ベーシストの胃袋を掴む話   作:朝潮

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第7話

 

 

 

「って、お姉さん髪まだ濡れてるじゃないですか。ドライヤーしなかったんですか?」

「ごめん、早く食べたくて……」

「髪やってあげるのでドライヤー持ってきてください」

 

髪は長いと洗うのも大変だし乾かすのはもっと大変なんだよ〜ってこの前絡み酒で言ってた。

短く切っているオレの部屋にはドライヤーはないので、部屋に取りに行かせる。こんな事は日常茶飯事だ。

 

「お姉さん髪綺麗なんですからちゃんと手入れしてくださいよ」

「ごめんなさい」

 

お姉さんの髪を乾かすのはまだ何回か目だが、もう慣れたものだ。

放置すると濡れたまま寝て翌日とんでもないことになるからな。

 

経験則から、髪の手入れには結構時間がかかる。

ベッドに腰掛けたお姉さんの背後に回り、その長髪を手に取る。

コンセントにつなげたドライヤーがぶおーと駆動音を鳴らし始める。

 

「熱くないですか?」

「気持ちいい〜」

 

櫛で軽く梳きながら、ドライヤーを熱くならないよう扇風機の首振りのように揺らしながらを当てる。

シャンプーのCMのように艶やかな長い髪。サラリとした指通りが心地よい。

髪質を傷つけないよう丁寧に扱う。

 

「痒いとこありますかー?」

「ありませーん」

 

適当にふざけ合いながらも、手を動かし続ける。

こうして見ると、本当に美人だ。これで酒癖が悪くなければなあ。

 

「ふへぇ〜」

 

わしゃわしゃと髪をかき上げて中側の髪を乾かす。

お姉さんは眠そうな声で気の抜けた声を上げている。

 

「このまま寝たらまた胃を悪くしますよ」

「ちょっと食べすぎちゃったかも」

「子供じゃないんですから。自分の胃の大きさくらい把握しといてください」

「カレーが美味しいのが悪いんだよぉ」

 

口を尖らせて言い訳をするお姉さん。まあ、悪い気はしないが。

そんなこんなしているとようやく乾いてきた。

バラバラに散らばった跳ねた髪をヘアブラシでまとめる。

ブラシで梳いて、手櫛で撫でる。梳いて、撫でる。それを繰り返す。

 

「はい、こんな感じでどうですかね」

「ま、まだ乾いてないかも……」

「乾いてますよ?ほら」

 

お姉さんの長髪を手で梳くと、乾いた髪がサラサラと流れる。

こうして梳かしていると、上質の生糸を触っているかのようだ。

 

「また濡れてきたかも……」

「はい?」

 

また変なことを言い出した。

 

「あっいやそういう意味じゃなくて!か、髪!髪濡れてきた!」

「まあちょっと落ち着いてくださいよ」

 

真っ赤になりながらわたわたと手を振るお姉さん。

なんか知らないけど勝手に喋って勝手に照れている。

背中を撫でて落ち着かせる。

 

「で、何が何ですって?」

「えっと……その……もっと髪やってください……」

「素直に最初からそう言ってくださいよ」

 

だって、だって、と繰り返している。

もう歳上の威厳なんてないんだから素直に慣ればいいのに。

それに、意外とオレも楽しいからな。猫のブラッシングをしてるようで。

再びヘアブラシを髪に入れ、しゅり、しゅり。と流す。

 

「あの、撫でるのもやって……」

「はいはい」

 

お姉さんが恥ずかしがりながら甘えるような声で言う。

全く。もうそろそろ30だというのに。

ブラシで梳いた髪を撫で付け、手櫛で髪を整えてやる。

 

「どうですか〜」

「最高〜」

 

髪の奥へ侵入させて、頭皮を指の平で掴み。

もみもみと揉み込む。見よう見まねだが頭皮マッサージのつもりだ。

 

「ゔぁっ……うっ……それイイかも……」

 

されるがままのお姉さん。

お姉さんの髪を弄るのが楽しくなってきた。

 

「今日はどんな髪型にしようかな」

 

いつもは、すぐに死にそうなお母さんのような髪型のお姉さんだが。

たまに髪型を変えて楽しんでいる。主にオレが。

オレは左右に髪を一房ずつ握り、耳の上へと持ち上げる。

 

「ツインテールどうですか?」

「ちょっと子供っぽすぎない?」

「オレしか見ないんだから良いじゃないですか」

「えー」

 

お姉さんが暴れるので、即席ツインテールは崩されてしまった。

後ろからではどんな感じなのか見えない。大きな鏡がないのが残念だ。

ツインテールについて、まだぶつくさ言っているお姉さんの頭を撫でて宥める。

 

