破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「あの世の絵かよ。なるほど、地獄ってわけか」
マコネはつまらなそうに言った。
カーシャは黙って視線だけをシスターに送る。
それをどう受け取ったのか、
「死後罪人はこの世界に落とされるそうです。地獄ではお互いに憎み合い、殺し合う。他にも地獄の魔物に殺されますが、涼しい風が吹けばまた蘇り、苦痛を味わうと」
「……」
カーシャは目をむいた。
覚えが、ある。
あの荒野は、まさにそういう場所だった。
「それじゃ終わりがないってことかよ。なるほど、地獄だ」
「でも、その中を女神クシティーは巡り歩き、罪人を再び転生させます。もう一度チャンスが与えられるわけですね」
「チャンスねえ……。けど、どこぞのお嬢さまと貧民じゃ、天と地ぐらい差があるぜ?」
「それは、女神のおぼしめし次第ですね」
「いい身分に生まれたきゃ、せいぜい女神さまを拝んどけってか? へっへ」
皮肉な笑いのマコネ。
しかし、カーシャはそれらをまったく無視して、絵を見つめる。
「この地獄では――罪人は一方的に殺されるだけ、なのかしら?」
「え?」
シスターは驚き、カーシャを凝視する。
思わぬ質問だったらしい。
「罪人同士では殺し合いになると、言ってたかしら。なら、怪物相手には?」
「さあ、それは……」
「殺されたくなければ、殺すしかない。それは相手が何だろうと同じこと。少なくとも……」
あそこは、そういう場所なのかしら。
地獄の絵を指して、カーシャは静かに言った。
「地獄っていうか、修羅界みたいですね、それ……」
と、後ろのほうにいたバッキー。
「――シュラ?」
カーシャは振り返る。
「えーと、うちの故郷での伝説? 神話? んー、なんて言ったらいいのか。つまり、死んでから行く? いや、生まれ変わるのかな。そういう世界の話で……」
「ほーん。ところ変われば、何とかってやつかい? で、なんだよ、そのスラー? ってのは」
マコネの問いかけにバッキーは、
「詳しくは知らないですけど、生まれ変わる世界の一つで、年がら年じゅう戦争してる世界で、修羅ってのは、元々神様の一種だったかな……正しくは阿修羅ですか」
「邪神……荒ぶる神ということ?」
「悪いとか良いとかはよく知りませんけど、激しいものの例えに使われるから、荒々しいのは確かなんでしょうね」
「あんた、なかなか面白いこと知っている」
カーシャは興味をそそられた。
「ふへへ、ど、どうも……」
このすぐ後だった。
「おーい、シスターさん! 早く来てくれ、まだまだいるんだ!」
あわただしい声で、村人が一人教会に入ってきた。
「あ、いけない!」
シスターはあわてて、色々詰め込んだカバンを手にする。
包帯や医薬品などらしい。
「そうか、けっこうケガ人が出たんだな。当たり前か」
マコネは言ってから、バッキーを見て、
「なあ、あんたヒーラーだろ? 手伝ってやったらどうだ? いくらかもらってよ」
「あ、そうっすね。ふひ……。じゃ、じゃあ……」
「お手伝いしていただけるんですか? ありがとうございます!」
シスターはすぐにバッキーの手をつかんで、走り出て行った。
「せわしねえなあ」
「ケガ人か。こっちにできることはないわね。とどめを刺すなら別だけど」
「おっかねえな……」
「ジョークよ」
「本当かね……?」
「ふん」
カーシャはもう一度地獄絵を見てから、教会を出た。
することもないので、バッキーたちの後を追ってみる。
「……すっげえ! 一発だ!」
「おいおいおい! 古傷まで治っちまったよ!?」
村のケガ人への治療。
そこでは、意外な光景が展開されることになった。
バッキーの治癒魔法によって、村人はドンドン完治していく。
――これは……。
カーシャは内心驚いた。
「へえ、さすが専門家だねえ」
「……そんなレベルじゃあない」
マコネは無邪気に感心しているが、
「治癒魔法も使い手やレベルによって大きな違いがある……。初歩はあくまで自然治癒の促進から、止血程度の応急処置。高等なものは複雑骨折、内臓破裂を修復する治癒というより復元。このレベルまで達するヒーラーは少ない…………しかも」
