ヘンカツ部   作:神無月彩歌

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舐って絡みつくヘンカツ部の反逆

 密会から数日が経った放課後。

 密会以降特に大きなイベントを起こしていないヘンカツ部は、いつものように部室に集まり、各々の時間を過ごしていた。

「そういえば今年の大会どうするの?」

「大会……あぁ、出し物大会か。出ないに決まっているだろ。あまり目立ちたくないからな」

「その出し物大会って、なんですか?」

「部活対抗の出し物大会。七月初め頃に開催される、イベントの一つ」

 パソコンをいじりながら、姫乃は空の質問に答えた。

「部活動対抗、ですか?」

「あぁ。出し物は基本的に何でもありだ。生徒の個性を損なわせないようにするためだろう。そして、部の出し物に点数を付けるのは、審査員と出場していない生徒」

「玉高って在校生多いから、ちょっとしたライブみたいになるんだよね」

「人多いの、落ち着かない」

 玉鋼高校の体育ホールは、大人数を収容出来るように造られているが、それでも六百と言う人数がその箇所一点に集まれば、狭く感じるのは当然のこと。

「ヘンカツ部は出場しないんですか?」

「あぁ。大会に出場するだけで目立つからな。なるべく人の目から遠ざけておきたいんだ」

「出し物大会って、部の勧誘にも一役買ってるからね。これ以上うちらの部に人が入ったら、教師の目にも付きやすくなるの。人の動きがあるから仕方ないんだけどさ」

「その付属品で、風紀委員も、潜入してくるかも」

 空の後に入って来る人が、真面目な生徒とは限らない。

 その生徒の動き次第で、ヘンカツ部は廃部に追いやられる可能性もある。

 それ以外の危険性として、情報漏洩によって学校の品性が疑われ、その中心となったヘンカツ部全員が、退学になってしまう危険性もある。

 偏見をなくす。

 マイノリティの者に居場所を与える。

 これらを実行するとなると、それなりの危険性が常に隣り合わせにある。

「ま、大会自体は面白いからな。見るだけでも楽しめると思うぞ」

「そうそう。去年のテニス部なんか、アニコスとかしててさ~。衣服から小道具にかけてのクオリティが高くって、それはもう興奮しちゃって――」

「柔道部の仮装、面白かった」

「私は水泳部のショートコントネタだな」

「あれって下ネタが多くて、失格になってたよね」

「あぁ。私としては面白かったんだがな。風紀委員と教師の判断だそうだ。芸術を理解していないとしか思えんな」

 去年の大会の事で盛り上がる桜達。 

 楽しそうな雰囲気に、空はその日が待ち遠しくなる。

「失礼します」

 そんな和気あいあいとした空間に、はきはきとした声音が響く。

 中に入って来たのは、ボブショートの女子生徒。

 制服、ネクタイ、スカート、中に着ているワイシャツに至るまで、きっちりと着こなしており、その外見から真面目さが滲み出ている。

「風紀委員の風間ではないか。ヘンカツ部に何か用かな?」

「……柏木さん、ワイシャツのボタンは最後まで付けてください。男子の前ですよ」

「胸が苦しいのでな。今後の健康のためにも、放課後くらいは見逃して欲しいんだが……」

「それはダメです。その制服を着ている間は玉高の生徒です。学校の品性を下げる行いを、わざわざ見過ごす訳にはいきませんから」

「相変わらずお堅いね~。生徒の体よりも、世間体を大事にするとは」

 腕を組みながら、風紀委員の融通の利かなさに、桜はため息を吐く。

「柏木さんだけじゃありませんよ。そこの神楽坂さんもです。ワイシャツのボタンと裾、それとネクタイもきちんと締めるようにしなさい」

「え~、放課後くらい、いいじゃん。それにあたし、堅っ苦しいのって嫌なんだけど」

「嫌でもダメです。小野乃さんとそこの男子も。きちんと制服を着るように。風紀の乱れです」

「むぅ~。めんどい」

 風間は次々と着衣の乱れを指摘していく。

「俺達以外にも着崩してる人はいますし、こういうのって見てない所でまたやりますよね?」

「……あなたみたいな生徒がいるから――」

 怒りを露わにしながら、風間はズンズンと空に詰め寄って行く。

「玉高学生の風紀が乱れるんです!」

 鼻と鼻が引っ付きそうな程の距離まで迫られる。

 桜達以外の女生徒とここまでお近づきになる事が無いため、空の鼓動が一際高くなる。

 身なりや言動からお堅い印象を受けるが、風間の容姿は悪くなく、むしろ残念美少女である桜達と同等の端麗さがあった。

 風間の吐息が間近にあり、空の頬がほんのりと赤くなり始める。

「ぐぇっ!」

 しかし、その頬の熱は突然の息苦しさによって、一瞬で引いていった。

「ネクタイもきちんと!」

 ネクタイの結び目を、思い切り閉められていた。

「……はい。制服もきちんと着るように!」

 そう言うと、風間は空の上着を持ってくると、埃を払ってから空に着せる。

 そして丁寧にも、ボタンまで掛け始めた。

 他者からは主人の身なりを整える、メイドのようにも見える。

「ふぅ~。今後は制服の乱れに注意してください」

 乱してもう一度ネクタイを締め直してもらおう。

 そんな不謹慎な事を風間の前で思う空。

「ふむ。うちの部員がバカですまないな。あとで躾けておくから」

「そうだね。あとできつ~く……ね、空君?」

「……………あほ」

 空の頭の中を見透かしているのか、三人の視線には呆れや怒気などの感情が含まれていた。

 そんな視線を浴びて、空は乾いた笑いをするしかなかった。

「? まぁ、いいです。今日はヘンカツ部の皆さんに、重要なお知らせをしに来たんです」

「重要な事というのは何かな」

「今週いっぱいで、ヘンカツ部を廃部させる事にしました」

「……それは、どうしてかな?」

 廃部と言う単語を聞いて、今度は桜の眉に皺が刻まれる。

「数日前、視聴覚室の近くで、怪しい人達を見たと報告を受けたんです」

「ほほう……それで?」

「その人達の特徴はお面と帽子を被っていたらしく、風紀委員の一人がお面を付けて偵察に向かったわ。そこで見たのはね、巨大な黒い箱のような物だったらしいの」

(ん? ちょっと待てよ。も、もしかして……)

 飛び入りで参加した女生徒が実は風紀委員であったかもしれない。

 そうだとしたら、自分の行いによって今まさに廃部の危機に陥っているのでは。

 空はそう思いながら、冷や汗を流した。

「その箱には扉が四つあって、微かに声のようなものが聞こえたそうです。そして面を付けたその子自身も、面ととんがり帽子、黒いローブを着た男性と会話をしたそうなんです」

(やっぱり、俺のせいじゃねーかよ!)

「ふむ。視聴覚室でそのようなことが起きていたのか」

「黒い箱って言うのが気になるけどね。ていうか今のところ、あたし達に何か関係あるの?」

「ん。柚子の言う通り。わたしたち、関係ない」

 桜、柚子、姫乃は自分達とは無関係だと言わんばかりに、知らん顔を貫いていた。

 一方の空はポーカーフェイスを貫いてはいるものの、背中の冷や汗が止まらないでいた。

「確かに、あなた達ヘンカツ部とは全く接点がありません。その男性とは普通の会話しかしていませんし、他の部屋では何を言っているのか、詳しくは分からなかったそうですから」

「か。風間さんの言っている事を聞く限りじゃ、ただ会話をしているだけみたいですけど……」

「問題は無許可で視聴覚室を利用した事です。無断で教室を利用する事は禁じられてますから」

「風間の言い分は分かった。だが柚子の言う通り、我がヘンカツ部との関連性が皆無だが?」

「その日の完全下校時間頃に、あなた達ヘンカツ部の姿が見られたとの報告がありました」

 遅かった理由は、あの個室をヘンカツ部総出で片づけていたからである。

 周囲が暗くなったのを見計らい、人目に付く前に解体と運搬をこなしていたのだ。

「そして、次の日に視聴覚室を確認しましたが、報告に合った巨大な黒い箱はありませんでした。憶測ですがあなた達ヘンカツ部が、その黒い箱を片付けたのではと思ったんです」

 風間の憶測は当たっている。しかしその程度の状況証拠では弱く、決定的な証拠にならない。

「そんな憶測の話しではお話しにならないな。廃部の件は無しだな」

「あなた達ヘンカツ部には、これ以外にも数多くの疑惑があるんです」

「どういうものか聞かせて貰おうか」

「性的相談を秘密裏に行っている。謎の密会を開いている。女生徒の個人情報を握っている。多目的ホテルの情報を収集している。他にもあるけど、どれも破廉恥極まりないものです」

「ぎ、疑惑なだけで、事実ではないでしょ? それらって……」

「うん。うん」

 全て事実なだけに、柚子は少しだけ動揺する。風紀委員の情報収集力に内心感服してしまう。

「鵜呑みになんてしていません。ただ――」

 風間の眼光が一際鋭さを増して――

「あなた達が去年の文化祭で、あんな破廉恥なものを展示していたのを覚えていました。それもあって、噂が出始めたのと同時に、真っ先にあなた達を疑いました」

「私達は文化を紹介したまでだ。それも大昔から存在し、将来役に立つかもしれないものをな。世界遺産、政治、経済、科学について書かれているのは、知っていて当然の退屈なものばかりだった。事実、見物して行く人が少なかったと、奉仕委員の者がぼやいていたぞ」

