夢魔の主~或いはナザリック地下墳墓のメンヘラコミュ障ぼっち~ 作:(๑╹◡╹)ノ
──00:00:04
「……あれ?」
変化のない『世界』に、思わず、狼狽したようにさくらもちがつぶやいた。
彼女だけではない。
声には出さなかったとは言え、モモンガもまた、彼女と同じくこの状況に戸惑っていた。
予定ならば本日0時にユグドラシルのサービスは終了するはずであった。
メンテナンス時には強制的にログアウト処理がされる。サービス終了時も同様だろう。
つまりこの状況はおかしいのだ。
「0時… 過ぎてますよね…?」
「そ、そのはずですけど…」
まず二人が考えたのは、運営にとっても想定外の突発的なトラブルの発生であった。
なんせこのゲームは十二年に渡るサービス稼働中、様々な問題に悩まされてきた。
厳しすぎる数々の規制については、まぁ、健全な運営のためと理解を示そう。
しかし、不具合発見によりイベント開始時刻延期なんて日常茶飯事。
遊んでいるところに緊急メンテをぶち込まれて、台無しにされた記憶だって数知れず。
度々ヤバいやらかしをしては知らぬ存ぜぬを決め込む。
それが、このユグドラシルの運営の、二人の記憶に残るスタンダードであった。
そのためモモンガとさくらもちの運営への信頼は、主に負の方面で絶大なものがあったのだ。
「こ、これ… また、運営さんがやらかしたってことですかねぇ…? モモンガさん」
「うーん… その可能性が高いですね。……ほら、ウィンドウも開かないですし」
「あぅ… これじゃあ、GMコールすらできませんねぇ… うへへ、どんだけー…」
「最後までしまらない運営ですね… ま、俺は延長戦みたいでちょっとだけ嬉しいですけど」
「う、うへへ… も、モモンガさんもですか? じ、実は私も… ちょっぴり、うへへ…」
モモンガも明日… というより本日4時から仕事があるため少しでも休むべきなのだが。
しかし、サービス終了日に参加するためだけに辞表を提出したさくらもちがいるのだ。
この状況で彼女を見捨てて自分だけ帰るという選択肢は彼の中に存在しなかった。
どうせ程無く運営も気付いて大慌てで最後の最後の特大バグを修正することだろう。
それまでの残された僅かな時間をもう少しだけ楽しんだところできっとバチは当たるまい。
そう開き直ったモモンガが再度さくらもちに声を掛けようとした時…──
「……うぅ」
彼でも彼女でもない、第三者の声が突如聞こえてきたのである。
思わず心臓が跳ね上がってしまうかのような感覚。
「だ、誰だ!」
モモンガが視線を動かせば、跪いているNPCアルベドの姿が映った。
「……アルベド、なのか?」
……NPCは飽くまで被造物にすぎない。
無論プログラミング上の処理を通して自律行動をしているよう見せ掛けることは出来る。
さきほどプレアデスたちを付き従わせたのも同様の処理であった。
それでも、本来それらはただ『そう見える』だけの存在に過ぎない。
しかし、今の彼女はどうであろう。
如何に技術の進展があろうともなお真に迫る『
彼女は、アルベドは今、はらはらと涙を零していた。
よくよく目を凝らせばアルベドだけではない。
セバスやプレアデスの面々も揃って
果たして、こんな
可能だとして一体いつの間にソレを仕込んだというのだろうか?
ギルドにおけるNPCに関するプログラムの大半はヘロヘロが担っていた。
しかし、彼も半引退状態となって久しい。
今日──いや、既に昨日か──だって、彼にそんな暇や余裕はなかったはずである。
(……運営の不手際によるサービス延長、という問題に留まらない何かが起きているのか?)
そこまで思考を巡らせてモモンガは、今後の相談をしようとさくらもちに視線を…
「さくらもちさん、これは一体… あれ?」
寄越そうとしたら、彫像もかくやとばかりに固まっているさくらもちの姿があった。
(うわーい、カチコチだー… って、ちげぇ!?)
