第1話
なんか、草むらに顔面を突っ込んでいる女子高生がいた。
そんなまさかと思い目を擦るも、目の前の光景は変わらない。
こんな往来で人が死んでいるのかと慌てて駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか?」
「もう3日雑草と水しか食べてない……死ぬ……」
酒焼けしたかのようなガッサガサの声がまるでゾンビのようだ。
彼女の言を信じるなら、酒は飲んでいないはずだが。
現代日本は世界でもトップクラスに治安の良い国として知られている。
行き倒れなんか見たのも初めてだ。
本来なら見てはいけないものを見たとばかりに無視するところだが……
彼女の着ている制服はオレの通う高校のもの。
同じ学校の生徒を見捨てて見殺しにするのも心苦しい。
とはいえ、こちらも高校生。見ず知らずの女子高生にコンビニ弁当を買ってやれるほど懐が潤っているわけでもない。
「ウチくるか?貧乏飯でいいなら作ってやるけど」
「神様……」
こんな所で力尽きているのだから余程困窮しているのだろう。
妥協案として、冷蔵庫の余り物の在庫処理を手伝ってもらう事にした。
すると彼女はガバッと起き上がりキラキラとした瞳を向けて拝んできた。
見ず知らずの男にホイホイとついて行こうとするとは、余程腹が減っているらしい。
「あれ、お前山田じゃん」
「誰?」
「一応クラスメイトなんですが……」
高校に入学してはや1ヶ月。話したことはなくても、そろそろクラスメイトの顔と名前が一致してくるはずなのだが。
「いたかも。多分いた。あー、いたいた。確か鈴木……」
「佐藤ですけど」
どうやら彼女は他人に興味がない性質らしい。
どうしてすぐにバレるような雑な嘘をつくのか。
「野垂れ死ぬ所だった」
「罵倒の語彙としてはよく聞く言葉だけど」
まさか下校中にクラスメイトが行き倒れているなんて夢にも思わなかった。
「ったく。じゃあついて来い、そこのマンションだから」
「もう歩く力もない」
「はぁ〜……」
何故オレがここまでしなければならないのか。
ここまできて見捨てるわけにもいかず、仕方ないので背中を見せてしゃがむ。
山田がのそのそとオレの首に手を回し、体を密着させる。
や、柔らか……
山田と接している部分に何やらもっちりとした感触がある。
考えてみれば女の子をおんぶするなんて初めてだ。背中越しに、女の子の匂いが香る。これは役得すぎる。
「佐藤」
「なんだ」
耳元で山田がオレを呼ぶ。よこしまな考えがバレたのかとどきりと心臓が跳ねた。
「早くご飯食べさせて」
「厚かましいなオイ」
学校で感じていた、ミステリアスでクールな美少女という印象は早くもガラガラと崩れ始めていた。
◆
「狭いね」
「部屋に入って第一声がそれか。一人暮らしだから仕方ないだろ」
「親は?」
「知らん。前に来た電話では、ドバイだか、どこかだか言ってたな」
「へぇ……」
「おい、あんまり漁るな。まず手洗え」
人の家が気になるのはわかるが、家主の前で堂々とまずベッドの下の収納開けるのは如何なものだろうか。
部屋が狭い事もあり電子書籍派だから良かったものの、実本派なら確実に死んでたぞ。
無理矢理シンクで手を洗わせる。なんでここまでしないといけないのか。
手を洗った山田は勝手知ったると言わんばかりにベッドの上に寝転がった。
まあ確かに狭いから椅子とかはないが。せめて座るだけにしておいてくれ。なんかドキドキする。
「ワンルーム?」
「ん」
「佐藤ー。電波きてなーい」
「は?……お前勝手にテレビつけんなよ」
「ダメだった?」
「良いけどまず断りを入れるだろう、普通は」
「むふふ」
何笑ってんだ。
自由にも程がある。親友でさえ初めて部屋に来る時はもっと遠慮するだろう。
「それテレビじゃなくてモニターだから。HDMIに切り替えてみろ。色んな動画配信サイト見れるから」
「佐藤ー。つかないー」
「あー、じゃあプレ○テに繋がってるのかも。分配器弄ってみてくれ」
「じゃあプ○ステでいいや」
「勝手にセーブとかするなよー」
「ん」
ゲームを起動する山田を尻目に冷蔵庫を開ける。
ふむふむ。貧乏学生の味方であるもやしを爆買いしたのがまだ残ってるな。
これと……余ってる豚肉も混ぜてやるか。期限は切れているが。
まあ雑草を生で食うよりは余程安全だろう。
冷凍してある安全なものもあるが、そこまでしてやることもない。
そもそも山田は解凍できるまで待てないだろう。
「佐藤ー。音出ないー」
「あー。それスピーカー壊れてるから聞くときはヘッドホンな。その辺転がってるだろ」