「いやー、すげえなぜんぜん痛くないわ!」
治ったばかりの腕のブンブンまわす村人。
――痛みさえないのか……。
急速で大掛かりな治癒魔法は痛みを伴う場合がある。
あるいは、ポーションなどの補助がいる場合も。
――こいつの場合、それさえ必要ないのか? 確かに、強い魔力は感じたけど……。
天才。
こうなると、もはや反則技である。
「いや、いや。どうも、ふへ…………」
バッキーは顔を赤らめながら、魔法を使い続ける。
ケガ人の治療が終わると、すぐに村人は茶と菓子を用意して感謝を述べた。
「いやあ……あっちのお姉さんもすごいが、あんたもすごい!」
「助かったよ、ずっと腰が痛かったんだ」
「お前、それゴブリン関係ないだろ」
「だから余計にありがてーんだよ!」
「こんなもんしかないけど、どんどん食べて! あ、お仲間のかたもどうぞ!」
菓子をすすめられ、カーシャは遠慮はしなかった。
安い、田舎の菓子だ。
しかし、
――美味しい。
久しぶりの甘味だった。一体どれほどぶりだろうか。
以前なら、笑うか怒って手もつけなかっただろう。
「ふふん……」
「ありゃ?」
横で同じく菓子を食べていたマコネ。
「――なに?」
「ああ、いや笑ってるようだったからさ……」
「私が笑うと、なにか変?」
「いやあ、その……さ。あんまり表情を変えない人なんでねえ、正直驚いた」
「ふーん」
自分の顔に触れながら、カーシャは思う。
――笑うか……。そういえば、あそこでは、笑うなんてしたかどうか。
一時は絶望して、笑うしかなかった時期もあったように思う。
それも、すぐに去ってしまったけど。
見ていると、バッキーの治療は再び再開されたようだ。
ゴブリン退治のケガ人がすんだ後は、
「すまんが、このところ腰が痛くって……」
「前に骨折したケガがまだ……」
「産後の肥立ちで……」
「虫歯が……」
どんどん村人が集まってきていた。
――あきれたもんだわ。
「えーと、ケガとかいけるんですけど、病気とかそれはダメでして……」
しかし、キョドりながらもバッキーは対応していく。
――バカ正直、いや善人というべきかしら……。
全部が終わった後、ぐったりと机に顔を伏せていた。
「ああああ……。疲れたあ…………」
「すみません、みんなで押しかけてしまって……」
シスターは新しいお茶をいれながら、それでもニコニコ顔。
かなり感謝しているようだった。
「では、ごゆっくりしてくださいね。私はまだ片付けなどがあるので」
「ま、まあ私でお役に立つなら、けっこうなことでして……」
シスターの背中へ、バッキーはそんなことを言っていた。
照れた顔で、バッキーは笑う。
「謙虚なものね。それだけの魔法が使えるなら、もっと誇るのが普通だけど」
カーシャは言った。
褒めるというよりも、皮肉を込めている。
謙虚も場合によっては、時に傲慢よりも不快だからだ。
「……そういうんじゃ、ないんですけどね。ふひっ」
「才能は授かりものというわけ?」
「いやまあ、授かりものではありますけど、まあ、一種のインチキというか」
「そこまでの才能を得られるって、どんなインチキよ」
「え。お前、なんかマジックアイテムでも使ってたのか?」
マコネが探るような目つきでバッキーを見た。
「それはない。アイテムで発動したのとは違う。明らかにこいつ自身が使っていた」
「私のこれは、後付けっていうか。ある人からもらった力なんですよ。だから、努力してゲットしたもんじゃないんです」
「ンなアホな。そんなことができるのは、神様くらいのもんだぜ? まさか、ほんとに神から授けられたとでも言うのかよ? ギャグにもならねーぞ?」
「……」
そんなことが、あるのか。
カーシャは思うが、しかし自身をかえりみると、
――異常なことは私自身にも起こっている……か。なら、こいつにもそんなことがあったかもしれない。
「まあ、いい。あんたには優れた治癒魔法が使える。それだけ事実なら、後は知ったことじゃない。以上」
「いや、以上って……」
カーシャの言葉に、マコネはさらに呆れた顔。
「ふひひひっ。ど、どうも……」
まあ、ともかく、話はそれでおおよそ終わったのだった。