破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
宿泊所。バッキーの部屋にて。
「そういや、スオーのまわり一帯がしばらく封鎖だってよ」
一枚の紙をヒラヒラさせながら、マコネは言った。
「……スオーって?」
「お前なあ、いいかげん多少の地理くらい覚えろよ」
「国軍の基地がある場所ね――」
本を読んでいたカーシャが、横から言った。
「えと。国軍って、正式の軍隊でしたっけ?」
「つまりは、中央……王宮直属の軍隊」
「あれでもこのへんって……」
「ヒョー辺境伯領地ね」
「それなのに、王様の軍隊があるんですか?」
「この国ではどこの領地だって大なり小なり国軍の基地があるわ。他の国は違うでしょうけど」
「そういうもんなんですか……」
バッキーは首をかしげ、
――地球の、江戸時代とかヨーロッパのほうって、どうだったっけ? あー、けど異世界だしなあ。ちがうとこだってたくさんあるし?
深くは考えないことにする。
「でも、封鎖ってなんかあったんでしょうか?」
「あったのか、これから起こるのか……」
カーシャは本のページをめくりながら、どうでもよさげに言った。
「討伐されたエルフ、いえ魔王かしら? それの財宝関係でなにかあったのかもね」
「それが国軍とどう関係すんだ?」
マコネは封鎖の報せが書かれた紙を机に置いた。
「財宝が、必ずしも金銀宝石とは限らない」
「どゆこと?」
「厄介なものだってこともあるのよ。例えば、おかしなマジックアイテムとかね」
コンコン
会話の途中で、ドアがノックされた。
「ミズ・カーシャ、ギルドから通信が」
宿泊所職員の言葉に、カーシャは本を閉じた。
「バイナ?」
「そこから、腕利きを派遣してくれと頼まれたわけで」
ギルドマスターは、依頼書を渡しながら言った。
「ハウンドグール……。それにゾンビの大量発生」
依頼書に目を通しながら、
「なら、ネクロマンサーの領分では?」
「そういうこと。なので、私も同行するよ」
後ろに控えるミゾイが目を細めた。
「おたずねしたのですけれど。バイナのほうに腕利きはいないと?」
「そりゃあモチロンいますがね……」
「ふうん? ……加えて、未確認ながら大型モンスターもいるらしい……と」
カーシャは依頼書の文面を読みつつ、ギルドマスターを見た。
「まったく見当もついていないと?」
「えー……。あくまで私個人の推測、その域を出ないねえ。思い当たるモノがないでもないが……」
ギルドマスターの代わりに、ミゾイが言った。
「一応、聞いておきましょうか。専門家の言葉ですもの」
「モンスターの知識についちゃあ、一般冒険者と大して変わりませんけれども」
ミゾイは少し間をおいてから、
「タイガー・トラッシュ……かもしれないねえ」
カーシャの知らない、モンスターの名を言った。
「――古戦場
カーシャはボソリと言った、
バイナの街へ到着してから――
カーシャたちは西門から近くに、小山がいくつも見える。
そして。
前方にはデコボコの草原がひろがっていた。
「何百年か前、このあたりで内乱があった」
「よくご存じで」
カーシャのつぶやきに、ミゾイが言った。
「歴史書によれば、ちょうどあの草っぱらのあたりが戦場になったそうだよ」
近くまで歩いていくと、
「かなりの数がいたようだねえ」
あちこちに転がるモンスターの死骸に、ミゾイが興味津々の様子。
「ハウンドグール、本物を見るのは初めてだわ」
犬のような頭部。人間に似た身体。尻尾はない。
頭部へまばらにはえた髪以外、体毛はほぼゼロ。
「ゾンビも、いないか」
カーシャは周辺を見まわした。
「ゾンビの残骸は……あんまりないねえ。この掃除屋どもが群れてたなら当たり前だけど」
ミゾイがしゃがみこんでモンスターの死骸を観察する。
ハウンドグール。
ゾンビやスケルトンをはじめとするアンデッドを捕食するスカベンジャー。
それ以外でも鳥や獣、人間まで死体は区別なく餌。
理由は不明だが、その中でもアンデッド系モンスターを積極的に襲う。
「魔素の影響で、勝手にゾンビができちまうことは時々あるさね? けど、こいつらのおかげで余計な仕事をせずにすむ」
「うまくしたものね」
応えた後、カーシャは小山のほうを見た。
ゴロゴロゴロ
と――
真っ黒な雲が雷鳴を響かせていた。
――いや。
空中にあることは間違いない。
だが。
空と表現するには、あまりも低すぎる位置。
「サイズも小さすぎる」
カーシャがつぶやいたと同時に、小さい稲光が走った。
「……どうやら、いるようね」
「あー……。私の推測が当たってようだ。ありゃ100%タイガー・トラッシュだよ」
ミゾイが言った時、
「……ありゃ?」
カーシャの姿はそこになかった。
「せっかちなおひとだねぇ……」
「……?」
黒雲へ近づくうちに、
「ぎゃあああああああああ!!」
カーシャは悲鳴が聞こえると同時に、見た。
――女?
