夢魔の主~或いはナザリック地下墳墓のメンヘラコミュ障ぼっち~   作:(๑╹◡╹)ノ

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ナザリックとカルネ村と王国戦士団と陽光聖典と
ナザリック心得その1.『自裁禁止』


「ひっぐ… えっぐ、うぅ…」

 

 これは夢である。

 一人の女が(みじ)めったらしく泣いている、そんなくだらない、ただの夢に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんですか… なんなんですか? 私をいじめて楽しいんですか… ど畜生めぇ…」

 

 女の顔はそれはもう酷いものだ。余裕もなにもありはしない。

 哀れを誘う震えた声音、顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 

 両手でそれを隠す程度の羞恥心は残っている様子だが、気もそぞろなのか全く隠しきれてない。

 

 とはいえ、素材は悪くないのだろう。

 

 僅かに覗く顔立ちは幼さを感じさせるもののそれなりに整っている。

 哀切(あいせつ)を訴える表情はなかなかに庇護欲をそそるものがある。

 

 見た目10代中頃の年恰好には黒を基調としたゴシックワンピースがよく似合っている。

 それなりの振る舞いをしてみせれば引く手数多の美少女であったのかもしれない。

 

「うぅ…! ぐふっ、ごほっ… う゛お゛ぉ゛ん゛…!」

 

 しかし、泣き過ぎて咳き込み始めるに至れば流石に美少女といえどドン引きである。

 オマケに泣き声も汚い。

 

 少なくとも物語などで表現されるような所謂『魅せる』泣き方ではないのは明白。

 泣き方にも『品位』というものが問われる様を、まざまざと見せ付けられるようであった。

 

 まさに泣くために泣く。

 周囲の見る目すら気に留めず自分本位の感情に突き抜けている。

 

 そこには一種の清々しさにも似たような何かがあった。

 ……無論、言い訳のしようもないほどの無様さではあるが。

 

 

 

 

 しかしながら、人目を憚らずみっともない姿を晒している彼女は決して単なる弱者ではない。

 

 それどころか。

 言い訳のしようがないほどの無様さを晒しながらも、彼女は強者であり無自覚な暴君であった。

 

 

 

 それを、この場にいる彼女以外の面々は良く理解していた。

 

 腰に長剣を吊るした動きやすい格好に外套を羽織る所謂『冒険者風』の美女が跪いており。

 その背後には、彼女とどこか似た雰囲気の5人のメイド風の衣装の美女・美少女たち。

 

 そしていかにもな執事然とした厳粛な空気を纏う、筋骨隆々たる老年の男性が隣に立ち。

 一歩離れたところからそんな彼ら彼女らをどこかしら穏やかな空気で見守る骸骨姿の男性。

 

 彼ら彼女らは、それぞれ対応の差異はあれどもこの『世界』の中心たる彼女を見守っていた。

 

 そう、これは夢である。

 夢魔の主(ナイトメア・ロード)たる彼女によって創造された『夢の世界』であるのだから。

 

 この夢は彼女が創り出した国であり、世界であり、そして牢獄でもあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり夢の世界に引っ張り込まれ、主人が無様に嗚咽する様を延々見せ付けられる。

 些か非現実的な前提だが、果たしてそんな状況に陥った従者は何を思うことだろう。

 

 表向き如何なる顔であれ内心は混乱や疑問、うんざりとした気持ちを抱いても不思議はない。

 それが所謂至極真っ当な感性、というものであろうから。

 

 しかして、嗚咽する女の前に跪く美女の内心たるや如何なるものであったろうか。

 

 かつて体感型仮想ゲーム『ユグドラシル』を席巻したギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。

 その従者ともなれば、抱く感情も真っ当な方々のそれらとは一味違うものであった。

 

 

 ──あぁ、どうか… どうか泣かないで下さい。我が至上たる主人。

 ──偉大なる至高の御方々のお一人。最後まで残られた慈悲深き至天の君よ。

 

 ──貴女様の涙を前にして、心が千々に引き裂かれぬ下僕(シモベ)が果たして存在し得るでしょうか。

 ──願わくばその涙をお止めして夜闇に煌めく月の如き笑顔を見せて欲しい。

 

 ──我が卑小の身なれど主人の盾としてあらゆる悲しみからその身を以ってこれを防ぎ。

 ──同時に至らぬながら剣となりて主人に仇成すあらゆる全てを斬り裂き滅却に至らしめたい。

 

 ──全ての憂いが断ち切られた後、花のかんばせが喜びに綻ぶ様をそっと見守りたい。

 ──そのためならば私は塵と消え去っても構わないのですから。

 

 ──心から、心の底からそう想っているのです。

 

 

 ……ご理解いただけたであろうか? 

