夢魔の主~或いはナザリック地下墳墓のメンヘラコミュ障ぼっち~   作:(๑╹◡╹)ノ

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ナザリック心得その5.『飛び出し注意』

 ナザリック地下大墳墓・食堂。辺りから食欲をそそるなんとも(かぐわ)しい香りが漂っている。

 次々と運ばれてくる料理を眺めながらモモンガは興奮気味に歓声を上げた。

 

「おっ、料理が運ばれてきましたね。わー、すっげぇ豪勢! なんて料理だろ、これ?」

「……お、おおぅ。ほ、紅焼熊掌(ホンシャオユウショウ)*1… り、リアルでも滅多に見たことがないぃ」

 

「見たことはあるんですか。……さくらもちさんってやっぱいいとこのお嬢様なんです?」

「ひゅいっ!? え、えーと… えーと…」

 

「あぁ、すみません。無理に聞き出すつもりは… 前々から気になってたもので、つい」

 

 別に隠しているつもりではないが、急に聞かれてしまうと言葉が出ない。

 そんな彼女の性質を理解して、モモンガは苦笑しながら手を振った。

 

「い、いつかお話しできればと、はい… ご、ごめんなさい… 申し訳なさで泣きたいぃ…」

 

 チラチラと周囲を気にしながら申し訳無さそうに身を縮こまらせるさくらもち。

 

「ははは、お気になさらず。俺こそ不躾でした。気長にやっていきましょうよ、お互いね」

 

 モモンガはそんな彼女の恐縮っぷりを知ってか知らずか鷹揚に振る舞った。

 

 今この場にいるのは円卓に掛けて雑談を交わすモモンガとさくらもち二人だけではない。

 シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス、デミウルゴスにアルベド…

 

 そして。

 

großes(グローセス) Bankett(バンケット)! ──素晴らしき饗宴ですな。ン私めもォ! 喜びを禁じ得ませんッ!」

 

 パンドラズ・アクター。

 ナザリック地下大墳墓の宝物庫管理者にしてモモンガ製作のNPCである。

 

 仰々しい身振り手振りは黒歴史として現在進行系でモモンガの精神を削っている。

 ……ドイツ語とか格好良いじゃん? とは、製作当時のモモンガの弁だ。

 

「は、はわぁ… か、格好良い…。いいなぁ… モモンガさん、いいなぁ…」

 

 パンドラズ・アクターをいたく気に入った様子のさくらもち。

 目をキラキラさせ拍手しながらしきりに『格好良い』『格好良い』とつぶやいている。

 

 あの後、円形闘技場に戻ったモモンガとさくらもちが見たNPCたちの万歳斉唱。

 それを見てあのまま話すなどどうしたものか、と気不味い空気が流れる中で

 

 ──くぅ…

 

 と、さくらもちの腹が鳴ったのだ。

 なんとも言えぬ空気に変化し、真っ赤になりながら涙目でぷるぷる震えるさくらもち。

 

 それを見かねて慌ててモモンガはこうフォローした。

 

 ──よし、続きはみんなで食卓を囲みながらだな! 無礼講で楽しく話そうか! な! 

 

 この『みんなで』という言葉が我ながら迂闊だった、とモモンガは頭を抱える。

 顔を上げたさくらもちが「あ、じゃあパンドラズ・アクターも呼びましょ」と(のたま)ったのだ。

 

 繰り返すがパンドラズ・アクターはモモンガ製作のNPCである。

 それも唯一の。

 

 あの当時のモモンガは若く、そして中二病にハマっていた。

 ……今も若干その気があるが。

 

 そして誕生したのが芝居がかった仕草でドイツ語を駆使する軍服姿の埴輪であった。

 現在進行系で黒歴史が刺激されて泣きたい。

 

 そしてさくらもちの(ある意味で)ピュアなハートにそれらはクリティカルヒットした。

 嬉しそうに拍手をして囃し立てるその姿に一切の邪気や皮肉は存在しない。

 

