『ヘンカツ部』
そのプレートが付けられている教室の前に、空は立っていた。
出し物大会で得たのは優勝トロフィーと、最優秀賞賞品であるランチ無料券だけではない。
大事な居場所である『ヘンカツ部』を風紀委員もとい、白藤先生の手から死守したのだ。
その実感をその手に込めながら、空は部室の扉を開けた。
「えぐっ、えぐっ、う、うぇ~……」
「す、すまん。わざとじゃないんだ……」
空の目に映し出されたのは、幼女を泣かせている年上の女生徒。
それだけでも十分衝撃的ではあるが、二人はヘンカツ部のメンバーである桜と姫乃。
何か理由があるに違いないが、それよりも空の目は、二人に挟まれるようにして置かれている、ある物体に釘付けとなっていた。
というよりも、存在感が凄すぎて嫌でもソレに目線を向けてしまう。
「な、なんですか、それは……」
頭の中ではソレについては理解している。
だが、姫乃が泣いている事、桜が何をしたのか。
全てをひっくるめて、空は二人に問を投げかけていた。
「えぐっ……わ、わだじの、お、お、おっば、いぃ……」
「見た通りだ。姫乃が持てって来た『ロリ顔サキュバスちゃんのデカぱいJカップ。肉厚ずっしりな7kg。ぷるるん、ふわとろな感触を再現した究極のおっぱい』を、真っ二つにしてしまってな……」
「箱の謳い(うた)文句覚えてるとか……ていうか、それって真っ二つになるんですか……」
呆れ顔をする空の前には、本当の意味で二つになった女性の胸部がテーブルに置かれていた。
「私も久しぶりに揉みたくなってしまってな。それで姫乃から借りようとしたんだが、うっかり落としてしまったんだ」
久しぶりに揉みたくなるって何?
十八禁の物を姫乃が持ってて良いのか?
一般常識からくるツッコミを、空は心の中でしまくる。
「す、すまん姫乃。何でもするから許してくれ」
「ぐすっ……お、おっぱいの、直揉みで、許す」
とんだ爆弾発言をする姫乃。
衝撃過ぎて、空の脳内では処理が追い付かないでいた。
「い、今は少年がいるから、それはちょっと……」
さすがの桜も、空の前での直揉みには拒否反応を見せる。
「い、いま何でもするって、言ったよね……ぐすっ」
「でも少年が……」
「じゃあ、空。出てって」
「うぇ⁉ お、俺が出ていくのかよ!」
いきなり退出宣言を食らって、変な声を出してしまう。
来たばかりだというのに、とんだ貰い事故を受けてしまった。
「今、揉みたい。誠意、見せて」
弱みを握ったゲス男のような発言に、空は顔を引きつらせてしまう。
一方の桜は、困った顔をしながら、この状況を打破しようと腕を組んで考え込み始めた。
「おいーっす! お手紙持ってきたよー!」
救いのようなタイミングで、柚子が上機嫌な様子で部室に入って来る。
「お、おぉ、そうかそうか。どんな内容のものなんだ?」
柚子に乗っかるようにして、桜は姫乃との会話を中断する。
頬をむくれさせながらも、姫乃は二人の後を付いて行くように移動した。
「今回はたくさん来てたんだ~。これも出し物大会の影響かもね」
そう言いながら、柚子はバックに入れていた手紙を数枚取り出し、テーブルの上に置いた。
「それと……以前のお悩み相談の返信が来てたんだよ。読んでみるね」
柚子が取り出したのは手紙用の紙ではなく、ノートを丁寧に切ったものだった。
「『ヘンカツ部の皆さんへ。前回は親切丁寧に私の悩みに付き合ってくれて、ありがとうございます。今回の相談で、私の事をどれくらい大事に思っていたかを、思い切って彼に聞いてみました。そしたら、「結構マジ」と言ってくれました』」
「なんだ、のろけ話か?」
「爆ぜればいいのに……」
怨恨を込めて、空は吐き捨てた。
「『私はそれを聞いて大事に思うならと、付き合う条件として今度からはゴムを付ける事をお願いしました』おぉ、この子も強気だね」
