空の家から自転車で三十分。空が通う事になった、玉鋼(たまがね)高校に行くまでにかかる道のりだ。
定期があればバスか電車の、どちらかでも通うことが出来る。
しかし、朝の電車やバスは人混みが激しいうえ、中学時代の同級生とバッタリと顔を合わせてしまう可能性もある。
中学の同級生は家から近い場所にある高校か、遠いが定員割れをしている高校の、両極端な割り振りとなっていた。
偏差値がやや高く、少し距離がある玉鋼高等学校を狙う生徒は、空以外存在しなかった。
ともあれ、交通での混雑と元同級生の要因が決め手となり、空は自転車通学を選択した。
入学式から一週間経った今日。遅くまでアニメ鑑賞をしていた空は微睡(まどろみ)の中にいた。
「おにぃ、朝ごはん出来たよ」
『そら』と書かれたプレートが、かたんと音を立てて揺れる。
妹の海が半開きの扉から顔を覗かせて、未だ布団に包(くる)まっている空に声を掛ける。
中学三年生の海は着慣れた学生服を着ており、いつ登校してもいいよう準備を済ませていた。
「ほらおにぃ、起きなよ!」
痺れを切らした海は、未だ寝ている空の布団を引っぺがした。
ふわりと持ち上げられた布団は床に落ち、パジャマ姿の空が現れる。
愛用している抱き枕に両腕両足を絡ませたままの姿で。
「…………」
海にとって見慣れた光景とは言え、頭を抱えざるをえなかった。
空の抱いている抱き枕は、裸体の美少女が大きく股間部を広げ、こちらを誘うように両手を広げている物。
いわゆるアダルトグッズに部類する抱き枕である。
一人の女性として客観的に見れば、ドン引きした後、嫌悪感から叩き起こしている。
しかし兄妹として長く近い場所で見てきたのもあり、海は頭を抱えるだけに留まっている。
家族の前で好きなものを堂々と公言した空。
そんな堂々とした兄の事を、悔しくもカッコ良いと思い、海は尊敬していた。
だが、目の前にいる尊敬すべき兄は、今現在幸せそうにアダルト抱き枕にしがみついている。
何度もこの光景を見てきたおかげか、肉親として嫌悪感はない。
しかしレディーとして、海は怒りの様なものを右手に込め始め――
「チョアーー!」
「げふぁ!」
抱き枕諸共(もろとも)、空の腹に正拳突きを食らわせた。
脇腹から鈍い痛みが通り抜け、空は一気に覚醒へと持っていかれる。
加減したとはいえ、無防備の状態で技を受ければ、痛いのは当然の事。
突きを受けた空は、抱き枕を放って鈍痛がする脇腹を抑えた。
「な、なにすんの……」
うめき声をあげながら、空はようやく起床する。
「そういうのが好きなのは分かるけどさ、年頃の女の子がいるんだから少しは自重してよ!」
言葉に怒気を含みながら、海は空を見下ろす。
「む、むり。これないと寝れないし、いい夢見れないから……」
「むぅ~、だったら一回で起きてよね。あんまりおにぃの部屋に、入りたくないんだから」
そう言って空の部屋を見渡す海。
視線の先には本やゲームに加えて、数多くのオタクグッズが並べられている。
しかしそれ以上に、十八歳以上でないと買えないグッズやゲームなども多く置いてあった。
年頃の海にとって、空の部屋は近づきがたいものになっているのは、もはや言うまでもない。
「早く支度して降りて来てよ。うち、もう来ないから」
足早に空の部屋から出ていく海。
すっかり目が覚めた空はクローゼットに向かい、玉鋼高校のブレザーを手に取った。
□
海とのいざこざはあったものの、空は悠々自適(ゆうゆうじてき)に登校した。
幸運にも信号が全て青だった事もあり、いつもより早く学校へと辿り着くことが出来た。
教室内はグループ同士の会話で賑わっており、まるで昼休みのような活気で満たされていた。
(異世界の居酒屋って、こんな感じかな……)
などと思いつつ、空は自分の席へと向かう。
「姫乃ちゃ~ん、今日もかわいいね~」
「ねぇ~、次変わってよ~」
「え~、次アタシが抱っこする番なんだから、だめよ~」
空の目指す席の横には、数人の女子生徒がワイワイと騒いでいた。
「空、おはよう」
「おはよう姫乃」
短い挨拶を交わし、空はバックから机へと教材を移し始める。
クラスで唯一話せる相手である姫乃。気軽に話し合えるようになったのはつい最近のこと。
姫乃は愛らしいルックスと低身長、鈴の音のような可愛いらしい声音などから、クラス中の生徒を骨抜きにし、あっという間に人気者となってしまった。
そんな悩ましい弊害のおかげもあり、空と会話が出来る機会が減り、今では姫乃の周りを取り巻く女子の壁に阻まれ、会話が出来ないという事態に陥っている。
女子達を敵に回したくない空は、奇異の視線をポーカーフェイスで躱し、自分の席に座る。
時間を一瞥し、愛読書に時間を費やすために、ブックカバーを掛けている本を取り出す。
そして栞の場所を開いた。そこには半裸の女性が目に涙を浮かべ、何かを懇願して――
(ってこれ、官能じゃん⁉)
学校生活の危機を感じ、勢いよく本を閉じる空。内心慌てて取り乱すが、それを表情に出すことはない。
隣の女子達に悟られないように、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
(字だけのページならまだしも、挿絵の場所はな~……)
官能小説とは成人向け小説、つまりはエロ小説である。
中でも美少女文庫はライトノベルのように読みやすく、挿絵も多く入っているため、中、高校生たちが多く所持している傾向にある。(※空の独自調査より)
「いやん、姫乃ちゃん。ぱふぱふしちゃだめよ」
官能小説を読もうか迷っている空の横で、姫乃の席の方から女子の艶声が上がる。
声の方へ頭が向きそうになるのを堪え、空は一度小説を机の上に置いた。
(落ち着け~。いまここでチラ見したら、女子に察せられるぞ。ていうか、ぱふぱふってなに⁉ ドニャクエなの⁉ ドニャクエ通りなの⁉ 教えて! 烏山先生)
頬杖を突き、姫乃とは反対の方を向きながら、空は再びため息を吐く。
「あゆみのおっぱい、気持ちいい。もっとこうしたい」
「あぁ~ん。あまりスリスリしないで。声出ちゃうから」
(いやもう出ててるし。ていうか俺に聞こえて、隣人トラブルになるよありがとうございます)
姫乃の席から聞こえる艶声を堪能する空。
欲が出た空は、小説をバックに戻す素振りをして、姫乃の席をチラ見する。
(ちぃ、良い感じに肉壁になりやがって)
暴言を心の内で吐きつつ、空は小説の代わりに流行りの漫画を取り出す。数人の女子が取り囲んでいるおかげか、姫乃と胸をいじられている? 女子の様子を伺う事に失敗する。