 彼女、模範的(?)な従者たるナーベラルの胸に宿る熱い思いの丈(ポエム)の程が。

 

「あぁ、さくらもち様… しゅきぃ…」

 

 本来なら唐突に謎のプレイに付き合わされた不幸な従者、と呼ぶのが相応しいであろう存在。

 そんな冒険者風の格好の美女、ナーベラル=ガンマの思考はそこに至っていた。

 

 ちなみに執事長とメイド集団たちも通じ合えるなにかがあるのか、うんうんと頷いている。

 後方腕組み理解者面である。

 

 栄えある『アインズ・ウール・ゴウン』に属する被造物として、極めて正常な思考であった。

 しかしこれを看過できない存在がこの場にはいた。

 

 他でもない、『さくらもち』とナーベラルに呼ばれていた泣き女その人(?)である。

 

 彼女は普段はへにゃりと垂れている眉を精一杯立て、藪睨(やぶにら)みのままおもむろに口を開いた。

 

「ま、また変なこと考えてますよね…? こ、これでも私、怒ってるんですからね…?」

 

 黒い髪を伸ばし、隠した片目から覗く瞳はどろどろに濁ったルビーアイ。

 やや貧相ながらスレンダーと言い換えることもできる体型は見た目14,5歳ほどか。

 

 顔の造りは整っているが、目の前のナーベラルやメイド集団には遠く及ばない*1

 

 自信なさげに周囲に視線を彷徨わせるさまは如何にも叱り慣れてない人間のそれ。

 

 卑屈にして自己嫌悪の塊、周囲への劣等感と恐怖心を全身から目一杯に伝えてくる存在。

 それが、さくらもちと呼ばれる少女を見た際に凡その人が抱くであろう第一印象であった。

 

 そんな彼女が睨んでぐちぐち小声でつぶやいたところで怖くもなんともない。

 精々が仔犬がキャンキャンと威嚇しているようにしか見えないのだ。

 

 主人にこのような想いを抱くのは不敬と重々承知ながら、可愛いと思う気持ちを止められない。

 それが不幸にも*2この場に居合わせた、アインズ・ウール・ゴウンの下僕(シモベ)たちの総意であった。

 

 今にも溢れそうになる鼻血(ちゅうせいしん)

 それを気合で押し留め、(うやうや)しい礼とともにキリッとした表情でナーベラルが口を開く。

 

「滅相もございません! この身、魂魄に至るまで全てさくらもち様の御心のままに!」

 

「は、はぁ…? わた、わたしの言うことに反論するんですかぁ…!?」

「い、いえ! そのようなことは決して…」

 

「ま、また反論したぁ!? ふふふ、そうですよねそうですよねぇ? どうせ私なんてぇ…」

 

 さくらもちは情緒不安定でクソ面倒くさいタイプのメンヘラ女であった。

 

 卑屈なくせに承認欲求が抑えられず、人が怖いくせに人肌が恋しい。

 そして対話を恐れていながら無視されるのは我慢できない。

 

 口をついて出るのはいつだって泣き言か皮肉めいた悪態ばかり。

 思っていることや伝えたいことの十分の一、いや百分の一だって形にできない。

 

 彼女自身にも処理できない二律背反に苛まれる、何をやっても不正解しか選べない女であった。

 

 ……そんな彼女にとっての例外があるとすればただ一人。

 

「ははは、今日も荒れてますねー。さくらもちさん」

 

 これまで静観を保っていた髑髏の男が陽気に気軽に声をかけてくる。

 すると、さくらもちは悪戯を見咎められた子供のような表情になって大人しくなった。

 

「うぐ… モ、モモンガさん…」

 

「さくらもちさんの気持ちは分かりますよ。……なんて、俺も気軽には言えませんけどね」

「……ぁぃ」

 

「ただ、ギルメンとしてその気持ちには寄り添いたいと思ってますよ。いつだって」

 

 骸骨… モモンガと呼ばれた彼は親指を立てた、所謂サムズアップのポーズを取る。

 そして不器用ながら笑みのようなものを浮かべた。

 

 今となっては『たった二人しか残ってない』ギルドメンバーである。

 お互いがお互いを大事に思う気持ちに嘘偽りはない。

 

 いかなメンヘラ糞女のさくらもちとてモモンガのこの言葉に(ほだ)されないはずがなかった。

 

「……うぅ、モモンガさん」

 

 後光が差さんばかりに男前なモモンガの発言に滂沱(ぼうだ)の涙を流しながらさくらもちが頷いた。

 泣き過ぎて身体中の水分が心配になるが些細な問題であろう。

 