「続き、続き……」
姫乃に促されて、柚子は続きを読んだ。
「はいはい。『彼は渋々でしたが、承諾してくれました。そして、ヘンカツ部さんに勧められたものを使い、彼とエッチしました』」
「ダイレクトに言ってきますね」
「手紙だからな……」
「ていうか普通に読んじゃったけど、姫乃ちゃんの耳、塞がなくても良かったの?」
「ん~、ん~」
頭を横に振り、姫乃は意地でも手紙の内容を聞こうとする。
年齢的には十才だが、考えている事はおっさんなので別にいいのではと、空は思ってしまう。
ため息を吐いてから、柚子は手紙の続きを読み始める。
「『最初は渋っていた彼ですが、付けた感じがしないのと、終わった後のゴムを外す瞬間がたまらなく興奮するらしく、今ではゴム無しでエッチをしなくなるほどです。私を大事にしてくれてる気がして嬉しいのですが、お財布事情的にちょっと複雑な気持ちです。どうしたらいいでしょうか?』」
手紙を読み終えて、柚子はそれをテーブルに置いた。そして、少しの沈黙の後――
「「「「しらんがな‼」」」」
四人はそう叫んだ。
「桜の言った通り、のろけ話で終わったね」
「Bitch……」
「確かにビッチではあるが、手紙の主は良いビッチだな」
「良いビッチってなんですか……」
「『Bitch』っていうのは、ふしだらな女という意味だ。この手紙の内容は人 様に見せられるものではないが、彼の事を想っているのが伝わってくるんだ。だからこの手紙の主は、良いビッチだと言ったんだ」
「どの道ビッチなんですね」
ため息を吐く桜達。しかしその手紙の内容から、送り主の悩みは解決出来たと思われる。
別の問題が発生してはいるが……
「はぁ~。まぁ解決したなら良いけど……」
自身のバックを漁り、柚子は残っていた数枚の黒い便箋を取り出す。
「これで手紙の方は全部だよ。多分ペルソナの人達だと思うの」
「ふむ……」
手紙の一通を柚子から受け取った桜は、手紙を開いて中を確認する。
「……………確かにこれは、ペルソーナにいた者が書いたものだ」
手紙を見せて、『personne meetingに参加した者より』と書かれている部分を指さした。
差出人を改めて知った柚子は「他にもあるから……」と言って、姫乃と空にも手紙を渡した。
渡された手紙を開けてみると、桜が見せた手紙よりも短い文章が綴られていた。
(『ヘンカツ部の皆さん、出し物大会お疲れ様でした。私はペルソンナメーティング? に、参加したコスプレ好きの者です』あっはは。英語の読み、間違えてる……)
黙読をしている最中、読みを間違えている事に空は笑ってしまう。
コスプレ好きの者と聞いて、衣装を作ってくれた女生徒を空は思い浮かべた。
(『ペルソンナ? の時に、コスプレを辞める宣言をしたばかりですが、それを取り消そうと思います。私の作った衣装を着て、出し物を披露したヘンカツ部の皆さ んの姿は、とても輝いて見えました。言葉にするのは恥ずかしいのですが、衣装が 喜んでいるようにも見えました。』)
今思い返してみても、あの衣装は露出が多く、着るのには少し抵抗がある。
しかし、着てみて分かった事は、とても着心地が良い所だ。
あれだけ激しく動いても、股間回りが苦しくなく、汗で蒸れてしまう事が少なかった。
もしかしたら、彼女には衣服を作る才能があるのかもしれないと、空は思った。
(『出し物大会を経て、私もヘンカツ部の皆さんのように輝きたいと思いました。だから私は、思い切ってコスプレをした姿を、外に発信していこうかと思います。私と、自分の作った物を輝かせるために。だから、応援と見守りをお願いします。特に男の相談者さん♡』)
手紙はそこで終わっていた。
どうやら女生徒は、ペルソーナにいたあの仮面の男が、ヘンカツ部の者である事に感づいているようであった。