仕方ないと諦めて、耳を傾ける事に集中する。
「う~ん、このムニュムニュ感、良い」
(どんだけ揉んでんの姫乃さん⁉)
「だ、だめ、姫乃ちゃん。そんなにモミモミしちゃ……め、目覚めちゃうから~」
(何にだよ! いや、姫乃の事だし母性にか……)
謎の納得をする空。取り出した漫画を机の上に置き、頬杖を突く。そしてため息。(三回目)
(ていうか、本に集中できないんだけど……)
未だに胸を揉まれているあゆみは、姫乃の席にて艶声を度々上げている。
声の音量は小さいものの、その甘酸っぱい音は全て空の耳に入っていた。
(もういいよ。あゆみって子で妄想するから。え~、布の擦れ音からして……)
空の脳内で、巨乳のあゆみが形成される。
クラスの顔を把握してないため、先ほどの官能小説のキャラが出てくる。
「あゆみ、胸、また大きくなった」
制服を気崩したあゆみが、その豊満な胸で男性の象徴を……
「Bカップに成長してる」
空の脳内にいた巨乳のあゆみが、破裂音と共に崩れ去る。
(巨乳じゃないんかい! ていうかBカップじゃおっぱいで擦れね……いや、出来るか)
崩れかけた空だったが、しょうもない考えが頭を横切り、おっぱいの可能性を思考し始めた。
「あゆ~、次あたし~」
「んもう~、しょうがないわね」
邪な考えをしている空を他所に、隣ではあゆみに代わり、別の女生徒が姫乃の席に座った。
(いかんいかん。俺はこっちに集中するか)
いやらしい考えを振り切り、机の上に待機させていた漫画本を開く。
「やったー。はい姫乃ちゃんこっちおいで~。ぐひ、何もしないから~」
(……不審者が言いそうなセリフだな)
漫画に集中しようにも、隣から聞こえてくる声がどうしても気になってしまう。
漫画の内容が入らず、空はコマ割りと絵をただ流し見するしかなかった。
「ん……あいのの太もも、ふかふかで気持ち良い。今度、膝枕して」
「ぐひ、ぐひひ、もちろん。今日のお昼休みにでも」
(女の子がしちゃダメな笑い方だろ……)
「それよりあいの、おっぱい揉ませて」
「うん! いいよ!」
胸を揉ませてと言うお下劣な問いに、あいのは気持ちの良い返事を返す。
あゆみと同じく、姫乃はすりすりと胸元に顔をうずめて、胸の柔らかさを堪能する。
(まったく。姫乃の立ち位置がうらやましいよ)
女子達に取り巻き始められた頃から、姫乃の要求は変わっていなかった。
『おっぱい揉ませて』
これが姫乃の要求である。
この要求を女子達は引く処か、合法的に姫乃に触れるという理由で、自身の体を捧げていた。
それを異常だと感じている人(主に男子)はいるが、止めようとする人はいなかった。
何故なら、思春期の男子と女子にとって、オカズ(妄想)の材料にも出来るからである。
(この音からして、あいのさんは……Bカップだ!)
現に空も、漫画を読むふりをして、隣りから聞こえてくる布擦れの音を聞き分け、あいのの胸の大きさを想像していた。
グループを形成している者はチラ見を繰り返し、寝たふりをしている者は耳を立てて、非現実的な官能的空間を楽しんでいた。
(Bカップで出来る事と言えば……)
空の脳内にて、Bカップのあいのの他に、その子に合うストーリーとシチュエーションが形成されていく。
あゆみと同様に、顔を判別出来ていないため、その容姿は今現在読んでいる、漫画のキャラクターとなっている。
あいの(空想)はツンツンしながらも……
「う~ん、あいののおっぱい、ぷよぷよして、揉み心地良い。でも変わらずのⅮカップ!」
「ア~ン、姫乃ちゃん、上手です~」
脳内であいのの胸がボンと膨らむ。
(まさかのビキニサイズ!)
胸の大きさと、キャラクターの容姿が合っておらず、空想上のあいのは、胸の爆発に巻き込まれて消えてしまう。
現実世界に引き戻された空は、開いていた漫画を静かに閉じ、妄想の残骸を吐き出すようにして深いため息を吐く。(四回目)
「は~い、みなさ~ん。席に着いて」
ため息を吐くのと同時に、ホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴る。
担任である朱野(あけの)先生の呼びかけで、姫乃の周りにいた女生徒は自分の席へと戻っていく。
「はい。皆さん席に着きましたね。それじゃ、ホームルームを始めます」
朱野先生は、持参したプリントに目を通しながら、今日の予定と今週の予定を話す。
「今日の連絡はっと……今日から部活動を始めることが出来ます。入部する部が決まったら、その部の部長さんに入部届けを渡してください」
入学式時の部活動紹介を思い出しながら、生徒達はどんな部に入ろうかとざわつき始める。
「は~い静かにしてね~。入部届は生徒指導部に行くか、私に言えば持ってきますので、覚えておいてくださいね。その他の連絡は――」
ざわざわとし始めた生徒達をなだめて、朱野先生は次々と連絡事項を話していく。
「――という訳で、連絡事項は以上です。今日から授業も本格的に始まります。皆さん、赤点を取らないように、しっかりと学んでくださいね」
朱野先生は日直の人に号令を促した。
「起立、礼、ありがとうございました」
「はい。皆さん。今日も一日、がんばってね」
そういうと、朱野先生は手を振りながら教室を後にした。
準備時間になると、生徒はいつものグループを形成し、何の部活に入ろうか話し始める。
「俺は野球部に入る。小学校からやってるし。お前は?」「僕は帰宅部一択だ。早く帰ってアニメ見たい」
「あたしは漫研に入るわ。あいのは?」「私、先輩の入ってる部にしようかな」
昔からの部に入る者、先輩が所属する部に入部する者、入部しない者と、動機は人それぞれ。
「空、ヘンカツ部、来る?」
「もちろん。そのために、玉高に入ったんだ」
空は満面の笑みで、姫乃にそう言った。
「ん。楽しみ」
表情の乏しい姫乃は少し口角を上げる。そして、一つ欠伸をしてからそのまま寝てしまった。
「授業の準備しなくていいのか?」
「いいの。わたし、この授業、二回目だから」
「……そっか」
空は授業の準備をしてから、再び漫画を読むことにした。
小野乃(おのの)姫乃(ひめの)。齢十歳にして、高校三年生の授業についていける頭脳の持ち主。
あまり変化の見せない表情と、抑揚のない声音で話す女の子で、愛らしいルックスと、抱き心地の良い体格はまるでフランス人形のよう。
甘え上手で、特に女子生徒に人気がある。
姫乃が特殊な人だと言うことを実感したのも、つい最近の事である。
