ヘンカツ部   作:神無月彩歌

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酔いしれて乱高性活

 ヘンカツ部に無事入部する事が出来た数日後の放課後。

 部活に勤しむ生徒が空と 姫乃の横を走り抜ける。

 二人が目指していたのは職員室。

 日直だった空は日誌を書き終えて、担任教師である朱野(あけの)先生の下へと向かっていた。

 姫乃はその付き添いである。

「失礼しまーす」

「しまーす」

 職員室内は帰宅した人や、部活に出向いた人で閑散としていた。

 その中で、空の担任である朱野先生は仕事中らしく、パソコンとにらめっこをしていた。

「先生、日誌持ってきました」

「うん? あぁ、霜野君。ありがとうね。どれどれ……」

 日誌の確認をする朱野先生。高校生活初めての日誌なだけに、空は少しだけ緊張する。

 だが、入部テストに比べれば、この程度の緊張は屁でもない事は確かである。

「え~と、霜野君。この『姫乃が可愛すぎてつらたん』っていうのは、必要なんでしょうか?」

「え、当たり前ですよ。それにほら。前回も、前前回の日直の人も……」

 そういうと、前のページをめくり、自分の書いたことが蛇足ではないことを空は証明する。

「えぇ~、ほんとに書いてるの……」

 困惑の表情を浮かべる朱野先生。

 しかし空の証言通り、頁(ぺーじ)の最後には必ず『姫乃が可愛すぎてつらたん』と書かれていた。

『今日は少し寒かった。けど、友達から温かい飲み物をもらって、心身ともに温まった。そんな事よりも姫乃が可愛すぎてつらたん』

『今日から部活動が始まる。俺は野球部に入部して、甲子園に行けるようにキツイ練習を耐え抜いて見せる。そして、離れてしまった彼女と甲子園で再開する事を誓う。そんなことよりも姫乃が可愛すぎてつらたん』(※日誌より一部抜粋)

「まぁ、可愛いのは認めますけどね……。はぁ~、分かりました。日直、お疲れ様です」

 ため息を吐いて、明野先生は問題の日誌を本立てに差し込んだ。

「霜野君、これから部活?」

「はい、このまま部室に向かいますよ」

「わたしも、一緒に行く」

「……そうですか。(部内で)問題だけは起こさないでくださいよ」

「え、先生、俺、そんな人に見えます」

「いえ、生徒の事はなるべく信じるようにはしていますよ。けど、念のために……ね」

(それって信用してるの? 俺が部活と称して、姫乃を襲うって思ってるわけか?)

 空の脳内で、自分が姫乃を襲うシーンが妄想再生される。

 それを振り払うようにして、頭をブンブンと降って現実に無理やり戻る。

「問題なんて、絶っ対に起こしませんから!」

 そう朱野先生に言い放ち、空と姫乃は職員室を退出した。

 職員室内にいる先生たちは、最初こそ驚いていたが、次第に自分の仕事に戻って行った。

 一方の朱野先生は、机の引き出しから一枚の入部届を取り出す。

 空の名前が記入された入部届け。入部希望枠にはデカデカとヘンカツ部と書かれていた。

「何も起きなければいいんだけどね……」

 朱野先生は空の入部届けを机の上に置き、ヘンカツ部が問題を起こさない事を祈るのだった。

        □

「第二回、ドキドキッ! 水着で校内宝探しゲーーム!」

「イエーイ! ドンドン」

「ぱふ、ぱふ」

「いきなりなんなんですか?」

 部室に着くや否や、タイトルコールの様なものを叫ぶ桜。

 瞬時に状況を察した姫乃はそれに乗っかり、柚子と一緒に合いの手を入れる。

「今日からヘンカツ部の活動を始めるぞ。少年も準備は良いか?」

「いや、まだ心の準備が……」

「ルールは簡単だ。校内に隠したガシャポンカプセルを探すという、単純なゲームだ」

「人の話を聞けよ!」

「まぁまぁ、空君、落ち着いて。はいお茶」

「あ、どうも……はい、続けてください」

 柚子から貰ったお茶を啜り(すす)、空は落ち着きを取り戻す。桜は咳払いをしてから説明に戻った。

「こほん。この宝探しゲームにはもう二つルールがある。一つは水着姿になる事。もう一つは、生徒や教師に見つからない事。これは絶対だからな。もし見つかったら、かなり怒られるぞ!」

「質問でーす。何でこんなことをするんでか?」

「いい質問だ少年。このゲームはな、羞恥心を鍛える他に隠密性と考察力、それに加えて判断力と物を探し出す力が鍛えられるんだ」

「それって、何か役立つんですか?」

「欲しいエロ本を瞬時に探し出し、何事もなかったかのように買って帰る事が出来る」

 空は思いっきりズッコケた。

 相応のリスクを背負って行うゲームのはずなのだが、そのリターンがエロ本を探し出す能力が上がるだけという、大赤字どころか大破産なものだった。

「少年、よく考えてみろ。エロ本が陳列されている棚の前で、もたもたと欲しいものを物色しているおじ様がいたら、君はどう思う?」

「えぇ~っと……エロ本を買いに来てるんだなと思います」

「フッ、少年は甘いな。世間の人達はな、そういう人を二度見した後、軽蔑の視線を向けながら、聞こえないように悪口を言うんだ」

 実体験なのか、それともその状況を間近で見たのか、桜の力説には妙なリアルさが混じっていた。

 というより、桜の偏見ではないだろうかと、空は考えてしまう。

「なんだか妙にリアルですね」

「まぁ、桜の言ってることは半分冗談だとしても、やって損はないよ」

(残りの半分は本当なのかよ!)

 どの部分が事実なのか、頭を悩ませる空。

 それにもし能力が向上したとして、それが本当に役立つ日が来るのかという、疑問も浮かんできてしまう。

「ゴチャゴチャ言ってないで、サッサとやろうぜ」

 いつの間にか、水着(旧スク)に着替えていた姫乃。疑問だらけの空に比べて、姫乃の目はやる気に満ち満ちていた。

 さらに言えば、言葉遣いが変になっている。

「まぁ、待て姫乃。宝探しには地図が必要だろ? ほら」

 桜は四枚のプリントを取り出し、空、柚子、姫乃の順で渡す。

 そこに書かれていたのは、四問のなぞなぞだった。

「これはなぞなぞ部に作ってもらった問題だ。これを解いて、お宝を一人一個持ってくること」

「なぞなぞ部って何なんですか?」

「なぞなぞを作ったり、解いたりする部だ」

「分かりやすい部ですね」

 問題を一瞥するがそれだけで解ける訳もなく、空はプリントを折り畳んだ。

「これで準備はできたな。各自水着に着替えて、それぞれ宝物を探してくれ」

 簡易更衣室に入り、桜は水着に着替え始める。

「はぁ~、もうどうにでもなれだ」

「そうそう、やるしかないよ空君」

「柚子さんは楽しそうですね」

「こういうのは楽しまなきゃ。やってみたら案外楽しいんだよ?」

 満面の笑みを浮かべ、お先にと言って、柚子は駆け足で更衣室に入る。

 柚子の笑顔に背中を押される空。ふぅと、もう一つ息を吐いて覚悟を決める。

(人生楽しまなきゃ損ってか。仕方ない、全力で楽しむか)

        □

 日はほとんど落ち、夜の帳(とばり)が黄昏の空を覆う時間帯。

 運動部が使用する廊下には電気が点けられ、それ以外の場所は暗闇に閉ざされている。

 その静けさと、夜の学校が持つ特有の不気味さが、他の生徒達を寄せ付けないでいた。

 そんな暗闇に潜むのは、ハイビスカス柄の海パンを着た男が一人。

(暗くて何にも見えねーな。電気のとこに近づくか? でもそこに卓球部いるしな……)

 消火設備の裏に隠れている空だった。

 柚子と桜よりも早く着替えられた空は、後先考えずに部室を出てしまった。

(先に問題を解いてくれば良かったな~)

 すぐ側の廊下では、卓球部の生徒が往復の走り込みをしている。

 走る音が近づく度、こちらに来るのではと、空は常に警戒をしていた。

(ダメだな。一回戻って、明かりのある所に行くか……)