彼女が作った衣装を着て披露したダンスは、多くの人を魅了した。
そして、衣装を提供してくれた女生徒自身の心を変えた。
「……少年の手紙は、誰からのものだったんだ?」
「俺達に衣装を提供してくれた人ですよ。またコスプレを再開するそうです」
「ええ⁉ それほんと? あたしにも何か作って欲しいんだよね~。着てて分かったんだけど、あの衣装、結構着心地良かったからさ」
「私と姫乃のは水着だったが、もしかしてあれも手作りなのか?」
「そうですよ。まぁ、見せる様らしいので、海とかでは着ていかないでくださいよ」
「溶けて全裸になるのか?」
「なるかー!」
溶けはしないが、そうなって欲しいと空は願う。
そんな願いは、一生敵わないのを知ってはいるのだが……
「応援してくださいって言われてるので、それに準じますよ」
「そうか。そういう風に優男を装って、最終的には食う手順に発展すると……」
「いや発展しませんから!」
「男の子ってそういう所あるからね~。優しくすればヤれると思ってるんだもん」
「思ってませんから。俺は善意で――」
「けだもの」
「ぐはっ!」
姫乃の一撃で、空は撃沈する。
こんな小さな子にまで言われるとは……
(俺って信用ないのかな~?)
桜以外空の事を話している訳ではないが、話しの流れから自分の事を指しているようだった。
「ていうか、俺はこう見えても純愛派ですよ。三人が思ってるような、女の子を蔑ろにするエロゲ―みたいなものはいやなんですー! 二次元だったら好きだけど……」
「いや、知ってるから」
「スケベ男、空」
「姫乃には言われたくない!」
見た目と考えている事が反比例している姫乃にだけは『スケベ』呼ばわりされたくなかった。
「少年が助兵衛なのは仕方ないさ。そういう星と国の下に生まれてしまったからな」
「桜さん、どの口が言ってるんですか」
「もちろん、こっちの口だ」
桜は自身の唇に、人差し指を優しく充てた。
「あっちの口はしゃべらんでしょう……」
「ちゅぱ音しか出ないな」
「ちゅぱ音は口です!」
「では、くちゅ音だな」
「なにその新しい音⁉」
姫乃以上に、桜にだけはスケベと言われたくない。
桜との会話は空の体力を大幅に消費した。
「姫乃ちゃん、この二人を見ちゃだめだよ」
「うい」
変なことを吹き込んだ柚子の指示に従って、姫乃は見ざるのように手で自身の目を覆った。
「うぅ。桜さんのせいで、俺の変人度が上がりまくりですよ~」
ガックシと項垂れ、肩を落とす空。
「別に良いではないか……」
そう言い放つ桜の方に空は視線を戻す。
「それが少年自身の、本当の姿なんだからな」
その釣り瞳にはしっかりとした自我の芯を宿しており、端麗な顔に刻まれる口元の上り皺は、確固たる自信を現していた。
『本当の自分を肯定しろ』
言葉を発さずとも、桜の表情からそう語っているように感じた。そんなことは……
「知ってますよ。俺は変人ですからね」
空は堂々とそう宣言し、桜と同様に口角を上げる。
「ま、あたしも普通の人に比べれば、ガッツリ変人だからね」
「わたしも。天才幼女だから」
「自覚はあったんだね……」
「あとおっぱい、大好き」
「ふふ、ここには変人しかいないな。私もみんなと同じ変人だがな」
桜は声を出して笑った。
それにつられて、空、柚子、姫乃の三人も笑みを零す。
この瞬間を切り取った四人の姿は変人ではなく、どこにでもいる普通の高校生の姿であった。
本作は、一応ここで終わりになっています。意見や感想がめっちゃ欲しいのでお待ちし下ります。あるかは分かりませんが、この作品の続きが気になる人がいれば、もしかしたら書くかもしれないです。本作は下ネタが好きな人、マイノリティな性癖を持っている人向けの作品にはなります。しかし、この作品を通して、性癖に関しての少数派の人が、救われる世の中になっていけばなと願っています。