破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
カラン
小さな音をたて、ユオンの手から杖が落ちた。
エルフの少女は尻もちをついて、ゴキブリみたいな動きで後ろに下がる。
――……なに、この気持ち悪さは。
何か、おかしい。
歯車が合っていない。
カーシャは近づきながら、自然と顔をしかめる。
「あ……ひ……」
ユオンから、今まで見せてきたつかみどころのない笑みは消えている。
ただ、おびえきった野良犬のような顔で、カーシャを見上げていた。
「あ、あの……許して……?」
歪んだ絶望の笑みを浮かべながら、エルフは言った。
必死で、しぼり出すような声。
――やっぱり、おかしい……。
自分の顔がどんどん険しくなっていく。
それに、カーシャは無自覚だった。
「ご……ご、ごめんなさい! ごめんなさい!! 王宮から命令されて、しょうがなかったんです!! ホントは嫌だったけど……命令だから、
土下座しながら許しをこうエルフ。
――……こいつ。
嘘臭い。
納得がいかない。
悪辣なペテンにでもかけられているような。
ぬぐいがたい不快感。
「――黙れ」
泣きわめいているユオンの胸を、カーシャの手が貫いた。
「ごひゅ……」
大量の血を吐き出すエルフ。
そのまま――
心臓を、握りつぶす。
美しい髪や衣服が赤黒く染まっていった。
「……」
カーシャは、血の中に顔を沈めているユオンの頭を踏みつぶした。
――確実に……死んでいる。
それはわかった。
でも――
――やっぱり、おかしい……。
カーシャは少し離れた場所に座り、エルフの死体を見つめた。
何も起こらない。
やがて死骸の臭いが漂い出し、それに誘われた虫が飛び交い出す。
ただ、時間だけが意味もなく過ぎる。
「…………」
それでも。
カーシャはユオンの死体を見つめ続けた。
いや――見張り続けた。
やがて、日が暮れて夜になる。
けれど。
やはり、死体はやっぱり死体だった。
生命ではない。
ただの物体である。
夜が明けて、朝になる。日が昇り出した。
結局。
死体は最後まで死体のままだ。
「はあ……」
それでも、やっぱり。
どうしても。
カーシャは納得できないまま、ため息を吐く。
だが、
――これ以上は無駄かしら……。
仕方なく、カーシャは立ち上がった。
歩き出すと、何かが足に当たる。
ペンダントだ。
拾い上げてみれば、
――角笛……?
小さいが、造りは精密で確かに角笛の形をしている。
――ドラゴン・ホルン。
竜種を操る魔道具。
――これで、タラスクを操っていたわけね……。
最後に、もう一度だけ。
カーシャは死体を振り返ってから――
去った。
カーシャが、ネビズへと帰りついた頃。
シュウシュウ……
と。
ユオンの死体から、衣服や杖から煙のようなものが立ち昇る。
それが空へと消えいった後。
エルフの死体も、血の海もきれいさっぱりなくなっていた。
男は、窓を開けてカフェ・シガーを
不意に男の視線が窓へ飛ぶ。
窓から、ほとんど半透明の気体が入ってきた。
男は葉巻を灰皿へ押しつけると、奥の部屋と歩き出す。
気体が、その後ろへと続く。
開いていた窓が、自動的に閉まった。
窓のない部屋で男は、振り向く。
気体は何かの形になって、やがて人間のような姿に。
服も、装飾品も、そして杖も。
「いやあ、まいりましたよ」
完全なエルフの姿となった気体……だったものは、ポンポンと自分の頭を叩く。
「しばらくは、隠れることになっちゃいました。変装かもですけど」
エルフの美少女――ユオン・キナは、苦笑した。
「
「ん~。まあ、つまりは?