「空」

「わっ!」

 背後から声を掛けられ、大きな声を上げて空は驚いてしまう。

『ん? 誰かそこにいるのか?』

 必死に口を押えるも、時すでに遅く、徐々に足音が近づいてくる。

「ビックリ、した」

 声の方に振り返ると、そこにいたのは誰よりも先に出ていた姫乃が、尻もちをついていた。

「おどかすの、よくない」

 ぽこぽこと可愛らしく空の胸を叩く姫乃。上裸というも事もあり、地味に痛みを感じた。

「いてて、悪かったって。それより逃げるぞ姫乃」

「ん」

 姫乃の歩幅や走るスピードを考慮した結果――

「しっかり掴まっててな」

「……………」

 姫乃を抱きかかえ、自分が走るという結論に達した。つまりはお姫さま抱っこである。

 わずかな光を頼りに、空は全速力で暗闇のさらに奥へと逃げだした。

 角を曲がり、そこから様子を窺(うかが)うと、卓球部の一人がきょろきょろと辺りを見回している。

 しかし、空と姫乃を見つける事が出来ず、そのまま練習に戻って行った。

「ふい~、行ったか。おっと、スマンな姫乃」

 こちらに来ないことを確認した空は、抱きかかえていた姫乃を下す。

「ん。ありがと。王子様」

「ん? あぁ、いいんだよ。俺が大声を上げなきゃ良かっただけの話だったから」

 最後につぶやいた、姫乃の言葉を聞き取る事が出来なかった空は、自身の失態を謝罪した。

「ところで、姫乃はどうしてここに?」

「第四のお宝、取りに来た」

「え? なぞなぞ解いたの?」

「ん。全部解いた」

 コクリとうなずく姫乃。

「問題を見た時から、解いてた」

 宝探しが始まってから数十分。空は改めて姫乃の凄さを実感した。

 プリントを渡されたあの一瞬の間に問題文を暗記し、宝さがしが開始する時にはすでに解けていた状態だった。

 大人顔負けの頭脳に、空は感嘆の息を漏らさずにはいられなかった。

「でも、どこも暗くて、行くの怖い」

 しかし、天才的凄味も年相応に怖いものがあると知り、その凄さはすぐに吹き飛んでいった。

「仕方ない。一緒に付いていくよ」

「ほんと?」

「あぁ。でも、交換条件として、問題を教えてくれ」

「答えじゃなくて?」

「それだと面白くないからな。問題文だけでいいよ」

「分かった」

「決まりだな。まずは姫乃のお宝が先だ。で、どこにあるんだ?」

「そこの保健室」

 空と姫乃がいる数メートル先に、目的地の保健室がある。

 そこまでに行く廊下は暗闇で覆われていて、人が通るという事を微塵も感じさせないでいる。

「ほら、手。繋いでいけば、怖くないだろ?」

「ん。ありがと。やっぱり、空は王子様」

「何か言ったか?」

「んーん」

 首を横に振って、姫乃は空の手を取ると、一緒に保健室へ歩き出した。

「失礼しまーす」

 静寂の保健室に響くのは、空の声だけであった。

 後ろを見て誰も来ない事を視認し、扉を閉めてから電気を点ける。

「問題、見る?」

「ん? ……まぁ、せっかくだし、見せてくれ」

 取り出しかけた自分のプリントを折り畳み、空は姫乃のプリントを覗いた。

『問一 学校の中で、ウロボロスが住んでいる部屋はどこ?』

『問二 いつも先生が二人いる場所はどこ?』

『問三 古くて今にも壊れそうなかごって、どんなかご?』

『問四 生徒に来てほしくないと、願う先生はどんな先生?』

 この順番で、プリントには問題文が書かれていた。

「姫乃はこの問四を選んだって訳か」

「答えは保健室の先生。怪我した生徒、見たくないから」

「で、姫乃は全部分かってんの?」

 グッドサインを出した姫乃は、保健室のあちこちを探し始める。

 空も回答を考えながら、姫乃と一緒に保健室中を探した。

(ん~、分かった所からあたってみるか? でも人に見つかりそうだしな~)

 宝探しとはよく言ったものである。

 問題を解くために頭を使い、それに加えて答えの場所への最短ルートを模索する。

 そして周囲の状況を伺い、危ないと感じた後の判断を以ってして、最悪の状況を回避する。

 桜が言った通り、この宝探しは様々な能力が刺激されている。

 ヒリヒリとした独特の緊張感が、空を高揚させ、ゲームを楽しくさせていた。

「空、空」

「どうした?」

 しきりに空を呼ぶ姫乃の元に向かう。

 保健室のベットに乗っている姫乃は、見せつけるように枕を持ち上げていた。

「この中」

 そう言うと、枕カバーの中に手を突っ込み、中身を漁る。

 そして、姫乃の腕が持ち上がり、その手には紫色のガシャポンカプセルが握られていた。

「お宝、ゲット」

「おう、やったな姫乃」

「ぶい」

 Ⅴサインを作る姫乃。表情があまり変わらないが、得意げにしているのが雰囲気で分かる。

「でも、なんで枕の中なんだ?」

「そこまでは、分からない。でも、隠しやすくて、少し捻った場所にしたかったのかも」

「見つかんなかったら、どうしてたんだろうな」

「さぁ」

『あれ? 保健室に電気が点いてるよ』

『ほんとだ。もしかしたら中に先生がいるかも』

 扉の前から女生徒の声が聞こえて来る。

「ヤバイヤバイヤバイ。何がヤバイいて、もう色々とヤバイ!」

 パニックを起こす空に対し、姫乃はいたって冷静だった。

 単純に何がヤバいのか、分かっていないのかもしれないが。

「何がヤバいの?」

「今の状況だよ!」

 水着の男女が保健室に居る。この状況を人に見られれば、最悪な可能性として二人は停学を言い渡されるかも知れない。

 さらに厄介なのは、姫乃の存在である。

 年端のいかない彼女を水着にし、あまつさえ夜の保健室でナニをしようとしているのか。

 年頃の女子はあらぬ方向の妄想をし、空を全力で排除しようとするだろう。

 空の脳内は瞬時にその危機を予測し、最悪の未来を回避するにはどうすれば良いか模索する。

『あかねってホントドジなんだから』

『えへへ。ごめんね、付き合わせちゃって』

『気にしないで。ほら、早く手当てしてもらお?』

 二人の女生徒が、今にも入ってきそうな雰囲気になっている。

 回避策が浮かばず、空はますますパニックに陥ってしまう。

「いやいや、もう少し百合な会話を弾ませろい!」

 世迷(よまい)言(ごと)を喚き散らす間にも、扉は開こうとしており、カラリとレールの滑る音が聞こえる。

「空、こっち」

 姫乃に力強く手を引かれ、空は保健室のベッドへと放り投げられる。

「ひ、姫乃⁉ いったい何して……」

「しっ、ジッとしてて」

 そういうと、空に布団を掛け、姫乃はその中へと滑り込む。

 姫乃が考えた作戦は、ベッドの中でやり過ごすというものだった。

「失礼しまー……って、誰もいない?」

「さっき物音してたよね?」

「うん。人の気配もしてたし……」

 怪しんではいるものの、二人の女生徒は姫乃と空の姿を捉えていなかった。

 保健室のベッドは白のカーテンで仕切られている。

 そのおかげか、不自然に膨らんだベッドを、女生徒たちからは視認出来ていない。

「気のせい、かな?」

「そうかもね。はぁ、仕方ない。あかね、そっちの椅子に座って。うちがやるから」

「う、うん。お願い」

 二人の女生徒は手当てをし始める。姫乃はカーテン越しの陰から、その様子を確認する。

「ひ、姫乃。まだか~」

「しっ。動いちゃ、ダメ」

「動くなったって……」

 ベッドに強引に放り込まれたおかげで、空の上と下の体は少し捻じれた状態になっていた。

 その状態の空を布団の中へとさらに押し込み、姫乃が中へと入ってきたおかげで、態勢はさらにキツイものになる。

 息をする度、腰のあたりでズキズキと痛みが響く。

「き、キツイ……」

「我慢、して」

「が、我慢っていったて……」

 呼吸音をなるべく殺して、じりじりとした痛みを呼吸で整える。

「ん⁉ そ、そら⁉ うごいちゃ、だめ」

「す、すまん。でも態勢が、キツくて」

「そ、そらの手、入って、る」

 空の眼前は布団の暗闇に閉ざされていた。

 しかしそこにあるのは、水抜き部分が開き、露わになった姫乃のお腹。

 腰の痛みで気づいていないが、空の右手は水抜き部分を通り越し、姫乃の柔肌を撫でていた。

 態勢を変えようと動く度、空の右手はあっちへこっちへと、すべすべとしたお腹を撫で回す。

(す、少しでも態勢を変えないと……)