「ほら、良い子良い子」

「うぅ……おしおくんに駄目にされるよぅ……」

「何言ってるんですか。お姉さんはオレと出会う前からダメ人間でしたよ」

「うわーんひどい!」

「反論は借金返してからしてくださいね〜」

 

今日は普段の三つ編みから少し変えておさげにすることにした。

サイドの髪を二つに分けて、後ろで一つに結んでいく。

あまり凝ったことはせずシンプルに。いつもは一本だが、三つ編みは慣れた作業なのですぐ終わる。

 

「こっち向いてください……おっ、美少女発見」

「揶揄わないでよ〜」

「それは無理ですね。趣味なんで」

「やっぱりいつも揶揄ってたんだ!ちょっと意地悪だなって思ってたけど!」

「まあまあ」

 

さっき撫でた時に反応が良かったので、また撫でて宥めてみる。

すぐに大人しくなった。ちょろいな。

 

「うぅ……おしおくん結婚してぇ……」

「うちのアパートペット不可なんで駄目ですね」

「ペット扱い!?」

 

編み込んだ髪を垂らし、パジャマについているフードを被せる。

これで外見まで猫になった。完璧だな。

 

「うわーん!こうなったらやけ酒だー!」

「こら!」

 

どこからともなく取り出したミニパック酒を持つ手をガシッと掴んで止める。

今どこから出したんだ。そのパジャマの中に直に入れてたのか?

 

「この前飲んでベッドの上に吐いたの忘れたんですか?オレの部屋では完全禁酒です」

「わ、わかったから……手、離して?」

 

咄嗟におにころごと掴んでいた手を離す。

なんか、変な空気になってしまった。

 

「今日は、家に帰りたくないな……」

「何言ってるんですか、すぐ隣でしょう」

 

この前にお姉さんがベッドで寝た時は大変だった。

ベッドが小さいという事もあるが、大人の女性と同じベッドで寝るわけにもいかず。

仕方なくお姉さんの部屋の布団で寝る事にしたのだが。

なんというか。布団に着いていた芳しいフェロモンに悶々とする事となった。

後日布団はコインランドリーで丸洗いした。

 

「少しくらい、エッチなことしても良いんだよ?」

「捕まるのはお姉さんですよ」

「司法のばかー!」

 

飲んでないのに今日は騒がしいな。

やはりまだ酔いが抜け切っていなかったか。

 

 

 

オレがお姉さん……廣井きくりさんと始めて出会ったのはこのアパートに引っ越してから数日。

お姉さんが大家兼管理人さんに泣きついている現場だった。

学校から帰ってきたら、オレの部屋の真反対で修羅場が起きているんだからアレはびっくりしたな。

 

どうやら、お姉さんは家賃を何か月か滞納したようで。

今日という今日は、ということで。お金が払えなければ強制退去と迫っていたらしい。

 

美人なお姉さんがご近所さんで、少し浮かれていたんだと思う。

オレは親から初期費用として渡されていた10万をまるまる彼女に貸して、なんとか強制退去を免れることができた。

それから少しずつ返してもらっていたが、結局来月には足らなくなってまた家賃を貸すことになった。

 

買おうとしていた中古テレビは、型落ちのスピーカーが壊れたディスプレイとなり。毎日のご飯は貧乏飯となった。

とはいえ、別に後悔はしていない。少しずつだがしっかりと返してくれるし。

……まあ結局、お金を貯められなくてまたオレに借金しにくるのだが。

 

日頃から酒を飲んで日中ぶらぶらしているお姉さんのお金の出所を不思議に思っていたら。

なんとお姉さんはバンドを組んでいるようで。インディーズだがなかなか人気があるらしい。

パチンコとかを仕事にしてるんじゃないかと思っててごめんなさい。

 

そんなお姉さんは、利子代わりとか言ってベースを教えてくれたり、自分のバンドのチケットをくれたりしてくれる。

駄目な大人なのにどうにも憎めない。

 

ベースはアンプに繋がなければ音が小さく、こんなアパートでも弾き放題。

学校の休日にはつきっきりで練習させてくれたりする。

しかし、オレは楽器の才能はなかったみたいで。

お姉さんに直々に指導してもらっているのにあまり上手くなっていない。

ただ、ベースを弾くのはなかなか楽しくて。かっこよく楽器を弾くお姉さんの、半分ファンになっていた。

 

 

 




なんかきくりさんが可愛すぎて主人公がキザな野郎になってしまった……
もっとヘタレなイメージだったのに……

きくりお姉さんのにおい

  • くさい(良い意味で)
  • いい匂い(フェロモン的な)
  • いい匂い(香水的な)
  • 無臭
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