この状況で一人で現実逃避をするなんてずるい。
もとい、彼女にもこの異常事態という現実を直視していただかねばならない。
そんな気持ちを奮い立たせてモモンガはさくらもちに呼びかける。
「ちょっと、さくらもちさん? さくらもちさん!? 固まってないで一緒に考えて!?」
そういえばちょっと前から静かだった。
「シラナイヒトコワイ… シラナイヒトコワイ… シラナイヒトコワイ…」
そのさくらもちはといえば、小声で何事かつぶやきながら小刻みにカタカタ震えている。
「くっ! 使い物にならねぇ!」
「シラナイヒトコワイ… シラナイヒトコワイ… シラナイヒトコワイ… ポンコツデゴメンナサイ…」
「いいよ、仕方ないよね! 次からがんばりましょう! ねっ!?」
「ゴメンナサイ… ゴメンナサイ… ゴメンナサイ…」
思わず額に手を当て天を仰ぐモモンガ。
それでも仲間へのアフターフォローを忘れないモモンガ。
ギルドマスターの鑑かな?
しかし、このさくらもちの恐慌は事態の更なる混迷化を引き起こす。
「さくらもち様!?」
「一体何が!?」
「さくらもち様、どうかお気をお確かに!」
この場(というより、さくらもち個人の)の異常を察知したのか。
アルベドが、セバスが、プレアデスが、それぞれ深刻な表情のまま駆け寄ってくる。
圧がすごい。
「ヒィン!」
それに圧倒されて情けない悲鳴を上げて尻餅をつくさくらもち。
ますますもって心配そうな顔を隠そうともせず詰め寄ろうとするNPCたち。
事態はカオスに彩られる。
(いかん!
そこまで考えてからのモモンガの行動は素早かった。
即座に玉座より立ち上がって声を発する。
「ちょ、ちょっと待った! おまえたち、止まれ!」
そして迫るNPCの動きを手をあげて制しつつ、さくらもちを庇ったのだ。
彼女の肩を抱き寄せて。
……彼女の肩を抱き寄せて。
「うぎゃぁああああああ! いたぁあああああい!! 死ぬぅうううううううう!!」
「なんでぇ!?」
「さ、さくらもち様ぁ────ー!?」
突如として迸った痛みに悶絶し、絶叫しながら転げ回るさくらもち。
今のモモンガには知る由もなかったがバッチリ仕事した
エルダーリッチの種族的特殊能力は、その上位種であるモモンガにも当然備わっていたのだ。
程無く。
「ぜぇ、はぁ… た、助かりました…」
プレアデスのルプスレギナより肩の治療を受けたさくらもちが荒い息を吐いていた。
「……いや、ホントすみませんでした。さくらもちさん」
「い、いえ。すっごく痛かったですけど、お陰で色々分かりましたし、逆に落ち着きましたし…」
「それは、そうかもしれませんが… けど、だからといって…」
確かに先程のやり取りだけで収穫が多かったのは事実だ。
なにより、NPCの立ち居振る舞いや激しい痛みより感じさせる『リアル感』。
即ち、ここが【ユグドラシル】の中とは異なる現実であること。
しかし、大切な仲間を意図せずとはいえ傷付けてしまった。
モモンガはその事実にひどく落ち込んでしまっていた。
それを知ってか知らずか、ヘラヘラと卑屈な笑みを浮かべながらさくらもちは言葉を紡ぐ。
「わ、私… 自分のこと癒やすの不得意なんで… た、助かりました… うへへ…」
「お礼なんて。結局俺は回復魔法すら人任せで…」
「で、でも指示をしてくれましたよね…? る、ルプスレギナさんにもホント、感謝です…」
「も、勿体ない御言葉です! さくらもち様!」
「うへへ… もう受け入れるしかないけど、わ、私に様付けとか違和感しかないぃ…」
ちょっと遠い目をしながら現状と、彼ら/彼女らの態度を受け入れつつ在るさくらもち。
(……なんかすっごい持ち上げられてる。……超怖い。……吐きそう)
決してストレスを感じないわけではないが。
決してストレスを感じないわけではないが。
というより『何が原因でここまで持ち上げられているのかが分からない』ことが怖い。
原因の読めない理外の待遇をこそ恐れる。
モモンガとさくらもちは、方向性の違いこそあれ、つまるところそういった人間であった。
石橋を壊れるまで叩いてから別の移動手段を模索し自前で用意するモモンガ。
石橋を見付けたら即仲間とリアルタイムで情報を共有し分かるまで分解するさくらもち。
伊達に、ともにアインズ・ウール・ゴウンにて
「だ、大丈夫ですかね? さくらもちさん。跡とか残りませんよね?」
「……えっと、大丈夫じゃないですかね。多分」
「うぅ、
メンヘラは自傷行為は得意だが自分を癒やすのは極めて不得意。これはもはや常識。
だからこそ、さくらもちはモモンガに深く感謝していた。