 ベッドが軋まないように、空は少しずつ下半身を動かしていく。

「そ、空、ん……動いちゃ……ダメ」

「む、むり。内臓と腰が……」

「て、手……」

 体の捻じれを戻そうと、空は静かに下半身を動かす。僅かながら上半身は動く訳で……

「ひぃうっ! く、くすぐったい……」

「うぐぐ、あ、頭、押すな。腰が……」

「あ、やぁ、そこ、だめぇ~……」   ギシッ

 ベッドが小さな音を立てて軋む。

「今、音しなかった?」

「気のせいじゃないの?」

 二人の会話を聞いて、二人は息を殺して耳を澄ました。

「いやいや絶対したって。そこのベッドの方でさ」

「はいはい。それじゃあ、うちが確かめて来るから、そこで待っててな」

 一つの人影がベッドに向かってくる。

「どうすんの姫乃? バレてないよね?」

 こちらの方に向かってくることを知り、空は慌ててしまう。

 姫乃のお腹を弄っていた手に、緊張の汗がにじみ出る。

「んく……だいじょう、ぶ。だから、動かないで」

 空をさらに押し込んで、姫乃は布団に包まった。

「誰かいますか~?」

 カーテンが勢いよく開かれ、女生徒の視界に不自然に盛り上がったベッドが映る。

「あ、あの~……」

「……ん~、まだ、ねむい」

 一瞬驚いた女生徒は、寝ぼけ眼をこする姫乃の姿を見てホッと安堵した。

「な、な~んだ姫乃かよ」

「へ? 姫乃ちゃん?」

 カーテンがさらに開かれ、二人の女生徒から丸見えになってしまう姫乃。

「ん? あかねとさやか?」

「やっぱり姫乃だった」

「あ、ほんとだ。この可愛さは姫乃ちゃんだ~」

 女生徒は姫乃の知り合いらしく、姫乃が使っているベッドに掛け寄ってくる。

(これってさらにピンチになってねーか⁉)

 空の心拍数が上がっていき、布団の内部もそれに比例して暑くなる。

 蒸れていく布団内に、空は息苦しくなっていった。

 幸いなことに、姫乃に夢中になっているあかねとさやかは、微かに動いている布団には気付いていなかった。

「寂しかったよ~、姫乃ちゃ~ん」    グキッ

(いで!)

「ん? なんか踏んだような……。それに、男っぽい声も聞こえたような……」

 姫乃に抱き着いたあかねが、何かを踏んだ事に違和感を感じる。

 もちろん、それは空の手である。手を踏まれて、空は思わずうめき声を上げてしまう。

「それ、わたしの足」

「ご、ごめん! い、痛かった?」

 慌てて姫乃から離れるあかね。

 声の事も気になりかけていたが、それよりも姫乃の足を踏んでいた事の方が重大だったらしく、すぐに忘れてしまった。

「ううん。平気」

(踏んだのは俺の手だからな!)

「良かった~」

「まったくあかねったら。怪我してるの忘れてるの?」

「えへへ、ごめんごめん。姫乃ちゃんに会えたの、久しぶりな気がして……」

「学年が別になったから、そう思うのも分かるけどさ。んで、姫乃はなんで保健室にいるの?」

「…………お昼寝」

(考えてそれかよ。今の時間じゃ無理が――)

「姫乃ちゃん、寝るの好きだからね~」

「よくそんなに寝れるよな~」

「寝る子は育つ」

 姫乃は常習犯だったらしく、あかねとさやかは納得してしまう。

(姫乃って、なんでもありなんだな……)

「……なんか顔が赤いな? 大丈夫か姫乃?」

「風邪とかじゃないよね?」

 あかねは心配そうに、姫乃の額に手を当てる。

「ん、平気」

(体の捻じれは戻った。あとは二人が立ち去ってくれれば……って、右手の感触がなんか……)

 ようやく自分の右手が、左手とは違う感触だと気づく空。

 指を押しこめばぷにっと柔らかく沈み込み、撫でている掌全体がほんのりと生暖かい。

 上下左右に動かす度、すべすべと絹のような心地よい感触が指に伝わってくる。

「どうしたの姫乃ちゃん? さっきより赤くなってるけど……」

「それになんか、震えてるようだけど……」

「……へい、き。……んん」

 バレないよう、必死に表情を固める姫乃。しかし、熱い吐息を含んだ声が漏れ出てしまう。 

(保健室のシーツってこんなに気持ち良かったっけ? それに……)

 普通を装っている姫乃をよそに、空は謎の窪(くぼ)みに指を何度も出し入れしていた。

(そ、そら……おへそ……出したり、入れたり………しちゃ、だめ……)

「姫乃ちゃん。本当に大丈夫? 息が荒くなってるみたいだけど……」

「お腹痛いのか? 先生呼ぼうか?」

「……へ、平気……だから……ん、くぅ……」

(そ、そらの……ばかぁ……)

 心の中で罵倒するも、空の手は止まらない。

 そして、空の手は姫乃の擽(くすぐ)りのツボに到達する。

(ここだけちょっと硬いな……)

「ひゃうっ!」

「ど、どうしたの姫乃ちゃん。急に声を出して……」

「……やっぱり、先生呼んだ方が良いんじゃねぇか?」

「……ふ、ふぅ。ほ、ほんとに、大丈夫、だから。少し寝れば、治るから」

「そ、そう。なら良いんだけど」

「そ、それより、んん……二人は、部活、いいの?」

「あ、そうだった。姫乃は一人で大丈夫か?」

「だいじょう、ぶい」

 二人を心配させまいと、姫乃は指でVサインを作る。

「うん、分かった。それじゃ、私達は部活に戻るよ」

「あ~ん、もっと姫乃ちゃんと話したい~」

「ダメだよ。姫乃に迷惑かけちゃ。またね姫乃。たまに会いに行くから」

「うぅ~ばいばい、姫乃ちゃん」

「ん、ばいばい」

 名残惜しそうにして、二人は保健室を後にした。

「……もう、大丈夫」

「そ、そうか。はぁ~……って、なんで膨れっ面なんだ?」

 周囲を警戒しながら、布団の中から出て来る空。

 姫乃の顔を見ると、両頬が膨らんでおり、ご立腹の様子だった。

「空の、へんたい」

「うぇ⁉ 俺、なんかしたか?」

「…………しらない」

 ぷいっと、明後日の方に顔を向ける姫乃。 

「そ、そういえば、水着の恰好って、どうやって誤魔化してたんだ?」

 姫乃が怒っている原因が分からず、苦し紛れの話題転換を試みる空。

「……わたし、寝るときはシーツに包まるから」

 少しむくれ気味ではあるが、姫乃は空の問い応える。

 ミノムシのようにシーツに包まり、ベッドの上でくねくねと動いて見せた。

「反則じゃん」

「ちがう。わたしの癖だから、ノーカン」

 言い訳にしか聞こえないが、女生徒にバレなかったことの方が、空にとっては大きかった。

「二人は姫乃の知り合いか?」

「うん。同級生で友達」

「……そっか。寂しいか?」

「……少し」

 包まっていたシーツを脱ぎ捨て、姫乃はベッドから降りて来る。

 その小さな手には、お宝と称したカプセルが一つ握られていた。

「これ、空にあげる」

 空に向かって、カプセルを掲げる姫乃。

「わたし、先輩だから」

「ありがとな姫乃。でもそれは姫乃が謎を解いて、見つけ出したものだ。先輩があげるって言っても、それは受け取れないよ」

 空はカプセルを姫乃に押し戻す。

「それに、お宝は自分の手で掴みたいからさ」

 一度見つかれば、人生に必要な見えないものが終わってしまうこのゲーム。

 スリルのあるこの宝探しゲームを、やはり空は楽しんでいた。

「と言う訳で、俺はこのまま次の所に行くから、姫乃は部室に戻っていてくれ」

「空……」

 決まったと、内心決め顔をする空。

「暗いの怖いから、部室までおんぶしてって」

 空のお宝探しは振出しに戻った。

        □

 姫乃を部室まで送り届けた空は、生徒指導室の近くまで辿り着いていた。

「問一の答えは、たぶん生徒指導室なはず。だって、ウロボロスだし」

『問一 学校の中で、ウロボロスが住んでいる部屋はどこ?』

 問題文を思い出し、その答えであろう生徒指導室に入る空。

 明かりが点いているにも関わらず、生徒指導室の中には誰もいなかった。

「難易度高すぎだろ……」

 誰もいない生徒指導室内で、空の独り言だけが響く。空の言う通り、生徒指導室は他の問題に比べ、難易度が高い。

 問題を解いたとしても、お宝を探す場所には教師たちが跋扈(ばっこ)している。

 水着姿で見つかれば、文字通り生徒指導される事であろう。

「ていうか、どこにあんだよ」

 置いていそうな所を見渡すが、カプセルらしきものは見つからなかった。

「机の中……はさすがにないと思いたいが……」

 頭を悩ませる空。無鉄砲に探していると、外から一つの足音がこちらに向かってくる。

(ヤベッ⁉ 何処かに……)

