第8話
別に疑っていたわけではないが、本当に伊地知さんはお弁当を作ってきてくれた。
クラスメイトからの視線がチクチクと痛い。
このお弁当1つに男子共は即金で1万は出すだろう。
交渉次第では10万までなら何とか行けそうだ。
とはいえ、女友達からの初の手料理を奪われるわけにはいかない。
オレが作るような飯の残りと適当に焼いた肉をぶち込んだ手抜き弁当とは比べ物にならない。
見た目も綺麗な色とりどりのまさに女の子っぽい可愛いお弁当だ。
「バイト?」
「そうなの」
3人で机を囲んで弁当に舌鼓を打ち、しばらくお弁当談義に花を咲かせた後。
本題とばかりに伊地知さんは昨日すぐに帰ってしまったお詫びと共に、その理由を詳しく話し始める。
「うちのライブハウス、最近オープンしたの。それでね。軌道に乗ってきたのはいいんだけど。まだ従業員が少なくてね」
「わたし含めて4、5人」
「お前も働いてんの?」
「ぶい」
山田は突然ピースしてきた。
何の真似だ。
「お姉ちゃん……店長は、私とリョウで遊べるように、お客さんが少なそうな日に2人ともお休みの日を作ってくれてて。でも、お客さんが多いと昨日みたいに手が回らなくなっちゃう事があるの」
「逆に雨の日とかお客さんが来ないとやる事なくてバイト無くなったりする」
オレが無視したからか、Vの字にした指を閉じたり開けたりしてチョキチョキと動かし始める。
それはなんだ。威嚇か?威嚇してるのか?
「ライブハウスって重い機材が多いし、次のアルバイトは出来れば男の子が良いな〜って思ってるんだけど……どうかな?」
「でも、しおもバイトしてるって」
「あー、そうなんだ……」
オレが答える前に、山田がバッサリと斬り伏せた。
天使が悲しんでおられるぞ。
「オレのバイトは土日の忙しい営業中だけだからできなくは無いけど。掛け持ちはちょっと難しいかなあ」
「だよねえ」
とはいえ、バイトの誘いにホイホイ乗るのもなあ。
土日だけにしたのも、バイトだけに時間を使いたく無いからだ。
せっかくの一人暮らしなんだから遊びたいし。
「土日だけ?」
「そう」
「じゃあ学校の日は毎日ご飯食べられる」
「お前毎日来んの?」
「うん」
「リョウ。そんな入り浸ったら迷惑でしょ」
伊地知さんが諭すように山田を叱る。
「良いよね?」
「飯代忘れんなよ」
「ほら」
山田は確かに邪魔ではあるのだが、思春期男子としては可愛い女子が部屋に入り浸るのは大歓迎だ。
男というのはそんなシチュエーションだけでご飯三杯はいける生き物なのだ。
「へー、リョウがお金払うなんて珍しい。私にもお弁当代払ってもらおうかな?」
「そ、それは幼馴染割引きで……」
「しょうがないなあ」
とは言いつつも、伊地知さんも満更ではなさそうな顔だ。
自分のためだけに弁当作るのって面倒だよな。
作る側からすると、人に食べてもらうのは嬉しかったりするのだ。
伊地知さんが作った弁当を見る限り、気合を入れているのがわかる。
「それにしても、そっかー。もうバイトしてるんだね」
「悪いな。どうしても人手が足りない時は手伝うよ。友達として」
「え、そんなの悪いよ」
「機材とか、重いもの下手に動かして怪我とかしたく無いだろ」
「うーん。じゃあもしそういうことがあったら臨時のバイトを頼もうかな」
「任せろ」
居酒屋を辞めて、こっちに鞍替えしてもいいんだけどな。
高校入ってからだから……まだ初めて1、2ヶ月そこらだが。凄く働きやすい。
それに、賄いが出る上に滅茶苦茶美味いのだ。
「しお。今日は何作るの?」
「んー。まだ決めてない。何食べたい?」
「500円」
「は?」
話が終わったと見るや否や、すぐに山田が飯の話を始める。
また変なことを言い出した、と思ったが。
そういえば、リクエストは500円って言ってたな。
「そうだな。アレはどうしても作って欲しい時だけでいいよ。提案聞いて、作れそうだったら100円のまま。難しそうなら500円で作ってやる」
正直に言うと、メニューを考えるのが面倒なのだ。
