破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「まあ怖い」
カーシャは、勇者の顔を見ながらわざとらしくおびえてみせる。
誰がどう見ても、演技としか思えない。
いや。
演技をする気さえないのがわかる。
「偉大な勇者様というのは、貧民街のゴロツキみたいな態度をなさるのねえ。こういうの、そう……お里が知れると言うのかしら? 下品で粗野な成り上がり者」
「~~~~!!!」
勇者は、怒りのあまり言葉も出ないようだ。
「よくそんなことが言えたものね、追放されて下民に落ちた女が!」
そう叫んだのは女魔導士――シーラ・チゴ・ガイミヌ。
「木っ端貴族……ガイミヌ家のご令嬢? なかなかお似合いのお仕事で」
カーシャは少し目を細め、シーラを見た。
――ああ、なるほど……。前はあまり意識しなかったけど、こういう顔だったわ。
ブラウンの髪に、ブラウンの眼。
青のベレー帽。魔導士のローブ。
下級貴族ながら、努力家の秀才。
それゆえに高いプライドの持ち主だった。
「確かに一時は零落した身。けれど艱難辛苦を乗り越えて、今はドラゴンスレイヤーの栄誉と称号を
ホホホ、とカーシャは高笑いした。
――なんか、すごく様になってるなあ。こういう態度……。
普段とはまるで違うキャラを見せるカーシャに、トクベーは妙な気分。
「しょ、娼婦? それは……誰のことを言ってる……!!」
青筋をたてながら、シーラは一歩踏み出した。
「まあ! 察しまで悪いなんて、救いようがないのねえ。なら、言い換えましょうか? 下品で汚らしいから口にしたくはないけれど……下劣な
「貴様ッッ!!!」
ボムッ!!
シーラは、いきなり無詠唱で圧縮した爆裂を放った。
小さく見える――
が、圧縮された分だけ破壊力が何倍も増幅されている。
カーシャは片手を突き出して、それを受け止めた。
「…………」
小さな煙が立ち昇る手のひらを見て、
「……よくも、私の手に傷をつけてくれたわね」
――傷なんてついてねーじゃん。
隣で見ているゴトクは、心の中でつっこむ。
「――いいかげんにしときなよ、クソ女」
女戦士がギラついた戦斧を突き出し、ドスの利いた声を発する。
カーシャは、改めてこの女戦士も観察。
筋肉質な戦士の肉体が、鎧の上からも見てとれる。
オレンジと赤――その中間あたりの長い髪。
美人と言える顔で、緑の瞳が憎悪を燃やしていた。
「あら……。メスブタまでいたの? ブタは
カーシャは、女戦士をゴミでも見るよう目で言った。
「メスブタだとッッ!!!」
一瞬で、女戦士はカーシャの前に接近。
戦斧を振りかざして――
ドッ!!
一撃を加えようとしたが、衝撃で後ろに飛びのく。
「……の、野郎!」
攻撃直前に、カーシャが突き出した片足。
女戦士はそれを戦斧で防ぎ、後ろに飛んだ――という次第。
「なかなか面白いペットを飼っていらっしゃるのねえ、勇者様。しゃべるブタだなんて」
ホホホ……。
と、カーシャは口元を隠しながら笑った。
「ブタじゃねえ……! 俺はミキリア……ミキリア・ムーテって名前がある!!」
女戦士――ミキリアは吠えるが、
「あなた……ブタとベッドに入るのがご趣味? そのうちおかしな病気をもらいましてよ。お気をつけなさい」
カーシャは勇者に向かって、いかにも親切ごかしの助言みたいにささやく。
「そこまで言っといて、無事にすむとは思ってないよな?」
勇者は、妙に冷静な態度で歪んだ笑みを浮かべ、
「前の不意打ちで、自分が格上だと勘違いしてるなら……」
シャッ!
輝く刃の剣を抜き放つ。
「後悔するぜ、もとお嬢様?」
言った瞬間――
ザムッ!
