中学生活、三度目の秋。
玉鋼(たまがね)高等学校の文化祭に来ていた空は、ある展示物に目が留まった。
それは、メイド喫茶やお化け屋敷などと言った、大掛かりな物ではなく、研究結果を公の場に披露するといったもの。
壁に貼り付けてあるだけのその展示物には、派手さを感じることはない。ないのだが……
「『四十八手の名前とその体位』 制作部……ヘンカツ部?」
そのタイトルと制作した部の名前を空は零す。
内容はタイトル通りで、江戸時代を彷彿とさせる古風なタッチの男女が、×××している絵と、その体位について解説しているというもの。
菊一文字、松葉崩しなど聞いた事のある体位や、漫画やアニメで頻繁に使われている体位など、事細かに解説している。
悔しい事に、意外にも勉強になってしまう。
内容はアレだがよく調べあげられていて、分かりやすく解説されている。
興味を惹かれない訳がなかった。
結果として空はその場で足を止めて、読みふける事にした。
「こんな辺鄙なとこまで来るとは……君は物好きなんだな」
「ひょわーっち!」
不意に声を掛けられ、空は変な声を出して驚く。
読んでいるものがアレなので、気恥ずかしさも相まって、体中が熱くなっていく。
「夢中になっている所すまないね。ゆっくり見てても構わんぞ、少年」
空に声をかけたのは玉鋼高校の制服を着た、長い黒髪の女生徒だった。
エロ本に登場する、クール系OLを彷彿とさせる完成された顔立ち、正面からでも分かるほどの高身長系のグラマラスボディ。
空は目線の先を悟らせないように、すぐに展示物へと視線を移した。
「ふふ、ごゆっくり」
そういうと、女生徒は腕を組みながら空から二、三歩下がった場所に佇んだ。
後ろからの視線が気になるが、空は目の前の展示物を読む事に集中した。
体位の名称、どのような動きか、男女にかかる負担、果てはその体位が出ている成人向け雑誌の紹介までも書かれている。
いつしか、後ろの女生徒の事を、空は気にならなくなっていた。
「面白いか?」
静かに読んでいると、後ろに佇んでいた女生徒が話しかけて来る。
凛とした大人びた声は、静かな廊下によく響いた。
「まぁ、面白いッス」
「そうか。……ふふ、それは私たちが作ったものなんだ」
「へ~、そうなんですか? 良く出来てます……よ……」
女生徒の方へ振り返り、感嘆の言葉を掛ける。
差し込む日差しと女生徒の美しさから、空は言葉を詰まらせてしまう。
展示物を見ている女生徒は長い髪をかき上げ、耳を外に出す。
一つ一つの仕草が艶やかに見え、空は邪(よこし)まな妄想をし始める。
長い黒髪で男性のアレを慰めたり、アへ顔をさらしたらこんな風になるのでは? という成人向けのよからぬ妄想を……。
「む、少年。何かよからぬ事を考えてないか?」
「は、い、いやぁ~、そんな事~、考えてないっスよ」
「狼狽(うろた)えていると、怪しく見えるぞ」
「そ、そうッスよね。はい、アへ顔の妄想をしてました」
これ以上狼狽える事がないように、空は思ったことを打ち明けた。気持ち良いほどに潔く。
「正直なのは良いことだが、時と場所は選んだ方がいいぞ」
「まぁ、善処するッス」
「はぁ~。でもまぁ、ここでは何を言ってもいいぞ。今は私と少年しかいないのだからな」
女生徒の言う通り、この場所を通る一般客は誰一人おらず、生徒すら歩いている人がいない。
空がいるこの場所は、一般客が立ち入ってはいけない禁止区域に指定されている場所である。
トイレを求めて道に迷った空は、仕方なく近場である禁止区域のトイレに入り、そして元の廊下に戻る途中で、この展示物を見つけたのだ。
「ふふ。ところでこの展示物の感想を聞いてもいいか?」
「そうですね。……俺は好きですよ。あえてなのか分からないっスけど、イラストが江戸風な所とか。それに、よく調べられてるところが勉強になるッス」
「そうか。勉強になったのか。ふむ」
何かを納得した様子の女生徒。
そんなやりとりをしながら、空は展示物に目を通していく。
ここが禁止区域であることを、すっかり忘れてしまうくらいに読み更けていく。
女生徒は姿勢を崩すことなく、その様子を眺めていた。
そして、最後まで読み切った頃には、オレンジ色の陽光が、廊下の窓から刺しこんでいた。
「あぁ~、面白かっ……」
腰をポンポンと叩きながら、後ろを振り返る。
そこには見た目ギャルなセミショートの女の子と、お人形さんのような、まごう事なき幼女が増えていた。
「でゅふふ、このツンデレお嬢とヘタレ執事の絡み……くぅー、たまりませんよ~」
「桜、文化祭頑張ったから、もっと揉ませて」
「ふふ、姫乃は甘えん坊さんだな」
「なんか増えてる⁉」
気づかぬうちに空の後ろには、二人の女生徒が増えていた。
一人は下卑た笑い声をあげながら漫画を読んでおり、もう一人は桜と呼ばれた女生徒の胸を揉みしだいていた。
「あぁ、今更気付いたのか少年。この二人はヘンカツ部の部員だ。いわば同志だな」
「いよ~ッス少年。あたしらの作品、気に入ってくれたかな?」
「少年、お気に召したようで、なにより」
乳揉みを止めない幼女に、少年と呼ばれる空。だが外見で判断してはいけない。