あの状況で真っ先に素早く的確にルプスレギナに治療を指示してくれたことに。
自分は異常事態に固まりカタカタ震えていただけなのだから。
そもそも
さくらもちは心底そう思っていた。だからこそ翻って自分のダメさ加減に落ち込んでもいた。
(や、やっぱりモモンガさんはすごいなぁ… うへへ… はぁ、私また迷惑かけちゃった…)
(何やってるんだよ、俺。未知の状況で気を抜いて仲間を傷付けるなんて。……反省しないと)
NPCたちがオロオロと見守る中で、二人は揃って大きなため息を吐くのであった。
「よし!」
しかし、ドン底にまで落ち込んだならば後は上がるだけである。
二人揃って顔を上げ、互いに何も言わずに顔を見合わせて頷き返す。
落ち込んでいても仕方ない。
今できることをやらなければ。
この辺りは数年来のユグドラシルプレイで
「念のために
「はっ!」
「『GMコール』、『ログアウト』。……これらの単語に心当たりはあるか?」
「も、申し訳ありませんモモンガ様。私にはそれらの言葉の意味が…」
「ふむ… やっぱそうか。それじゃしょうがないな」
「ッ!?」
もしや敬愛する主人の期待に答えられなかったのでは、と青褪めるアルベド。
思わず呼吸も忘れてしまうほどの深い絶望。
呆然自失とし
さくらもちである。
「あ、その… アルベドさん…?」
「さ、さくらもち様…」
「そ、それで良いんです… それ『が』嬉しいんです… だから、ばっちぐーです… うへへ…」
「さ、さくらもち様ぁ…!」
さくらもちが優しく声を掛ける。
正直な報告は良い。求めているのはまさにそれなのだから。
これからも出来ないこと・分からないことを素直に報告できる君でいて欲しい。
そんな思いを込め、おっかなびっくりアルベドの背中を撫でながら*1。
典型的な飴と鞭である。
アイコンタクトだけで即席の連携をこなすモモンガとさくらもちは流石の汚さを披露する。
汚いなさすが社会人きたない。
とはいえ、まさに児戯・子供騙しに過ぎないそれ。
しかしながら、それは如何に賢いアルベドといえど…──
──否、『賢いアルベドだからこそ』抗いがたい抜群の効果を示した。
「ありがたき、幸せに御座います。……モモンガ様、さくらもち様」
感涙を目尻に乗せ、アルベドは、花が綻ぶような笑顔を浮かべる。
不敬を重々承知ながら溢れる涙が止まらない。
何故ならば。
そう、何故ならば。
彼女にとっては『至高の御方に
しかしそんなアルベドの反応に…
(え? なに? いきなり笑いながら泣き出したんですけど… 怖い…)
至高の御方と呼ばれたモモンガとさくらもちの心は一つとなった。恐怖で。
……なんか頬を紅潮させてハァハァ息を荒げているし。
しかし、それも仕方ない。
設定上ビッチのアルベドにとってはモモンガとさくらもちの台本ありきのこのやり取り。
所謂『高度なプレイ』を施していただいた、と受け止めるに充分なのだから。
無論、それはモモンガとさくらもちの二人には伺い知れぬこと。
故に導き出された結論は…──
(よし、流そう!)
問題の先送りであった。
「えっと、まずは… 周辺確認とかナザリックに異常ないかの点検とか、ですかね…」
「えぇ、まずはそれでいいと思います。セバス、プレアデスともども頼めるかな」
「はっ! 承知しました!」
「な、なにか見付けた場合は可能な限り観察にとどめ報告を… お、お願いします」
「御心のままに」
セバスとプレアデスは一糸乱れぬ整然とした仕草で恭しい礼を取った後、退室していく。
後にはモモンガとさくらもち。そして瞳をキラキラ輝かせているアルベドが残った。
(……やっべ)
パージし損ねた厄介さんが一人、という事態にちょっと頭を抱える二人。
先送りした問題のリポップは思ったより早かったようである。
いや、別にアルベドになんらかの危害を加えられたわけではない。
わけではないが、これまでの奇行*2から扱いかねているというのが正直なところであった。
なので、さくらもちは考える。
「えーと… アルベドさん…?」
「はい、さくらもち様!」
「ほ、他のみなさんはどうしているでしょう… なんて…」
「守護者の者たちでしょうか? それぞれの領域で待機しているかと」
「ふむふむ… なるほど… そっかー… なるほどー…」
「あの、それがなにか? はっ! もしや私めの想像もできぬほどに深いお考えが…」
「うぇっ!? え、えーと… そ、そうですねー… あのぅ…」
曖昧な会話で場を繋げながら今後の出方を探ろうとしたものの、逆に突っ込まれる始末。
盟友に救いを求める視線をやるも…──
(がんばれ! さくらもちさん!)