 ふと空の目に入ったのは、掃除用具が入っているロッカーだった。

(仕方なしか。とりあえずここに……)

 ロッカーを開けて、中に入ろうと扉に手を掛ける。

「……は、はろ~」

 そこには先客がいたようで、引き攣った笑顔を浮かべていた。

「ゆ、柚子さん? なんで……」

「ッ⁉ それよりも早く!」

 柚子に手を引かれ、空はロッカーの中に引きずり込まれる。

(またこの展開⁉)

 ロッカーの扉を閉めて少しした後、部屋の扉が開かれ、一人の教師が入ってくる。

『はぁ~、今日も残業ね』

 ため息と共に、教師からはあまり聞くことのない単語が零れる。

 教師は自分の席に着くと、パソコンを起動して、何かの作業をし始めた。

 幸運なことに、教師とロッカーの距離はかなり離れており、息をひそめている空と柚子に気付く事はなかった。

「あぁ~、空君のせいで逃げるタイミング、逃しちゃった」

「え? ていうことは……」

 柚子の右手には青色のカプセルが握られていた。

「空振りだったか……」

「……空君。あんまり動かないでもらえると、助かるんだけど……」

 柚子に引きずり込まれたおかげで、空の顔面は彼女の胸へと突っ込んでいた。

 柚子に言われて、ようやく気付いた空の顔面は徐々に熱くなっていく。

「す、すいません。警察だけは……」

「通報しないから」

「と、とりあえず顔だけでも離しますんで……」

「だから……動いちゃ……ひぅん……ダメだって」

 胸から顔を離すと、柚子は艶やかな声を上げる。

 言われた通り、空はそれ以上動くことはせず、胸からやや離れた場所に顔を固定する。

「気を使ってくれるのは嬉しいんだけど、その……空君の足が……ね」

 顔ではなく、今度は足の部分の感覚を強くする。

 腿(もも)のあたりが仄かに温かく、柔らかい何かを上に乗せている感覚だった。

 空が理解するには十分な情報量で、赤かった顔はさらに赤くなり、全身が火照り出して熱くなっていく。

 さらにバケツに足を突っ込んでおり、少しでも動くと中に入っている掃除用具が音を立てる。

「なんていうか、その、す、すいません」

「もう、謝らなくていいんだって。わざとじゃないんだし。でも、謝るってことは、気遣ってくれてるって事だもんね。ほんと、空君は優しいね」

 こんな状況下にあっても、柚子は笑顔を見せた。それがより一層、空に罪悪感を募らせる。

「今聞くのもなんですけど、柚子さんは何でこの場所を選んだんですか?」

 己の愚息が起床してしまわないよう、別の話題を持ち出す空。

「そりゃあ問題文にウロボロスって書いてれば、オタクとして解かない訳にはいかないっしょ」

「まぁ、言わんとしてる事は分かりますけど……」

「ウロボロス。自分の尻尾を食べながら成長するドラゴン。お間抜けな一面とは裏腹に、始まりと終わりを象徴するドラゴンでもある。ちなみに生と死も表していたりもする」

(あ、オタクモードの柚子さんだ)

 柚子がオタクモードに入ったおかげで、気まずい雰囲気が一気に払拭される。

『失礼しまーす。先生いますか~?』

『ん~、どうした? 今は私しかいないぞ』

『大した用事じゃないんですけど、箒を借りに……』

「「なっ⁉」」

 空と柚子の間に掛けてある箒が、ことりと小さな音を鳴らす。

『……ふむ。あそこのロッカーにあるのを使え。終わったら戻しに来いよ』

『分かりました。ありがとうございます』

 先生に一礼すると、生徒はロッカーに向かって歩き出す。

「どうするんですか柚子先輩⁉」

「うぇ⁉ あたしに言われても……」

「このままじゃ、不純異性交友とかになっちゃいますよ」

「そこは停学とかじゃないの?」

 などと言っている間に、生徒は目前まで迫って来ていた。

 ロッカーの扉に手が掛かり、ガチャリと音を立てて開かれていく。

 生徒指導室を照らしていた明かりが、恐怖におびえて抱き合う二人を徐々に照らしていく。

(もうダメだ。おしまいだ……)

(ひぇ~、ば、バレちゃ……)

『失礼します! 松永(まつなが)来てますか?』

『あれ? 長谷川(はせがわ)じゃん。どうしたの?』

 突然の来訪者に、生徒はロッカーの扉を閉め、偶然にも事なきを得た柚子と空。

『箒の事なんだけど、やっぱいらないってさ』

『え~、いまさら?』

『なんでも部長が、これが現代魔女の箒だーって、また訳の分からない事言ってて……』

『……芸術家の言う事は分からないわね。すみません先生。箒はやっぱりいいです』

『そうか。美術部も大変だな。とくに部員が……』

『あっはは。もう慣れました。じゃあね先生。お仕事頑張ってください』

『あぁ。帰るときは気を付けてな』

『は~い。失礼しました~』

 二人の生徒が出ていくと、教師は再びデスクワークへと戻る。

「た、助かった~。今度こそ死ぬかと思いましたよ、社会的に」

「そ、そうだね。……ところで、あたし達っていつまで抱き合ってればいいの、かな?」

 気が付けば、柚子の鼻と接触してしまいそうな距離になっていた。

 薄暗いロッカーの中でも、お互いの顔が紅潮しているのが分かってしまう。

 柚子の尊厳の為にも、空は彼女の体に回していた腕を解こうと試みようとする。が、

「あ、ダメダメ。箒が……」

 寸前の所で空に抱き着き、箒が倒れていくのを阻止する柚子。

 ロッカーという密室で、半裸で抱き合っている男女二人。

 第三者から見れば、そういうプレイをしていると勘違いされてもおかしくはない状況である。

「ごめんね空君」

「いえ、むしろご褒美です……と言いたいんですけど、ちょっと、あの……」

 尻切れが悪くなる空。欲望に忠実な空でも、女の子と抱き合うのはこれが初めて。

 シチュエーションはどうあれ、女の子と抱き合うという行為に、空の純情が反応してしまう。

「もしかして~、緊張の方が勝ってる~?」

「うっ……」

 図星を突かれて、何も言い返せなくなる。

 柚子は抱き着いたまま、悪戯な笑みを浮かべて、空の顔色を窺(うかが)っていた。

「そ、そういう柚子さんは、どうなんですか?」

「え、え~っと、あたしは余裕よ。なんたって、男に毎晩こんな風に抱き着いてるから」

「それ絶対抱き枕ですよね」

 柚子も図星を突かれて、それ以上何も言えなくなってしまう。

 柚子も空と同じで、異性に抱き着かれた事はなく、オタク心を通り越して乙女心と言うものがビンビンに反応していた。

 それでも空をからかおうとしたのは、年上としての余裕を見せつけたかったからである。

 マウントを取った空に、少しだけ余裕が出てくる。

「こんなところで強がっても意味ないですよ」

「べ、別に強がってないもん。空君の性欲ばか」

「性欲はともかく、バカとはなんですか」

 ロッカーの中である事を念頭に置きつつ、二人は小声で言い争いを始める。

「だいたい空君がここに来なければ、あたしはこんな目に合う事はなかったんだよ。だから、一番反省しなきゃいけないのは空君の方なんだからね」

 事実なだけに言い返せない空。

 だがここで引き下がれば、長い間その事を言われかねない。

 何か自分に有利なことはないかと、ふと目線を少し下に落とした。

(ッ! ちょっと汚い気もするが、これなら勝てる……)