小柄な女が、半泣きになって走ってくる姿。
女は一人ではなかった。
何人かの連中と、転がるように逃げてくる。
その中に、
――あいつらは。
見覚えがあった。
つい先日も食堂で見ている。
バタムで会って。
最近、マコネたちとよくつるんでいる連中。
プレートアーマーの大柄な中年と
そして。
――あれか……。
逃げる冒険者たちを追ってくる黒雲。
そこに、獣の臭いがあった。
カーシャは近くの石を拾い、黒雲へ投げる。
小石ではない、子供の頭ほどもあるサイズだ。
石は高速で飛び、黒雲へと吸い込まれて、
ボガッ……
鈍い音が聞こえ、黒雲は地面へ落下していった。
冒険者たちはカーシャの横を走り抜けた後、
「ひーひーひー…………」
だらしなく、へたりこんでしまう。
カーシャはカーラナーガを手に、落下したモノを見た。
ヒョーヒョー……
「?」
予想に反して、どこか寂しげな鳥に似た鳴き声。
やがて。
妖しい黒雲が薄まっていていき、その姿は明らかに。
――キメラ? いえ、ちがう……。
合成型のモンスター。
それに間違いないだろう。
「黒い雲をまとって、姿を隠しながら飛行する合成型モンスター」
ミゾイはそう言っていた。
――詳しい姿、聞くのを忘れてたわ。
自分自身にあきれつつ――
カーシャは真正面から、モンスターを見る。
頭は猿、どちらかといえばヒヒに似ていた。
胴体はアナグマのようで、両脚は虎。
尾は蛇であり、しかも鎌首がある。
つまり前後にそれぞれ、ヒヒと蛇2つの頭を持っているわけだ。
――これが、タイガー・トラッシュ。
気配で、かなりの魔力を持っているのがわかった。
「力押しが、どの程度通じるか……」
カーシャは口の中でつぶやき、
バチッ!
足もとの小石を蹴り上げた。
小石は、正確にモンスターの頭部に命中――
した、と。
後ろで見ていた者たちは思った。
だが、モンスターはヌラリと黒雲をまとって、回避した。
まったくつかみどころのない動き。
――なるほど……。
グリフィンなどと違い、パワーとスピードで襲ってくるタイプではない。
そういうモンスターらしい。
――鬱陶しくは、あるか。
カーシャは、カーラナーガを持つ手をダラリと下げたまま舌打ち。
ヒョーヒョー……。
凶暴な外見に似合わない鳴き声。
カーシャの周囲を回り始めようとするモンスター。
――しゃらくさい。
モンスターの動きを確実に追いながらカーシャは黒剣を構え、
――いくら変則的に動いても、ね。しかし、こいつ……。
他にもまだ手を隠してるようだ。
カーシャは密かに備えつつ、相手の動きを観察。
そして、
――魔力を収束させている? やはり何かする気か。
気づいた直後、
ゴロゴゴロ………
モンスター周辺の黒雲が、音を立て始める。
――雷撃。なるほど……。
「あぶないっ!! そいつは稲妻を……!!」
後ろから、女の悲鳴が飛んだ。
――もう知っている。
カッ……
閃光が走り、周辺に魔力で編まれた
カーシャは片手をかざしながら
ブンッ
カーラナーガを振るった。
バギッッッ……
その音を確認したのは、カーシャのみ。
閃光が消えた後。
そこには、頭と胴体の半分を潰されたタイガー・トラッシュが倒れていた。
「やはりまあ、ドラゴンほどではないということね……」
モンスターの死を確認してから、
「……」
カーシャはへばっている冒険者たちを見た。
「あ、あんたは……」
大柄な中年男・ジロが、ぜいぜいと息をしながら顔を上げる。
「いやあ……助かりました、さすがドラゴンスレイヤー……」
ネイテクは帽子をかぶり直して、なんとか、という感じの笑顔。
「ど、ドラゴンスレイヤー……?」
驚きの顔をしているのは、14、5歳の少年。
貧相な装備で、薄い茶色の髪に、赤いメッシュ。
赤い目は鋭さがあるけど、迫力はない。
最後に、
「こひゅーこひゅー、こひゅー…………」
大の字になって、白目をむいている小柄な少女。
ツインテールの銀髪。灰色に近い白い肌。
そして、だらしなく開いた口には、鋭い牙。
「――
カーシャは空の天気を確認。
日は出て、雲は少ない。
――昼間の、それもこんな天気に外をウロついて……。死にたいの、こいつ?
無意識のうち。
カーシャはわずかに顔をしかめ、冒険者たちを見おろした。