「あった」
自由奔放な山田から目を話すのは心配ではあるが。
まあゲームやらせとけば下手なことはしないだろう。
山田は既にベッドの上でコントローラーをカチャカチャさせている。
それが今から飯を作ってもらう奴の態度かとは思ったが、もう今更だろう。
「山田。お前何か食べられないものはあるか?」
「今なら何でも食べられる。雑草以外」
「あいよ」
「何でもいいから味のついたものが食べたい」
「はいはい」
まずは油を鍋に敷いて、菜箸で掴んだ肉で油を広げる。
じゅわーと油の跳ねる良い音が響く。お腹が空く良い音だ。豚はよく火を通さないとな。
女の子にどうかとは思ったが、久々の飯ならしっかりと味のついたものが良いだろう。
冷凍していたニンニクを2、3片取り出し、刻んで肉と一緒に炒める。
肉ともやしだけではちょっと色が悪いのでネギをアクセントに刻んで入れる。
しっかりと肉の色が変わるまで焼き上がると、もやしを放り醤油を適当に振り撒く。
山田に食わせるだけでなく、同時に弁当や夜食分も作っているため多めに作っている。
火を通すにはもう少し時間がかかるだろう。
「おーい、山田……ってうお!」
蓋を閉じ。あとはこのまま置いておくだけなので山田を呼ぼうと振り返るといつの間にか隣に立っていた。怖いって。
「もうできた?」
「もう少し。炊飯器から欲しいだけ米よそっててくれ」
オレが言い終わる前に山田はオレが差し出した茶碗へ、米をモリモリとよそい始める。
米をちまちま炊くのが面倒だからと一気に炊ける家族用の炊飯器にしているのが幸いした。
いい匂いに食欲がそそられているのだろうが。その量食い切れるのか?
壁に寄せていた折り畳みテーブルの脚を伸ばし、机を作る。
「ベッドに座って。いつもそこで食べてるから」
山盛りの茶碗に、さらに米を乗せようとする山田を追いやりベッドへと座らせる。
蓋を開けると、むわっと湯気が溢れ出す。匂いがつく前に換気扇を回す。
焦げないように菜箸で混ぜ、軽く摘んで手のひらに落として味見をする。
うん、いい感じだ。少し濃いが米と食べる分濃い方が良いだろう。
「何で食べたの」
「味見だよ味見」
「私にも味見させて」
「もうできたから待ってろ」
恨めしそうな山田。多めにやるからもう少し我慢しろ。
フライパンを傾け皿にもりつけていると、山田の腹からぐーと大きな腹の虫が鳴った。
「焦がし醤油がいい匂いだな」
フォローを入れるが、山田はポーカーフェイスで恥ずかしがる様子はない。
早く早くと言わんばかりにじっと期待の目を向けてきている。無駄な気遣いだったか。
「はい、おあがり」
「いただきます」
言うが早いか、もやし炒めに箸を突き立ててがっつき始めた。
ガツガツとかっこむ山田。良い食いっぷりである。
「よく噛んでから飲み込めよ」
今の山田には届かないであろう忠告を入れる。
少し小鉢についで、余ったもやし炒めに蓋を落とす。
こんな匂いを嗅いだのでは、山田ではないがオレも小腹がすいた。
「美味しい」
「泣くほどか?」
腹の虫がようやく落ち着いたのか、米が半分を切った辺りで山田が一言呟いた。
そんなに気に入ってくれたなら作り甲斐があるってもんだ。
しかし、本当に美味そうに食う奴だ。
「男の料理だから正直期待してなかったけど」
「おい」
もしそうだったとしても心の中に留めておけよ。口に出かかったとしても本人の前では言うなよ。
「でも、美味しかった。料理できるんだ」
「居酒屋でバイトもしてるからな」
「へえ。じゃあ色んな料理できるの?」
「居酒屋で出るような味の濃いもんばっかだけどな」
「へえ……」
「何だよ」
じっとこちらを見定めるような目線を向けてくる。居心地が悪いったらない。
「佐藤」
「ん?」
「明日はカレーがいい」
「次からは有料な」
「ケチ」
可愛い女の子が部屋に来るのは大歓迎だ。が、しかし。
この調子で、飯をたかられるようになっては困る。金欠なのはオレも同じなのだ。
山田リョウ。
彼女の印象は、今日一日でひっくり返った。
無愛想で厚かましく、初めて話した男のベッドでゲームを始めるようなマイペース。
……しかし。
飯を食うその満足そうな顔を見て、まあいいかと思ってしまうオレがいるのもまた事実だった。
「佐藤」
「何だよ」
「もうお腹いっぱい、入らない……」
山田が調子に乗って盛りに盛った白飯の処理に困るのだった。結局残りはオレが美味しくいただいたのだが。
女子高生の残した飯を食べるのは何だかいけない事をしているようで。味なんかわからなかった。