「私が言いたいのは品性の問題です。私がアレを見つけて処置しなければ、どうなっていたか」

「ふん。外見でしか判断できない品性に、意味があるとは思えないがね……」

「内面を良く見せるには、外見から良くしなければいけません!」 

 桜と風間の言い争いがヒートしていき、次第に廃部の話しから風紀の話しへとシフトする。

「何の騒ぎですか? 廊下まで声が聞こえていますよ」

 二人の声が廊下まで届いていたのか、騒ぎを聞きつけた一人の教師が部室に入って来る。

「白藤先生。急用があったんじゃ……」

「その予定だったのですが必要なくなりました。それで、廃部の件はお伝えしましたか?」

「はい。ですが視聴覚室の件と噂程度では、廃部の理由にならないと言われまして……」

「そうですか。まぁ、分かってはいましたが……」

「確証もなく部を廃部にするのは、いかがなものだと私は思いますがね……」

「……そうですね。柏木さんの言う事には一理ありますね」

 教師を前にしてなお、桜は毅然(きぜん)とした態度で居続ける。

「柚子さん、あの先生って風紀委員の顧問ですよね?」

「そうそう。相変わらずおっかないよね~」

 風紀委員顧問である白藤先生は、生徒の間で怖い教師として知られている。

 怒鳴り散らす怖さとは違い、キレのある鋭い目つきと淡々とした口調。

 何より、有無を言わせない威圧的雰囲気を常に纏っており、用があっても会話したくない教師として、生徒の間では言われている。

「でも、何で顧問の人がわざわざ来るんですかね?」

「確かに……」

 廃部通知を言い渡すだけなら、顧問が来る事はない。

 玉高はその在校生の多さから、部活に加えて同好会や委員会が普通の高校よりも多く存在している。

 そのため、教師の手間を 鑑みて、顧問以外の教師が他の部に介入するという事は、滅多にないことなのである。

(……もしかして、あのことに関してかな?)

 しかし、白藤先生が来た事で、柚子は一つの可能性を見出していた。

「私は奉仕委員会の優秀成績でこの部を設立しました。教師の介入を許さない、独自の部をです。あなたはそれを承認し、創設許可書に判子を押した」

「そうです。ですがあなた達ヘンカツ部が、風紀を乱す可能性があるのもまた事実です」

(やっぱり奉仕委員関係か……)

 思っていた事が当たり、柚子は顔をしかめてしまう。

「可能性上の話しだけで決めるというのは、生徒を信じていないようで愚かに見えますね」

「柏木さん⁉ あなた教師に向かって……」

「いいんですよ風間さん。彼女の言う事は正しいですから」

 激昂する風間を宥める白藤先生。桜の発言に怒るでもなく、冷静に、機械的に肯定する。

「風間さん、ここは私に任せてもらえませんか?」

「え? ですが……」

「柏木さんが言った通り、設立許可の判子を押したのは私です。その責任を取るためにも、私に任せてもらえないですか?」

 風間は腕を組んで少しだけ考える。

「……分かりました。ヘンカツ部の件は白藤先生にお任せします」

「ありがとうございます」

 少し不服そうな表情のまま、風間はその場を白藤先生に任せて部室から出て行った。

「さて、この部の設立を許可したのは私です。部を終わらせる責任も私にあります」

 先ほどの会話を改めて桜達に告げると、白藤先生は自身のスマホを操作し始める。

 そして、画面に映し出されたものを四人の前に見せた。

「こ、これは――」

「う、うそ……」

「まじ、か」

 スマホに映し出されていたのは一本の動画だった。

 少し遠くからではあるが、顔を隠し、黒のローブに身を包んだ四人の姿が映し出される。

 その四人は尾行されており、やがて『ヘンカツ部』というプレートが付けられている教室に入って行った。

 暫くすると、和気あいあいと会話をしている四人がその教室から出てくる。

 桜、柚子、姫乃、空の姿が動画内ではっきりと映し出されていたのだ。

「集団が入る前の教室には、鍵が掛けてあるようでした。それに加え、室内には電気も点いていなかった。この事から、室内には誰もいないと私は推測しています」

 反論しようと桜はするが、それをグッと飲み込んだ。

 下手に出れば、墓穴を掘るかもしれないからだ。

 それほどまでに白藤先生の見せた動画は、四人にとって致命的なものであった。

 何か言い逃れが出来る事はないか。長く感じる数秒の間に桜は思考を巡らせる。

「あとこれは、ヘンカツ部に関係のない事ですが……」

 桜の思考を遮るようにして、白藤先生は別の短い動画を見せた。

「なッ⁉」

「こ、これって……」

 その動画を見て、冷や汗を流したのは桜だけではなかった。

 動画に映っていたのは、とある建物から出てくる男女の姿。

 建物の入り口付近には、休憩時間に比例した値段と建物の名前。

 さらに目を引くのは、その建物に『十八歳未満入店禁止』のロゴが付けられているという事。

「見知った顔でしたので、つい録画してしまいました。今のカメラ技術には驚きがありますね」

 分かったような口ぶりで、白藤先生はシラを切りながら近代の技術に感心していた。

「これって、桜と空君でしょ? どういう事?」

「勘違いするな柚子。この日は運悪く雨に当たってしまってな。近くに雨宿り出来る場所が無かったから、仕方なくここに立ち寄っただけだ」

「そ、そうですよ。やましい事はしてませんよ!」

 桜と空は強く否定する。柚子と姫乃は二人を信じて、強くうなずいた。

「あなた達の言い分は分かります。ですが、これを他の教員に見せたら、どう思いますかね? それにお店側にも、相当の迷惑がかかるでしょうし……」

「そうなって、困るのは学校側もでは?」

 少し強気に攻めてみる桜だったが……

「そうですね。では措置として、お二人には退学処分を受けてもらいます。退学になるネタは他にもありますから。そうすればヘンカツ部も人数不足と言う事で、廃部に出来る訳ですし……。ふむ。優秀な生徒をなくすのは惜しいですが、その方がいいかもしれませんね」

 何を言っても、白藤先生はヘンカツ部を潰す気でいる。

 優秀な人材を切ってでも、彼女は自分の責任を果たそうとしていた。

「……私はこの部の廃部を、断固として拒否します」

 反論する言葉が出てこなかった。

 それでも、桜はこの部を潰させるわけにはいかなかった。

 部の中では本来の自分でいられる。

 誰かがいる空間で、自分が自分でいられるというのは、気持ちの良い事この上ない。

 このヘンカツ部は、それを知ってもらうために設立したのである。 

 もし退学になったとしても、ヘンカツ部を柚子と姫乃に託し、玉高にいる少数人数の変人共に居場所を与えてあげたいと、桜は思っていた。

「……そうですか。なら、賭けをしませんか?」

「賭け、ですか……」

「そうです。こう見えて賭け事が好きなんですよ私。長期休暇でラスベガスにも行きますし」

 白藤先生の意外過ぎる一面に、一同は唖然としてしまう。

「ですが、ラスベガスのカジノは賭け事だけではありません。身嗜みはもちろん、立ち振る舞いや言葉遣い、社交性に至るまで人の品性が試されます。だから私はあの場所が好きなんです」

 もちろんギャンブルも好きですよ、と言い加えて白藤先生は口角を僅かに上げた。

「話が反れましたね。賭けの話しに戻りましょう。今年度の出し物大会に、あなた達ヘンカツ部も出場してください。そして、優勝、または最優秀賞を取ってください」

「出し物大会ですか? 新参者の私達に、優勝か最優秀賞を取れと?」

「そうです。単純で分かりやすいでしょ? どちらかを獲得する事が出来たなら、この部の廃部を取り消します。それに加えて動画も消しますし、あなた達に口を出さないと誓いますよ」

「それは、本当ですか?」

「えぇ。教師として誓いますよ。取れれば、の話しですけどね」

「横から失礼したいんですけど、優勝と最優秀賞ってどう違うんですか?」

 近寄りがたい二人の間に、空は申し訳なさそうにしながら割って入る。

 白藤先生の鋭い眼光が空に向けられた。

「君は一年生でしたね。簡単に言いますと、審査員と生徒の合計票数が高ければ優勝。最優秀賞は生徒のみの票数が多ければ獲得できます」

「票数の合計、ですか?」

「はい。審査員は六人。審査員一人の票は、生徒百人分の得票になりますので、優勝を狙うのであれば、無視出来ない要素になるでしょう」

 出し物大会に出場する部が、どれくらいになるのかは分からない。

 しかし、生徒の票は他の部に割れやすいため、最優秀賞を獲得するのはかなり難しいと考えられる。

 となると、 審査員の票が決め手となる優勝を目指した方が、廃部を免れる近道ではと、空は考える。

「……審査員が誰になるかは、もう決まっているのですか?」

「いえ、まだですよ。ですが、本校のOB、OGの人を呼ぼうと考えています」

 空の考えに至っているのか、桜は審査員について白藤先生に尋ねる。そして、考えた後――

「分かりました。その賭けに乗りますよ」

「ふふ、あなた達が何をするのか、楽しみにしていますよ」

 そう言うと、白藤先生は踵を返して、ヘンカツ部から退室する。

 誰もいない廊下には、白藤先生の靴の音だけが響いていた。

「ぷはぁ~。桜と白藤先生の話しって、息が詰まっちゃう感じだよ~」

 柚子が口を開いたのは、白藤先生が退出し、靴の音が聞こえなくなってからだった。

 桜と白藤先生の会話は圧が強すぎて、口を挿む余裕がなかった。無知な空を除いて。

「ふぁ~……終わった?」

「姫乃ちゃん、寝てたの?」

「話がちょっと退屈だった」

「ふふ、相変わらずマイペースだな」

 桜は姫乃の頭を優しく撫でる。廃部の危機だというのに、桜達の雰囲気は変わらない。

「あの~、色々聞きたい事があるんですけど、奉仕委員会って何ですか? それに、優秀成績がどうのこうのって……」

「あぁ、少年には話していなかったな。では奉仕委員について教えてやろう。と言っても、そう大したものでないけどな……」

 近くにあった椅子に腰かけ、足と腕を組んで桜は語り始める。

「奉仕委員と言うのは、あらゆる雑務をこなす委員会だ。この一言で説明出来てしまうほど単純ではあるが、仕事量の膨大さから非常に過酷な委員会なんだ」

「どれくらいの仕事量なんですか?」

「学生としての自由時間を殆ど充てないと、仕事が片付かないくらいの仕事量になるな」

「そんなにですか⁉」

「ま、私は器量良くやっていたからな。周りにいた人よりも二、三倍多く仕事をしていたのさ」

「そのおかげで、優秀成績を取る事が出来たんだよね~」

「あぁ。その特典を使って創ったのが、このヘンカツ部なのさ」

「特典って言うのは……」

「奉仕委員は点数制でな、仕事をこなした量、その出来高によって点が付くんだ。その点数が一番多ければ優秀成績者として選ばれ、どんな願いでも叶えてくれるんだ」

「なんたらボールみたいですね」

「本来であれば十二月頃にその成績発表があるんだが、私は他の人と差をつけすぎてしまってな。周りのモチベーション維持のために、特例として二学期の初めに選ばれることになった」