こう見えて年上なのかもしれない。いわゆる合法ロリというものである。
アニメの知識から、空はそういう事を学んでいた。
「文化祭最終日だが、誰かに読んでもらえて良かったよ」
「うん、頑張った甲斐があったなぁ~。でもここ、立ち入り禁止区域にされてたからな~」
「風紀委員、マジ許すまじ。腹いせに今度は、これを載せたい」
「姫乃ちゃんのおっぱい研究禄は、プライバシーに反するからダメだって~」
「今の所、桜のおっぱいのぱふぱふが、一番気持ち良い」
「よさないか姫乃。照れるじゃないか」
「いや、一応男の子が目の前にいるからね。照れるんじゃなくて、恥ずかしがろうよ……」
「む、そうだな。すまないな少年」
桜は空の方を向いて謝罪する。が、
(この場合のぱふぱふって、仙人が受けたあの……と言う事は、この人のお胸のサイズは……)
置き去りにされていた事よりも、姫乃の言った“ぱふぱふ”の事が気になっていた。
「お~い、少年。いかがわしい事考えてんな~?」
「はい。ぱふぱふについて考えてました」
「正直だな。少年は……」
ギャルの女の子は、ため息を吐きながら呆れ顔をした。
「ふふ、それが少年の長所さ」
「わたし、正直な人は好き」
「あぁ、私もだ。今更だが自己紹介がまだだったな。少年、必要か?」
「まぁ、これも何かの縁だと思うッスので、お願いします」
女生徒三人は空の前で整列すると、それぞれ自己紹介を始めた。
「そんじゃ~、トリは嫌だからあたしから。あたしは神楽坂(かぐらざか)柚子(ゆず)。ハードタイプのオタクだよ。どこかで会ったらよろしくね、少年」
懐から取り出した丸眼鏡を掛け、嬉々爛々として自己紹介をする柚子。
言動からオタクっぽくなかったのが印象的で、活発なギャルのような空気を醸し出していた。
「次、わたし。小野乃(おのの)姫乃(ひめの)。十才。飛び級してる。理想のおっぱいを探してる。よろしく少年」
淡々と抑揚のない声音で自己紹介をする姫乃。
見た目通りの幼女だった事に、空はちょっとした衝撃を受ける。
実年齢が分かった瞬間、抱っこしたい衝動に駆られるがなんとか我慢する。
「最後は私だ。私はヘンカツ部の創設者にして、部長の柏木(かしわぎ)桜(さくら)だ。他人よりもちょっとエロい話にうるさいだけのしがない女だ。また会ったらよろしくな、少年」
自己紹介をする桜の仕草、一つ一つが絵画のような美しさを空に感じさせた。
「よし、これでヘンカツ部の自己紹介が終わったな。次は少年の番だ」
桜に促されて自己紹介をする事になる空。
変な気恥ずかしさが混み上がって来る。
「は、はい。俺は霜野(しもの)空(そら)って言います。朝(あさ)陽(ひ)中学の三年です」
「中三か~。懐かしいね~」
「うむ、そうだな」
「わたし、その感覚、知らない」
なんのひねりもない自己紹介をすると、桜と柚子は中学の懐かしさを感じていた。
飛び級している姫乃に関しては、何のことか分からず、欠伸をして眠そうにしていた。
『ただいま、時刻十六時を回りました。これにて玉鋼高等学校文化祭を終了いたします。ご来場いただきました、来客の皆様、本日は玉鋼高等学校にお越しいただきありがとうございます』
各々の自己紹介が終わると、文化祭終了のアナウンスが校内中に響き渡る。
「文化祭も終わりだね~。ちょっと寂しいかも」
「ん~、ねむい。早く帰りたい」
「もう少しの辛抱だ。さて少年。文化祭はこれでお終いだが、少しでも楽しめたのかな?」
気晴らしに来た玉鋼高校の文化祭。
文化祭後半にやって来て、堪能できたのはわずかな屋台と、ヘンカツ部の出し物だけだった。
しかし十分すぎると言える程に楽しめた。
進路を考える年。
気晴らしに来た文化祭は良い息抜きとなり、貴重な経験にもなった。
「これだけしか見る事が出来ませんでしたが、十分楽しめましたよ」
ヘンカツ部の展示物に再び目を向ける。桜達の話から、日の目を見ることが無かったと思われるこの展示物。
しかし、彼女達の展示物には、想いと努力の結晶の輝きが空には見えていた。
「ならよかった。そろそろ私たちも教室に向かわねばならん。少年も気を付けて帰るんだぞ」
そう言って、桜は柚子と姫乃を連れて、教室へと歩き出した。
「空、少年。この学校に来るのかな?」
「ん~、どうだろうね~? でも空君が来たら、もっと楽しくなりそうだね~」
「後輩か……出来るといいな」
□
桜達が廊下の角を曲がり、空からは見えなくなる。
残された空は、展示物に再度目を向ける。
「……なんだよ、『四十八手の名前とその体位』って。…………ぷっくく」
タイトルをつぶやいた空は、展示物の内容を思い出して吹き出した。
誰もいない夕日の差し込む廊下に、空の押し殺した笑い声が微かに響く。
外にいた一般客は、校外へと退出して、残るは空のみとなっている。
不審者と間違えられる前に、空は早足で玄関口へと急ぎ向かった。
(俺の居場所になりそうな所……見つけたかも)
展示物を思い出しているのか、先の未来への期待からなのか。
周囲の人からすれば、空の顔は気持ち悪いほどに、にやけているものだった。