 空はにやりと鋭く口角を上げる。それはまるで、裏で糸を引く悪役のような笑みだった。

「な、なによその笑みは」

「柚子さん。謝るなら今ですよ」

「ふん。あたしは悪くないもんね~。女の子に優しくない空君が悪いんだから」

「ひっひっひっ。なら良いんですよ~」

 らしくない笑い声をあげた空は箒を何とか立て直し、柚子から体を離した。

「な、な~んだ離れられ――ッ!」

 空の体から離れた瞬間、柚子は何かに気付き、S極とN極のごとく瞬時に体を引っ付けた。

 何かに気付いた柚子を見て、笑みの口角を一段と鋭くする空。

「気づきましたか? 柚子さん」

「い、いつからなの?」

「ついさっきですよ。ていうか柚子さん。前の水着と違って色っぽいもの着てるんですね」

「う、うるさい!」

「ま、俺は好きですし、柚子さんに似合ってますよ~。その紐ビキニ」

 入部テストの時とは、また違った水着を着用していた柚子。

 桜の艶っぽさに感化され、思い切って花柄の紐ビキニを着用したのが運の尽き。

 箒を倒すまいと抱き着いた拍子に、背中の紐が解けてしまっていたのだ。

 かろうじて、女の子の象徴の一つが露出しないのは、お互いがくっ付いているからである。

「うぅ~、このへんた~い……」

「人間だれしも変態ですよ~だ……」

「ま、待って待って離れないで、謝るから……」

 よほど上裸を見られたくない(見られたくないのは当たり前)のか、少し涙声になっていた。

「……いいですよ。お互いこれで不問にしましょう」

 今、柚子と争う事はお互いにとって、最悪の結果を招いてしまうと考え、空は手を引いた。

 仮にこの状況を打破したとしても、その後の関係にも影響しそうだとも空は判断したのだ。

「俺も大人げなかったですし、柚子さんの裸はここじゃない場所で見たいです」

「空君のばか。変態。でも、反省してるから許す。それと、あたしも言い過ぎたから、ごめん」

「はい。これでこの件はおしまい。さて、どうしましょうか……」

 ロッカーの外は相変わらずで、教師一人がデスクワークに勤しんでいる。

 柚子との小競り合いにも気づいていない様子だった。

「……あのさ、空君」

「何ですか?」

 そんな中、柚子が少しもじもじとしながら……

「水着の紐、結んでくれないかな?」

「へ?」

「今のあたしじゃ後ろに手を回せないからさ」

「出た時に結べばいいじゃないですか?」

「それだと、逃げるのに時間かかっちゃうじゃん? だからお願い」

「……分かりました。普通に結んでいいでよね?」

「うん。ありがと」

 水着の紐がありそうな、柚子の脇腹部分を弄る(まさぐ)。

 紐が見つかりやすいように、柚子の肌を上から下へと指でなぞっていく。

「んッ……くぅ……ちょっと空君⁉」

「我慢して下さい。この方が見つけやすいんですから」

 水着の紐がなかなか見つからず、柚子の脇腹を上下する。

「んんっ……ふぁ……はぁん……ま、まだ?」

「どこにあるんだ?」

 脇腹付近にないのを知り、紐がありそうな別の場所を弄り始める。

「んッ……くふ……ちょ、空君……く、くすぐったいよ~」

「背中にもないし、腰付近にもないし……」

 今度はお腹付近に手を突っ込んでみる。少し弄る(まさぐる)と、指先に紐の部分が触れる。

「あ、ありました。これを……」

 ようやく紐を見つけ、柚子の背中まで引っ張る事に成功する。

「ん~、紐が見えん……柚子さん、嫌かもですけど、もっとくっ付いてもらえますか?」

「う、うん。こ、こう?」

 さらに強く空を抱きしめる柚子。本気のハグをしているみたいで、柚子の顔が紅潮していく。

 第三者から見れば、とんだバカップルである。

(これで少し見やすくなった……)

 薄暗いロッカーの中で、空は水着の紐を結び始める。

 紐を通すための輪を作り、通そうとするが視界が悪く、上手くいかない。

(あ~、イライラする)

 出来そうで出来ない、焦らしプレイを見ているようで空はイラ立ち始める。

(落ち着くんだ。深呼吸をして感覚を……)  