「桜さんって、凄かったんですね」

「ふ、もっと敬いたまえ」

 にやりと口角を上げて、鼻を高くする桜。

 だがすぐに表情を元に戻し、その顔に影を落とした。

「だが優秀過ぎるのも考えものでな、周りの視線は辛辣なものだったよ。でも、この部を創ると決めていたからな。特典を使って部を設立した後、奉仕委員をすぐに辞めたよ」

 ふっ、と小さいため息を吐いて桜は苦笑する。

「奉仕委員会の説明はこんなものだ。他に聞きたい事は?」

「ん~、特にないですね。入る気もないですし。それよりも、大会の方はどうするんですか?」

「それよりも、か。……そうだな。大会の方はしょうがない。出ないと言ったばかりだが、こうなってしまっては仕方ないだろう」

「大会、めんどい」

「そう言うな姫乃。部の存続のために、一肌脱いでくれ」

「……桜の言うことなら、仕方ない」

 桜の膝の上にちょこんと座る姫乃。

 たわわに実った桜の双房を、小さな両手で堪能しながら、姫乃は鼻息を少しばかり荒くする。

「んで、結局何をするか決めてるの? 勝算があるっぽく話してたけどさ」

「正直何をするかは決めてないんだ。あの時は見栄を張っていたに過ぎないからな」

「ん~……。大会まで一か月と少し。低コストで高パフォーマンスを狙うのでしたら、ダンスだったり、歌を披露したリとかですかね……」

「そうだな。今から小道具を作り始めたとしても、間に合わないだろうな」

「でも、ダンスとかって、競争率高そうだよ?」

「そうだな。それに、私達らしい何かを加えるとなれば、やるものも限られてくる」

「ストリップショーは?」

「姫乃ちゃんって、時たますごいこと言うよね……」

 色々とアイディアを出し合うが、結論が出る事がなくヘンカツ部は解散した。

        □

 その日の夜。密会の時同様、空は自分の部屋で唸り声を上げていた。

「う、あぁ~……ん、ふぅ~……う、イ~……」

「ちょっと、おにぃ! 自家発電するなら声抑えてよね! 勉強に集中出来ないんだけど!」

「まだシテねーから! ていうか俺、声出さねーし!」

「するには、するんだね……」

 海に呆れられる空。性欲に忠実な空は、日課となっている慰めの儀式を欠かしたことはない。

 霜野家が寝静まる時間まで致すつもりはないのだが、出し物大会の事が頭から離れない。

 致すのであれば何事も綺麗に片付き、スッキリした状態で致したいというのが空の内心である。

「ていうか、俺の部屋に入りづらいとか言ってた奴が、ズリ事情で話しかけてくるとか……」

「それ、いつの話しよ……」

「入学式の時だよ」

「古っ! おにぃ古いよそれ。他人のオカズ事情なんて、暇つぶしに読んだここのエロ本に比べれば、軽いジャブみたいなものでしょ?」

「なに勝手に人の部屋に入ってんの⁉」

「デートの腹いせに」

「意味わかんねーよ⁉」

「おにぃがモテるという現実からの逃避も兼ねて、エロ本で色々と勉強させてもらいました」

「お前、俺の事バカにしすぎだろ⁉」

「それよりも、自家発電の事じゃなければ、何で唸ってるの?」

「『それより』で片づけちゃうのね……」

 入学式の時に見た、初心な妹は何処へ行ってしまったのか。

 性的知識の成長を果たした妹に、複雑な感情を抱きつつ事情を話した。

 ヘンカツ部の活動内容はアレなので、所々の話を脚色しながらではあるが。

「ふ~ん。大変な事になってるんだね。でも、おにぃが真剣になってるって事は、よっぽどその部のことを大切に思ってるんだね」

「ん? ま、まぁな……」

 口に出して言われると、少し恥ずかしくなる。

「そんなに悩むおにぃって、初めて見たかも」 

「そうか?」

「……あ、違った、二回目だ。一回目は確かラブドールをアリスにするか、ニコちゃんにするかで悩んでた時だったっけかな……」

「なんでそんなこと知ってんだよ⁉」

「おにぃのつぶやきって、結構大きいんだよね~」

「……ドールの事は忘れろ」

 ちなみに、その時に選んだのは金髪碧眼ロリボディのアリスを選んでいる。

 しかし、言われてみればと、空はもしもの世界を考えてしまう。

 中学二年生の時に孤立せずにいたら、自分は周りの友人と同調した生活送っていたはず。 

 部活は帰宅部で、普通にバイトして、稼いだお金はエロに費やす。

 彼女が出来るかどうかは分からないが、失恋以外の大きな傷は負わず、怠惰でその時を楽しむ高校生活送っていたはずだ。

 今のように深く考えこむことなどないだろう、もしもの世界。

「でもまぁ、その部は退屈しないからな。いつもより時間の流れが早く感じるし」

「……充実してるんだね~」

「そうだな。その通りだ。充実してるよ」

 一般人でいるのは『退屈』の一言に尽きる。確かにここへ至るまでに、空は心に傷を負った。

 孤立し、周りから嘲笑を受け続けた日々は、空の精神を派手な音を立てて削っていった。

 そんな疲弊しきっていた空を救ったのは、自分達の想いに正直なヘンカツ部だった。

 マイノリティな性癖を持ち、自分に正直すぎる空にとって、ヘンカツ部はまさに楽園のようだった。

 大好きな下ネタ話をすれば、ちゃんとした返事が返ってくるし、そんな自分を 見下さずに対等でいてくれる人もいる。

 桜、柚子、姫乃の三人に出会えたおかげで、今の空がある。自分の保身のためでもあるが、それ以上にその三人に何かしてあげたいという想いが、今の空を突き動かしているのだ。

「でも、何をすればいいんだろうか……」

 想いはあるのだが、現状を打破する画期的なアイディアが降りてこない。

「何にも出ないんだったら、今日はもう寝ちゃえば?」

「言っただろ? 時間が無いって」

「だからこそだよ。切羽詰まっちゃうと、焦りとかで良いことが思い浮かばないの。だからそういう時は、一旦諦めて、寝ちゃうの」

「寝るって……」

「寝るのは大事なことだよ。記憶を整理してくれるし、頭を冷やすことも出来るんだから」

 海の言っていた通り、空の頭には血が上っていた。

 どうにかしなければという焦りと、出し物大会に向けた準備時間の無さが、空の思考を鈍らせていた。

「……はぁ~。そうだな。今日はもう寝るか……」

 海に言われて、息を吐き出して冷静になる空。整理するという点では納得できる部分もある。

 放課後から得た情報量は、濃密であるがゆえに記憶に残りやすく、離れにくくなっている。

 良いアイディアを出すには、印象的なものに縛られない事も重要なのである。

「そうそう。その切り替えの早さが、おにぃの良い所だよ」

「はいはい、あんがとさん」

 苦笑する空に、にへらと海は無邪気な笑みを返す。

「じゃ、相談料と迷惑料って事で、ギフト券三千円分よろしくね」

「はい⁉ なんで――」

「じゃねー」

 空の言葉を聞かずして、海はそそくさと部屋から出ていった。

 静まり返った部屋で、空は自身のお財布の中身を確認する。

「うぅ、今週発売の脱衣ポーカーゲームが……」

 買いたかった同人ゲームが遠のいて行くのを嘆いた。

「仕方ないか。さて、寝る前にスッキリしておこうかな……」

 いつもより早い就寝になるが、少し激しめの儀式をすれば、すぐに眠りに落ちるだろう。

 そう考えた空は、成人向け作品が大量に鎮座されている本棚を、舐めるように吟味する。

「………………今日はこれにしよ~っと」 

 取り出したのは『張り付けの少女たち』というタイトルのアダルトアニメ。

「ぬっふふ、ガラスに張り付いたおっぱい達が、俺を呼んでいるじぇー!」

 ディスクをレコーダーにセットし、テレビを付ける。そして部屋の電気を消した。

 暗くなった部屋を、テレビ画面の明かりだけが照らす。

「……うむうむ。いつ見ても良く出来てるストーリーだ」

 目をぎらつかせながら、クオリティの高い映像と凝ったストーリーに釘付けになる。

 短話のストーリーのおかげか、濡れ場のシーンがすぐにやって来る。

 ヒロインの女の子が、窓ガラスに自身の裸体を押し付けられ、主人公と性交する。

 そして、このアニメの最大の見せ場である、押しつぶされた双丘が画面一杯に映し出される。

「…………」

 しかし空は、最大の見せ場であるシーンにも関わらず、興奮する素振りも見せないでいた。

 テレビ画面に釘付けになっている間にも、女の子と主人公は次々と体位を変えていく。

「あ、あぁ、あぁぁ……こ、これなら……」

 何かを閃いた空はビデオを一時停止し、部屋の電気を点けてからノートを取り出した。

        □      

 翌日、アイディアを纏めたノートを片手に、空は出し物大会で披露するものをプレゼンした。

「――という感じでやりたいんですが、どうでしょうか?」

 ノートをテーブルに置いて、空は三人の顔色を窺う。

「うむ。いいじゃないか。我がヘンカツ部らしい出し物だ」

「うんうん。これならいけるよ」

「空、ナイス」

 桜達は空のアイディアを高く評価した。それを聞いた空は、ホッと胸を撫で下ろす。

「正直、盲点だったな」

「どうやって、この案を思いついたの?」

「そ、それは、ですね……え~っと、あっはは……」

(言えない。昨日見たエロアニメが発端だったなんて……)

