リハーサルも終わり、段々と客が入ってくる。
時間前になると、ステージの周りは鮨詰めだ。
これだけの人を集めて魅了できるお姉さんたちは素直にすごい。
そんな中、山田は壁に設置してある椅子に偉そうに座っていた。
なんだお前。
「踏まれに行かなくていいのか?」
「私はそこらの最前列狙ってキャーキャー言ってるファンとは違う」
「何だそれ。後方彼氏ヅラ?」
「音を聞け、音を」
「まあ酒吹きかけられたくないしな」
「にわかが!まずは酒浴びてからファンを名乗れ!」
話通じねぇ〜。
ファンからしたら、推しからのファンサかもしれないが。
オレにとってはただの近所のお姉さんだしな。
推しからなら嬉しかったりするのだろうか。
推しか。伊地知さんになら……いやそれでも嫌だわ。
我々の業界ではご褒美ですってか。やっぱここのファン愉快にキマってるな。
照明が落ち、歓声が上がる。
ステージの幕が上がると同時に、演奏が始まる。
こんなにステージから離れているのに、ドラムの音圧がびりびりと伝わってくる。
その様はまさに音の壁。やはり生は迫力が違うな。
ステージの奥側でドラムを乱打する、真剣な表情の志麻さん。
寿司のストラップのギターをかき鳴らす、普段とは違いクールなイライザさん。
そして、おにころの一升瓶とスーパーウルトラ酒呑童子EXを相棒に早速ファンサを行う廣井お姉さん。
観客から悲鳴にも似た黄色い歓声が飛ぶ。
バチが弦の上で荒ぶり、ぐちゃぐちゃに思えて計算が尽くされた旋律を奏で出す。
観客全員が酔っぱらったかのように廣井お姉さんの歌声に叫び狂う。
強烈な酒に酔ったかのような酩酊感に頭がクラクラして、平衡感覚を失いそうになる。
これが音楽。これがSICKHACK。これがこれがサイケデリックロック。
お姉さんのライブはいつ聞いても飲み込まれ、惹き込まれる。
この曲は万人受けするような綺麗な歌じゃない。
むしろ、特定の人間にしか刺さらないアブノーマルな曲調。
しかし狭く深くな曲は一度聞き惚れれば2度と抜けられない底なし沼のような危うい魅力がある。
その証拠に、中毒患者はステージへ向かって揃って手を振り上げている。
お隣の山田もいつになくキラキラした目でステージ上のお姉さんたちを見つめていた。
演奏の圧力と観客の熱気と歌声のカリスマ。
すべてが一体となり、暴力的なまでにこの身も心も塗りつぶす。
リハーサルも凄かったけど、本番はもっと凄い。
しっかりと気を保っていないと飲み込まれてしまいそうだ。
たった3人で、200人はいる観客全員を魅了してしまうのだから、彼女達のパフォーマンスは本物なのだろう。
ワタシダケユウレイ
「ちょっと前行ってくる」
「あいあい」
サビが終わって、設けられた間奏中にお姉さんのファンサが始まる。
山田は席を立ってステージへと群がる観客の中へと飛び込んでいった。
どうせ行くなら、早くから来てんだから最初から最前取っとけばよかったのに。
変にかっこつけるから。
「盛り上がってるか〜〜〜〜!!カスども〜〜〜〜!!!」
調教された観客からのレスポンスを受けて、お姉さんは更にテンション高く演奏を続ける。
弦の上で指を踊るように動かしながらベースを鳴らし、観客を蹴り付けまくる。
間奏中もベースの出番は少なくならない。いやむしろ早くなった程だ。
早くて指が攣りそうな演奏をこなしながらファンサを続ける。
基本的にベースはギターに隠れて目立たない楽器なのだが。
この曲はフロントマンのお姉さんがよく目立つように出来ている。
ギターが目立ちすぎないよう、所々休憩が入ったりと
ベースが演奏をリードして。ギターが合いの手のような役割をしているのだ。
その分、ベースが前面に出て主役を務めているのだが。
お姉さんは他のバンドのリードギター並み……いやベースはなかなか目立てないためそれ以上の演奏を要求されながらボーカルをしてファンサもしているのだ。
並大抵の技術じゃない。お姉さん程の腕があるからこ実現できている荒技なのだ。
それにしても、一曲目からワタシダケユウレイか。
助走なしの開幕からエンジン全開なのは良いが。
このままだと後から演奏するSIDEROSのハードルが上がらないか?