「はい。チャイムが鳴りましたので、号令」
一時限目開始のチャイムが鳴り、空は漫画をカバンにしまって授業を受ける姿勢になる。
「起立。礼。お願いします。着席」
「はい。今日から授業を始めていきます。それでは、国語の教科書を開いてください」
指定された教科書を開き、国語の先生は板書していく。
「はい、今日やる場所は――」
先生の話を聞くために、教室中が静かになる。
「すぅ~……すぅ~……」
(本当に寝てる)
空の横から、小さな寝息の音が聞こえてくる。
教科書を立て、教師から姫乃の姿が見えないようにしてやる。
(ま、ヤバかったら起こすか……)
姫乃の頭脳が優れていても、授業態度で赤点を取ることもある。
入学式の時に出来た、最初の友達。可愛らしい小さな友達が先生に怒られないよう、空は姫乃に気遣いつつ、先生の板書をノートに書き写していった。
□
そしてお昼休み。レベルの上がった授業に疲れた、新入生たちの憩いの時間である。
「姫乃ちゃん、一緒に食べない?」
「あ、ウチも姫乃ちゃんと一緒に食べたい!」
人気者の姫乃は、女子達から昼食の誘いを受けていた。
「今日は、ちょっとむり……」
姫乃はお弁当の入った小さな巾着を片手に持つと、席を立った。
「空、一緒に来て」
弁当の風呂敷を開けようとした手前、姫乃に制服の袖をチョイチョイと引っ張られる。
「ん? どしたの?」
「空、ご飯」
「俺と一緒にか?」
「んん、違う」
違うのか、と空は苦笑いを浮かべ、再び弁当の包みを開けようとする。
「空、一緒に付いて来て」
「あぁ、分かった、分かったから。あんまり袖を引っ張るなよ」
制服の袖を強く引っ張る姫乃。空はため息を一つ吐くと、弁当を巾着に入れて席を立った。
「一緒に来て」
「どこに行くんだよ?」
「……付いてくれば分かる」
姫乃に手を引かれ、女子達からの嫉妬の目を向けられながら、空は教室を後にした。
姫乃との身長差から、中腰のまま廊下を歩く空。
先頭を歩く姫乃の歩幅は小さく、空はゆっくりと彼女が目指す場所に向かっていた。
「姫乃。この態勢辛いんだけど……」
「だったら……ん」
空の手を離して、両手を差し出す姫乃。
「おんぶして」
ピシャリと空に電流が走る。
おねだりの言葉、両手の仕草、羨望(せんぼう)の眼差し。そして可愛らしい声で懇願されれば……
「はい、喜んで!」
承諾をするのは必然だった。空は返事をした後、すぐにしゃがみ、その背に姫乃を乗せた。
(あ、これ、ヤバい。なんか、芽生えちゃう……)
制服越しの背中から伝わる、姫乃の重みと優しい体温。
髪から漂う石鹸の香り。耳に届いてくる姫乃の吐息。折れてしまいそうな華奢なおみ足。
全ての感覚を研ぎ澄まし、空は背中の存在を堪能する。
「マジンガー空、あそこの階段を上って」
「……はっ、いかん。こういう時こそ、紳士でなければ」
正気に戻った空は、姫乃の言う通り階段を上る。
「うらや、いやけしからん!」「幼女にナニをするのかしら?」「変質者? 通報しなきゃ」
すれ違う生徒から小言を言われながらも、空は姫乃の指示に従いながら廊下を進んでいく。
暫く歩くとすれ違う生徒は徐々に減り、目的地目前の頃には、誰とも会う事がなくなった。
「着いた。ここ」
何も書かれていないプレートに、姫乃は指をさした。プレート下の空き教室から、笑い声が漏れている。
静まり返った廊下によく響く笑い声で、とても楽しそうな雰囲気だった。
姫乃を背中から降ろすと、そのままとてとてと走り出し、空き教室へと向かっていった。
その後を追うように、空も歩き出した。
「おまたせ」
姫乃は勢いよく戸を開けた。
「あ、姫乃ちゃん。今日は早いね」
「姫乃の足では、ここまで来るのに苦労するからな」
活発な声と、大人びた声に迎えられる姫乃。二人に歓迎される姫乃はともかく、自分もその中に入っても良いのか。教室の扉より数歩下がった場所で空は立ち止まった。
「姫乃ちゃんも来たし、早く食べよ?」
「そうだな。ま、私はコレだが……」
「またカップ麺? 桜って食とルックスのイメージが全然違うよね~」
「手軽でこの一杯だけで満たされるからな。そういう柚子も、いつも購買の物ではないか」
「これはね、期間限定の……貝だけの海鮮サンドイッチだよ!」
「……おいしそうには見えないが……」
会話の弾み具合から、ますます入って行きづらくなる空。
「桜、柚子」
「うん? 何? 姫乃ちゃん」
「どうした姫乃」
「今日、空に連れて来てもらった」
「空? ……もしかして、あの時の少年か?」
「うん」
「あぁ、あの時の。空君、優しいね」
「おんぶ、してもらったから、早く来れた」
「ほう~、おんぶしてもらったのか……」
「そんで~、その空君はどこにいるの?」
入って行きづらそうにしている空を、チョイチョイと手招きする姫乃。
それに従て、空は桜と柚子に姿を見せた。
「ど、どもッス。お久しぶりッス」
緊張してしまい、急にたどたどしくなる空だった。
□
「あの展示品が少年の心を動かすとはな……」
「だね。頑張った甲斐があったよ~」
空は玉鋼高校に入学したきっかけを三人に話していた。
「そういえば空君って、姫乃ちゃんとすごく仲良いよね?」
「そ、そうですか? 普通だと思いますけど……」
「いやいや、姫乃ちゃんをおんぶしてる時点で、かなり仲良いから」
知らない仲ではないとはいえ、おんぶをする、させるという事は、相互にかなりの信頼がないと出来ない。
それが異性であれば尚のことであり、もし相手が性欲の獣であれば、そのまま人気のないところに連れ込まれ、襲われる可能性も十分にあるのである。
「空は……信用できる。だって……自分に正直……だから」
「はは、ありがとな、姫乃」
姫乃の頭を軽く撫でると、姫乃は気持ちよさそうに目を閉じた。
「聞きました桜さん。お二人は下の名前で呼び合う仲ですよ~」
「ほんと、仲が宜(よろ)しいですな~」
「妬けちゃいますね~」
桜と柚子は、空を茶化すように臭い芝居をする。
「ど、同学年だからタメで良いって、姫乃に怒られたんですよ」
「知ってるさ。私と柚子にそのことを話してたんだからな」
「そうそう、慌てちゃって~、空君かわいいね~」
悪戯(いたずら)気味に笑う柚子に、空は少しムッとする。
話題に上がっている当の本人は、目を瞑(つぶ)ったままだった。
どうやらそのままお昼寝タイムに入ったらしく、小さな 寝息を立てていた。
その寝顔の可愛さに、イラついていた空の心が和んでいく。
「姫乃の寝顔は可愛いだろ?」