 アニメの中で、女性が男性の象徴を双房で挟むシーンがある。

 いわゆる前戯のシーンである。

『張り付けの少女たち』のメインのシーンではなく、その前に行われた前戯のシーンを見た時、空の脳内に天啓が下りたかの如く、とあるアイディアが沸き上がったのだ。

 しかし、それが起源だと言えるはずがなく、空は笑って誤魔化すしかなかった。

「? まぁいいや。んで、講師の人はどうするの?」

「ほっ……。それは柚子さん頼りです。お金持ちなので、その辺のツテ頼りです」

「そういう意味での頼りね……」

 神楽坂家のコネクションを頼りにされていたのを知り、柚子はガクリと肩を落とす。

「まぁいいけどさ。空君の判断は正しいと思うし!」

 少し拗ねたようにして、空に言い放つ。

 空の言う通り、お金持ちというのは数多のコネクションを持っている。

 家族に頼み込めば何とかなると、柚子は考えていた。

「衣装の方は俺に任せてください。ペルソナの時に良い人を見つけたので、それ頼りですけど」

「その人物が誰なのか、少年は知っているのか?」

「甘いバニラのような匂いをしていたとしか……」

「少年、貴様は変態か!」

「いいえ、変人です!」

「日本語的に、同じ意味……」

 ちなみに、変態と言うのは形態を変えるという意味でも使われている。

「冗談はさておき、どういう人かは知りませんが、その人とはお面の約束をしているんです。その時に衣装の相談をしようと思っています」

 そうは言ってみたが、彼女はコスプレを辞める宣言をしている。

 作ってもらえる保証は薄いが、それでも彼女に頼むしかない。

「……お姉ちゃんに連絡してたんだけど、あたし達の助けになってくれる友達がいるって……」

「柚子さん手が早いですね。ていうか柚子さんに、お姉さんがいたんですね……」

「まぁね。でもその話はまた後で。んで、お姉ちゃんの友達があたし達に会いたいんだってさ」

「そうだな。今週の土日に会えるかどうか聞いてくれ。私と柚子が代表で行こう」

「分かった。あ、もしもしお姉ちゃん? あのさ――」

 姉との電話に柚子は戻る。良い風に乗れている気がして、空の目に成功の兆しが見え始める。

「よし、今度はステージ演出の募集ですよ。これもペルソナのコミュニティを利用しましょう。姫乃、それ用の手紙をお願いしても大丈夫か?」

「ん。任せろ」

 姫乃はグッドサインを出して、手紙作成をし始めた。

「少年、もし募集に誰も来なかったらどうする?」

「迫力に欠けますけど、そこは仕方ないです。他の部と同じ条件で、披露するしかないですよ」

 新参者のヘンカツ部が優勝、最優秀賞を狙うには、出し物のインパクトが必要になる。

 そのための演出も、アイディアノートに記してはいるのだが、こればかりはヘンカツ部以外の力を借りなければならない。

 ステージ演出は無くても良いのだが、ヘンカツ部を存続 させる可能性を少しでも上げるためには、必要な要素となって来るのである。

「そういえば、出し物大会の順番とか披露時間みたいなのって、いつ決まるんですかね?」

「おそらく来週の火曜日あたりになるだろうな」

「順番はともかく、披露時間は早く知りたいんですよね~」

「そればかりはしょうがないさ。私達は元々出る気はなかったんだからな」

 焦燥感を見せる空を、桜は宥めた。もう少し時間があれば色々と準備が出来たとは思うが、元々参加する気のない行事であったのだ。しかし、嘆いているだけでは問題は解決しない。

 だからこそ、今は少しでも早く、それでいて丁寧に事を進める必要がある。

「ていうか今更ですけど、本当に俺の案で良かったんですかね?」

 あれこれと動き出している最中、急に空は一末の不安に駆られる。

「自信を持て少年。君の案は本当に面白いと思ったし、なによりヘンカツ部らしさも出ている。私は好きだぞ。少年のアイディア」

 空に笑みを向ける桜。不意に向けられたその笑顔は、空の鼓動をドキリと跳ね上がらせる。

 そこまで言われたのならば――

「……そうですよね。よし、俺の案でヘンカツ部を救って見せますよ!」

「その心意気だ少年!」

「…………多分いけますよ。うん」

 優柔不断さを見せた空の頭を、桜は喝を入れるために思い切り叩いた。

        □

 一か月と数日後。

 長くも短い準備期間を終えて、ヘンカツ部メンバーは万全な体調で出し物大会当日を迎えた。

 最終段階として四人は部室内に集まり、本番に着る衣装に不備が無いかの再確認をしていた。

「はぁ~。ねぇ、本当にこれを着るの?」

「当然です。それに俺と柚子さんの曲は、丁度ゲームとコラボしてるんです。だから刺さる人には刺さるはずですよ」

「でもな~……この衣装、露出がすごいんだよね~。また悔しいのが衣装の出来が良いところ」

「密会の人に作ってもらったんですよ。クオリティが凄いですよね」

 準備期間中、コスプレ好きの女生徒と会う事が出来た空。

 狐の面を受け取るのと同時に、出し物大会用の衣装を見繕ってくれないかの相談をしていた。

 初めは断っていた女生徒だったが、密会のスポンサーであるヘンカツ部が無くなる、という嘘を交えた情報を教えると、彼女は致し方なく了承してくれたのだ。

「衣装が凄い事を、ステージの上で証明してくださいよ」

「分かってるって。こうなったら、腹を括るしかないよね。よし!」

「柚子の気合も入った事だし、最終ミーティングをするぞ。きちんと聞くようにな」

 桜達はその手に持っている、出し物大会のプログラムが書かれている用紙を広げた。

「今回の大会の参加組数は運動部、文化部込みで五十三組だ。その三分の一は演劇や仮装系統で、残りは私達と同じダンスや歌系のものだ」

「う~ん、今年はライバルが多いね……」

「去年より、増えた」

「去年の大会のクオリティが高かったからな。その影響で参加する部も増えたのだろう」

「優勝した卓球部の衣装の出来も高かったし、チア部とバスケ部のダンスも凄かったもんね」

「そんなに凄かったんですか?」

「そうだよ。本業の部活に専念してるのか、って疑いたくなるくらいだよ」

「みんな、ガチすぎ」

「とにかく、今回の出場組数の多さは、優勝、最優秀賞を取らなければいけない私達にとって、大きな壁になる。それに加えて――」

 桜は手に持っていたプログラム用紙を持ち上げて、特定の箇所を指さした。

「今回は参加組数の影響で制限時間も付くようになった。それに、運の悪い事にヘンカツ部はトリをすることになっている」

「何でトリが運の悪い事なんですか? 逆に印象が残りやすい気がしますけど……」

「まぁ、待て少年。早漏過ぎると、彼女に嫌われるぞ」

「……俺の性事情はいいから、説明してください」 

 赤面している空を他所(よそ)に、桜はコホンと咳払いをする。

「まずヘンカツ部にとって、不利な状況を説明するぞ」

 常設しているホワイトボードを引っ張り出し、桜は言葉にした不利な状況を書いていく。

「その一、出場組数の多さだ。組数が多いと票が割れやすいからな」

「でも、大きく票が割れてくれれば、審査員の票数次第で、優勝できるってことですよね?」

「簡単にいけばだがな。その二は制限時間だ。これがあるだけで、少なからず焦りが生じる。そうなるとパフォーマンスの質が落ち、簡単なミスを誘発する可能性が出て来る」

「うぅ~、改めて言われると、また緊張してきた~」

「その三は、そのパフォーマンスのクオリティにある。準備期間中に練習したとはいえ、私達のダンスは前もって準備していた人達と比べて、かなりの差がある」

「その分、インパクトで勝負、してる」

「ふふ。その点なら私達に分がある。その四、私達が新参者だと言う事。全ての生徒が真面目に票を出すとは考えにくい。その点を考えると、てきとうに票を入れる生徒の殆どは、  去年優勝した部か最優秀賞を獲得した部、それか自分が所属している部に入れると思われる」