 下僕(シモベ)たちも背景に溶け込みながら目の前の尊い光景に涙を流している。

 深刻なツッコミ不足である。

 

 己の置かれた状況を客観視できる程度には理性的なモモンガは、気不味くなり咳払いを一つ。

 

「コホン! ……それで、さくらもちさん。一体何がそんなに悲しかったんですか?」

 

 大事な話である。そしてモモンガは決してさくらもちの心情を決め付けたりはしない。

 

 ある程度こうだろうという推測は勿論あるが*3、それを敢えて口に出すことはない。

 目的は飽くまでさくらもちのガス抜きであり、彼女の口から語らせるのが適切なのだから。

 

 全てのメンヘラに通用するかは不明なれどさくらもちへの対応としてはパーフェクトだ。

 

「あぅ、えっと…」

 

 モモンガの言葉に勇気を得たのか、さくらもちは顔を上げて訥々(とつとつ)と語り始めた。

 

「……ナーベラルさん」

「はっ!」

 

「さ、さっきまでのアレ… ど、どういうことですか? ぼ、冒険者のみなさんへの対応とか…」

 

 声は震えているし威厳なんて欠片もないが、なんとか詰問というてい(・・)を取れてなくもない。

 モモンガはやっぱその話題かぁと額に手を当てる。俗に言う「あちゃー…」のポーズだ。

 

 しかし、である。

 言われた当の本人であるナーベラルはまるで心当たりが無いとばかりに首を捻っている始末。

 

 人の顔色を窺うのがライフワークたるさくらもちである。

 ナーベラルの所作の意図するところを汲み取り、口元をひく付かせながら再度口を開いた。

 

「せ、潜入調査の一環だから… 人間嫌いでもそれを表に出さないって約束しましたよね…?」

 

 今にも泣き出しそうな震える声音。

 凡そ詰問のていを為していないその言葉を耳にしてナーベラルは奮い立つ。

 

 卑小にして不肖の身なれど、我が身・我が言葉で至高の御方々を勇気付けるは今この時ぞ。

 まさしく何処ぞの鎌倉武士の如き不退転の決意で気炎こもる声を上げた。

 

「はっ! 無論、仰られましたお言葉は一言一句違わず魂に刻み付けてございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できてないやろがいっ! できてなかったら、意味、ないやろがいっ!!」

 

 さくらもちは両手で頭を抱え、髪を振り乱しながら絶叫した。

 魂のこもった渾身のツッコミであった。

 

 彼女は心の底から泣きたかった。なんだったら既にボロボロに泣き喚いていた。

 

 これに色めき立ったのはモモンガ以外の面々。

 メイド集団『プレアデス』と執事長の『セバス』らであった。

 

 これまでは泰然自若とした振る舞いを崩さぬモモンガのお陰で冷静であれた。

 しかし、本格的に不興を買うような真似をしたとあれば話は別である。

 

 刺すように鋭く冷たい視線がナーベラルに注がれ、緊迫した空気が流れる。

 

「はいはい、まずは落ち着いて。全員でゆっくり深呼吸しましょう。はい、すぅー… はぁー…」

 

 しかし、その一触即発の空気を破ったのはまたもやモモンガその人であった。

 両手をカチャカチャと打ち鳴らしながら*4注目を集めると深呼吸を指示する。

 

 ギルドマスターたるモモンガが実践する以上、他の面々もそれに倣う以外の選択肢はない。

 さくらもちも含めて、その場にいる全員が思い思いのやり方で深呼吸を行った。

 

 全員が落ち着いた様子をしっかり確認してから、モモンガが言葉を発する。

 

「まず何があったのか俺から説明しようと思いますけど、良いですかね? さくらもちさん」

 

 チラッとセバスたちを見遣ってから、モモンガはさくらもちに確認した。

 

 互いの認識に小さくない隔たりがある以上、よりフラットに近い立場の者が説明した方が良い。

 小卒ながら、いや、小卒なればこそ社会経験も豊富なモモンガはそれをよく理解していた。

 

「……ぁぃ。……よろしくお願いします、モモンガさん。……お手数、おかけします」

 

 すぐに冷静さを失い取り乱してしまう。

 上手く物事を伝えられず、相手を困らせ、そんな自分に苛立つ悪循環にしばしば陥ってしまう。

 

 自身の悪癖を嫌というほどに自覚していたさくらもちは小さく頷き、大人しく席を譲った。

 

 おおよそ欠点しかないと言って良いダメ人間。

 さくらもちは、自身のことをそう認識していた。

 