盟友、すっかり観戦モードである。神は死んだ。
諦めとともに天を仰ぎ、さくらもちは自棄っぱちな心境とともに言葉を紡ぐ。
「アルベドさん… ナザリックは今、未曾有の事態に陥っている可能性があります…」
精一杯作ってみたシリアスな顔とともにアルベドに視線を戻した。
「ッ!? それは本当ですか! さくらもち様!」
「……ごめんなさい、気のせいかも」
秒で目を逸らしながらそう返す。
真剣な表情で聞き返されてしまい、思わずヘタれてしまった。
モモンガも玉座でずっこけそうになっている。
流石に自分の発言に気恥ずかしくなったさくらもちは、赤面しつつ咳払いを一つ。
そして何事もなかったかのように言葉を続けた。
「ですが、気のせいではないかも知れません」
「なんと!?」
二転三転する情報に守護者統括たるアルベドは翻弄される。
ちょっと至高の御方に弄ばれるのが癖になってきて気持ち良くなり始めている。
純真なアルベドさんを業の深い変態に開発しつつあるさくらもちの罪は重い。
「だから、そう… その、ですね…」
視線を彷徨わせながら言葉を探しているさくらもち。
モモンガが、アルベドが、ゴクリと喉を鳴らし。
そして…──
「だ、だから、どうすれば良いでしょう? アルベドさんの意見を聞かせてくださいぃ…」
視線をぐるぐる彷徨わせながら、彼女は目の前のNPCに助けを求めた。
丸投げである。
いっそ清々しいほどの丸投げであった。
一方、丸投げされた側のアルベド。
(な、なんと…! 絶対命令権を持つにもかかわらず私めの意見も尊重して下さるなんて…)
彼女は感動に打ち震えていた。
さっきからちょくちょく言葉責めをしてくれるのみならず*3。
こうして一個の存在と認識して格別の配慮までしてくれるなんて*4。
このままではもっともっとと分不相応な寵愛を求めるいけない守護者統括になってしまう。
──フフ… いけない守護者統括ね、アルベド。一体何を考えていたのかしら?
──さ、さくらもち様。わ、私はただ…
──しまりがないのはその顔だけじゃないみたい。ならしっかり『統括』してあげないと、ね?
──あ、あぁ… 私、守護者統括なのにさくらもち様に『統括』されちゃうぅ…♥
脳内さくらもち*5が脳内の自身を顎クイしている様を妄想し、アルベドは感動に打ち震える。
(イイ…! すごく、すごく… イイッ! 改めて考えるまでもなくこの職場は天国では…?)
めくるめくオフィスラヴ(妄想)を思わず身をくねらしそうになるアルベド。
「……あ、アルベドさん?」
そこにさくらもちが一歩引いた姿勢のまま恐る恐る声を掛ける。
なぜか背筋がゾワゾワしてくる感覚に襲われながら。
モモンガが反応していないところを見るに気の所為なのかもしれないと思いつつ。
しかし、それでも不思議と一抹の不安を消し去れないままに。
「はっ!? 失礼しましたッ!」
アルベドはじゅるりと零れそうになっていた涎を押し留めキリッとした表情を作る。
そして淀みなくプレゼン… もとい提案を開始する。
「そうですね。仰られます通りに未曾有の事態が発生している場合ですが…」
「はい」
「守護者が認識している可能性は薄いかと。報告が一切あがっておりませんので」
「……ですよねぇ」
「なのでまずそういった可能性がある、と情報を共有すべきかと存じます」
「ぐ、具体的には…?」
「各階層の守護者を交え、今後の方針について協議を行うのは如何でしょう?」
流れるように今後の方針を示してみせるアルベド。
そこには先程までの怪しい挙動の変態不審者の影は微塵も感じさせなかった。
(ほ、ほあぁ~~~!? や、やっぱりアルベドさんすげぇ… 流石タブラさんの愛娘ぇ…)
ビッチである設定が全てを台無しにしているが、アルベドは状況判断に優れた守護者統括だ。
タブラ・スマラグディナがその心血を注いで*6設計した彼女。
さくらもちは、その優秀さと奥深さをまざまざと見せ付けられた気分となった。
──ただ堅いだけの鉱石などいずれ砕け散るが定めだヨ。……なにより、つまらない。
──重要なのは柔軟性。剛柔一体であって初めて可能性に満ちた
──ならば如何にして柔軟性… 一つの『メリハリ』なるモノを生み出せるのか?