「あたしもどれが良いか迷って、結局てきとうな部に入れたんだよね~」

「柚子さん、不真面目ですね」

「それだけ去年のクオリティが高かったのさ。そしてその五、私達が最後だという事だ」

 空が一番気になっていた所を桜は読み上げる。

「まず、この出場順を見て欲しい」

 桜に言われた通り、プログラムに記載してある出場する部の一覧を見る。そこには運動部、文化部の名前が不規則に並んでおり、部名の前には出場順を現す数字が書かれている。

「この順番がどうしたんですか?」

「いやらしい、順番」

「え? 姫乃ちゃん何か分かったの?」

 どういうことか分からず、空と柚子はプログラムに何度も目を通す。

「さすがだな姫乃。この配置はな、前半から後半に向かって行くにつれて、大会の盛り上がりが徐々に下がっていく仕組みになっているんだ」

「つまりは、どういうことです?」

「前半は面白い、中盤はそこそこ、後半は面白くない」

「あぁ、本当だ! 前の方にいるのって、優勝争いしてた部じゃん!」

「そうだ。後半の部は全て、去年の大会で一票も獲得出来なかった部で構成されているんだ」

「なんでこれらの部が票を取れなかった事を、桜さんは知ってるんですか?」

「票の累計を出すのも、奉仕委員の仕事だったからな。ともかく、私達の出番が来る頃には、観客達も飽きていると考えてもいいだろう」

「ていう事は、あたしと空君の掴みにかかってる、って訳ね……」

「前振り、重大」

「プレッシャー与えんなよな」

 プレッシャーを与える姫乃の頭を、空は荒々しく撫でる。

「ていうか、こうして見ると不利な状況多くないっスか?」

「賭けを持ち出したのは、おそらくこれらの状況があったか、もしくは作ったからだろうな」

「さすがギャンブラーだね」

「ここでギャンブルって、関係あります?」

「大いにあるぞ。パチンコやスロットは、基本的に店側が勝つように設定されているからな」

「腕の立つディーラーなんかは、カードを服の裾とかに隠して、すり替えたりするしね」

「そういうのは信頼を失くしますし、何より違法行為です」

 不意に背後から、淡々とした女性の声が届く。

 桜以外の背後にいたのは、賭けを提案した白藤先生だった。

 相変わらずの無表情で、腕を組みながら桜に視線を送っていた。

「突然すみませんね。今後のあなた達の処遇を考えてきましたので、その提案をしに来ました」

 桜達が押し黙る中、白藤先生は気にせず話を続ける。

「まず、柏木さん。あなたには奉仕委員の委員長をしてもらいます。実績もありますからね。神楽坂さんには風紀委員を、小野乃さんには空席の生徒会会計をしてもらおうと考えています」

 あれ、俺は? と、頭の中に疑問符を浮かべる空。

 そのことを口にできる雰囲気ではなかったので、一旦置いて置くことにした。

「将来的に考えても悪くない条件だと思います。いかがですか?」

「……お言葉ですが、私はもう奉仕委員に戻る気はありませんので」

「風紀委員とか、そんな堅苦しい所に行くつもりはないからね~、あたしは」

「生徒会、めんどいから、パス」

「俺はヘンカツ部に魂を売りましたからね。先生の思い通りにはいきませんよ」

「いや、空君は何にも言われてないでしょ。長文で何言ってるの?」

 白藤先生の提案を断る三人に、空は乗りかかる。

「そうですか。ですが、何かしらの部か委員に配属させますから、覚えておいてくださいね」

 そう言い放つと、白藤先生は退室して行った。

「ま、俺は何にも言われてないので、帰宅部まっしぐらですけどね」

「空君の事、眼中になかったからね~、白藤先生は」

 眼中にない事に少しだけ寂しさを覚える空。

 それと同時に憤りの感情も湧き上がってくる。

「……私達が負けるのを確信していたな」

「油断、大敵」

「ふふ、姫乃の言う通りだ」

 不敵な笑みを浮かべる桜。

 それを見た三人も、同様に口角を上げてしまう。

「不利な点は多いが、それを覆せる布石はもう打ってある。あとは私達次第さ」

「お姉ちゃんに感謝してよね。でも、今回は本当に運が良かったらしいよ」

「使えるものは、使う」

「白藤先生に目にモノを見せてやりますよ。俺の事を無視した罪は重いですよ!」

 逆転のイメージを抱きつつ、ヘンカツ部メンバーは最後の仕上げに入った。

        □

 昼食時間が終わり、出し物大会後半戦が始まる。

 体育ホール内は電灯がついておらず、遮光カーテンによって日光が入らないようにされていた。

 そのためホール内は薄暗く、ステージ上にだけ電灯がついており、出場する部が目立つようにされている。

 しかし、後半戦は桜が言っていた通り、お世辞にも面白さというものが無く、見ていて飽きるものばかりであった。

 出し物を披露している間にも関わらず、生徒達は雑談を交わしていた。

「………つまらないですね」

「審査員の先生が、そんなことを言ってもいいんですかね~」

 白藤先生の隣に座っていた男性が、ため息交じりにそう言った。

「……橋崎君は知らないかもしれませんが、やっている事が去年と変わらないのですよ」

「確かに。俺が風紀委員長だった頃と、何ら変わらんものを披露してる部もあるしな」

 橋崎と呼ばれた男性は腕を組みながら、当時の事を振り返る。

「……それよりも、三浦さんはどうしたのですか?」

「ん? あぁ、美優はちょっと用事があって、午後の部は少し抜けるって言ってた。OB、OGとして呼ばれてるのに、三浦に代わって申し訳ないです」

 橋崎は手を合わせ、白藤先生に向かって頭を下げた。

「いえ、用事があるなら仕方ありませんよ」

「……怒ってないんですか?」

「怒る理由はありません。誰にだって急用が出来ます。それに出し物大会に招待したのは私ですから、橋崎君は気にしなくても大丈夫ですよ」

「そ、そうですか? ありがとうございます。先生の顔って、相変わらず読みづらくってさ~。それにいつもキリっとしてるから、不機嫌かどうかも分からないし……」

「正直過ぎる所は、昔と変わっていませんね」

 隣りで笑う橋崎を横目に、白藤先生はため息を吐いた。

『ありがとうございました。続きまして――』

「……先生の言う通り、少し退屈しますね」

「こういう順番にしたのは私ですが、少し後悔しています」

「先生の仕業だったのかよ……」

「ある部と賭けをしてましてね。それに勝つために、こういう順番にしました」

「……先生の意外な一面を見ましたよ」

「言ってなかったですか? 私は賭け事が好きなんですよ」

「…………」

 ヘンカツ部同様、橋崎は口を開けて唖然とした。

「……そんなに変ですか?」

「単純にイメージが付きづらいですよ」

「奉仕委員の監督の他に、風紀委員の顧問をしていますから。誰も私に興味を持ちませんよ」

 その言葉には、寂しさのようなものが含まれていた。

 表情にはもちろん出ていないが、白藤先生から発せられた言葉から橋崎はそれを感じ取った。

「まぁ、先生は誤解されやすいから。言動とか、取り締まりの厳しさとかもあるだろうし」

 それに顔も怖いし、と橋崎は少し苦笑した。

「でも、先生の事を理解できる人は、少なからずいると思うんだよね。先生はそういう人を増やしていけば良いんじゃないですか?」

 橋崎に言われて、自身と同じ考えを持つ人物を思い浮かべてみる。

「すみません! 途中で抜けちゃって……」

 考えている最中で、白藤先生の耳に女性の声が届く。

 女性は白藤先生に向かって、申し訳なさそうにしながら頭を下げていた。

「お、戻って来たか。つっても、あと二組ぐらいだけどな」

「ま、マジか~」

「安心してください三浦さん。大会の様子は録画してますから、集計の時にでも見てください」

「ありがとうございます。相変わらず、出来る女ですね白藤先生は……」

 橋崎の隣の席に三浦は腰掛ける。そして、頬杖をつきながらステージの方に視線をやった。

 五分もの出し物が披露され、その部はステージ上から退場していく。

「う~ん。一組しか見てないけど、やっぱり午前の方が――」

「待て美優。それ以上は言うな」

 三浦の言いたい事を察して、橋崎はそれを制止させる。

「先生と言い美優と言い、もう少し言葉を慎めないのかね~」

「だって、本当の事だもん」

 不満をあらわにしながら、三浦は手元のプログラムに目を落とした。

「最後は……ヘンカツ部? 何ですか、この部活は?」

「俺達がいた頃にはなかったよな?」

「あぁ、それはですね……」

『次の部で最後になります。続いての出し物はヘンカツ部による、ダンスになります』

 白藤先生の声を遮り、放送部が三浦の気になっていた部の名前を挙げる。

 出し物の準備のために、舞台に幕が下ろされる。

「奉仕委員の特典を使って創られた部ですよ」

「へ~、すごいじゃん」

 遮られた言葉の続きを話す白藤先生。

 特典と聞いて、三浦は感嘆の声を漏らした。

「そういえば、美優って奉仕委員だったな。それってすごいことなのか?」

「当たり前じゃん。奉仕委員の仕事はね、三百六十五日働いてようやくノルマが達成するくらいの仕事量なのよ」

「なにそれ、超ブラックじゃん」

「でもその分特典はすごかったからね。補習は無くなるし、大学の面接も楽になるし。まぁ、優秀成績は取れなかったけどね」

「働き者の美優でも取れなかったって相当だな」

「ヘンカツ部を創った彼女はとても優秀でした。しかし、優秀過ぎるというのも考え物でしてね。周りの生徒のモチベーションが、目に見えて下がっていたんです」

 当時の事を思い出して、白藤先生はため息を吐いた。

「特別措置として早めに成績発表を行ったんです。奉仕委員は点数制ですので、それで彼女の稼いだ点数をリセットしました」

「まぁ、妥当な判断だな」

「成績発表のおかげで、他の生徒のモチベーションは持ち直しましたが、代わりに彼女が奉仕委員を辞める事になりました」

「……そのヘンカツ部って、どういう部なんですか?」

「分かりません。ただ文化祭の時に如何わしい物を展示していたと、報告は受けています」

「ふ~ん。で、何を展示していたんですか?」

 興味本位で橋崎は白藤先生に問いかける。

 少し間を空けてから、白藤先生は口を開いた。

「四十八手について、詳しく書かれたものを展示していたそうですよ」

 恥ずかしげもなく、白藤先生は淡々とソレを口にした。

『四十八手』という単語を聞いて、二人は言葉を詰まらせた。性技の事なので当然である。

「ある意味、すげーな……」

「凄いのか、バカなのか、あほなのか……」

「最後の二つは同じ意味だぞ……」

 橋崎は苦笑し、三浦は頭を抱えるといったリアクションをする。

『それでは、準備の方が整いましたので、ヘンカツ部の皆様、お願いいたします』

 なんとも言えないタイミングで、ヘンカツ部の出し物が披露されるのだった。

       □

 幕が上がり、ステージの左端に二つのスポットライトが当たる。

 その瞬間、早く終わらないかとざわついていた生徒達は、今までと違う演出にステージの方に視線をやる。

 そして、スポットライトに充てられた二人に気づいた者達は――

「ねぇ、あれって柚子じゃない?」「ほんとだ。それじゃあ、柚子の入ってた部って……」「ていうかあの格好……」「隣の男子はともかく、あの衣装エグくない?」「下手すれば 見えちゃうんじゃ……」「おぉ、シンステコラボのしまみゅーの衣装ですぞ」「胸の大きさが確かにしまみゅーとおな……」「ばっか、しまみゅーのほうが大きいですぞ!」などと、主に柚子の方に注目が集まっていた。一方空には――

