ベーシストの胃袋を掴む話   作:朝潮

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第19話

 

 

 

伊地知さんとコントをしている間にちょうど良い時間だ。

こんがり狐色に揚がったら、網じゃくしで油から掬い上げて油を切る。

オレのように、鍋に設置するタイプの油切りを取り付けると便利だ。

油切りの上に置くと、余分な油が自動的に鍋の中へと落ちていく。

その間に、火力を中火に落として次の肉を油に投入する。今度は少なめだ。

 

「よし。山田〜できたぞ〜」

 

ある程度油を落とせたら、キッチンペーパーを敷いた皿に適当に盛り付け。唐揚げの完成だ。

味変にはお好みで調味料をかけてお召し上がりください。オススメは塩胡椒、マヨネーズ、レモンになります。

 

いつも通りいそいそと米をよそいにいく山田。

相変わらず食には目がないな。しゃもじが似合うぞ山田。

 

「はい、伊地知さん。熱いから気をつけて。オレも味見用に1つ貰おう」

 

カロリーを気にする伊地知さんの唐揚げは、キッチンペーパーに包んで念入りに油を拭き取る。

本当なら唐揚げ食うならカロリーは気にするなと言いたいが。

まあオレが無理言って食って貰ってる訳だしな。

 

「美味しい!お店のみたい!」

「そりゃ良かった」

 

衣パリッと中ジューシー。胸肉でも十分に美味しい。

しっかり漬け込んだタレと油のおかげで淡白な感じは全くしないな。

揚げたての熱々で、行儀は悪いがハフハフと口の中に空気を入れながら咀嚼する。

うん、美味い。肉自体に味付けをしているから何もかけなくても美味い。

 

「でもこれ唐揚げっていうより竜田揚げだよね」

「えぇ、これ唐揚げじゃねぇの?」

「う〜ん。唐揚げの中の竜田揚げって種類?なのかな?」

「へえ。物知りだな」

「いや、私もそこまで詳しい訳では……」

 

とはいえ、唐揚げは唐揚げなんだろう。

ギターもベースもわかってない喜多さんからすると、山田は一括りにバンドマン(ウーマン?)という認識だ。

しかし伊地知さんみたいに音楽やってるなら山田の事はベーシストと話すだろう。

つまりオレは伊地知さんからそこそこ料理できる奴と認識されているという事。鼻高々だな。

 

そんな話は置いておいて。

ここで、朝に胸から引っぺがしておいた皮を取り出す。

唐揚げ改め、竜田揚げに剥がさず揚げても良いのだが。

別々の方がそれぞれの食感が感じられてオレは好きだ。

素揚げでも美味しいのだが、片栗粉を付けないと鶏皮の水分と反応して油が跳ねまくって危ない。

水分を取るのが面倒なので、今回は片栗粉をまぶす。

 

皮は薄いため、唐揚げと同時に揚げると揚げ終わる頃にはカチコチになってしまう。

2•3分くらいの時間で充分だ。

唐揚げを揚げている隣に、片栗をまぶした鶏皮を投入。

体感時間だが、これで唐揚げと同時に揚がると思う。

 

だから一回目よりも肉を少なく入れる必要があったんですね!

心の中の助手が勝手なことを言い始めた。やめろお前!

もう料理番組は良いんだよ。

 

「しお。早く次揚げて」

「うお!お前もう全部食ったのか」

 

山田の皿からはいつの間にか米と唐揚げが消えていた。

小さめの鍋だからそんなにたくさん同時には揚げられない。

それでも半パック分くらいは揚げたはずなんだが。

 

「今揚げてるからもうちょっと待て。あと、お前これで最後な」

「そんな殺生な」

「この量を1日で食い切るつもりか」

「違うの?」

「唐揚げは弁当に入れたりカレーに入れたり色々使い道あんの。しばらく揚げ物はこれで凌ぐんだからな」

「明日の唐揚げカレーで手を打とう」

「何様だっての」

 

本来ならば遠慮すべき立場で何を堂々と言っているのか。

唐揚げもまたすぐに無くなりそうだな。

 

「でも、狙い通りいつものリョウに戻ってきたね」

「そうだな。ちゃっかり明日のリクエストまでしてきたし」

 

伊地知さんが一歩距離を縮めて、内緒話風に囁いた。

おそろしく高い女子力……オレじゃなきゃ惚れちゃってるね。

さすがは天使ニジカエル。男子を落としてきた数が違うぜ。

 

山田も山田で、別にオレたちの内緒話を気にする事もなく。

揚げ終わるのを待っているのかあからさまに物欲しそうな目で見てくる。

色気より食い気というか。それでこそ山田リョウだ。

 

確かにそろそろ頃合いか。

唐揚げと鶏皮をざっと上げて油切りの上に乗せる。

仕込んだ唐揚げはこれでようやく半分をきった。

全部揚げるにはもう何回か必要だな。

 