 だからこそ、淀みなく調停役をこなし周囲の和を保つモモンガを深く尊敬していたのであった。

 

「そうだな。……まずはみんなも知っての通りの最初のラインからスタートしようか」

 

 モモンガは滔々(とうとう)とこれまでの経緯を語り始めた。

 

 ──長年遊んで… ンンッ、没入してきたユグドラシルが終わりを迎えようとする日。

 ──我々、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は未知なる世界へと転移することとなった。

 

 ──それが今、我々が存在するこの世界である。

 

 ──様々な発見や遭遇はあったが、今は細かい流れについては割愛しよう。

 ──ともあれ調査を重ねるにつれて『表の身分』の必要性を我々は改めて実感した。

 

 ──手っ取り早いのは冒険者となって、依頼を通じてその地位を高めることだと判断。

 ──勿論一本に絞るのではなく様々な策を同時並行して進めているが、これも割愛しよう。

 

 ──そこで冒険者になる際に同行者としてナーベラルを選んだのだが…

 

「ははは。いや、まぁ、ひどかったなー」

「……ひ、ひどいなんてもんじゃないですよ。……まったく」

 

「そんなっ!?」

 

 モモンガの陰にコソコソ隠れながらチクチクと追撃するさくらもち。

 虎の威を借る狐、とはよく言ったもの。

 

 ガガーン! というオノマトペが聞こえてきそうなほどの衝撃を受けた様子のナーベラル。

 しかし、モモンガとしてもナーベラルの態度は少々フォローが難しいものがあった。

 

「……いや、すまん。ナーベラル。俺としてもフォローしたいのは山々なんだけどな」

「ぼ、冒険者組合での登録の時のやり取りは、まぁ、百歩譲っていいとしましょう」

 

「うん、俺もそれについてはしょうがないと思ってる。他にやり方はあったかもだけどね」

 

 モモンガに改めて説明を受ければ、セバスらも納得した様子で頷いてみせる。

 

 彼ら彼女らは冒険者登録をするにあたり所謂、新人いびりの洗礼を受けたのだ。

 むしろモモンガを侮る発言をしてきた段階ではよく我慢できていたと思う。

 

 腰に帯びた長剣に手を添えたものの彼の制止に従い、動きを止めたのは見事であった。

 

 問題はその後であった。

 

 彼らはナーベラルの美貌に目を奪われ、その『貸出し』を厚かましくも要求してきたのだ。

 いや、そこまでならばまだ良い。良くはないが後の出来事に比べたらずっとマシである。

 

 しかし、その先輩冒険者らはあろうことか彼女とさくらもちを見比べ、こう述べてきたのだ。

 

「え? あ、うん… 可愛いと思うよ… そっちの美姫と比べちゃ失礼だけど… うん…」

「その、元気出せよ… 俺は良いと思うぜ? ちょっと背も胸も小さすぎるだけで…」

 

「おまえさんが悪いんじゃねぇ… 時代が追い付いてねぇだけさ。きっと需要はあるさ」

 

 巨大なお世話である。何故、初対面の人間にいきなり慰められなければならないのか。

 さくらもちは情けなさと恥ずかしさで真っ赤になり、プルプル震えて涙目となった。

 

 そして、大切な存在が侮辱されたと受け止めたモモンガとナーベラルは揃って激怒した。

 あまりの剣幕に居合わせた女冒険者の一人はポーションを抱え即座に逃亡したほどであった。

 

 護身が巧みな冒険者は長生きするであろう。

 

 そして轟音の後に冒険者組合前広場には人数分の人型の穴が出来てしまった。

 今となっては町の人気スポットである。

 

 ちなみに先輩冒険者らはそのまま放置してたら死にそうなのでさくらもちが治療した。

 私は中傷された側なのに、とぶつくさ文句を垂れながら治療する羽目と相成った。

 

 そして何故か冒険者組合の受付や先輩冒険者から女神の如く崇められるようになったのだ。

 対人関係にストレスを抱えがちなメンヘラ女にとってはありがた迷惑であった。

 

 つらい、と人知れずつぶやき声を漏らした。

 

「……あれ? なんか私ひょっとして貧乏くじ引かされてません? ねぇ?」

 

「いや! 実に感動的な話だったな! そうは思わないか、セバス!」

「まこと、モモンガ様の仰るとおりでございます。素晴らしいご活躍ぶりでした」

 

 モモンガが咄嗟にセバスに話を振り、セバスはハンカチで目元を拭いながらそう答えた。

 

(えっ… そうかな…? そう、かも…?)