「はい。可愛いし、和みます。やっぱりロリは眺めるのに限りますよ~」
「分かる、分かるよ~。空君のその気持ち。幼女に触れていいのはお許しが出た時だけだよね~。でも基本的には、遠くで可愛がられてるのを見ていたいんだよ。あぁ、でも、あたしも撫でたいし、触れたいし、すりすりしたい!」
懐から出した丸眼鏡を掛けた柚子は、自身の欲望を早口でまくし立てる。ギャルの様な見た目とは裏腹に、言葉にしているのは幼女に対するマニアックな思考。
言葉の端々から、オタク臭がプンプンと臭っていた。
「驚いたかい? これが柚子だ。以前自己紹介した通りのオタクっぷりだろ?」
「そ、そうですね。幼女に対する心得を知っているのは、オタクしかありえません」
「それは君の偏見だろ?」
「それに心得を話した後に、自身の欲望を嘆く。これもオタクにありがちです」
「それも君の偏見だな」
苦笑いをした桜は、時計を一瞥して席を立った。
「さて、楽しいおしゃべりはここまでだ。もうすぐチャイムが鳴るからな」
パンと手を叩いて、昼食会をお開きにする。
桜の合図を皮切りに、姫乃を除く三人は机の上を綺麗に片付け始めた。
「そういえば、ここって部室なんですか?」
「いや、ここはただの空き教室だよ。部室は反対側の校舎にあるんだ」
違うんかい、とありがちなツッコミをしてしまう。
「強いて言うなら、ここは秘密基地の様なものだ。ここには誰も来ないから、静かでいいんだ」
桜の言った通り、今まで騒がしくしていた空達だったが、誰かに注意される事はなかった。
ここまで来る人は本当に少ないか、もしくは先生すらも通ることが無い場所かもしれない。
「ほら姫乃。次の授業が始まるぞ」
「ん、ん~……おんぶぅ~」
「んっは~ん。あたしがおんぶしてあげる!」
「おいおい、柚子と私は二階だろ? 姫乃は一階だ」
「あ~、おんぶぅ~……」
名残惜しそうに、姫乃の頭を撫でまくる柚子。
「と言う訳で空。姫乃をおぶってくれないか」
「はい。ご褒美であります!」
手を額にあてて、敬礼のポーズをとる空。柚子の恨みの視線を浴びながら、姫乃を背中に乗せる。
再び眠りについた姫乃は、すやすやと空の耳元に寝息をかける。
「犯罪に手を染めるなよ」
「染めませんよ!」
「そうか。なら、そろそろ戻ろうか」
桜の後ろについていき、空達は空き教室を後にする。
まだ校舎内を覚えていない空のために、桜と柚子は教室の近くまで案内をしてくれた。
「私と柚子はこっちなんだ。ここからなら自分の教室まで戻れるだろ?」
「はい、ありがとうございます」
「じゃね~空君。ヘンカツ部で待ってるよ~」
「うむ。入部テストが楽しみだ。ではな」
二人は階段を上がって、自分たちの教室へと戻って行った。
「ん~」
寝返りを打つように、姫乃は空の背中に顔をうずめる。
悶えるのを必死で堪えながら、空は別の事を考える事にした。
(柚子さんがオタクってのは聞いてたけど……)
神楽坂柚子のオタク力は、かなりガチな部類に入る。短い時間ではあったが、実際に目の当たりにするとその凄味と言うべきか、とにかくその圧に空は押されていた。
(でも、楽しそうに語ってたな~)
語っていた時の柚子の表情は、嬉々としているものだった。そんなことを思いながら、空は教室へと戻って行く。クラス中の女子達から、嫉妬の目を向けられるとも知らずに。
□
「姫乃、この数式を皆に教えながら解いてみろ」
「ん……」
数学教師である雲上(うんじょう)先生に起こされ、姫乃は寝ぼけ眼をこすりながら黒板の前に立った。
雲上先生が事前に用意した台に上がって、姫乃はスラスラと問題を解いてく。
「まずは問一の問題から。ここは――」
姫乃の解説は非常に分かりやすく、その教え方の丁寧さから、教室中の生徒を驚かせた。
そして、懸命に説明をする姫乃の姿は、皆を和やかな雰囲気にもさせていた。
一方で、姫乃に問題を投げた雲上先生は姫乃の席に座り、彼女の解説を聞いている。
「姫乃に任せていいんですか?」
気になった空は、小声で雲上先生に尋ねる。
「いいのさ。姫乃の頭の良さは知っているからな」
先生もまた、授業の妨げにならないように小声で空の質問を返す。
「でも、先生は教師ですし 先生が教えなくていいんですか?」
「基本的に教えるのは私さ。だが、姫乃に関しては例外なんだよ」
「例外、ですか……」
「そうだ。一度覚えた事を瞬時に引き出せる力、その応用力。非常に優秀な生徒だよ、姫乃は」
飛び級出来るだけの事はあると、ため息交じりに先生は話す。
疲れているのか、話している内に腕を組み始め、今にも寝そうな態勢になる。
「それに今は生徒にとっても良い事なんだ。その証拠に、居眠りしてるやつがいないだろ?」
「た、確かに……」
周りの生徒の様子を見ると、皆の視線が姫乃の方に向いていた。
娘の授業参観のような雰囲気になってはいるが、雲上先生の言った通り、居眠りをしている生徒はいなかった。
「姫乃の授業態度の成績も上げつつ、他の生徒の態度も良くする。これぞ一石二鳥だ。と言う訳で、残りの時間は姫乃の授業になる」
時計を見ると、授業時間は残りわずかとなっていた。
どうやら、横でくつろいでいる先生は、時間配分をきちんと計算していたらしい。
「――それで、この式はこんな感じで解く。終わり」
クラスの感嘆の声を受けながら、姫乃は自分の席へと向かう。
「終わった」
「上出来だ。今後もよろしく頼むぞ」
雲上先生が教卓に戻るのと同時に、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
「今日はここまでだ。皆、姫乃に感謝しろよ。私の授業はこんな感じで進めるからな。姫乃も二度目だからって、手を抜くんじゃないぞ」
「うん、分かった」
「それじゃあこのままホームルームになるから、そのまま座ってろよ」
雲上先生と入れ替わりで、朱野(あけの)先生が教室に入ってくる。
その腕には、付箋(ふせん)の貼ってあるプリントがいくつか抱えられている。
「はい、それではホームルームを始めます。プリントを配りますので、回して下さいね」
慌ただしくプリントが回される。
プリントには今月と来月の予定が書かれた物と、出し物大会について書かれた物が渡された。
「七月に出し物大会があります。これから部活をする人は、目を通しておいた方がいいですよ」
その他にも、次々と連絡事項を話していく朱野先生。
「――と言う訳で、これでホームルームを終わります。日直さん」
「はい。起立、礼、ありがとうございました」