カーシャのいたテーブルが、いや地面に大きな亀裂が走る。
「きゃああ!?」
「け、喧嘩だ! 光りもんを抜いてやがる!」
周囲から悲鳴があがった。
だが、カーシャもゴトクもそこにはいない。
――あ~あ。勝負途中で台無しだよ。
いつの間にか。
離れた場所にしゃがんで座るゴトクは、粉々になったチェスボードを見ながらため息。
「――どう後悔させるとおっしゃるのかしら、下民の勇者様。鎖でもつけて奴隷にでもなさるおつもり?」
ふわり、と。
青い髪の麗人は、冷たい笑みで勇者パーティーを見つめた。
一触即発。
空気が、張りつめる。
その時――
ブゥゥゥン……。
と。
カーシャと、勇者パーティーの足元。
それぞれの場所へ、魔法陣が浮かび上がった。
「なにぃ!?」
「……な、なんだぁ!?」
「これは、転送魔法……!?」
驚く勇者たちと、
「……」
無言で、微動だにしないカーシャ。
「――喧嘩も怒鳴り合いも勝手だがなあ」
指先に小さな魔法陣を浮かべたゴトクが、よく響く声で言った。
「こんなとこでドンパチやられちゃ、みんなの迷惑になるんだよ。街のど真ん中だぞ、ここは」
「お前のしわざ……」
睨みつける勇者へ、
「迷惑のかからんとこで、好きなだけやってくれ」
ゴトクの声と同時に、殺気立っていた連中は転送され始める。
「……お前は後だ、桂。せいぜい震えて待ってろ」
転送の直前、勇者は獣じみた目つきでトクベーを睨んだ。
それに対する、
「いや、そもそも……。あんた誰?」
気持ち悪い虫でも見るようなトクベーの目。
勇者は目をむいたが、すでに転送された後。
「調子こいてんじゃねえぞ! クソチー牛が!!」
そう叫んだ時、勇者はどこかの草原に立っていた。
パーティーメンバーも同様。
そして。
少し離れた前方にはカーシャもいた。
――ちーぎゅう……? こいつらの方言?
カーシャは一瞬思ったが、
――後であのシーフに聞けばいいか。
「っち……! おい、今度は――」
勇者はカーシャへと意識を向けた。
カーシャは無言で勇者を見ている。
さっきまでの嫌味ったらしい笑みが消え――
感情が見えない、仮面みたいな顔。
そして、氷のような冷たい瞳。
「はっ。どうした、さっきまでの余裕は」
勇者の声と同時に、ミキリアが前、シーラが勇者の横へ。
ユオンは後ろで構えている。
「くたばれ……! クソ女あああああああああああっ!!」
戦斧が暴風のように振るわれた時、
パキン
カーラナーガが、戦斧とミキリアの両腕を砕いていた。
「……え?」
「まるで成長していないわね。強くなったのは装備だけ?」
ミキリアを見ながら、カーシャは無機質な声で言った。
「ふざけ……!」
叫ぼうとするミキリア。
その前に。
カーシャの手が女戦士の喉をつかんで、つり上げる。
「――……!?」
仲間の危機。
そこへ。
一瞬硬直したシーラが、魔法を撃ち放った。
――前よりも、上級の魔法。見るのはまあ、初めてね。
炎をまとった雷撃は、カーブを描きながらカーシャを狙う。
それも複数。
魔法の軌道は、盾にされたミキリアを巧みに避けて――
――ああ。仲間に当たらないように? 素晴らしい友情ね。感動的だわ。
なるほど、と。
カーシャは納得しながら、
「あまり意味はないけれど」
つぶやきながら、〝人間の盾〟で魔法を全て防いでしまう。
その間にも、水色の瞳は走ってくる勇者の姿を
「っじゃああ!!」
空気を、大地を切り裂く勇者の斬撃。
が、剣は空を切る。
カーシャは
――攻撃力は、強い。でも、あまり
別の場所へ移動していた。
「え? いつの間に……?」
――……こいつら、まさか学習能力がない? いや、都合の悪いことは忘れた?
カーシャは、女戦士をつり上げた手に力をこめた。
メキリ
プチン
グチュ
色んなものが砕けて潰れる音。
ミキリアは、ねじられた雑巾のようになって放り捨てられた。
「すぐに殺されたら、納得できないかと思って
その声が終わったかどうか、わからない間に、
ベチャ
何をどうされたのか。
シーラは踏みつぶされたように、文字通りペシャンコに。
もう、人間の形はしていない。
「あ……………」
ポトリ、と。
勇者の手から剣が、落ちた。
へたり込んだ男の顔に、カーシャのつま先が、
バシュッ
勇者の上半身は、血と肉塊になって飛び散った。
「…………?」
振り向いたカーシャは、最後に残ったエルフの視線に気づいた。
ユオンが、勇者に向けた視線……それを言葉で表せば、
「あーあー。いい
そして、胸のペンダントらしきものを触っていることにも、
「――!!」
気配というよりも、振動。
気づいたカーシャが振り返ると、離れた地面から巨大な何かが姿を見せた。
「
スパイクの生えた亀のような甲羅。
太い尾――その先には甲羅と同じく、スパイクが生えた球形が。
ライオンのようなたてがみ。凶暴な顔。
――これが切り札か!
カーシャは意識もせずに勇者の死体を踏みつぶしながら、
「ふっ……!!」
短い呼吸と共に走り、カーラナーガの切っ先をタラスクの頭部へ突き入れた。
一撃で。
モンスターは顔面から尾の先まで貫かれ、
ズン……
攻撃も防御もできないまま、絶命した。
そして、カーシャはユオンに視線を向ける。
まるで面白いものを観察するようなエルフの眼を、カーシャは見逃さなかった。