。たっぷり飲んでも、あんまり意味はなかったわね。味と色のついた水を飲んだようなものだわ。
カーシャは椅子から立ち上がる。
足元は、
酒を飲んだという実感もなかった。
その時、カーシャはピクリと反応する。
「よお、お嬢さん。良い飲みっぷりだねえ」
なれなれしい、粗野な声。
聞きおぼえはない。
品の悪い男が、ニヤニヤしながら近づいてくる。
見ない顔だ。
酒のせいか実力か、動作はお粗末なもの。
「どなた?」
「いやなに、俺らはムゼリクのほうから来たばっかでね」
「ふうん……」
つまり新顔というヤツである。
ムゼリクは、ネビズから3つ
見れば、向こうの席でニヤついている連中がいる。
「ずいぶん、腕自慢なご様子ね?」
「いやあ、そうハッキリ言われると照れらぁね」
――まあ、態度を見ればね……。
体つきを見るに、その自信も多少理解できる。
「それで?」
カーシャの声を聞いているのか、いないのか。
ガハハハと、男は笑う。
「しかしよ! こんな場所でこんな美人をお見かけするたぁ思わなかった」
男は許可もないのに同じテーブルにでんと座った。
「よく言われるわ」
「おお、言うねえ! いや自信があるのはいいこった」
と、男はまた笑った。
「あ、あの……?」
テーブルを片づけていた女給が、おびえた目でカーシャを見た。
「……」
かまうな、と。
カーシャは軽いジェスチャーで伝える。
「おいおい? そう構えるこたぁねえわな。俺は山賊じゃあねーぜ?」
おびえる女給へ、男は愉快そうに言った。
「え? あ、はい……?」
片づけ終えた女給は、気の抜けた返事をしながら足早に去っていく。
「そうで、どーだい? 俺たちと一緒に飲まねえかい?」
「――いいわよ」
カーシャは座り直して、あっさりと言った。
「……あの人、ああいうのが好みなんでしょうか?」
「……さあ? 品が悪いのは他にいくらでもいるけどなあ」
女給は店の主人とコソコソ話している。
その後。
カーシャは、新顔連中と飲み始めた。
「へー……。なるほど? それはすごい……」
お世辞を混ぜた
その間、先ほど以上の勢いで酒瓶を空にして。
中盤までは、機嫌良くなれなれしかった男たちだが――
平気な顔でガブガブ飲み続けるカーシャに、顔色を変え始める。
「別に、
言いながら、カーシャはさらに飲み続ける。
――結果は同じか。
どれほど飲もうが、酔いは
ハッキリとペースの落ち始めた男たちへ、
「腕っぷしや
「い、いやあ! おねえさん、強いんだねえ? しかしよ、ぼちぼち……」
泥酔寸前、という様子で立ち上がろうとする男を、
「立派な殿方が、女の前で恥を見せては【男】が立ちませんよ?」
カーシャは片手で男の肩をつかみ、動きを封じた。
「っ…………!?」
予想外の凄まじい力に、男は真っ青になる。
ピクリとも動けない男に、
「最後まで付き合いなさいな?」
カーシャはおだやかに言った。
それは、もはや脅迫以外の何物でもなかったけれど。
「まあ? 暇つぶしにはなったわ」
完全に酔い潰れ、意識を失った男たちを見おろしながらカーシャは軽くのびをする。
男連中には、自分の吐いた
「では。長いあいだ、お邪魔様」
カーシャは金貨銀貨のつまった小袋をカウンターへ投げる。
明らかに勘定をはるかに超えた金額だった。
「あ……はい。いやちょっと、あ、あの、お釣り……」
店主はあわてて金を数えながら言った。
「掃除代と迷惑料も含めて、よ」
言いながら、カーシャはさっさと店を出ていった。
宿泊所へ戻る道――
その途中に大き目の橋がある。
カーシャは立ち止まった。
橋の下あたりで、光るもの。
――灯り……。
さらに。
人の気配と、小さな水音。
見れば、誰かが夜釣りをしている姿。
――酔狂なこと……。いえ、ひとのことは言えないわね。
カーシャは気まぐれに、下へ降りてみる。
「だいぶ
釣り人は、振り返りもせずに言った。
だが、わかる。
よく知った相手だった。
「あまり酔えませんでしたけど」
「ははは。まるっきり、の間違いじゃあないのかい?」
釣り人――猫のゴトクは静かに笑った。
「おっしゃるとおり」
カーシャは、ゴトクから少し離れたあたりに座る。
「こんな場所でなにが釣れるのかしら?」
「色々だなあ。こんな時刻にしか釣れない魚もいるぜ。やってみると、なかなか奥が深い。そいつは、どんな道楽にも言えるがね」
「良いわね、ご趣味がたくさんあると」
「その通りさ。あんたも探すなり試すなり、してみたらどうだい? つまんなければ、やめりゃいい」
「もう色々やったわ、貴族だった頃にね。でも、あんなのはみんな社交や見栄のためにやってるも同じ」
「貴族ってのも大変だな」
「どうかしらね。どっちにしろ、今は関係ないわ」
「だったら、なおさらじゃね? 好きなことやれよ」
「……好きなことか」
カーシャは夜空を見上げながら、つぶやく。
まるで皮肉のように。
満天の星はひどくきれいだった。