 落ち着くために、紐を持ちながら深呼吸をする。

「ひゅいっ!」

 漏れ出た声を手で押し殺す柚子。

 外の教師にはバレてはいない様子だが、一番驚いているのは声を上げた本人と空である。

「そ、空君! なにしてるの⁉」

「こっちのセリフですよ。なに変な声出してるんですか?」

「ご、ごめん。あたし、耳が弱点でさ……」

「と、とにかく我慢して下さい。なるべく早く結びますから」

 再び紐を結び始める空。しかし、案の定と言うべきか、紐結びに苦戦する。

「んひっ! ん、ふ、ふぅ~……」

 空の吐息が柚子の耳を優しく刺激し、彼女の口からは熱を帯びた声が漏れ出てしまう。

「そ、そら、く~ん。ま、まだ~?」

「あ、あと……もう少しです」

 もう少しで柚子の水着が元通りになる。苦労が実る瞬間が間近に迫り、空は興奮し始める。

 それと同時に、柚子の性感ポイントを吐息と鼻息がタッグを組んで、責め立て始める。

「そ、空く、んひッ……お、落ち着いて……は、はげしッ……ぃい」

 誤解を招きそうなフレーズで、柚子は弱々しい声音で懇願する。

「あとは、ここを通して……よし。出来ました柚子さん」

 それに気付かず、空はようやく柚子の水着を結ぶことに成功する。

「はぁ、はぁ、はぁ。空君の……えっち」

「なんでですか⁉」

 柚子の状態を理解できず、スケベ呼ばわりされた空は疑問符を浮かべた。

『峰岸(みねぎし)先生、ちょっといいですか』

 そんな時、ロッカーの外から野太い男性教師の声が聞こえてくる。

「げ、生徒指導の豪(ごう)武(たけ)じゃん」

 デスクワークに勤しむ峰岸先生に声を掛けたのは、筋骨隆々の豪武先生。

 屈強な体と強面の顔つきは、その名に恥じない出で立ちをしている。

「豪武か~。あたし怒られたことあるけど、マジでやばいよ」

「マジですか~」

「今見つかったら、停学じゃなくて反省文五十枚書かされるよ」

「まさに生き地獄ですね」

 今の空と柚子の状態は、不純異性交友のレベルをとうに超えている状況だ。

 生徒指導部のロッカー内で抱き合い、足を絡ませ、お互いの頬はほんのりと紅潮している。

 そして、お互い水着姿というおまけつき。

 この状況で豪武先生に掴まった日には、変態のレッテルを貼られる他、豪武先生直々の更生学校生活が始まってしまう始末である。

「どうします先輩? 俺、わんわん泣いた方がいいですかね?」

「それだとあたしが襲ったみたいになるじゃん! ここはあたしがわんわん泣いてやるわ」

「それだと、俺が襲ったみたいになるじゃないですか! 女の子は泣けば助かりますけど、男が泣けば周りが引いて、嫌悪の目で見て来るんですから」

「それって実体験?」

 醜い争いをロッカー内で繰り広げられているとも知らず、豪武先生はデスクワークに勤しむ教師の方に歩みを進める。

『なんですか? 今忙しんですが……』

『それは申し訳ないです。今度奢るので、今日だけ仕事の方を手伝ってもらえませんか?』

『……はぁ~。分かりました。で、何をするんですか?』

『ありがとうございます。実は峰岸先生に、戸締りの方をお願いしたいんですよ』

 空と柚子に気付いている様子はなく、豪武先生と峰岸先生は仕事のやり取りをする。

『柔道部の子が足を怪我しまして、夜も遅いですし送って行こうかと……』

『相変わらず真面目ね。それに顧問ってのも大変ね。あたしには絶対無理だわ』

『私は好きでやってますから。それでは、戸締りの方、お願いしますね』

 豪武先生はそそくさと生徒指導室を後にする。空と柚子の危機は、あっけなく去って行った。

『はぁ~~~。めんどくさ』 

 長く深いため息の後、パソコンを閉じた長峰先生は、鍵掛けまで移動する。

 そして、鍵の束を取り、気だるげに生徒指導室を後にした。

 生徒指導室にいるのは、ロッカーの中に潜む空と柚子だけ。

「これは……」

「チャンス……なの」

 人の気配がないと分かり、ロッカーを開いて周囲を伺う。

 遠くの方で運動部の掛け声が聞こえるが、それ以外の音が聞こえてこない。

「柚子さん、今が逃げ時ですよ」

「よし、あたしに続けー!」

「あいさー!」

 人生最大の危機を脱した二人は、興奮気味に生徒指導室を飛び出し、暗闇へと消えていった。

        □

 玉鋼高校には第一体育館と第二体育館がある。

 第一体育館はバスケ部やバレー部など、コートを幅広く使う部活が主に使用し、反対に第二体育館では卓球やバトミントンなどコートを狭く使う部活が使っている。

 第一体育館は広く、第二体育館はやや狭い。

 何が言いたいのかと言うと……

「どう攻めたもんか……」

 部活に勤しむ生徒を観戦席から見下ろし、空は用具室にどう忍び込もうか作戦を練っていた。

 ノリとはいえ、柚子と一緒に部室までとんぼ返りした空。

 自分がお宝を持っていないことを思い出し、自分のおバカさ加減に愚痴をたれつつ、第一体育館にやって来たのだ。

 観戦席には楽に上がれたが、用具室までに続く道が無く、仕方なくここで作戦を練っていたのである。

 第一体育館には多くの生徒が蠢(うごめ)いており、用具室を通るための道には、必ず誰かの視線が行き交っている。

 体育館が広い分、練習する生徒も多く、用具室に入るには生徒達を一、二カ所に集め、視線を収束させる必要があった。

「どうすっかな~……」

 問題文の問三を眺めて項(うな)垂れる(だ)空。

『問三 古くて今にも壊れそうなかごって、どんなかご?』

 答えを知っている空だったが、生徒指導室とは別の意味で、攻略が難しい事に悩んでいた。

 人が多く、見つかる確率が高いからである。

 なら、問二の問題を解いてそちらの方に行けばよいのでは? 空もそう考えたのだが……

「答えは分かるけどな~。問題は“どこの”なんだよな~」

 生徒達の動きを見ながら謎を解いていた空だったが、もう一つの候補であった問二の答えに苦悶していた。

 考えに考えた結果、問三の問題に着手したという訳である。

『バスケ部、全員集合!』

 教師の掛け声で生徒達は、体育館の隅の方に集まっていく。

 空とは反対側にいるバレー部も、バスケ部同様に一カ所に集まり始めていた。

 時計を見ると、時刻は十九時を回っていた。生徒達の完全下校の時間である。

「この隙に……」

 用具室付近に人がいなくなるのを確認すると、空は気付かれないよう急いで向かう。

 安全柵に足を掛け、柱を伝って下に降りていく。

 物音をなるべく減らし、胃の縮む思いをしながら、空はなんとか用具室に入る事が出来た。

 偶然とはいえ、他の人に見つからずに用具室に入る事が出来た空は、大きく息を吐きだした。

「ぷはぁ~。ミッションコンプ――」

「おや少年。君もここに来たのか」

 積み上げられた体育マットのすき間から、聞きなれた声と共に、にゅるりと人が現れる。

 驚いた空は、後ろの跳び箱に思い切り跳ね飛び、背中を強打してしまう。

「大丈夫か少年」

「いつつ……桜さんこそ、なんでここにいるんですか?」

「体の大きさ的にここしか隠れる所が無くてな。ここで過ごしてるうちに、寝てしまったんだ」

 あほだ。喉元まで出かかった言葉を空は飲み込む。

「重くないですか?」

「もちろん重いさ。だが慣れれば布団と対して変わらないな。むしろこの圧迫感がクセになる」

 漫画でそういうキャラいたよなと思っていると、外の方が騒がしくなっている事に気付く。

「拙いな、先生のまとめ的なものが終わったようだな」

「というと……」

「片づけが始まるに決まっているだろ。早く隠れたほうがいいぞ」

「隠れるったって……」

 辺りを見回すが、空が隠れられそうな場所がなかなか見つからない。

 跳び箱には体が入らず、棚は丸見え、奥にある物置の扉には鍵が掛かっていて開かない。

『瀬戸さんのシュートすごかったね~』

『たくさんスリー入ったもんね』

『褒めても何も出ないわよ』

 扉越しから生徒のやり取りが聞こえてくる。読者に飽きられる勢いで空は窮地に立たされる。

「仕方ない。少年……」

 見かねた桜が外へと飛び出し、空の手を引いて自身が籠(こも)っているマットへと引き寄せた。

「さ、桜さん⁉」

「可愛い後輩が困ってるんだ。助け舟に乗せてやろうじゃないか」

(桜さん、イケメンじゃん……)

 ときめく空と共に、桜はマットの中に入る。

 マットの中は温かく、感覚としては固めの布団に入っている感覚だった。

 運動用マットが一枚積まれているので少し重い。

 しかし、その恩恵なのか二人の入っているマットは少し山になっている程度で、他者から見ても、違和感が少なくなっていた。

『あれ? なにか聞こえた気がしたけど……』

『ネズミじゃないの?』

『え~、やだな~』

『ネズミ、可愛いじゃん』

 二人がマットに隠れるのと同時に、三人の生徒が入ってくる。

 生徒達は雑談を交わしつつ、持っていた部活道具を整理し始めた。

「汗に濡れた少女って、なんか興奮するな」

「静かにしてください。バレます」

「それにこの状況。なんか盗撮してるみたいだな」

「助けてもらってなんですけど、桜さんだけ捕まってください」

 マットの隙間から覗かれているとも知らずに、三人の女生徒はおしゃべりをしている。

「ところで桜さん」

「ん?」

「俺の右手なんですけど……」

「恋人がどうした」 シュッ、シュッ、シュ……

「いや恋人じゃないから。手を上下に振らない」

「じゃあセフレか!」 シュ、シュ、シュ、シュ……

「セフレでもねぇよ! 家族だよ! それと興奮してスピードを上げてんじゃね!」

「近親相姦で罪に囚われる事はあまりないから安心しろ」

「え、そうなの? マジで? じゃなくて! 人の話を聞けよ!」

「冗談だ。で、なんだ?」

「はぁ~。俺の右手が妙な温かさを感じるんですよ」

 ぐったりとしながら、空は右手に感じる違和感を話した。

 右手には人の肌に触れているような心地よい温かさに加え、柔らかいものに挟まれているかのような感触があった。

「…………少年、動かすなよ。私は胸が敏感なんだ」

「急なカミングアウト! て言う事は……」

 空の右手は、彼の想像通り桜の両胸に挟まれていた。

 隠れる際に慌てていたこともあり、どうしてそうなったのか二人には理解出来なかった。

「……抜いていいですか?」

「ダメだ。自分の家で処理しろ」

「そうじゃないですよ! 手をですよ」

「ダメだ。言っただろ。私は胸が敏感なんだ。優しくしろ」

「逆に優しくしてはダメなのでは?」

「男のロマンと夢が詰まった袋を荒らすんじゃない」

 少し調子に乗った空の額を小突く。

 仕方なく手はそのままに、空は自制心を強く持ちながら、外の様子を覗う(うかが)事にした。

『ていうか何で男子達にもやらせないんだろうね』

『さぁね。真の男女平等が訪れる日は遠いね~』

『ほら手も動かしなさい。ボールも早く入れなきゃだしさ』

「…………少年。彼女達はいつ戻ると思う?」

「……この分じゃまだ先になりそうですね」

「そうか。すまないが、少し上体を起こさせてもらうぞ。胸が苦しくてな」

「え、ちょっ……」

「安心しろ。バレないようにするから」

 そういう問題ではなくと言いかけるが、桜はそのままゆっくりと上体を上げていく。

 桜の巨大な双房は、空の右手を優しくこすりながら上昇していく。

 擦られる度、空の自制心の鎖がキリキリと軋み始める。

(ぐお~、じれったい気持ち良さが……沈まれ、俺の右手と性欲!)