 

 さくらもちにすれば自分が信じる良識派の双璧たるモモンガとセバスが言うのだ。

 ならば信じるべきであろう。むしろ信じるしかない。

 

 若干首を傾げつつも、さくらもちは首肯を以って(いら)えとした。

 人間だったら冷や汗を流していただろう慌てた仕草でモモンガは話題の転換を試みる。

 

「それで、そう! 漆黒の剣というチームと共同で依頼を請けることになったんでしたね?」

「……ですね。幸い彼らは友好的な方々で、こちらも上手くやっていけそうでした」

 

「はっ! 私も手前味噌ながら上手く溶け込めていたのではないかと愚考致します所存です!」

 

 我が意を得たりとばかりにハキハキと述べるナーベラル。

 まるで「ほめて! ほめて!」と精一杯に振り回す尻尾の幻が見えるようですらある。

 

 そんな彼女の様子に、さくらもちは苛立ちを抑え切れない様子で口を開いた。

 

「そ、そそ、そんな人たち相手に… が、ガガンボとかベニ… ベニ、えーと…?」

「ベニコメツキ」

 

「そう! ありがとう、モモンガさん! ベニコメツキですね、覚えました!」

「いえいえ、どういたしまして」

 

「……えと、そういう虫けらにするみたいな呼び方の時点で色々と台無しなんですけどぉ!?」

 

 ビシッ! と指を突き付けながら、さくらもちはナーベラルに対してまくし立てた。

 

 よくがんばった。

 コミュ障ぼっちメンヘラ女としては快挙と言って差し支えあるまい。

 

 ここでナーベラルが反省の態度なり姿勢なりを見せられれば丸く収まる… はずであった。

 しかし現実は非情である。

 

「? あの、さくらもち様。……人間とは、みな等しく虫けらなのでは?」

 

 心底困ったような表情でそう告げるナーベラルには悪気というものがまるで存在しなかった。

 

 いっそ悪意を持って命令を踏みにじってくれた方がなんぼかマシであった。

 それこそがさくらもちの偽らざる本音であった。

 

 orzのポーズで地面に手をついているさくらもちを後目(しりめ)に、モモンガは手早く説明を済ます。

 モモンガの超位魔法によって再現される映像付きのナーベラルの蛮行の数々。

 

 ──人間嫌いであっても表に出さずに友好的に接するようにと命令を授かるナーベラル。

 ──いい笑顔で即座に了承するナーベラル。

 

 ──舌の根も乾かぬうちに共同依頼を請ける冒険者をガガンボ扱いするナーベラル。

 ──のみならず共同依頼を請けた冒険者たちに失礼極まる言動をするナーベラル。

 

 ──様付けするなって厳命されてるのに何度も様付けしてくるナーベラル。

 ──もう諦めて折れるモモンガとさくらもち。

 

 ──ナーベラルの言動を代わりに冒険者たちに詫びて回るモモンガとさくらもち。

 ──ドンドン目が死んでいくさくらもち。なんとかケアしようとがんばるモモンガ。

 

 ──至高の御方々のお世話が近くで行えることで過去最高に表情が輝いているナーベラル。

 ──でもあんまり役に立っていないどころか、むしろ足を引っ張っているナーベラル。

 

 映像が終わるまでに『プレアデス』の中でも良識派筆頭たるユリは二度失神しそうになった。

 彼女らを統括する立場のセバスも同じ思いであり、幾度となく気が遠くなる思いをした。

 

 ユリやセバスほど人間に友好的ではない他の面々であっても開いた口が塞がらない有様である。

 マジかコイツ… という表情でナーベラルをジッと見詰めている。

 

 人間蔑視の色が強いソリュシャンやルプスレギナですらドン引きの所業である。

 流石に趣味は趣味として、御方の命令を最優先する程度の分別は彼女らにはあるのだから。

 

 それをどう受け取ったのかナーベラルは恥ずかしそうに、しかし何処か誇らしげに胸を張る。

 

(違う、そうじゃない…!)

 

 ナーベラルを除いたセバス、プレアデスの面々の心が一つになった。

 

「とまぁ、そういうわけなんだ」

 

 モモンガの声を受けて今の状況にハッと気付く。

 プレアデスやセバスは居住まいをただし、深々と礼を取る。

 

 如何なる断罪とて受け入れる心構えである。

 

 そんな彼らの覚悟が見て取れるのか、モモンガも困った様子で慎重に言葉を選ぶ。

 

「あー… その、なんだ。率直なところを教えて欲しいんだが、セバス」

「はっ! なんなりと!」

 

「こちらの命令に、内容が伝わり難かったり誤解を招いたりする部分はあっただろうか?」

「いえ、この上なく明瞭で分かり易い御命令でした」

 