 モモンガはもっと泣きたくなった。そんな生みの親の内心など露知らず。

 渦中の本人たるパンドラズ・アクターは、周囲の下僕(シモベ)たちの嫉妬の視線など何のその。

 

Vielen(フィーレン) Dank(ダンク) für(フッル) Ihren(イヒレン) Applaus(アプラウス), Fräulein(フロイライン)… その拍手に万感の思いを込めた感謝を」

 

 ますます得意気になり、気障な仕草で『ファンサ』まで行う始末であった。

 

 彼にとっては誰よりも敬愛する製作者たるモモンガ美的センスを褒められたも同然。

 それもモモンガと同じくらいに敬愛すべき最後まで残られた至高の御方たるさくらもちに。

 

 その喜びを理解している下僕(シモベ)たちは悔しさに歯噛みしながらも堪えて見送った。

 モモンガもまぁさくらもちが喜んでるならいいか、と恥を堪えて耐え忍ぶのであった。

 

 そんな温かい周囲の視線に気付かずちょっと懐かしそうにさくらもちが語り始める。

 

「わ、私もNPC作っておけばぁ… で、でも私なんかが親じゃダメダメだったかも…」

「そんなことないですって。きっとさくらもちさん同様に仲間思いの子が生まれてましたよ」

 

「う、うぅ… モモンガさんの優しさに満ちたお気遣いが染み渡りますぅ…」

「残念ながら気遣いじゃなくて本音なんですよねぇ。……みんなもそう思うよな?」

 

「う、うへへ… まさか、そんな… うぇっ!? ちょ、わか、わかりましたからぁ!?」

 

 モモンガが水を向ければ待ってましたとばかりに、下僕(シモベ)たちが口々に賛同の意を示してくる。

 言葉の洪水を浴びて、目を回したさくらもちが真っ赤になりながら俯くと…──

 

 ──くぅ…

 

 追撃とばかりに、情けない音が食堂に響き渡った。

 

(き、消えてしまいたいぃ…)

 

 さくらもちの腹の音である。

 ますます真っ赤になって身を縮こまらせてしまうが、タイミングも良かったのだろう。

 

 そもそも彼女が空腹のサインを出したからこそこの席が用意されたのだ。

 アンデッドの種族的特徴なのか、モモンガ自身は一向に空腹感を覚えないのだが。

 

 さておき、笑みを浮かべながらモモンガはさくらもちに提案をした。

 

「あははは! じゃ、ちょうど行き渡ったところですし乾杯といきましょうか」

「で、ですねー… そうしていただけるとぉ… あは、あははは… はずか死ぬぅ…」

 

「……いっそ、さくらもちさんが乾杯の音頭も取ってみます?」

「や、やめ、やめろぉ! ……うぅ、イジワル言わないでモモンガさんでお願いしますぅ」

 

「はいはい。……他のみんなもそれで良いかな?」

 

 もちろん守護者たちに否やがあるはずもない。

 それぞれ口々に賛意を示す。

 

(ゲームの世界が現実になったみたいで、一時期はどうしたものかと考えたけれど…)

 

 モモンガはちらりとさくらもちに視線をやる。

 一人でこの世界に来ていたら、例えNPCたちがいても内心きつかったに違いない。

 

 自分だけじゃなくて、それはNPCたちにとっても好影響だったのではないか。

 和気藹々とした空気に包まれた席を眺めながらそんなことを思う。

 

 卑屈だし割りと自分本位だし肝心なところでヘタれるが、やはり掛け替えのない仲間なのだ。

 いい感じに場の空気がほぐれたものだ、と内心彼女に感謝をしながらモモンガは席を立つ。

 

 そして高々と杯を掲げ、朗々と言葉を紡いだ。

 

「それじゃあ、アインズ・ウール・ゴウンに… 乾杯!」

 

 こうして、宴が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うま、うま、うま」

 

 もっもっ、と嬉しそうに(普段は澱んでいる)瞳を輝かせて料理を頬張るさくらもち。

 そんな仕草を「リスみたいだなー」と眺めるモモンガ。

 