号令を皮切りにして、生徒達はいつものメンバーで構成され始める。
「ヘンカツ部は出し物大会とかやるのか」
「去年はやってない。部が出来たの、二学期後半頃だったから。それより空、部室行こ?」
「お、おぉ」
教材を早急にバックに詰め込み、姫乃の案内のもと空はヘンカツ部の部室へと向かった。
□
「ここ」
「……普通だな」
ヘンカツ部の部室前までやって来た空と姫乃。
プレートには『ヘンカツ部』と書かれてはいるが、それ以外何の特徴もなく、ここがヘンカツ部なのかと疑ってしまう。
「おつ~」
「お、お邪魔します」
部室の扉を開けて中へ入る姫乃。空はやや緊張気味に姫乃の後ろをついてく。
「おつおつ~姫乃ちゃん……と、空君! いらっしゃ~い」
「お疲れ。待っていたよ、姫乃。それと少年」
先に来ていた桜と柚子は、何かの準備をしているのか、大きな箱のようなものを運んでいた。
「これに仕切り用のカーテンを付けてっと……はい、簡易更衣室の完成!」
「これで全部だな。よし少年。まずはそこに座ってくれ」
桜の指定された席に座る。それに続いて柚子と姫乃も椅子に座った。
「は~、疲れた~。姫乃ちゃん、チョコ食べる?」
「ん。ちょうだい」
柚子はカバンからお菓子のパッケージを取り出し、開封して中身を机の上に散らした。
「ほら、桜も。空君も一緒に食べよ?」
「そうだな。私も一つ貰おうかな」
「い、いただきます」
柚子の持ってきたチョコを頬張る空。
隣に座っている姫乃は、よほどチョコが好きなのか、次々と口に放り込んでいく。
「早速だが少年。これから入部テストを受けてもらう」
口にチョコを詰め込む姫乃に癒されていると、桜は入部テストの話しを切り出した。
「見知った仲とは言え、君の事を試すようで申し訳ないがな」
「いや、大丈夫ですよ。なんというか、その方が面白そうですし」
チョコと姫乃に癒されたおかげか、空の緊張はいつの間にか和らいでいた。
「そうか。だがテストと言っても、そう気難しく考える必要はないぞ」
「そうなんですか?」
「あぁ。これからやるのは…………水着の生着替えだからな!」
桜は溜めに溜めてから、やや興奮気味にテスト内容を明かした。
「…………はい?」
空の頭に大きな疑問符が浮かぶ。テストの内容が理解出来ないのではなく、それを行う動機が分からない。
そんな疑問に応えるように、一つ咳払いをしてから桜は説明する。
「こほん。これにもちゃんとした理由があるんだ。人前で着替えるのには、結構勇気がいるんだが、少年はどうだ?」
「まぁ、勇気がいるのは分かりますよ」
状況によりけりですけど、と空は付け足した。
「人間には恥ずかしいと思う心、すなわち羞恥心がある」
「そう……ですね」
「ウチらの部って、何かと恥ずかしい事ばっかりするからね~」
「そう言う訳だ。私たちのやる事に付いていけるのか。それを見るための度胸試しという訳だ」
説明を終えると、桜と柚子は残りのチョコを口に入れる。
「そのテストを受けるとして、水着はどこにあるんですか?」
「そこに掛けてあるぞ」
「準備、早いんですね」
簡易更衣室の扉には、男物のプライベート用水着が掛けられていた。
「安心しろ。未使用品だ」
「いや、当たり前ですよ! 使用済みの海パンなんて、履きたくないですよ!」
「ちなみに、これはあたしが選んだんだ~。どう? 可愛いでしょう?」
「……お気遣いどうも。それじゃ、早速着替えてきます」
「ほう、もうやるのか」
「こういうのは勢いなんで」
「空、ぐっどらっく」
席を立ち、簡易更衣室に入る空。
仕切りで隠されているとはいえ、顔と脛(すね)付近は露出している。
顔が出ている事によって、桜達に見られている事を嫌でも視認出来てしまう。
(これは思ってる以上に……)
全ての衣服を脱いだ空。カーテン一枚で隠れてはいるが、その先には生まれたままの姿がある。
異性に見られているという事実が、空の羞恥心を強く刺激した。
しかし、快感にも似たようなものが、羞恥心の片隅から小さくではある主張し始める。
そんな複雑な感覚を味わいながら、空は柚子の選んでくれた水着に足を通す。
「……はい、着替えましたよ」
更衣室の扉を開けて、水着に着替えたことを証明する。
「よくやったぞ少年。これで君も、晴れてヘンカツ部の部員だ」
「あ、あざっす」
羞恥なのか、見られて興奮したのかは分からないが、空の体温は平時よりも高くなっていた。
「少年、ここに座るがいい」
用意された椅子は、何故か更衣室の真ん前に置かれた。
何をされるのか分からないまま、海パン一丁の空は椅子に座った。
「よし、今度は私たちが着替える番だ!」
「おー」
「は~。本当にやるの~?」
「もちろん。だが、強制はしない」
「もう~、それ言ったらやるしかないじゃん。ていうか桜、なんか活き活きしてない?」
「ふふん、当然だ。少年はもうヘンカツ部の部員だしな。私ももう隠す必要がないからな!」
「当の本人、固まってる」
無表情で三人を見つめる空。その静けさは、今にも悟りを開く勢いのものだった。
「どうした少年? 私たちの生着替えが嫌か?」
「そういうタイプの人だったのかもね」
「無理強い、良くない」
「……いえ続けてください。俺、五感を使って楽しみたいんで」
まるで卒業式をするかの如く、綺麗な姿勢で椅子に座わる空。
「うわ~、あたし達じゃなかったら、すっごい引かれてるよ」
「空、正直」
「ふふ、それなら、少年の期待に応えねばな」
桜、柚子、姫乃はそれぞれ更衣室へと入って行った。
そして、各々が水着に着替えるために、ブレザーを脱いでいく。
その際に聞こえてくる布擦れの音が、空の情欲を掻き立てていく。
(あぁ、いいクラシック音だ……って、落ち着け~。性欲を抑えるんだ。脳内録画が乱れる)
音を出さずに深呼吸をして、落ち着きを取り戻そうとする。
「すっぽん、ぽ~ん」
姫乃の個室から聞こえて来た抑揚のない可愛い声。
それと同時に、姫乃のブレザーやらスカートやらが外に放り出される。
もちろん、動物プリントのパンツも、ポイと外に放り出される。
(は、はひ、こ、か、過呼吸になる……)
拾いに行きたがる体を理性で押さえつける。
空の脳内では興奮によるアラートが鳴り始める。
「ふふ、楽しんでるようだな少年」
「そ、そりゃ~、もう。ぐひひ」
「もう~、空君の変態……」
「嫌がれば嫌がるほど、良いですよ~柚子さん。ぐひひ……」
「からかうのもその辺でな……」
脱いだブレザーを扉に掛ける桜。