「おしおくーん!美味しい匂いさせて放置プレイなんてひどいよ!何で私も呼んでくれないのー!」

 

そんな中、突然部屋の外からエントリーしてきたのは隣人のベーシスト廣井きくりお姉さん。

玄関で足を引っ掛けガッシャンガッシャン鳴らしながら乱入してくる。

しかも今日は酔いどれモード。顔真っ赤にしてフラフラしている。

 

「あれ、先輩の妹ちゃん?」

「伊地知さん、お姉さんと知り合い?」

「私の大学時代の先輩の妹ちゃんだよ〜昔何回か会ったけど覚えてるかな〜?」

 

なんと。

お姉さんはオレたち3人とそれぞれ別の場所で面識があったのだ。

なんて顔が広い人なんだ。あるいは悪名高いだけかもしれないが。

 

「あの……すみません、覚えてなくて。この人しおくんのお姉さんなの?」

「いや、知り合いのお姉さんってだけ。赤の他人です」

「えーひどいなあ。私は*)p:し『@#の“>な$*」

「あー!この部屋で吐かないでくださいよ!?」

 

途中から呂律が怪しくなったお姉さんの背中をさする。

介抱の甲斐あり、お姉さんの吐き気はおさまった。なんて危険人物だ。

 

「また吐きそうになるまで飲んで。今日は飯抜きですね」

「そんなぁ……ご飯目の前にして食べられないなんて……オェ……」

「今油物なんて食べたら今晩胃の具合最悪ですよ?」

「うぇーん」

 

まったく、伊地知さんが来ている今日に限って酔ってるんだから……

 

「しおくん。もしかしてこの人、あんまり良くない人?」

「よくお分かりで。お姉さんはうちの隣の部屋に住んでて、オレから家賃借りてるダメ人間です」

「どーもーダメ人間でーす」

 

何か知らないけれど機嫌良いみたいで良かった。

帰る様子もないので、とりあえず水を渡して山田の隣に座ってもらった。

さすがの山田も迷惑そうだ。

 

「ていうかお姉さんまで部屋に来たらいよいよ鮨詰めなんですけど」

「良いじゃーん!唐揚げパーティー!混ぜて混ぜて!」

「お姉さんは何個か食べたら帰ってください。この部屋酔っ払い立ち入り禁止なんで」

「えー何でー厳しいなあ。若い子がいいのかー!」

「だる……」

 

酔っ払いお姉さんとなら、喜多さんの方がまだマシだ。

……いややっぱりどっちも嫌だな。

 

「というか今日はだリョウを慰める会なんで。唐揚げパーティーとかじゃないです」

「新しいあだ名!」

「リョウちゃん何かあったのー?」

「ほら、最近元気なかったじゃないですか」

 

お姉さんは酔っぱらいのテンションでずいずいと山田に近寄る。

しまった、酔っ払いをベッドに誘導してしまった。

床で吐くのはもう最悪仕方ないとしても、頼むからベッドに吐かないでくれよ……

これからコインランドリーは流石に面倒すぎる。

 

「嫌な事あったの?お姉さんに話してご覧よ、ほらほらー」

「何にもないです」

「うんうん。悩むのもまた青春だね。よーし!それじゃあ次の私のライブに来なよ!」

「どういう話の展開だよ」

 

酔っているお姉さんの言葉に意味を見出してはいけない。

スカジャンのポケットからくしゃくしゃのチケットらしきものを取り出すお姉さん。

うわあ……あとでチケット入れられるようなケース買ってあげよ……

ちなみにオレは既に貰ってたりする。オレにはいの一番にくれるのだ。かわいい。

 

「ライブで盛り上がって、打ち上げで騒いで、嫌な事忘れちゃお!」

 

そんなんで気分良くなるのはあんたのファンだけだよ。

 

「SICKHACKのライブタダで聞ける!胸熱!」

 

そういえば山田はまさにお姉さんのファンだったんだった。

何だ。こいつも単純だな。

悩んだ顔も絵にはなるが。お前にはそんな表情似合わねぇよ。

しいたけみたいな目になる山田を見て。オレはため息をつくのだった。

 

 

 

ちなみに、話に夢中になっていたオレは唐揚げのことをすっかり忘れて。

気づいた頃には焦げ焦げになっていた……なんて事はなく。

伊地知さんが油切りに上げてくれていて、しかも新しい唐揚げも揚げてくれていた。

天使すぎん???

 

 

 




ボツ展開

「あれ?先輩の妹ちゃん?」
「お酒の人!」
「伊地知さん知り合い?」
「うん、うちによく来て営業妨害していくお姉ちゃんの後輩」
「何してるんですかお姉さん……」
「え、この人しおくんのお姉さんなの?」

原作での台風のライブの日、店長さんがきくりちゃんに「しばらく会わないうちに」って言ってたので若干台詞の変更。

虹夏には彼氏がい───

  • ない
  • 俺が伊地知虹夏だ
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