 上体の上昇が終わり、右手がこすられることはなくなったのだが……

(ぐはっ! 今度は桜さんの頂がぁ……)

 空の右手の真ん中あたりに、ちょんと固さのある突起物が鎮座する。

(女の子のB地区ってこんな硬さなの? 大人の階段剥けちゃうんですが……)

 声を出せばバレてしまう今、空の脳内は性欲の炎に炙られて、オーバーヒート寸前になる。

 桜もバレる事を知ってか、声を出すことはせずに女生徒達の様子を覗っていた。

(はッ、この間に手を引っこ抜けば……)

 自制心の為にも、多少強引にでも右手を戻そうと画策する空。

「ッ⁉」

 しかし、わずかな手の動きでも、桜はぴくッと体を震わせる。

 空の右手が巨山の頂を擦り、微弱の電気のようなものが、桜の背を駆け巡った。

 そして、右手を動かした空を睨みつけた。

(うぅ……視線が痛い。けど俺の理性のためにも……)

 ゆっくりと、ゆっくりと手を動かしていく空。

 敏感な巨山の頂を右手の甲が擦っていく。

 桜の上体を支えている腕がプルプル振るえ、隠れている脚にも無駄な力が入る。

(あと少し……)

 もう少しで手が抜けきる、その寸前まで行きかけた時……

『何かしら? これ』

 女生徒の一人が何かを見つけ、その手に持ち上げた。

 女生徒が声を上げるのと同時に、我慢が出来なくなったのか、桜は上体を戻して、またうつ伏せの状態へと戻った。

 空の右手の上に、桜の左胸がのしかかる。

 挟まれることが無くなったが、空の右手には桜の乳圧と、その頂の感触が伝わっていく。

「私の喘ぎ声で捕まる気か⁉」

「や、やっぱ、声抑えてたんですね……」

「私も一人の乙女だ。喘ぎ声を聞かせても良い相手と場所くらいは選ぶさ」

「桜さんって純情なんすね。でも自制心の為にやりましたから、許して欲しいんですけど……」

「まぁ、それなら許してやるが……だが、許可なく乙女を感じさせた罪は後で償ってもらうぞ」

「は、はい」

 自分に非はないとはいえ、乙女を困らせた事を反省する空。

『なになに、なんかあったの?』

『これ』

『ガシャポンじゃん。ていうかこれゴミじゃね?』

『……なんか入ってるっぽいね』

 そうこうしている内に、カプセルを振って、音のみで中身を確認する女生徒達。

『開けてみてよ』

『虫とか入ってるかもね~』

『や、やめてよね、もう~』

 虫発言に開ける気がなくなったのか、女生徒はカプセルを棚の隅に置いた。

『ほら、もう終わったんだから行こ』

『そだね。あ~、お腹空いた』

 片づけを終えた女生徒三人は用具室を出て、扉を完全に閉めた。

「……行ったか?」

「行った……と思います」

 用心しながらマットから出て来る空と桜。

 扉に耳を当てると、教師が集合を掛けたらしく、慌ただしい駆け足の音が聞こえて来る。

「ふぅ~、姫乃と柚子さんに続いて、災難続きですよ」

「二人と会ったのか?」

「そうなんですよ。姫乃とはベッドに隠れ、柚子さんとロッカーに隠れ、しまいには桜さんとマットの中に隠れるなんて」

「色々とけしからん体験をしたんだな」

「おかげで今日は疲れました」

「安心しろ。この時間ならもう追われる事はないはずだ。ところでこのカプセルはどうする?」

「……桜さんに譲りますよ。迷惑をかけましたし」

「ふむ、そうか。なら好意に甘んじるとしよう」

 カプセルを胸の谷間に入れ、体を伸ばす桜。

 何処にしまっているんだ、というツッコミはさておき、伸びをしたおかげか――

「さて、これから……」    がちゃっ

 聞き覚えのある金物の音が用具室内に響いた。

「……どうしようか少年」

 扉の外から聞こえる足音が遠くなっていくのを確認し、空は扉の開閉を試みる。

「…………マジで鍵かかってるんですけど」

「音がしたからな。分かってるさ」

 冷静に状況を見ていた桜。空も動揺はしてはいるが、慌てふためく事はなかった。

 ここまでに心臓に負担の掛かる出来事が連発したため、慣れてしまったというのが正しい。

「どうします桜さん。このままじゃ帰れないですよ」

「ふむ……取り合えず、マットにでも入ろうか。寒いし」

 両腕をこすりながら、桜は一番上のマットを毛布代わりにした。

「少年、君もこっちに来い」

 桜に言われるがまま、空は一緒のマットに入る。

 新しく入ったマットは、元から桜が温めていた訳ではないため、ひんやりとしていた。

 いままで体温を気にする暇もなかったのだが、状況が落ち着き始めると、体温機能が働き始め、周りの空気が冷たく感じ始める。

「少年、もうちょっとくっつけ」

「え、いや、その~」

「何をいまさら恥ずかしがってるんだ? 隠れてた時は、私の胸を愛撫しただろ?」

「んなことはしてませんよ!」

「とにかく、君もそのままだと冷えるだろ? だから早く来い」

「……じゃあ、失礼します」

 お互い水着のため、桜の素肌と空の素肌がぴたりと重なる。

 状況的に仕方ないとは言え、隠れていた時とは違うドキドキ感が、胸の内で高鳴なっていく。

「全然温かくないな」

「そう……ですね」

 実際触れ合っているのは二人の二の腕部分だけである。

 これでは温まるどころか、余計な隙間に冷気が入り込んで寒くなる一方である。

「仕方ない。すまないが少年、ちょっと移動するから動くなよ」

「今度は何するんですか?」

 胡坐をかいている空の後ろに回る桜。

 温まり始めたマットが、桜の方に寄っていき、空の足が少し外に出る。

「……これなら温かいだろ?」

 空の耳にささやき、その背に覆いかぶさるように、桜がのしかかった。

 むにゅりと二つの乳圧が、空の背中を圧迫する。

 桜の水着越しからは、巨房が持つ心地の良い生暖かさが伝わってくる。

「さ、桜さん? 温かいっスけど、これは……ちょっと……」

「遠慮しなくてもいいんだそ。ガシャポンの礼だからな」

「いや、そういう事じゃなくてですね……」

「ん? もしかして、男と女のアレを気にしているのか?」

「まぁ、そんなところです……」

 異性と抱き合うのはこれで二度目。

 今回は桜が一方的に抱き着いているように見えるのだが、シチュエーションはどうあれ、女の子と触れ合うのは姫乃、柚子の出来事を含めて今 日が初めてなのである。

 違いがあるとすれば、状況が異っているという点。

 それでも生の女の子に対して免疫が付いていない空にとって、彼女らと触れ合うという事は、ひどく緊張し、どう反応すれば良いか分からなくなる。

 結果として、曖昧な反応をしてしまう。

「こういうのって、女の子同士だったり、恋人同士でやるもんじゃないですか?」

「やはりソレを気にしていたのか。気にしなくてもいいぞ。私も気にしないからな」

「いや気にしますよ。だって己の愚息を収めるのに必死なんですから」

 緊張のあまり、本音と冗談が入り混じった事を話してしまう。

 この状況での下ネタは、性的に襲われるという脅威を抱えさせるため、女の子に言ってはいけない事である。

 故意ではないとしても、相手に不安を与える行為に違いはない。

「…………ふふ、やはり少年は正直者だな」

 しかし、桜は不安がる処か、空の正直さを良い意味で笑った。

「ふむ、そうなればだな……」

 桜は空の背中から離れ、マットを空に被せる。

 桜の乳圧から解放され、嬉しいような、悲しいような、複雑な感情が空の中で渦巻く。

「少年。背を伸ばしてくれ。それと、足も少し広げる感じで……」

「こう……ですか」

 桜に指示された通りマットを押し上げながら背を伸ばし、組んでいた足も広げて余裕を取る。

「では失礼して……」

 長髪が当たらないよう髪を前へ下ろし、体を預けるようにして空の股座の中に腰を落とした。

「これなら胸が当たらないだろ? 少年の愚息も安泰だな」

「あ、あれとこれは別問題ですよ! あと桜さんは“愚”を付けないでください!」

 目の前にある桜の黒髪はさらりとしており、汗の湿気に乗ってフローラルな香りが空の鼻腔をくすぐる。

 それに加え体の前面部分が桜の柔肌とぴったりと接触をしている。

 乳圧ほどのインパクトはないものの、女の子と直にくっついているという事実が、空の鼓動をより一層激しくさせていた。

 つまり……

(ナウい息子がテント設営に……)

 ここで設営してしまうと、間違いなく軽蔑される。

 空は必死に己の息子の非行を鎮めるように、思考を別のものにシフトした。

(グロイ物を連想して……)