「あいつ、ソッチの気があるのか?」「変に似合っているのがまた面白いな」「SかMかで言えば、あいつはドMだ!」といった感じで、ある事ない事があちこちで飛び交っていた。

 柚子と空の衣装は光沢のある黒く太い帯で、体を拘束されたかのようなものだった。

 特に柚子の衣装は空の物に比べ、全体の帯の太さがやや細く作られており、彼女の普乳の上部と下部を見せ、お腹は丸出しでへそフェチにはたまらない仕様となっている。

 太ももを完全に露出させているショートパンツも、野郎達を興奮させる材料となっていた。

『みんなー! あたし達ヘンカツ部のダンス、ちゃんと見ていってねー!』

 柚子は愛嬌良く観客に向かって投げキッスをする。

 空は何も言わず、柚子と一緒に観客に向かって手を振った。

 先程まで飽きていた生徒達は、それに応えるかのように反応を示した。

「柚子―、かわいいよー!」「期待してるからー!」「隣のやつも頑張れよー!」

 あちこちから上がる期待の声。

 数秒後、柚子と空に当てられるスポットライトの色が、淡い青色に代わる。

 同時にスピーカーから大音量の音楽が流れ出し、柚子と空が動き出した。

「この曲って聞いたことあるかも……」「シンステとコラボしてたやつだよ」「俺、ゲーセンの音ゲーでやったことあるわ」「ちょっと古い曲だったよね?」「なんでか懐かしいかも……」

 生徒の盛り上がりは徐々に伝播していく。

 曲を知っている者から知らない人へと。

 しかしそれ以上に、生徒達を引き付けていたのは、柚子と空のダンスだった。

 銀色の支柱を主軸にして、空と柚子はぴったりと同じ動きをする。

 手の細かな表現、スピンの速度と動き。

 披露する技は少ないが、息の合った動きは合わせ鏡を見ているかのようであった。

「すげー、どうやってるんだ……」「柚子ー、がんばれー!」「隣のやつもセクシーだぞー!」

 空が考えたのはポールダンス。

 衣装やダンスの順番、スポットライトの演出、選曲に至るまでを全て考え込み、膨大な練習量によって理想の形にしたものである。

 空の考えたポールダンスは、そのクオリティの高さから、見事に生徒達の心を鷲掴み(わしづか)にした。

 二人のパフォーマンスに、驚きと応援の混じった歓声が飛び交う。

 そんな中でも、二人の動きは変わらず、鏡のようなパフォーマンスをし続ける。

 同じスピン技を繰り返し使っているのだが、繰り出す技の順番と、技と技の組み合わせを変えているおかげで、素人である生徒達は飽きる事なく、二人のダンスに見入る事が出来ていた。

 そして、濃密な一分半の曲が終わるのと同時に、空と柚子はキメポーズをする。

『見てくれてありがとー! 時間が無いから、静かに待っててねー!』

 柚子の合図で、二人に照らされていたスポットライトが消える。柚子の言われた通り、生徒達は静かに次の曲を待つ。

 数秒後、今度は右端にある一本のポールに濃い青色のライトが当たり、無機質な女性ボーカルの声音と共に、スピーカーから音楽が流れ始める。

 それと同時にポールの上部から、ゆっくりとスピンをしながら小さな子が降りてくる。

 その子の動きは、ボーカルの歌詞を再現している様でもあった。

「きゃー、姫乃ちゃんよ!」「天使こうーりーん!」「姫乃ちゃーん、こっち向いてー!」

 降りて来た子が姫乃だと分かると、生徒達(主に女生徒)は騒ぎ出した。

 姫乃は地に足を付けると、歌詞に合わせてポールを使って舞い始める。

 スポットライトも濃い青色から淡い青色に代わり、姫乃の衣装がより鮮明に視認できるようになる。

 姫乃の衣装は白と水色のフリルが付いた水着で、その足には滑り止めのサポー ターが付けられていた。

 水着はお腹の部分が出ており、すこしおませな仕様になっている。

「姫乃ちゃーん、愛してるー!」「かわいいよー!」「幼女の水着サイコー」「なんか、父親の気持ちわかる気がしてきた……」「これが、父性か……」

 姫乃のダンスを見守り、応援する生徒達。

 その期待に応えるかのように、姫乃はポールを軸にして、無重力を思わせるようにその周りを舞う。

 ある程度の助走を付けてから、ポールに足を絡ませ、スピン技を見せつける。

 小さな女の子が見せたその技は、生徒達に感嘆の声を上げさせた。

 そして、今度は逆上がりの要領でポールの上部に上っていき――

「え、あれ、どうやってるの?」「棒の横に立ってるのか?」「うそ、でしょ?」

 姫乃は重力に逆らうように、ポールの側面に足を付けて垂直になる。

 さらには両手を広げて大の字になって、仕掛けが無いようアピールもして見せた。

 それは天上の星のようにも見え、生徒達は声を上げるよりも、拍手で姫乃の技に称賛を送った。

 大技を繰り広げて数十秒後、姫乃を照らしていたライトと入れ替わるようにして、隣の方にスポットライトが当たる。

 そこには上半身をポールに預け、腰を後ろに引き、胸を強調するセクシーポーズで構えていた女性がいた。

 表情も姫乃とは違い、相手を誘惑するような蠱惑めいた笑みを見せていた。

「え、うそ?」「あれって柏木さん、だよね?」「なんで、あそこにいるんだ?」「いやそれよりあのお胸……」「あぁ。シンプルにデカいな……」「クール系で巨乳か……いい……」「ヤバイ、俺のM心が……」など、驚きの声を上げる女子に対し、多くの男子達はたわわに実っている二つの魔乳に、目が釘付けになってしまっていた。

 桜の着用している衣装は、シンプルな黒ビキニ。

 中心部分は金のリングで繋ぎ止められており、そのワンポイントアクセサリーが、彼女の持つ大人の雰囲気をより一層引き立てていた。

 ビキニを着用している事で、男子達が注目する部位は胸部だけに留まらず、桜のお尻の方にも注がれる事となった。

 生徒達の注目を集める中、ボーカルと曲調に力が入り始める中盤に突入する。

 桜は手の細かな動き――からではなく、曲調に合わせて、ゼロからの激しい動きをする。

 ポールで逆上がりを行い、上部に足を絡ませ、片手を伸ばして一つの技を完成させる。

 それをじっくりと見せる暇を観客の生徒に与えず、桜は支える腕を入れ替え、違う足をポールに絡ませて別の技を繰り出していく。

 姫乃、柚子、空の三人とは違い、桜の動きには無駄がなく、さらには技の完成度が高かった。

 驚きを見せた女生徒はもちろんだが、桜の体に魅入っていた男子達も、気が付けば彼女のダンスに釘付けになっていた。

 次々と繰り出されるコンビネーション技は、その道のプロなのでは、と疑う者が出てくる程卓越したものだった。

 そして、ポールを自在に舞っていた桜が、その地に足を着ける。

 それから瞬く間に、姫乃、柚子、空の順でスポットライトが当てられる。

 制限時間と共に曲も残り一分と、ラストスパートに差し掛かる。

 無機質なボーカルに最も熱がこもるラスト。

 自由奔放さを見せていた姫乃、完璧な技と高速スピンを繰り出していた桜。

 柚子と空も最初に見せていたスピン技ではなく、全く違うものを披露している。

 四人のポールダンスは一糸乱れぬ動きをしており、手の動き、足の運び、スピンの技、速度。

 長い時間踊っているにもかかわらず、その動きは衰える処か、曲のスパートに合わせて激しくなっていく。

 四人の動きに圧倒された生徒達は、声を上げずに見入ってしまう。

 空にからかいの声を上げていた生徒すら、彼の懸命なダンスに圧倒され、声を出せずにいる。

 そして、ボーカルと曲が終わるのと同時に、四人は最後の決めポーズを決めた。

 スポットライトが普通の電灯に代わると、四人は息も絶え絶えに決めポーズを解いた。

 そこから数十秒の間、体育ホールは静寂に支配される。

『みんな……ありがとねー!』

 息を切らしながら、柚子はマイクを取って挨拶をする。

 それを皮切りにして、生徒達は四人に盛大な拍手と称賛を送った。

        □

 鳴りやまない拍手の中、審査員席に座っていた白藤先生は一筋の汗を流していた。

 それはホール内の熱気によるものではなく、肝を握られたときに出る冷や汗にも似たようなものだった。

「いや~、凄かったな~。まさかここまでとは……」

「はぁ~……」

「お~い。美優~。戻って来~い」

「………」 

「ダメだこりゃ……」

 惚けている三浦に、橋崎は呆れ顔を見せた。

(これは、予想以上だわ)

