ベーシストの胃袋を掴む話   作:朝潮

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第5話

 

 

 

ところで、並び的にオレは伊地知さんのすぐ隣に座ることになるのか。

ベッドは横に3人が余裕で座れる広さはあるのだが。必然的に距離が近くなる。

 

伊地知さんと肩がぶつかっている。これ程女子と近づいたことはあっただろうか。少し気恥ずかしい。

 

「山田お前もっと詰めろ。伊地知さんが狭いだろ」

「こっちだって狭い」

「あはは。私は大丈夫だから」

 

オレが大丈夫じゃないんだ。なんだか緊張する。

 

いただきますと手を合わせてからカレーを食べる。

口に含むと、スパイスの辛さと肉の旨味がじゅわっと広がる。

うん、美味しい。我ながらよくできたと思う。

 

「美味しい!」

「確かに、なかなか上手くいったな」

「リョウも美味しいよね?」

 

気を遣ってか、黙々と食べ進める山田に伊地知さんが問いかける。

まあ美味しそうに食っているのでお気に召してはいるのだろうが。

 

「カフェのカレーとは違う味がする」

「それは褒めてるのか?貶してるのか?」

「違う味がする」

「黙秘はずるいだろ」

「いや、でも本当に美味しいよ!」

 

伊地知さんは大袈裟なくらいに誉めてくれた。優しい。天使だ。

市販のルーを使っているのだからあまり失敗はないと思うが。悪い気はしない。

もし心の中で、私の作った方が美味しいなとか思っていたとしても推せる。

 

「しお、おかわり」

「どんだけ食うんだよ。お前弁当も食べてたよな?」

「別腹だから」

 

空になった器を差し出す山田。また残したりしないだろうな。

太々しいくおかわりを催促する山田に根負けして、結局もう一杯ついでやる。

 

「ご馳走さまでした」

「お粗末さまでした。美味しかったなら何より」

 

口元を汚した2人にティッシュ箱を差し出す。

きっとオレも汚れているので、一枚抜き取り口元を拭う。

 

「はー。美味しかった。料理上手なんだね」

「ありがとう」

 

回収した皿を重ねて、シンクに置いて水に浸しておく。

ついでに今日食った弁当箱も出しとくか。

 

「そうだ。お礼に、明日のお弁当は私が作ってきてあげるよ」

「いや悪いよ。お礼なら買い物袋持ってくれたし」

「良いの良いの。どうせリョウのも作るからついでだし」

「ありがたや」

「もー。来月バイト代入るまでだからね?」

 

伊地知さんを拝み倒す山田。調子の良い奴だ。

 

「それに、今日カレーだからお弁当には入れられないでしょ?」

 

さすが自炊している伊地知さん。お弁当事情をよくわかっていらっしゃる。

一応、昨日作ったもやし炒めがまだ冷蔵庫にあるのだが。

 

「じゃあ、お願いしようかな」

「うん、任されました。とっておきの作っちゃうよ!」

「楽しみにしてる」

 

女の子の手料理か。親族を除けば初めてだ。

高校に入ってから……いや。下手したら人生で一番楽しみかもしれない。

 

「じゃあアニメの続き見たい」

「そうだね。私も気になるかも。試験どうなっちゃうんだろうね」

 

そういえば現実でも中間テストが迫っているな。かなりタイムリーな話だ。

オレは平均点くらい取れれば良いかな。

 

テーブルを畳んでディスプレイの電源を入れる。

壁に背を預けて、折り畳みできる椅子でも買おうかと一瞬考える。

……なんて。そうそううちに人がくる事なんてないか。

 

リモコンを操作していると、ピロリンとLOINの通知が鳴る。

反射的に自分の携帯を確認するが通知は来ていない。

 

「あれ、お姉ちゃんからだ」

 

トトトト、と女子高生らしく素早い入力でスマホを操作する伊地知さん。

 

「ごめん、今から家に帰らなきゃいけなくなっちゃった!」

「そっか」

「うん。今日ちょっと忙しいみたいで」

 

ライブハウスだったか。大変だな。

伊地知さんはカバンを持ってベッドを飛び降り。

玄関で慌てて履いた時に踏みつけた踵をなおす。

 

「ごめんね、洗い物も出来なくて」

「いいよいいよ、気にしないで」

「けいお○!、また今度一緒に見ようね!リョウ。絶対先に見ないでよ!」

 

伊地知さんは何度も念押しをして慌ただしく出ていった。

急いでいてもこんなに清楚なのはなぜだろうか。

 

「よし、続きを見よう」

「鬼か」

「気になる」

「まあ気持ちもわかるけど」

 

オレが伊地知さんを悲しませるような行動をとると思ったか、馬鹿め。

 

「他にも良さそうなの沢山あるから。ほら、これとかどうだ?今世界で一番人気のやつ」

「そういう人気なのよりあまり人に知られてない隠れた名作が見たい」

「一端に通ぶった言い方しやがって」

 