「どうだ? 温かいか? ちなみに私は温かいぞ。意外と体温が高いんだな、少年は」 

 体温が高い原因を作っている桜は、煩悩を振り払おうとしている空に気付かず、何故か興奮気味に体を小さく左右に揺らした。

 桜が左右に揺れた事で、空のヤングマンは思考を壊し、ピンク色に染め上げていく。

「さ、桜さん。揺れないでもらえると、助かるんですけど……」

「む、すまない。鬱陶(うっとう)しかったか? ならばおとなしくしてるが……」

 空の一言で桜はおとなしくなる。

 その表情は、初めて友達の家に泊まる時の、楽し気な小学生の様なものだった。

「……もしかして桜さん、この状況楽しんでます?」

「もちろんだ。第三者からみれば、この状況はシュレディンガーの猫の様なものだろ? あ、それだったら私たちは猫になるのか。それに隠語で猫って使われるしな」

「隠語はどうでもいいですけど、どこら辺がシュレディンガーの猫なんですか?」

「私と少年がヤッたかヤらなかったのかの二つの事象が……」

「シュレディンガーさんに謝れ!」

「ちなみにネコの隠語はだな『受け』だからな」

「聞いてないし、知ってます」

「やるな少年。オラ、わくわくしてくっぞ!」

「しなくていいですしおすし。ていうか桜さん、キャラ変わってません?」

 マシンガントークのおかげか、落ち着きを取り戻す空。

 その代償として、今までクールキャラだった桜の仮面が剥がれ落ちる。

「前にも言ったが私は下ネタが好きでな。興奮するとこんな感じになる」

「なんと残念な……」

「基本的に抑えてはいるさ。部活で発散してるだけで」

「ヘンカツ部、様々ですね」

「あぁ、創って良かったよ。こんな風に貴重な体験も出来たしな」

「まぁ、普通だったら水着で用具室に閉じ込められる、って事はまずないですからね」

「少年に抱かれる事もされてるしな」

「抱いてませんし、これは桜さんが発端です。けど離れないでください」

 いつここから出られるのだろうかという、当たり前の不安はどこへやら。

 空と桜はそんなことを忘れて、和気あいあいと会話に花を咲かせる。

「なぜ抱かないんだ⁉ それでも男か!」

「男ですよ。今もこうして愚息の暴走を抑えてるんですから。何ならハグして、ぎゅっとして、匂いを嗅ぎたいって思ってます」

「私は今、貞操の危機に立たされていたのだな」

「安心してください。俺、こう見えて純情なんで」

「さっきので信用ゼロなんだ……が……くしゅっ」

「大丈夫ですか? ……桜さん、肌、冷たいですね」

 桜の腕に触れると、キーンとした冷たさが指先に伝わる。

 お互いの体温で温め合っているとはいえ、それは一部分だけの話。

 特に桜は空と違い、マットを羽織っていないので、その分体を温める事が出来ずにいた。

「桜さん、ちょっと失礼しますね」

「な、ちょ、少年⁉」

 桜の有無を聞かず、空は桜の体に腕を回した。

「うわ、桜さん、めっちゃ冷たいですよ」

 桜の体が冷えていた事を知ると、空は体温を上げるために体の密着度を上げた。

「少年、あんまりくっつくと……」

「何言ってるんですか桜さん。こんなに冷たくなってるじゃないですか。これじゃあ風邪引いちゃいますよ」

 離れようとする桜を逃がすまいと、空は腕に力を込めて離さないようにする。

「な、少年、離さんか! 強姦強要罪になるぞ!」

「暴れないでくださいよ! 温まりませんよ!」

 ガシャーン!

 二人がじたばたしている間、突如として用具室の扉が開かれる。

 外の体育館には明かりがなく、代わりに一点の眩い光が空と桜を照らした。

「姫乃ちゃん。そんなに引っ張らないで」

「……こわいから、むり」

「も~、だから部室で待っててって言ったのに……」

 眩しくて見えないが、空と桜にとって聞きなれた声が聞こえてくる。

「その声は、柚子と姫乃か?」

「助かりましたね桜さん」

 扉が開き、ここから脱出できることに空と桜は喜んだ。

「え? その声……空君もいるの?」

「……空、桜に抱きついてる」

「うぇ⁉ まじ? …………ほんとだ。何してんの空君?」

 問いを投げかける柚子の声には、ほんの少しの怒気が混じっていた。

「い、いや、これは誤解ですよ。桜さんの肌が冷たかったんで、こうやって温めてたんですよ」

「嫌がる私を強引にその腕で抱きしめて……むぐっ!」

「ややこしい事言わんでください!」

 火に油を注ぐ発言をする桜の口をふさぐ。

 が……

「ふ~ん。空君が桜を強引に……ねぇ」

「空、それ、はんざい」

 すでに遅く、姫乃と柚子の冷ややかな声が空に突き刺さる。

「マジで違うんですって!」

 姫乃と柚子に弁明するも、部室までの道中、二人が口を開くことはなかった。

 元凶の火種である桜は、そんな空達のやり取りを、笑うのを堪えながら後ろから見ていた。

 初めて体に腕を回され、触れられた肌の微々たる熱を感じながら。

        □

「はい! これ」

「え? 何ですかこれ?」

 部室に到着し、ようやく口を開いてく入れた柚子は、赤色のカプセルを空に差し出した。

「これ、問二の答えのガシャポン。二年の教室にあった」

「待ってる間暇だったからさ。姫乃ちゃんと一緒に探してきたの。感謝してよね」

「あ、ありがとうございます。姫乃もありがとな」

 二人にお礼を言い、暗い中頑張って探してきたであろう姫乃の頭をなでる。

 姫乃は気持ちよさそうな表情をして、グッドサインを指で作る。

「しかし、問二の答えはなぜ二年の教室なんだ。教室なのは分かったんだが……」

「あぁ、俺もそれで悩みました。そんで、バスケの方にシフトしたんですよ」

「少年は私と気が合うな。だが、無理やり抱くのはよしこさんだ」

「抱いてませんって!」

「はいはい。それについては姫乃ちゃんの解説が入るから、ちゃんと聞いてよね」

 ぱん、と一つ手を叩いて、空と桜を静かにさせる。

「まず、問題文から見る。『問二 いつも先生が二人いる場所はどこ?』この答えは教室。教師、ツー。だから」

 問題文を見せながら、Vサインを作る姫乃。

 ここまでは空達でも辿り着く事が出来た。

 難関なのはどこの教室か、である。

 玉鋼高校には学年教室の他に、空き教室も存在している。

 時間と度胸がるのであれば、ローラー作戦でしらみつぶしに探すことも出来るが、空達はそこまで脳筋ではなかった。

「注目して欲しいのが二という数字。この問題文、二をすごく押してる。だから、二にまつわる教室を探せばいい」

「なるほど。確かに私たちの教室は二階にあるからな」

「偶然ってこともあり得ると思うんですけど……」

「まぁまぁ結果的にお宝は見つけたんだから、細かい事は気にしない気にしない」

 少し引っかかる所はあるが、疲れの波が押し寄せているせいで、頭が働きにくくなってきている空。柚子の言う通り、細かい事を気にしないことにした。

「さて、時間もあるし、開けるか」

「さんせーい!」

「なにが入ってるか、楽しみ」

「ちょっと、ドキドキしますね」

 時計を見ると、七時四十五分を完全に過ぎていた。

 空にも門限はあるのだがそれを過ぎても、部活をやってたから、と一言いえば許してもらえる。

 母親から小言を言われてしまうが。

 三人の門限も気になるが、空は柚子から受け取ったガシャポンを開けてみた。

 それと同時に、姫乃、柚子、桜の三人も一斉にガシャポンを開けた。

 中には一枚の紙が入っており、何か文字のような物が書かれていた。

「これは……水族館のチケットか?」

「うっひゃーい。これ、声優さんのライブチケットじゃん」

「ゆうえんちのチケット」

 桜には水族館の無料入館チケット、柚子には声優さんのライブチケット、柚子には遊園地の無料チケットがそれぞれ入っていた。

「空君は何入ってたの?」

 興奮冷めやらぬ柚子が、空の肩を揺さぶる。

「俺にはこれが入ってました」

 ガシャポンから取り出した紙を三人に見せる。

「「「三人とデート券」」」

 空のガシャポンの中には、『自腹で彼女達とデートをする』という、手書きの紙が入っていた。

 それに加え、ライブチケットの領収書も一緒に入っていた。

 それも二枚分。

 

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