──私は『ギャップ』こそが一つの答えではないかと考えている。未だ手探りだが、ネ?
──完璧な存在など私に言わせれてみれば可能性を閉ざされた空虚な現象に過ぎない。
──隠された本性が驚きと意外性に満ちていればこそ、0が1に進む可能性を内包し得る。
──私はネ、さくらもちクン、君にはそんな可能性を見出だせる
自身のビルド相談にも快く乗ってくれた、在りし日の彼との会話を思い出すさくらもち。
そんな追憶に背を押されるようにしてモモンガに視線をやる。
「………」
彼も頷く。
ならばよし、とさくらもちも頷く。
「すぅ、はぁ…」
深く、浅く、呼吸を繰り返す。
知らない誰かと話す際の、『堂々と話せる自分』になるための
自分ではない何かに切り替わる思考とともに言葉を紡ぎ始める。
「アルベドさん、大変素晴らしいご意見ありがとうございました」
「は、はいっ! 御言葉、深甚に感謝申し上げますっ!」
「ではそれを採用するとして、ご意見のとおりに手配をお願いしても構いませんか?」
「無論です! どうか私めにお任せくださいませ!」
「結構。私とモモンガさんでなにかすべきことはありますか」
「その、差し支えなければ一時間、いえ、30分後に第六階層・円形闘技場に御足労を…」
「分かりました、そのように致しましょう。……モモンガさんも?」
再び視線をやれば、そこには穏やかに肯く骸骨の姿があった。
「えぇ、構いません」
「だ、そうです」
「かしこまりました。それでは直ちに準備を始めます。……私はこれにて」
「あぁ、アルベド。……さくらもちさんの言う諸々の手配、すまないがよろしく頼むよ」
「は、はひっ! そ、それでは御前失礼しまひゅっ!」
アルベドは舌を噛み噛みにしながらも、なんとかそれだけ言い残して玉座の間を退室した。
その美貌を真っ赤に染め上げながら。
そして。
「ふぅ~~~~~~~~…」
二人きりとなった玉座の間で、モモンガとさくらもちは揃って大きなため息を吐く。
「な、なんでしょうか… なんだかすごく疲れ、疲れました… うへへ…」
「いや、でも、助かりましたよ。さくらもちさん」
「うへ、うへへ… お、お役に立てたのならぁ… 結構いっぱいいっぱいでしたけど…」
「ちゃんと乗り切れたじゃないですか。めちゃくちゃ立派でしたよ」
「そ、そう言っていただけるとぉ… す、すっごくうれしいですねぇ…」
褒められて照れくさそうにしているさくらもちとさっきまでの彼女は別人にしか思えない。
しかし、先程の擬態が作り物めいていたかというと決してそうではない。
まるで本来あるべき場所に収まったかのような自然な雰囲気をまとっていたのだ。
だからこそ、適当なところで助け舟を出そうかと考えていたにもかかわらず。
モモンガはアルベドに対しある種のカリスマを伴いながら話す彼女に魅入ってしまったのだ。
ロクに口も挟めないままに。
(なんだろう。さくらもちさん、実は結構いいところのお嬢さんだったりするのかな…)
とはいえ、基本的にゲーム内でリアルの探りを入れる行為はご法度である。
ぶくぶく茶釜やペロロンチーノ姉弟らのように自分から開示しちゃっていく分には別にせよ。
マナー違反だなと思い直しモモンガは脳裏に浮かんだその疑問を敢えて沈めることとした。
「とにかく、この調子なら俺たち二人で協力すればなんとかなりそうじゃないですか?」
「そ、そうですね… 今の感じでそれぞれがんばれれば、多分…」
「まぁ、あまりアルベドたちNPCに頼りすぎるのもどうかと思いますが…」
「そ、そこはその… ケース・バイ・ケースってことで… いいかと… うへへ…」
「ですね。あと30分後には階層守護者たちと顔合わせか… 気合い入れて臨みましょう!」
「お、おー! ……うへへ。ゆ、ユグドラシルのレイドバトル前を思い出しますねぇ」
「おっ、さくらもちさんもですか? ははっ、まぁ程よい緊張感を保っていきましょうか」
途端に和気あいあいとしだす二人の空気。
なんだかんだと気心の知れた仲間と二人で大好きなゲームの延長戦らしきものに挑める。