一方の柚子は桜よりも着衣一枚分早く、ブレザーとスカートを扉に引っ掛けていた。
「そういえば桜って、こないだのブラジャーってまだ付けてるの?」
「いや。結構気に入っていたんだがな。昨日の夜に、ホックが壊れてしまったよ」
「あちゃ―、そっかー。確かあのデザインのやつって、サイズ的にあれしかないんだよね?」
「む。桜、おっぱい成長したの?」
「そうなんだ。今付けてるやつも、少しキツイんだ」
「今度測らせて!」
勢いよく扉を開けて、姫乃が出て来る。
姫乃が着ている水着は紺色で統一され、下腹部はスカートの様な形をしている。
胸の部分には『ひめの』と平仮名で書かれた名札が付いており、飾りのないシンプルな作りになっている。
いきなり出て来た姫乃に驚く空だったが、ソレを着ている事を視認すると、興奮度が一気に向上する。
もちろんマニアック的な意味で。
「くぅー、旧スクなんて、アニメでしか見られないと思ってましたよ!」
「いや~ん、姫乃ちゃんかわいい!」
「ドヤ」
成長途中の胸を張り、姫乃はどや顔を決める。
低身長と愛らしいルックス、さらには旧スクを着ている姫乃は、まさに可愛さの権化と化していた。
着替え終わった姫乃は、空の横にちょこんと座り、桜と柚子の生着替えを眺める。
「にゃ―にゃにゃにゃにゃー」
一昔前のテレビ番組のBGMを口ずさむ姫乃。
しかし、ネタが分かる人がおらず、微笑ましい雰囲気となってしまう。
「もう我慢できな~い!」
柚子はブレザーから丸眼鏡を取り出して装着すると、ワイシャツやスカートを脱ぎ散らしかして、慌ただしく水着に着替える。
「おっ待たせ~。はぁ~、姫乃ちゃ~ん」
「柚子、苦しい」
オタク魂が暴走しているのか、柚子は姫乃に抱き着いて頬ずりを始める。
投げ散らかした際に飛んで行ったアレが、空の頭に乗っていることも知らずに。
(ん? 頭に何か……)
頭に乗っていたソレを手に取る。
(こ、これは、水色の縞パンだとー⁉)
柚子のパンツを手に取り、固まってしまう空。
引いているのではなく、歓喜に打ち震えてしまい、空は固まってしまったのだ。
「柚子、ん」
「な~に、姫乃ちゃ……ってほわー! ななな、何してんのー⁉」
姫乃に教えられて、ようやく自分の下着が空の手に渡っている事に気付く柚子。
そこには天を仰ぎ、仏の後光を受けている空の姿があった。
空から慌てて下着を取り戻し、一つ深呼吸をする柚子。
落ち着きを取り戻した柚子は、丸眼鏡を外して椅子の上で膝を抱えた。
「うぅ~、恥ずかしい~」
「大丈夫ですよ柚子さん。俺、縞パン大好きですから」
人の世に戻ってきた空は、落ち込む柚子に声を掛ける。
「それ、慰めてるの?」
「すみません。こういう時、なんて声を掛ければいいか……」
「ううん。いいの。元はと言えばあたしのせいだし。ごめんね空君」
「謝るのは俺の方ですよ。すみません。軽々しく女の子のパンツを持ってしまって」
「……空君はほんとに優しいね。うん、いいよ。許してあげる」
「ありがとうございます。それでですね、もう一度柚子さんの縞パンを見たいんすけど……」
「ダメに決まってるでしょ!」
思い切りツッコミを入れられる空だったが、柚子はいつもの明るい笑顔を取り戻していた。
「ふふ。お二人さん、仲睦まじいね~」
その様子を終始見ていた桜は、空と柚子の方に笑みを向ける。
桜は着替え終えていない処か、未だにワイシャツのままだった。
「あ、いや、その~……ていうか、桜さん、まだ着替えてないんですか?」
「君たちのやり取りが面白くてな。着替えの手が止まってしまったよ」
クスリと思い出し笑いをする桜。
「少年の人生の中で、こんな出来事は二度と起こらないだろうからな」
「普通の人でも生着替えを拝めるっていうのは、そうそうないと思うんですが……」
桜の言った通り、空は三人の生着替えを楽しんでいた。
幼女の旧スク姿を拝め、見た目ギャルの使用済みパンツにまで触れる事も出来た。
二次元でしか起きないことを、三次元で体験出来ていることに、空は静かに興奮していた。
「さて、私も早々と着替えるか……」
未だスカートとブレザーしか脱いでいない桜。
今まで何をしていたんだ、という言葉を空は外に出さないようにする。
「ストリップの起源は古く、古代バビロニアまで遡るそうだ」
突如語り出す桜。それと同時に、自身の着ている物をゆっくりと脱いでいき、それを空達に見せびらかすようにしながら、扉に引っ掛けていく。
ちなみに、今脱いだのは黒タイツである。
「昭和期には、数多くのストリップ劇場が存在していたんだが、今は数を減らす一方と――」
ワイシャツのボタンを見せ付けるように外し、たわわに実った上胸と、赤と黒のコントラストが艶めかしいブラジャーが露わになる。
「ストリップで有名な人がいる。それはマタ・ハリと言う女性でな。彼女はスパイの名前でも有名だが、それ以上にストリップダンサーとしても、名を馳せていて――」
ワイシャツを脱ぎ、自身の柔肌とブラジャーを露出する。
「あれ? そのブラって、大きかったんじゃ……」
「あぁこれか。前から付けていたんだが、キツくなってしまってな。どうだ? 可愛いだろ?」
ストリップの語りをやめて、胸を突き出して自身のブラジャーを見せつける。
「そそれがキツく……。か、可愛いよ。は、ははは……」
「ば、バカな。桜の乳力は、どこまで上がっていくんだ……」
光のない瞳で自分の胸をぺたぺたと触れる柚子と、妙なテンションになっている姫乃。
そんな二人をよそに、桜はブラジャーを外した。
高身長なこともあり、胸のトップが扉の上部から、見えそうで見えないラインを保っている。
(うぅ、深夜アニメを見てるみたいだ……)
少し動くだけで、桜の胸は巨大なプリンのように、プルンプルンと揺れ動く。
しかし、不思議とトップだけは見えないというもどかしさ。
まるで、有害図書指定にされている、少年漫画を読んでいるような気分に空は陥っていた。
「そんなに私の胸を凝視しないでくれ。恥ずかしいだろ?」
空の視線が痛いほど……と言うよりは、周りの人から見ても、凝視しているというのが分かってしまうくらいに、目線は桜の巨乳へと吸い付いていた。
「すみません。おっぱいのミスディレクションが強すぎて、オーバーフローしてしまいました」
少年漫画つながりで、空の語彙はぶっ飛んでしまっていた。
「ほほう。そんなこと、言ってもいいのかな~?」
「ッ⁉ そ、それは!」
クルクルと桜の指を回る黒い物体。
桜の巨乳に目が行き過ぎて、空はその瞬間を逃してしまった事に気が付いた。