「ふむ。ならばナーベラルの振る舞いはどう見る? おまえたちから見て妥当なのかな」

「とんでもございません。アレらは分を弁えぬ恥ずべき振る舞いに他なりません」

 

「えっ…」

 

 夢見心地から急転直下。ナーベラルの表情が翳りを帯びる。

 そんな彼女には目もくれず、モモンガは淡々と打ち合わせかなにかのように言葉を連ねる。

 

「それを聞いて安心したよ。だが、自信満々に『できる』と安請け合いされてこのザマだ」

「………」

 

「当然、次からはこちらとしても疑念を抱かざるをえないわけだ。そこは分かってくれるかな」

「……無論、全て仰せのとおりでございます」

 

 苦悶の表情を浮かべつつ巨躯を折り曲げ、モモンガにつむじを見せてくる執事長セバス。

 そんな彼の姿にモモンガは内心で吐息を漏らし、ナーベラルを横目で見遣った。

 

 これがまだ『精一杯頑張ります』とか『努力します』などの返事だったならば良かったのだ。

 多少手心を加え「彼女なりにがんばっていた」と口添えをするのもやぶさかではなかった。

 

 しかし、今回の件は(とら)えようによっては重大な背任行為に繋がりかねない。

 ……いや、事実としてそのように受け止める下僕(シモベ)だって出てくることだろう。

 

 だからこそ、この件を上手く『着地』させる必要が出てくる。

 

 ただでさえ異世界に漂着して間がなく、右も左も分からない状況が続いているのだ。

 ここで内部分裂など愚の骨頂。下僕(シモベ)同士の派閥争いなどされてはたまったものではない。

 

 顎に手を当てて暫し沈思黙考するモモンガ。

 

(ど、どうしよう… わ、私のせいで、どうしようどうしよう…)

 

 その一方で、気が気でなかったのはナーベラルの方であった。

 表情は既に真っ青で身体も小刻みに震えている。

 

 名誉ある特別任務を授かり、御方々のお近くでサポートできる日々を甘受していた。

 そして自分は上手くやれている。そう信じて疑わなかったところがこの始末。

 

 プレアデスの、いいや、ナザリックの下僕(シモベ)全体への信用を損なってしまったのだから。

 もはや、こうなれば取れ得る手段などただ一つ…──

 

「わ、私めはこの責を取って自害を…」

「いや、自害(ソレ)には及ばない」

 

 自害は、許すべきではない。

 

 心身ともに異形に侵されつつある(モモンガ)がその偉大なる叡智を、冷徹な思考を回し始める。

 彼が怪物に成り切っていないのは(ひとえ)に、最後まで苦楽を共にした存在がいるからに過ぎない。

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の最後の加入メンバーたるさくらもち。

 

 彼女は他のギルドメンバーが来なくなってからも最後まで日参してくれた。

 サービス最終日もいつもと変わらない、ちょっと卑屈な笑みでやってきてくれた。

 

 リアルの事情をうっちゃって、何よりも此処が大切だと駆け付けてくれたのだ。

 彼女の事情は特大級の地雷だったが、それはまたいずれ笑い話として語れる日も来るであろう。

 

 そんな彼女に恥じないギルドマスターでありたいから土壇場で踏み止まっているに過ぎない。

 

 ……だからこそ、時に非情な決断をすることも迷いはあれど躊躇いはない。

 

(自裁の『権利』をNPCに与えるべきではない。害悪と判断したならば俺自らの手で…)

 

 これまでのさくらもちへの心理的負担は看過するわけにはいかない。

 この機会に禍根は根元から断つのが肝要であろう。

 

 そしてギルドの下僕(シモベ)たち… NPCである彼ら彼女らに自裁する権利も与えられない。

 自己判断での死が彼らに赦されるのであれば、それは早晩私刑の勃発を生みかねないからだ。

 

 他者の失態・不備をあげつらう密告社会が、あの狭い空間で生まれるかもしれないのだ。

 考え過ぎと言われようと1%でもその地獄に進む可能性がある以上、彼には許容できない。

 

 統制が乱れたギルドでは自分は勿論のこと、さくらもちにも危害が及びかねない。

 消すしかないのであれば、その始末はギルドマスターたる自分が付けるべきである。

 

 ナーベラルも今はいないギルドメンバーが創り出したNPCの一人である。

 愛着がないと言えば嘘になる。彼女を消すのは身が引き裂かれるような心持ちである。

 

 しかし、こちらの命令を無視し幾度となく注意を受けたにもかかわらずまるで変わらない態度。

 これらを見逃すことは組織にとって大きなマイナスとなる。

 