 ヘンカツ部のポールダンスは、白藤先生の心を揺さぶっていた。

 あれだけの動きをするのには、相当の練習量が必要なはず。

 一か月と少しの日数だけで、あの域まで達するには、天才か並々ならぬ努力が必要である。

 認めたくない。

 しかし、娯楽を楽しむ自分の心が『凄かった』と、彼女達に大きな拍手を送っているのだ。

「凄かったですね、ヘンカツ部のダンスは」

「……そうですね」

「美優のやつが惚けちゃってますもん」

「はぁ~……」

(……確かにヘンカツ部のポールダンスは凄かった。けど、この勝負は私が貰うわ)

 出し物大会の最後を飾ったヘンカツ部だが、新参者の部に票を入れる生徒は数少ないであろうと、白藤先生は睨んでいた。

 出し物のクオリティが高いとは言えないが、野球部や サッカー部、陸上競技部など、昔から存在する部活も多く参加している。

 古参の部であればそれなりの人数もおり、その部に所属する者の多くは、自分の部に投票する確率が高い。

 古参の部以外にも、この出し物大会に出場している部がいるため、票は確実に割れる。

 自主性の低い生徒達の行動を鑑みた結果、最優秀賞を取れる確率は低いと考えていた。

(最優秀賞を取れる確率はかなり低い。優勝の確率の方が高いでですが、それもないはずです)

 ヘンカツ部が確実に優勝するのには、審査員票が最低でも二票いる事になる。

 何故なら、今回の出し物大会は出場部数が多く、やはり票割れが原因であるからだ。

 審査員の一票は生徒百人分もの得票になるため、確実に優勝を狙うのであれば、審査員票を二票獲得すれば十分にその可能性がある。

 しかし、ヘンカツ部が審査員の票を獲得する事はない。

 審査員席に座っている四人は白藤先生の教えを受けているOB、OGの人達だからである。

 審査員である白藤先生と別の教師はともかくとして、OB、OGの人達は白藤先生から風紀に対する厳しさを教えられている。

 その最たる者が橋崎順平と三浦美優である。

 白藤先生の下で順平は風紀委員長を務めあげ、美優は彼女の厳しさを間近で見て来た奉仕委員の一人。

 それにこの二人は、当時の生徒と教師の関係で一番仲が良く、信頼できる人達だ。

 ヘンカツ部の出し物が、風紀委員に反しているものだと理解しているはず。

 その点から、二人はヘンカツ部に票を入れる事は絶対にない。白藤先生はそう確信していた。

(……焦る必要がありませんでしたね)

 焦る気持ちを吐き出すように、深く息を吐いた白藤先生。

 自身の打った布石を思い返して、勝てる自信を再び立ち上がらせた。

(……それでも、確率は0じゃない。万が一にでもなったら――)

 奉仕委員の仕事があるため、白藤先生は立ち上がる。

(生徒の風紀を守るために、私は力を使いましょう)