あんなに作ったカレーも、山田とお姉さんがたくさん食べたから朝にドライカレーにして食べてもうなくなっている。
「じゃあ、オムライス。卵美味しかった」
「あぁ」
昨日はカレーにオムレツを付けてやったんだっけ。
オムレツはバイト先のメニューにあるから、焼き加減がやたら上手くなったんだよな。
「オムライスなら作ってやるよ」
「やった」
まあオムライスなら簡単だしな。
ついでに具材にもやしを刻んで消費させるか。
「リョウは今日バイトでしょ」
「Starryまで持って来て」
「無茶言わないの」
どうやら、バイトは学校終わりに直行するらしい。
タイムカード制で、親族経営らしくそこまで時間に厳しくはないが。
最低限掃除や準備諸々を営業前に終わらせていないといけないようだ。
「オムライス……」
一度思いついたらその口になってしまうのはわかる。
寂しそうに呟く山田に同情心が湧く。
想像させてしまったのはオレだ。どうにかできないものか。
「バイト終わりに来るか?」
「行く」
我が意を得たり、とばかりに息を荒くする。
提案したオレが言うのも何だが、そう軽々しく夜に男子の部屋に上がるなよ。
そんなこと言ってっも、こいつには無駄なんだろうが。
伊地知さんも、あちゃーと頭に手を当てている。
「上がり何時だ?迎えに行くよ」
「平気」
「暗いだろ。行くから待ってろ」
お、何か恋人っぽいやり取り。相手が山田なのが不服だが。
こう言うのは伊地知さんみたいな正統派美少女に言いたかった。
「じゃあ、Starryの中で待ってて」
「あ、おいでおいで!ついでにライブも見てってよ!」
お金を落としてくれるかもと言う話になった途端にテンションの上がる伊地知さん。
これはやり手の小売人ですねえ。
「あー……行ってみようかな」
確かに、新宿のとこ以外のライブハウスも気になる。
迎えついでにライブ、聞いて行こうかな。
「じゃあ早速今日の放課後にStarryに集合!」
「今日かよ。まだライブハウス開いてないんじゃない?」
「大丈夫大丈夫。私の友達って言えば営業前に入れるから。あ、お金は大丈夫だからね」
「おぉ〜。伊地知さんが権力者に見える見える」
「ふっふっふ。私は社長の妹なのだよ」
「姉の威を借る妹」
営利目的ではなかったか。なんて優しい。
珍しくリョウまでツッコミに回っている。
・ボツサブタイトル
行き倒れと行き遅れ
きくり・星歌推しからだけじゃなくいろんな方面から怒られそう。
・ボツ展開
「バイトしてるって言っても土日の夜にだけだから。特に問題はないかな」
「週2?」
「そう」
「中途半端だね」
「お金欲しいけど、初めてのバイトだからとりあえずでね」
「じゃあ、お試しってことで一度働いてみない?給料は出すからさ。それでもし難しいようなら断ってくれていいから」
「そんなんでいいのか?」
「大丈夫。うちのお姉ちゃんが店長だから結構ゆるいよ〜」
「そこまで言うなら居酒屋は辞めてもいいんだが。でも賄いが出るんだよな。滅茶苦茶美味しいし」
「じゃあ、私が賄い作るよ!ライブハウスって飲食店扱いだし」
「そうなのか?」
「うん。何か歌を聞くだけの許可とか条件とかで色々大変なんだって」
「へー。おもちゃメインなのにガム一個付けてお菓子って言い張ってる食玩みたいだな」
「あはは。それと同じかも」
「じゃあ、まずはお試しで一週間働いてもらうって事で!」
「虹夏、私にも賄い作って」
「しょうがないなあ」
リョウの胃袋を掴めなくなりそうなので泣く泣く却下。
もし付き合えるなら……
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伊地知虹夏
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山田リョウ
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廣井きくり