 モモンガはそこまで考え、悲壮な決意とともに手のひらに魔力を集める。

 

「……すまないな、ナーベラル」

 

 その言葉でようやく理解したのであろう。

 

 ナーベラルはまるで神に対する祈りのように手を組み、そっと目を閉じる。

 閉じた眼尻(まなじり)から、つぅ… と一筋の涙が零れ落ちた。

 

 その場にいる誰もがその後の光景を予見する。

 ある者は目を伏せ、また、ある者は瞳に焼き付けんと真っ直ぐ見据える中で。

 

 ただ一人、状況を理解していない者が得意気に口を開いた。

 

「そ、そうですよ! モモンガさん! も、もっと言ってやって下さい! ホントに!」

 

 さくらもちである。

 自分の言いたいことを言ってくれたモモンガに対してますます尊敬の念を深めていた。

 

 彼女は感動していた。

 

 何度言ってもナーベラルには伝わらないのだ。マジで困っていた。どうしよう、と。

 しかしモモンガはセバスを間に挟むことで見事にナーベラルの問題点を指摘してみせたのだ。

 

 お陰でナーベラルは顔を青褪めさせ、震えて許しを請うている(ように見えた)。

 

(いや、ホントにモモンガさん神か? 頭良くて穏やかで… その、うん、ホント神ですか!?)

 

 さくらもちの語彙力は不足気味であった。

 

 ニヤニヤした笑みが抑えられない。

 自らの性格の悪さを自覚しながらもナーベラルにいい気味だと思う気持ちを止められない。

 

(悔しいのぅ? 悔しいのぅ? よーやくちょっとは反省してくれましたかね? ……おっと)

 

 いつまでもニヤニヤ浸っていては変な人に見られる、とさくらもちは咳払いで誤魔化す。

 ……もう手遅れでは? という意見はひとまず置いておくことにしよう。

 

 もうこうなったら勢い任せだ、とばかりに拳を握りしめて彼女は彼女なりの力説を続ける。

 

「そも死んで何が解決するものか! あれですよ! 残った人に負債おっ被せるだけですから!」

 

 さくらもちの実体験に基づいた実感のこもった言葉に、その場にいる全員が気圧される。

 

 彼女も子供の頃に両親が死んだり、そのまま転落人生を歩んだりと色々とあったのだ。

 とはいえ、今のこの状況には無関係な内容なのでいずれの機会に詳細は委ねるべきであろう。

 

「困った時は、みんなで助け合って乗り越えるべきじゃないですかね? ……仲間なんですし」

 

 ともあれ反論がないのを良いことに語りを続けるさくらもち。調子に乗っている。

 

 そもそも自分が困った時は助けて欲しいもの。そんな存在は多ければ多いほどありがたい。

 なんかミスる度に自害され、逆ねずみ算式に数を減らされていってはたまらないのだ。

 

 しかし、反応がないからこそ若干語調が尻すぼみになっていってしまう辺り根は小心者である。

 

「こんなアレで戦力を損なうのは、あの、おバカのすることで… ですよね? モモンガさん?」

 

 最終的に視線を彷徨わせモモンガに頼ってしまう辺り、さくらもちマジさくらもちであった。

 モモンガが(彼の主観的に)普段は大人しい彼女(さくらもち)の熱弁に呆気にとられたのも一瞬のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷっ… あはははははははははははははははははははッ!!!」

 

 少しの間の後、額を抑えながら、モモンガは夢の世界全てに届かんばかりの哄笑を轟かせた。

 

 

 

 痛快であった。

 

 ギルドのため、さくらもちのためとあれこれ思考を巡らせていたつもりの自分は。

 なんてことはない、ただの孤独な愚か者であったのだと気付かされたのだから。

 

 突然の哄笑にセバスやプレアデスは勿論のこと、さくらもちさえギョッとした表情を浮かべる。

 そんな彼ら彼女らの姿が可笑しくて、モモンガはまた笑う。

 

 アンデッド特有の、緑色の精神抑制の光を何度も何度も瞬かせながら。

 

 たっぷり数分間は笑った後に、まだ収まらないのか肩を震わせながらモモンガは言葉を紡いだ。

 

「……はー、笑った笑った。いやぁ、さすがはさくらもちさんだなぁ」

「え、あ、ちょ… だ、大丈夫ですかモモンガさん? わ、私がまた何かおバカなことでも…」

 

「いやいや、とんでもない! 全部まるごとさくらもちさんの言う通りですよ!」

「……そ、そうですかね? ……な、なら、いいんですけれどぉ。……うへへ」

 

「えぇ! 大切なことを思い出させてくれて、本当に、ありがとうございます。さくらもちさん」

 