「そうだ。君は私の胸を見過ぎてしまった。その結果……」
「パンツを脱ぐ瞬間を……逃してしまった」
「ふふ、そういう事だ」
「だ、だが、まだ水着を着る瞬間が……ある!」
希望を胸に、空は水着を着る瞬間を心待ちにする。
男の情欲を掻き立てるのは、何も脱いでいる時とは限らない。
下着を装着する瞬間。大事な部分を隠す瞬間にも、興奮を掻き立てられる要素はあるのだ。
肌を滑るときに発生する布擦れの音。その音を聞き逃さないため、空は全神経を集中させる。
「甘いな少年。水着なら……」
更衣室を開けた桜は、すでに水着に着替えており、空の希望を粉々に打ち砕いた。
「ば、バカな……」
「残念だったな少年。これで私たちのストリップ劇場はおしまいだ。ところで、合間に入れたうんちくはどうだった?」
「……すんません。正直おっぱいに夢中でした」
「……そうか。ならば仕方がないな」
桜はため息をついて、少し残念そうな表情を浮かべた。
「まぁ、いいさ。それよりも少年。私たちに何か言う事はないか?」
「へ?」
桜の問いに、それぞれ彼女達に目を向ける空。
「あたし達の水着の事だよ~。もう、鈍感さんだな~」
「むん」
柚子と姫乃は立ち上がって、桜の横でポージングをする。
桜の水着は黒一色のビキニで、フリルなどがない分、大人の雰囲気を醸しだしている。
桜の持つダイナマイトボディの美しさを、その水着は十分に引き出していた。
一方で柚子の水着は、三色のパステルカラーが特徴の水着。
胸元と腰のあたりにフリルが付いており、桜と違い大人っぽさはないが、子供らしくもない可愛いデザインだった。
見た目がギャルな柚子の可愛いさを、その水着は際限なく活かすことが出来ていた。
姫乃の水着は、絶滅危惧種に指定されている旧型スクール水着。
幼女の為に作られたといっても過言ではないこの旧スクの魅力は、下腹部の水抜き部分。
スカートのように見える水抜き部分は……(以下略)
旧スクというマニア指数と姫乃の愛らしさが相乗効果を起こし、彼女はさらに可愛さの高みへと昇っていた。
以上の結果から、空の出した結論は当然ながら――
「いいですね、三人とも素敵だ……」
精一杯の誉め言葉を口にし、グッドサインをする。
「う~む、なんというか……」
「嬉しいんだけど……」
「なんか、ありきたり」
言葉を濁す桜と柚子に対し、姫乃はバッサリと指摘した。
「えぇー、これでも頑張ったんですよ~」
「もう少しひねって欲しかったな~」
「…………桜さんはエロくて、柚子さんは抱き着きたくります。姫乃はお持ち帰りしたいです」
「「「………………」」」
直球的というより、欲望丸出しの空の感想は、三人の空気を冷たくした。
直球的な誉め言葉は法を犯すものであることを、空は知るべきだった。
「言葉のチョイスは最悪だが……とにかく、少年は今日からヘンカツ部の一員だ」
「あ、ありがとうございます」
□
部室内はエアコンのお陰もあって、水着姿でも十分過ごす事の出来る室温になっている。
温かくなってきたとはいえ、まだまだ肌寒い季節。
そんな時期にも関わらず、部室内には水着を着た四人の姿があった。
「まずは少年、入部してくれたことに感謝する」
「ど、どうしたんですか? お礼なんかして」
桜から突然お礼を言われて、空は困惑してしまう。
「いや~、本当に助かったんだよ。あたし達三人のままだったら、廃部になってたかもだし」
「そうなんですか?」
「あぁ、そうだ。新入生を一人でも入部させる事が出来るなら、存続を考えてやる。なんて、教師から難癖を付けられていてな」
「まぁ、仕方ないよ。あたしらの部活内容って、外から見れば意味不明だし」
「教師ども、リスク回避した」
「仕方ないさ。私たちの不祥事の半分は教師の責任になるんだ。それに、もう済んだことだ」
「うん。空が来てくれた。サンキュー」
三人から感謝を受けて、照れてしまう空。こんな時どうすれば良いか戸惑ってしまう。
「さて、晴れてヘンカツ部になった空には、私たちの活動内容を話しておこうと思う」
「まぁ、気楽に聞いてね」
柚子はお菓子を取り出して、机の上に広げる。
脳内に糖分を入れるために、空は少し残っているチョコを頬張る。
「ヘンカツ部の主な活動内容は二つある。一つはマイノリティ、つまりは少数派の人を受け入れ、コミュニティの場を設けるという活動をしている」
「少数派の人、ですか?」
「簡単にいえば性癖の曲がった人とか、ガチ勢の人の事を指すんだよ」
「ガチ勢ですか?」
ガチ勢と聞いて、ゲームなどに真剣な人を想像する。
「ちなみあたし達三人はガチ勢だよ」
「なんのガチ勢ですか?」
「エロ」(桜)
「オタク」(柚子)
「おっぱい」(姫乃)
「偏屈しすぎでしょう!」
思わずツッコまずにはいられなかった。オタクは分かる。だが、エロとおっぱいのガチ勢とは何? そんなことを考えずにはいられない空であった。
「二つ目の活動内容は――」
「あ、続けるんですね」
何事もなかったかのように、桜は活動内容を続けた。
「偏見をなくすことだ」
「偏見をなくす、ですか?」
「そうだ。特に性的偏見をなくすという事を主軸にしているんだ」
「簡単に言うと、正しい性知識を皆に教えるんだよ」
「う~ん、まぁ、そういう解釈でも、いいか……」
表情を曇らせるも、話しを先に進めるために桜は妥協することにした。
「とにかく、コミュニティの場の確保と偏見の払拭。この二つがヘンカツ部の活動内容となる」
「は、はぁ……」
「そこで、少年には自分の性癖と、性的嗜好を私達にさらけ出してもらう」
「はいぃ⁉」
驚愕した空は、勢いよく席を立つ。
性癖と性的嗜好を他人に晒すという行いは、先ほどの生着替えよりも恥ずかしいことだ。
三人の美“少女“の前で、自分の中の淫らな心をさらけ出すのには、かなりの抵抗がある。
特殊なものを好む空にとって、そんなものは一つや二つに留まる訳がなかった。
「無理強いはしないよ。誰だって、話したくない事はたくさんあるし」
あたしだってあるから、と柚子が空を擁護(ようご)する。
「強制はしない。だが、私達はお互いの事を暴露し合っている。好きな性癖から性的嗜好、果ては理想のエッチなシチュエーションから、どういう初めての夜をするかについてまでな」
「ちょッ⁉ 何言ってんの? 確かに話した事あるけど、今そんな事言う必要ないじゃん!」
「わたしは、好きな人と大きなベッドで……むぐっ」
「姫乃ちゃんはダメ! そんな大人な話に参加しちゃダメー!」