ユオンは同情するように肩をすくめ、
「用意してたタラスクもあっさりやられちゃいましたけどね。だけども、そうですねえ。
「どうせタラスクを潰されるのも織り込みずみだろう」
「いやー、あははは。おかげで私ぁ、屍解の法まで使う羽目になりましたけど。ということで……ん~、偽勇者はエルフのテロ組織とつながってた。で、そいつが――」
「王宮に仕えるはぐれエルフ……のふりをしていた、か」
「まあ、そういうことで。
「ふふん」
「だから、トーザ侯に休暇をお願いしにうかがったわけです」
「もう陛下よりお許しはもらっているんだろう?」
「はい。ここへ来る途中念話でお知らせしておきました」
「ふむ……。ま、しばらく遊んでくるがいいさ」
「はい。トーザ侯もお
そう言い残して、ユオンは転送魔法で消え去る。
「ひとつ、片づいたというところだな」
その男。
ラージ・トーザ侯爵はつぶやき、ドカリと大型の椅子に座った。
トーザの容姿は――
巨体かつ肥満。
この場にバッキーこと古井椿がいれば、
「お相撲さんみたい……」
そんな感想をつぶやくだろう。
細い目に丸眼鏡で、頭はくせの強いモジャモジャ。
美男子とはほど遠いが、強烈な貫禄そして圧力を持った男。
「お茶でも持ってこさせましょうか?」
先ほどから、無言で控えていた女は後ろから椅子の上に寄りかかり、
「召喚魔法というのも、痛し痒しですわね」
いらずらっぽくクスクスと笑う。
ラージほどではないが、癖のあるブルネットに髪。黒い大きな瞳。
黒目がち……というのか、白目部分が少ない。
そして。
左目の下へ、色香のある泣きボクロ。
いかにも、有閑の貴婦人という雰囲気だった。
「勇者につけたちょうど良い魔導士と戦士。お前の斡旋は役に立った。陛下にもお褒めいただいたぞ」
「ホホ。お気づかいなく。ああいう使い勝手の良いおバカは色々ストックしていますから」
貴婦人は、拳を唇に当てて笑った。
ジャコー・バーツ・トーザ。
侯爵夫人。ラージの正妻。
「で……次のでかい問題は」
ラージが軽く手を振ると、部屋に飾ってあった風景画。
それが真っ白くなった……と、その直後に真っ白になり――
カーシャの立ち姿が映し出された。
動画ではなく、画像ではあるが。
「相変わらず、おきれいねえ」
映し出されたカーシャの姿に、ジャコーは好色な目つきとなる。
ラージは妻の顔に苦笑を漏らし、
「もっとも理想的なのは、国に忠誠を誓って戦力になってもらうことだが……」
「ちょっと、無理そうですわね。相当のじゃじゃ馬みたいだし」
「もはや、そんなレベルじゃあないがな。次は穏便に出て行ってもらうことだ。しかしこれもまずい。他国に取り込まれるか、あるいは余計な火種をばらまきかねん」
「おまけに……あっちこっちで恨みを買ってると。困ったちゃんだこと」
「さて。お前なら、どうする?」
「意地悪なご質問。ふーん、そうですねえ……例えばどこか遠く、この国に関係ないほど遠く。そんなところへ行ってもらえれば?」
「そうなるような、策はあるか?」
「ありませんよ、そんな都合の良いもの」
ジャコ―は小さく首を振る。
「そりゃあま、そうだわ」
ラージは太い指でこめかみを掻き、画面のカーシャを見た。
「タラスクと相打ちねえ?」
マコネは、新聞の記事を見ながら言った。
「姐さんから見てさ、どうだったんだよ? あいつらそういう感じだったのか?」
「さあ? 私が始末したのはあくまで
よく知らない。
カーシャは淡々とそう答える。
「……あー、そういや、そうだったかなあ」
マコネは新聞をたたんでバッキーへ、
「次、読むか? おいらぁもういいや」
バッキーは新聞を受け取りながら、
――この世界って新聞あるんだよねえ。知った時には驚いたよ……。しっかし。
転生者ヒーラーはチラリと、カーシャを見た。
――あやとりもあるんだ。そりゃ紐さえあればできるんだから、不思議じゃないか。
「姐さんがチェスやるのはわかンだけどさあ、あやとりとか
「意外と頭を使うことはわかったかしら。場所も取らない、相手もいらない。悪くはないんじゃない」
「じゃ、釣りは?」
「
「バタムのやつは、姐さん腕がいいって褒めてたぞ」
「へえ。光栄だわ」
カーシャたちから離れた長椅子。
ライワは紙袋に入った菓子をひとつずつ食べながら、カーシャたちを見ていた。
より正確には――
見るともなく、だが。
「なんか、普通ですね」
後ろに立っている部下は、そんなことを言った。
「もっと、ピリピリしてると思ってましたよ」
「四六時中、殺気立ってたらこっちがたまらない」
紫髪の女騎士は振り向かずに言った。
「確かにそうですが」
「ピリピリしてるほうがマシだ。理解はできる」
「はあ」
「ヤツはあの状態から、普通に戦闘を始めて平然と殺戮を始める」
「……おっかないもンすなあ」
「ああ」
「まるで生きた殺戮兵器じゃないですか」
「兵器というのは基本、生き物を殺す道具だがな」
「そりゃそうですが」
「とはいえ」
ライワは
「殺戮兵器ではあるが、殺人狂ではない。そこが救いといえば救いだ。こちらにとってはな」