 人間であれば清々しい笑みを浮かべていたであろうモモンガは掛け値なしの本音を伝える。

 モモンガの笑みにつられるように、さくらもちもまた卑屈で不器用な笑みを浮かべる。

 

 そんな彼女を微笑ましく見守りながら、モモンガは言葉を発した。

 

「……セバス」

「はっ!」

 

「今のさくらもちさんの話、おまえはどう思う?」

「至高の御方々の御意のままに。……なれどこの老骨、あの御言葉への歓喜の念に耐えません」

 

「だな。……よし!」

 

 息を吸い込むような仕草は一瞬のこと。

 モモンガは全てのアインズ・ウール・ゴウンに属する者に伝言(メッセージ)を発した。

 

『栄えあるアインズ・ウール・ゴウンに属する全ての者に、俺、モモンガが伝える!』

 

『我がアインズ・ウール・ゴウンは自裁による贖罪を認めることは断じてない!』

 

『あらゆる困難、あらゆる失敗、あらゆる不条理には仲間と手を携えてこれを踏破せんとする!』

 

『この信念を我らアインズ・ウール・ゴウンの柱とすることを、各人努々(ゆめゆめ)心得るように!』

 

『……これは我が盟友さくらもちさんの意思であり、俺も感銘を受けた言葉と知れ。以上だ』

 

 執事長セバスが感涙に咽んでいる。

 いや、彼だけではない。

 

 プレアデスに属するユリが、ルプスレギナが、シズが、ソリュシャンが、エントマが。

 そして叱責対象であるナーベラルまでもが涙を流しながら感動に打ち震えている。

 

 この場にいない伝言を受け取った全ての下僕(シモベ)たちも同じ反応であることは想像に難くない。

 

 ……この状況に取り残されているただ一人を除いて。

 

(……え? なんぞコレ? どういうアレなんです? 教えて、私の心の中のモモンガさん?)

 

 当然、心の中のモモンガさんからの反応はない。さくらもちの妄想ゆえ致し方ない。

 

 哀れ、さくらもちはただ一人、この事態についていけずに宇宙猫顔になってしまっていた。

 彼女はモモンガに伝言(メッセージ)をするのも忘れひたすらこの状況に狼狽していた。

 

 とはいえ、この空気の中で敢えて口を挟むこともしなかったが。

 時折致命的なポカもやらかすものの普段はある程度雰囲気の読めるさくらもちである。

 

 この場で「じゃあナーベラルお仕置きしようぜ!」とか言い出せなくなったことは理解した。

 なんとなく。

 

 誰からともなくはじまった『アインズ・ウール・ゴウン万歳!』の大斉唱。

 どことなく遠い目をするさくらもち。

 

「……ま、まぁいいでしょう!」

 

 彼女は人知れず口元をひく付かせながら負け惜しみの悪態をつくのであった。

 ……その直後、はたと気付く。

 

(……あ、あれ? ひょっとして問題、何も解決してなくない? ……あれ、あれれ?)

 

 気付いたらちょっと胃が痛くなってきた。

 今更気付いても後の祭り。そろそろ『夢』の時間もお開きが迫っている。

 

 もうなるようにな~れ、とばかりに思考を放棄して流れに身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして『夢』が終わり、夜が明ける。

 

 今回の件を心から反省したナーベラルは、心を殺して任務に当たれる無我の境地に開眼。

 人間にも柔らかな対応ができるようになり、見事お役御免(クビ)を免れるに至る。

 

 冒険者チーム『漆黒の剣』との関係もより親密で良好なものとなった。

 もとよりプレアデスに完全な『無能』など存在しない。

 

 要領さえ掴めば、笑顔のままルクルットなる男のナンパをあしらうなど朝飯前の仕儀である。

 

(ありがとうございます、さくらもち様… 貴女様の慈悲に応えられるよう誠心誠意努めます…)

 

 頬を淡紅(うすべに)色に染めて、うっとりと彼の人を見詰めるナーベラル。

 微笑ましくもその様子を見守るモモンガ。

 

 

 

 

 

 

「ぐぬぬ… ナーベラルさんはコミュ障ぼっち(こっち)側だと思ってたのにぃ… ね、妬ましいぃ…!」

 

 果たして、想い人にだけはその気持ちが伝わらないことはご愛嬌といったところか。

 

*1
もっとも、それを聞いたら彼女らは烈火のごとく怒り狂うであろうが。なんせ彼女らにとってさくらもちは絶対的な美の化身であるのだから。

*2
そして幸運にも

*3
そしてそれは往々にして的中するが

*4
おそらくは拍手のつもりだろう。

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