まあそういう、人気アニメに埋もれてしまった名アニメなんてたくさんあるしな。

その中から幾つかをピックアップして選ばせれば良いだろう。

リモコンでぽちぽちと良さげなタイトルを探す。

 

無表情で感情が読み取れないが、まあ興味はあるらしい。

オレが立って壁にもたれかかっていると、山田に隣に誘導された。

ベッドに縦で3人座るより、横で2人座る方が狭いんだが。

パーソナルスペースがバグっているらしい。

 

「何?」

「いや。表情変わんないから面白いのかなって思って」

「面白い」

「そうなのか。顔に出ないのな」

「面白いけど、大笑いするような面白さじゃないから」

 

まあ確かに。

今日一日、コロコロと変わる表情を見たからか。

山田の無表情が、何だかつまらなさそうに感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

あれ?待てよ。今何時だ?

キリの良いシーンが終わった時、ふと我に返り慌ててカーテンを開ける。

集中してアニメを見てしまったせいか。いつの間にか空に帷が下りていた。

 

「うわ、真っ暗だ」

 

やってしまった。

ついつい最終選別が終わるまで見入ってしまっていた。

何周しても物語に引き込まれてしまう面白さが裏目に出た。

 

「送ってくよ。家どこだ?下北?」

「いいよ。すぐそこだし」

「すぐそこなら尚更送ってく」

「頑固だね」

「オレのせいで何かに巻き込まれたってなったら笑えないから。な?」

「……わかったよ」

 

こんな暗い中、女の子を1人返すほど鬼畜になったつもりはない。

絶対に折れない硬い意志を見せつける。女の子なんだから危機感を持て。

 

2人で部屋を出て、鍵をかける。

こうして隣を歩いていると、なんだか少し不思議な気分だ。

つい昨日まで、一生関わることのないと思っていた美少女を家まで送り届けているなんて。

昨日のオレに言ったら、信じるだろうか。

 

「明日までに何食べたいか考えとく」

「明日も来んのかよ」

「ここは私の家」

「違うよ?」

 

コイツは世界が自分を中心に回っていると思っている人間だ。

いつか、私がいる場所が私の家とか言い出すんだろう。ロックすぎる。

 

「言っとくけど毎日こんなん作れねーからな」

 

今日はコイツのせいでどうしてもカレーの口になってしまったから作ったが。

普段はもやし炒めと炒飯の繰り返しだ。一人暮らしで手の込んだ料理なんか作らない。

それに、伊地知さんが来なければ割引きで買っておいていた冷凍肉でもっと適当に作っていた。

 

「もし私が餓死で死んだら、骨は海に散骨して」

「お前伊地知さんに弁当作ってもらってんだろ」

「足りない……」

「おこがましぃ〜」

 

しくしくと白々しい泣き真似を披露する山田。

というか、山田のこれ。今なら嘘泣きとわかるが。

この前クラスメイトに遊びに誘われた時もこんな様子で断ってなかったか?おばあちゃんが危篤とか言いながら。

もしかしなくてもコイツとんでもない大ホラ吹きなのでは?

 

「あのねえ。オレもそんなに金がないんだよ。お前ほどではないけど」

「どや」

「いや、全然自慢にならないから」

 

今日は一緒に飯食って、アニメ見て。楽しかったが、それはそれ。これはこれ。

このまま寄生されて食費が倍とかになったら泣ける。

 

「これからは食いたいなら一食100円な。リクエストの場合500円」

「神は死んだ……」

「かなり良心的な価格設定にしたつもりなんだが」

「一文なしの私は明日からどうすれば……」

「後払いでも良いから」

「あなたが神か」

「神の復活早すぎるだろ」

 

言葉が軽すぎる。

コイツのことは信用ならないと改めて感じた。

一生のお願いを何度も使ってきそう。

 

「そもそも付き合ってもない男の家で、我が物顔でくつろぐなよ」

「はっ!付き合ったら彼女特権で無料で作ってくれるのでは?」

「どう言う発想だよ」

「養ってください」

「これまでこんなに嫌な告白があっただろうか」

 

話のネタだとしても、告白されるのかと少しドキドキしていたと言うのに。

山田に期待する、ということわざを作ろう。意味は勿論「無駄なこと」だ。

 

「お前は易々とオレの想像を一つ超えてくるな」

「てれ」

「褒めてねーよ」

 

何だかコイツと話していると脱力するな。

いつも気を張っているというわけではないが。

男友達と話す時のような自然体で話せて、案外心地が良かった。

 

 

 

「え?マジ?家ここ?」

「うん。ありがと」

「こんな立派なとこ住んでて、お前何で金ないの?」

「お小遣いはたくさん貰える。でも楽器買うとすぐ無くなる」

「このお嬢様が!!!」

 

 

 

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