「柚子は確か、ラブホで語り合いながら……」
「わー! わー! ダメダメ、空君の前では言わないでー!」
「ぷっ、あっははは……」
三人のやり取りに、空は思わず笑ってしまう。
一番恥ずかしい事をさらけ出している三人にもかかわらず、彼女らはそれを苦や恥としてではなく、楽しいものとして扱っている。空は椅子に座り直し、深呼吸をして覚悟を決める。
「俺のフェチは足とおっぱいですかね。好きなものは二次元でしか実現できないエロです。具体的に言うと、獣姦とかアへ顔、あと異種姦ものです。まぁ、基本的にエロい物は好きです。あと、普通のアニメとか漫画とかも嗜みます。まぁ、広く浅いオタクになりますけど……」
「「「……………」」」
空の性癖、性的嗜好の吐露、および突然の自己紹介に三人は黙ってしまう。
「何で黙ってるんですか? もしかして、引いてます?」
「引いてる」(桜)
「引いてる」(柚子)
「引いてる」(姫乃)
「引いているのかよ!」
打合せでもしたかのように、三人は同じ言葉を別々で言い放つ。
パチスロであれば大当たりと表示され、ポケモンであれば獲物を逃している。
「ていうか、受け入れるんじゃないんですか?」
「当たり前だ。だが、受け入れる事と嫌悪することは別だ。ここをはき違えてはいけないぞ」
「そうだよ空君。けど安心して。空君の事は、絶対に漏らさないから」
「わたしも、アへ顔、好き。その他は引くけど」
「お気遣いどうも……」
やけくそ気味に二人の気遣いを受け取る空。
「どうだ少年? なんとなく、軽くなった気がしないか?」
「え? ……あぁ、そういえば……」
心なしかと言う僅かな変化ではなく、空の心は以前に比べてかなり軽くなっていた。
部屋の大掃除が終わったかのような、清々しさが胸の内に広がっている感覚だった。
「共有すると楽になるだろ? それが同志だったのであればなおさらな」
なんと言っていいのか言葉が出ず、空は俯いてしまう。
エロい話が好きな桜、超が付くほどのオタクの柚子、おっぱいの探求者である姫乃。
変人。
三人を一言で表すとなると、この言葉に尽きる。だが、この場において空も同じ変人。
その変人を受け入れる人の数は少なく、嫌悪する者が多い。
しかしここなら。ヘンカツ部なら、嫌悪する事もあるが変人を受け入れてくれる。
同志と言ってくれた桜に、空は心の奥底で感謝の言葉を述べた。そして……
「俺、中学の時に自分の性癖を話して、独りになったんですよ」
空は自身の黒歴史を口にしていた。選択を間違えた中学時代の事を。
ドロドロとした負の感情が、言葉となって止めどなく溢れ出る。
「中学の頃からエロい物が好きだったんです。けど、俺って嘘とか吐くのが苦手で、友達の悪ノリに付き合って、皆の前で好きなものを暴露したんですよ」
「……皆の反応はどうだったんだ?」
「引いてました。女子はそうなんですけど、何人かの男子も引いてました」
空の言うエロい物とは、獣姦やアへ顔と言った二次元でしか成立しないものばかり。
女子は当然だが、アブノーマルなものに免疫のない男子にとっては、嫌悪の対象となる。
「引かれるだけならまだマシだったんです。けど、性癖を聞いた友達は、俺の事を他のクラスにも吹聴したんです。そこからある事ない事言われて、気づいた時には完全に孤立してました」
中学二年生の夏。
充実してくるはずだった空の中学生活は、その日を境にどん底の物となった。
友達は遠ざかり、女子からは距離を置かれるだけでなく、空に聞こえる声で悪口を話していたりもした。吹聴した元友達が、その様子を面白そうに見ていた事を、空は今でも覚えている。
「まぁ、全部自分の責任ですけどね。あっはは」
三人に余計な気遣いをさせないために、無理に笑って和ませようとする空。
「……ひどいね」
「いじめと同じさ。一人を生贄にして、学校生活を潤滑にする。まったく反吐が出る話だ」
「空、大丈夫?」
優しく声を掛ける姫乃。姫乃の気遣いが嬉しく、空は彼女の頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ姫乃。そのおかげで面白いものを見れたし、この学校に来ることが出来たんだ」
黒いものを吐き出せて、スッキリした空は晴れやかな笑顔を見せる。屈託のない笑顔を。
「中二の夏頃からボッチをやってたんですけど、エロは俺を裏切りませんでした。今の俺があるのは、エロのお陰なんですよ」
「……そうか。話してくれて嬉しいよ。少年も辛いだろうに」
「何かあったら、あたし達を頼ってもいいよ」
「わたしも。空と同級生だから、頼って」
中二の夏から独りになった空。そんな空を助ける者はおらず、手を差し伸べる相手もいなかった。
堕ちていく恐怖を抱えながら過ごした中学生活。
そんな空を支えたのはエロだった。そして、希望を与えたのはヘンカツ部の展示物。
もしかしたら、自分と同じ人がいるかもしれない。同志でなくてもいい。
好きなものを話せる相手がいるかもしれない。
そんな希望を持てる事が出来たのは、ヘンカツ部の三人のおかげ。
支えとなる物と希望の二つがあったから、普段からやらない勉強を頑張ってやれた。
残りの中学生活を乗り越える事が出来た。
受験に受かったその日は、嬉しくて裸で小躍りし、それを海に目撃されることもあった。
今この時、空は確かに思っていた。
入部して良かった、と。
「……ありがとうございます。何かあったら、頼らせてもらいます。姫乃も、よろしくな」
照れながらも感謝の言葉を述べる空。
「もう~、敬語はなしだよ空君」
「すみません。こういう話し方の方が楽なんで」
「空、泣いてる? 目、真っ赤……」
姫乃に言われて目をこすると、涙のような液体が手に付いていた。
「泣き虫さんな後輩君め~。ほらハンカチ」
「あ、ありがとうございます。出来ればハンカチじゃなくて、縞パンで拭きたいんですけど」
「調子に乗るな……」
柚子のツッコミを受けながら、空はハンカチで涙を拭う。
「洗って返しますんで」
「良いよ別に……」
「いや、貸してやれよ柚子。少年は下の涙も吹いておきたいと思うからな」
「下の涙って何だよ!」
「それはあれだ…………女子の口から何を言わせるんだ」
「いや振ったのは桜さんで……」
「……やっぱり返してもらえる」
「いや、そんなことはしませんから。信用してくださいよ」
「空、変態……」
違うんだー! と部室内に響く空の声。
ヘンカツ部周辺は、この日を境にして賑やかになっていく。
会話の内容はアレなものばかりではあるが。