 拳を握る力を強め、白藤先生は奉仕委員達が集まる場所へと歩き出した。

        □

 出し物の披露が終わり、ヘンカツ部の四人はステージ裏の個室にいた。

 個室にはヘンカツ部以外の人はおらず、四人はここで結果を待つことにしていた。

「やり切ったね~」

「あぁ。そうだな……」

「ふぅ~い~……」

 満身創痍な表情を浮かべながら、桜達は仲良くソファーに体を預けていた。

「あとは俺の作戦通りに行けばいいんですけど……」

 不安そうな表情を浮かべながら、空は近くに置いてあったパイプ椅子に腰かける。

「やれるだけの事はしたんだ。上手くいかなくても、私は少年を責めたりはしないよ」

「そうだよ空君。それに、あたしも力を貸したんだから、きっとうまく行くよ……たぶん」

「そこははっきりしてくださいよ……」

「正直あたしも自信ないし……」

「果報は……寝て……待つ……」

 そう言って、姫乃は目を閉じて、寝息を立て始める。

「寝ちゃった……」

「これだけ騒いでるのに、よく寝られますね」

「相当疲れてたんだろうな。寝かせておこう」

 桜は近くにあった自分の制服を取り寄せ、姫乃にかけてやった。

 ステージ上で踊っていた人物とは思えない、年相応の幼子の姿がそこにはあった。

「はぁ~、相変わらずかわゆいね~」

 柚子は眠っている姫乃の頬をツンツンと突っつく。その様子を恨めしそうに見ている空。

「少年、ヘンカツ部は楽しかったか?」

「何ですか突然」

「どうなんだ?」

 有無を言わせない桜の雰囲気に、空はたじろぎつつもヘンカツ部の活動を振り返る。

 宝探しの時のドキドキ感は今でも思い出せる。

 見つかれば社会的に終わってしまう、あのヒリヒリした感触。

 ペルソーナミーティングでは、同じ趣味を持った同志と合う事が出来た。

 あの時の嬉しさは、思い出すだけで脳が熱くなるほどの嬉しさが込み上げてくる。

 そしてなにより、桜、柚子、姫乃と最初に出会った時のことが、脳内に焼き付いている。

 沈んでいた頃に見たあの展示品は、仮面だらけの世界で見た唯一の光のようだった。

「で、どうなんだ?」

 黙っていた空に、再び問を投げる桜。空の中でその答えは決まっていた。

「楽しかったですよ。時間が過ぎるのが早く感じる位には……」

 少し照れながらも、空ははっきりとそれを言葉にした。

「……そうか。ふふ」

「空君が来てから、も~っと部活が楽しくなったんだよね~」

「あぁ、そうだ。姫乃も少年の事は気に入っていたからな」

「あたし達から離れるくらいだからね。ちょっと嫉妬しちゃうよね~」

 話題に上がっている本人の寝顔を健やかなものだった。

 しかし、三人の会話を聞いているかのように、その頬はほんの少しだけ朱色に染まっていた。

「さっきから何ですか? これで終わり、みたいな雰囲気を出してますけど!」

「部が廃部しても、私達の活動が終わる訳じゃない」

「動きに制限が出来ちゃうけど、何も出来ない訳じゃないからさ」

 ヘンカツ部という部が無くても、二人は止まらない意思を空に見せる。

 部を捨てるような物言いに空は口を開きかけるが、二人の瞳に気圧されて何も言えなくなる。

 自分の心を救ってくれたのは、ヘンカツ部に所属している桜、柚子、姫乃の三人だ。

 この人達に付いて行こうと、入部した時空はそう心に決めていた。

「……俺は三人に付いて行くだけですよ。その方が面白そうですから。けど――」

 柚子と桜の目を見据えて――

「俺は先生との賭けに勝つ気でいますよ」

 二人に向かって、空は笑って見せた。

 ポールダンスを企画したのは空。

 ライトや音楽の演出は姫乃の交渉力のおかげで実現した。

 柚子のコネのおかげでダンスレッスンを受ける事が出来た。

 桜の画策のおかげで勝利を 手繰り寄せる確率を上げる事が出来た。

 ポールダンスの案が出来た時、これならいけると自分に言い聞かせていた。

 しかし、桜、柚子、姫乃の三人の力を合わせたポールダンスなら、先生の賭けに勝つことが出来ると、空は確信する事が出来たのだ。

「ふふ、そうだな。まだ結果が出てないからな」

「絶対勝てるよ。あたしはそう信じる!」

『奉仕委員による集計が終わりました。これより、出し物大会の結果発表に移ります』

 集計が終わり、それを知らせる放送部のアナウンスが、体育ホール中に流れる。

「さぁ、待望の結果発表だ。ここで聞こうじゃないか」

「うぅ……緊張してきた~」

「お、俺もですよ……」

 泣いても笑っても、この結果次第でヘンカツ部の存亡が決まる。空の手に緊張の汗が握られる。

 ゲームのラスボス、入学試験合否以来の緊張感が胸の鼓動となって、耳まで届いてくる。

『今回、五十三組もの部が参加しました。これは去年の倍以上の数になります。それではまず、その中から最も生徒の票を獲得した最優秀賞部を発表します』

 スピーカーからドラムロールの音楽が流れる。

 柚子と空は祈るように目を瞑り、手を組む。

 桜は眠っている姫乃の頭を優しく撫でながら、その結果を静かに待つ。

『今回の最優秀賞部は…………』

 ヘンカツ部を含め、出場したすべての部に緊張が走る。

 ドラムロールが止み、放送部は溜めに溜めてからようやくその口を開いた。

『163票を獲得した、ヘンカツ部です!』

「…………嘘。今、なんて……」

「ヘンカツ部って、言ってませんでした?」

 現実味が無いのか、空と柚子は自分達の部が最優秀賞に選ばれた事を飲み込めないでいた。

「あぁ、言っていたとも……」

 心身落ち着かない二人とは対照的に、桜の声音はとても穏やかなものだった。

「や、やった。やったやったやったー! 空君やったよ!」

「はい、はい、やりましたよ!」

 空と柚子は思わずその場で抱き着いた。

 最も難しいと思われていた賞を獲得する事ができ、部の存続も決まった。

 二つの大きな喜びを分かち合うように、空と柚子は恥ずかしげもなく熱い抱擁(ほうよう)をした。

『――部も、ヘンカツ部が獲得しました。これは、出し物大会初めての偉業です!』

「おいこら二人とも。うるさすぎて何を言っていたのか聞こえなかったぞ」

「ご、ごめんごめん」

「すいません。でも、すげー嬉しくって……」

「まぁ、仕方ない……。だが、一体何が偉業だったんだ……」

「優勝も、わたし達が取った」

 いつの間にか目を覚ましている姫乃が、欠伸をしながら淡々とそれを口にした。

 空と柚子が騒いでいるので、目覚めてしまうのは当然のことではある。

「え? どういう事?」

「姫乃、それは本当か?」

「本当」

 そう言うと、姫乃はスピーカーに指をさして、静かに聞くよう促した。

『四人の審査員票はばらけましたが、なんとヘンカツ部には二人の審査員票が入っていました! 生徒票も前回の優勝部と接戦でしたが――』

 そこまで聞いて、姫乃以外の三人は口を開けて呆然とする。

「審査員票が……」

「二票……」

 柚子の言葉の続きを桜が紡ぐ。

「という事は、認めてくれたって事ですよね?」

 空のその発言に、姫乃は親指を立てて、グッドサインを見せる。

『それでは、これから受賞式の準備を……え? 白藤先生? ……はい。はい』

 スピーカーから相談事を受けているのか、放送委員の頷く声が聞こえてくる。

 マイクを離しているのか、その内容が漏れる事はなかった。

『え~、白藤先生の申告により、ヘンカツ部の優勝と最優秀賞は無しとなりました』

「な⁉」

「ど、どういう、ことなの?」

「い、意味わかんないっスよ」

 四人の喜びの顔が、驚きの表情へと変わる。

『私が説明します。ヘンカツ部のみなさんは、素晴らしい出し物を披露しました。しかし、風紀を乱すような衣装に加えて、ポールダンスという高校生らしからぬものを披露しました。よって、前回の出し物大会同様ヘンカツ部は失格に――』

『ちょっと待ったー!』

 白藤先生の声を遮り、快活な女性の声が響き渡る。

 突然の乱入者に生徒達はざわつき始めた。

『突然ごめんなさい。私は三浦美優って言います。この学校の卒業生で、審査員をしてました』

『どうもこんにちは。その連れ添いの橋崎順平って言います。美優とは同期になりま~す』

 乱入した女性に加え、もう一人の男性の来訪者は、自身の名を名乗った。

「三浦さんと橋崎さん……」

 桜はそう呟いて、空達に付いて来るように促した。

 桜の指示に従い、三人は個室を出てステージそでに身を潜める。

 四人の姿を確認した三浦と橋崎は、お互いにアイコンタクトを取り、小さく頷いた。

『ヘンカツ部に票を与えたのは俺と美優です。彼女達のダンスは凄かったからね。んで、白藤先生に相談なんだけど、受賞取り下げを無しにして欲しいんですよ』

『……そう言う訳にはいきません。二冠を制したとは言え、ヘンカツ部は風紀に反しました。彼女達だけでなく。前回、前々回と風紀に反し、高校生らしからぬ出し物をした部は、 全て失格にしてきました。偉業を達成したとはいえ、特別扱いをする訳にはいきません』

『確かに白藤先生の言っている事は分かります。ですが、僕が言いたいのはですね、ポールダンスが風紀に反している、という認識を改めて欲しいんです』

 橋崎は力強くそう言い放った。

『ポールダンスは大人がやるもの、なんていう考えは非常に古い考えです。男を誘惑するもの、という考えも過去のものであり、今現在では立派な偏見に値します』

『ヘンカツ部の皆が披露した動きにはちゃんと技名があり、それを習得するための努力がありました。私はコーチとして、それを間近で見てきました』

 信頼していた二人に裏切られてなお、白藤先生は表情を崩さなかった。

 しかし、その額には汗が滲んでおり、内心穏やかではなかった。

『今はポールダンスにも正式な大会があり、美優は数ある大会で上位の成績を収めています』

 白藤先生から視線を外し、橋崎は生徒達の方を向いて、講演会のように話を進めていく。

『踊る方のバレエを知っていますね? 昔のヨーロッパでは娼婦、つまりは体を売る女性が躍るものだという認識だったそうです。ですが、時代の流れと共にそのイメージが払拭され、現代では技術を得るために、海外へと赴く人がいるほどになっています』

『順平の話を聞いて、今一度思い出して見てください。ヘンカツ部の披露したポールダンスは、いやらしいものだったでしょうか? 高校生らしからぬダンスだったと言えますでしょうか?』

 三浦の問いかけに、体育ホール内にいた全員が沈黙する。

 白藤先生もマイクを握ったまま口を閉ざしていた。

 その沈黙は、ヘンカツ部のダンスを認めているようなもの。

『俺と美優は、票を入れたヘンカツ部を擁護したい訳じゃありません。今ここで伝えたいのは、『why精神』つまりは何故それをしたのか。意味を知る力を持って欲しいという事です』

『私と順平の意見を聞いたうえで、ヘンカツ部の出し物を評価してもらいたいんです。白藤先生、ヘンカツ部が失格に値するのか、今一度考えてもらえませんか?』

 三浦は白藤先生の方に向き直る。白藤先生もまた三浦の方に体を向けた。

 少しの間ホール内は沈黙に包まれる。

 長くも感じられた数十秒の沈黙を破るように、白藤先生は己の口を開いた。

『……私は――』

        □

 出し物大会のプログラムが全て終了し、生徒達の殆どが帰宅した時間。

 職員室にある休憩室の窓は暗闇で覆われ、物思いに耽っている白藤先生の姿を反射させていた。

「しっつれいしまーす」

「失礼します。白藤先生いますか?」

「あなた達は……」

 声の下方を向いてみれば、そこには橋崎と三浦がいた。

「帰宅したと思っていましたよ」

「ヘンカツ部の皆に挨拶してたんですよ」

「一応私、コーチをしてましたからね」

 二人は屈託のない笑顔を白藤先生に見せる。

「……お茶でも入れましょうか?」

「お、いいですね~。頂きま~す」

「いいんですか?」

「えぇ。今日は人が少ないですし。それにあなた達と、お話ししたいとも思っていましたから」

 白藤先生の言う通り、教師の殆どは帰宅し、職員室には数人しか残っていなかった。

「どうぞ」

「いただきます」「いただきま~す」

「……ヘンカツ部のみなさんとは、いつ頃会っていたんですか?」

「一か月と少し前くらいです。美柑(みかん)……神楽坂さんのお姉さんに、コーチを頼まれたんです」

「最初は断ってたんだけどな~」

「仕方ないわよ。あの事もあるんだし……」

 お茶を啜りながら、橋崎と三浦はヘンカツ部との馴れ初めを話す。

「あの事とは……」

「実は私と順平でポールダンス教室と言いますか、ジムを運営したいと思いまして……」

「美柑さんに資金援助の話をちらつかされました。んで、OKしちゃいました」

「買収、ですか?」

「そう考えるのは早計ですよ。だって、美優はそういうので動かないですから」

「順平の言う通りですよ。結果次第では、票を入れるつもりはありませんでしたから」

 買収疑惑を瞬時に否定する橋崎と三浦。

「私が教えたのは体作りと、技のコツくらいなんです。けど、あれほどの技と連携をやってのけたんです。きっと相当練習を積んだんだと思いますよ」

 ポールダンスの光景を思い出しているのか、三浦はうっとりと恍惚な表情を浮かべる。

「これですよ。見てくださいよこのアホ面」

「アホ面とは何よ。私は単純にあの子たちの素晴らしさをだね……」

「ヘンカツ部のみなさんは、これからもポールダンスを続けるのですか?」

「……それがですね――」

「断られちゃった。股擦れと筋肉痛の痛みで、当分動きたくないって……」

 三浦は苦笑気味にそう言った。

 スポーツをする人ならば誰しもが通る痛みを理由に、ヘンカツ部員達はポールダンスを続ける事を断っていたのだ。

「そうですか。……三浦さんはいつ頃からポールダンサーを目指そうとしたんですか?」

「高二の時には思ってたんですけど、私の家は貧乏でしたから……」

「俺に言ってくれれば、施設とか色々貸してやったんですけどね~。この頑固頭にいらないって、きっぱり断られちゃっていましたから」

「順平に借りとか作りたくなかったしー」

 三浦はそっぽを向く素振りを見せた。

 そして少ししてから俯いた。

「私には奉仕委員の仕事があったしさ。それに白藤先生はポールダンス否定派でしょ? 先生に何か言われたら、反発して奉仕委員を辞めてたかもだし」

 三浦に図星を突かれて、白藤先生は言葉を詰まらせる。

 当時の彼女と仲が良かったとは言え、「ポールダンスに憧れてるんです」と面と向かって言われれば、否定していたのは確かな事だ。

 今回の出し物大会で、風紀の線引きは変わった。

 しかし心の内のどこかで、未だ否定している自分がいる。

 今までの自分を無くしたくないと、小さな自分が力強く主張しているのだ。

「三浦さん、すみませんでした」

「えぇ⁉ どうして先生が謝るの?」

 突然謝る白藤先生に、三浦は驚いてしまう。

「私の存在が、あなたの夢の妨げになっていたと、今知りました」

 教師としての誇りを持っているが故に、白藤先生は夢を追う若者の邪魔をしてしまっていた事を後悔した。

 その結果、謝罪の言葉が自然に口から出ていた。

「あ、謝らないでくださいよ」

「そうだよ白藤先生。玉高はただでさえ生徒数が多いんだから、白藤先生くらいの厳しさが必要だと思うよ。じゃなきゃこの学校、問題児ばかりになっちまうよ」

「そうそう。必要悪ってやつですよ」

「美優、お前ってひでぇーな」

 悪戯げに笑う三浦に対し、橋崎は呆れ顔をする。

「……ありがとうございます」

 そんな二人に、白藤先生は再び頭を下げる。

 自身の厳しさは正しいものではなかったが、間違いでもなかった事を、橋崎と三浦は教えてくれた。

 恨めしい事ではあるが、そのきっかけをくれたヘンカツ部にも、一応の感謝を心の中でする白藤先生であった。

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