これでテンションが爆上げされないはずがない。伊達にゲームバカをしてないのだ。
「よ、よーし… やったりますよー! かかってこいやー! ……なぁんて。……うへへ」
「第一、第二、第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン… 御方々の前に」
「第五階層守護者コキュートス、御方々ノ前ニ」
「第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラ…」
「同じく第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ…」
「──御方々の前に」
「第七階層守護者デミウルゴス、御方々の前に」
「守護者統括アルベド、御方々の前に」
一糸乱れぬ様で整然と跪いてくるNPCたち。
いきなり始められた訳分からん儀式にモモンガの脳内は混乱に埋め尽くされる。
第四階層守護者ガルガンチュア、第八階層守護者ヴィクティムを除き云々と言葉が続いている。
それは良い。仕方ない。むしろゴーレムと特殊な言語使いの足止め役を呼んでも仕方ないし。
マジで階層を守護する以外の仕事を任せる方が理に合わないと言うべきであろうから。
(でもさ! やめてくれないかな!? 言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは!?)
多分自身の精神を抑制させてくれる緑の光を点滅させながら横目でさくらもちを見遣る。
同じく混乱の極みにあると思われた彼女は、しかしスンッとした表情ながら平静を保っている。
……ように見えた。
それが救いの女神のようにモモンガには映ってしまったのである。
小声でそっとさくらもちに耳打ちする。
ひょっとしたら彼女はこの珍妙不可思議な儀式についてなにか知っていたのかもしれない。
「さ、さくらもちさん… その、『忠誠の儀』、でしたっけ? ……これは一体?」
そんな一縷の望みに縋りながら。
「知らん… なにそれ… こわ…」
違った。
そもそも彼女は平静を保ってなどいなかった。
ただちょっと目にも留まらぬ速さで振動… もとい震えていたに過ぎなかったのだ。
……それはそれでちょっとすごいかもしれないが。
そしてやおら立ち上がると薬指に嵌めた指輪を起動させる。
「え、ちょ、ま…」
「ぐっばい」
呼び止める暇もあればこそ、彼女はそのまま霞のごとく掻き消えてしまった。
彼女の薬指にあったアイテムはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
ナザリック地下墳墓内の主要な部屋に自在に転移することが出来る特別なアイテムである。
つまり、それを起動させたということは…──
「……野郎、逃げやがった」
モモンガも*7表情を消してすっくと立ち上がり、猛烈な勢いで駆け出した。
「部屋から出てこいやコラぁ! あの状況で俺を一人にするとか、マジでねぇよ!?」
「無理無理無理ですって! アレは無理! モモンガさんに全部任せますぅ!?」
「ふざけん… あ、ごめん。なに? ユリ。え? 報告? 今はちょっと…」
「ほ、ほらぁ! 報告ですよぉ… いってくださいよぅ… うへへぇ…」
「かっちーん。……ごめん、みんなのところで待ってて? うん、今ちょっと立て込んでるから」
「ひぎゃあああああああ! ちょ、超位魔法で扉ブチ破るのは反則ではぁああああああ!?」
この後毛布かぶって丸まっているところをめちゃくちゃ引き摺り出されるさくらもちであった。
次回、『原住民と仲良くしてみよう』どうぞお楽しみに。
以下、どうでも良いお話。
拙作のモモンガさんは気心の知れたゲーム仲間とともに転移したため、時に精神抑制を跳ね除けるレベルでゲームバカ精神を発揮させています。
それが巡り巡って彼の中の人間性の減少に待ったをかけているのかも知れません。
そうじゃないかも知れません。