 やはり豪勢な料理であることは分かるのだが食欲が湧いてこない。

 とはいえ、自分が食事に手を付けないことで気遣いをさせるのも本意ではない。

 

 それをなんとなく理解していた彼は、一同に話を振りながら飲み物を注いで回った。

 無論言うでもなく大変恐縮されたもののそこはそれ、ここは無礼講だからと押し切った。

 

 結果として良い方向に作用したのではないかとモモンガは感じている。

 

 飲み物を注ぎながら二、三言葉を交わすだけである程度の人となりは感じ取れた。

 そして、どこか恐縮していたNPCたちの緊張も解れ今や会話が弾みつつある様子だ。

 

 ……さくらもちは今なお会話を遮断するように食事に専念しているが。

 

(あの『話し掛けるなオーラ』は意図的だろうなぁ… あの人、コミュ障だしなぁ…)

 

 少し無理にこの場を用意してしまったことを、モモンガは自覚している。

 そのことに彼とて申し訳無さを感じないわけではない。

 

 しかし、彼女… さくらもちが今後ともこのナザリックに属していくつもりならば。

 馴染むのはきっと早いに越したことはない。そう思っているのもまた事実。

 

 この状況下で、いつまでもNPCたちを避け続けるわけにもいかない。

 必ずどこかで交流しなければならない場面は出てくるだろう。

 

 その時にさくらもちにとってより良い形でそれを迎えさせたいというのは老婆心だろうか。

 感情面での折り合いさえ付くならば自分の考えに大きな問題点はないように感じられる。

 

(……なんてのは流石に手前味噌が過ぎるか。調子に乗るのは不味いよな、自制しないと)

 

 内心自嘲しながらも、モモンガは手元の酒盃を傾け中の液体を呑む… 振りをする。

 

 問題は、ある。

 誰も彼もがそう簡単に大人になって合理的だとそれらを割り切れるかという点だ。

 

 さくらもちも自分もただのプレイヤーだった。人間だった。

 いきなり異形にされてゲームの世界に放り込まれ、恐慌を来していないだけマシなのだ。

 

 普通ならば部屋に閉じこもってひたすら震えていてもおかしくない。

 ……いや、さくらもちはそうしようとしたが。

 

 モモンガは不思議と自分の中にこの状況への恐怖も反発も感じないことを再認識する。

 

(……食欲が湧かないことと同様に、この妙な落ち着きもアンデッドの種族特徴なのか?)

 

 有り得る話だ、と負の接触で引き起こした騒動の一幕を思い起こしながら溜め息を吐く。

 

 しかし自分が落ち着いているからと他人も同様にそうであると考えるべきではない。

 ましてや相手はさくらもちであり、そしてなにより人には相性というものがあるのだから。

 

 だからこそ自分ができるフォローはした上で溝は埋めていきたい。

 

 その一心でモモンガは、用意された果汁を注ぎながらさくらもちに会話を振ってみた。

 

「グラス、空じゃないですか? お注ぎしますよ。ささ、どうぞ」

 

「おっとっと… ど、どもです。……うへ、うへへ」

「さて、これからどうしましょっか?」

 

「……ど、どうしましょっかねぇ。……しょ、正直、頭痛い話ですよねぇ」

 

 多少腹も膨れて余裕が出てきたのか、さくらもちもコップを両手で傾けつつ考え込む。

 無論『いざ長年愛したゲームの延長戦だ!』という鼓動高鳴る高揚感は残っている*2

 

 とはいえ、何も考えずに飛び出して即ゲームオーバーになってもマヌケな話だ。

 自分一人だけならばいざ知らず、仲間も同様に転移しているこの状況。

 

 普通に考えてあの時ログインしていた全てのプレイヤーが同様に来ていてもおかしくない。

 となれば、異形種ギルドである我々が真っ先に討伐対象になっても不思議ではない。

 

 ましてやNPCたちが自我を持ち自律行動をしているように感じられる異常事態である。

 普通ではない。常識は投げ捨てて考えるべきだろう。

 

(……とはいっても、やることはあんまり変わらないかなぁ)

 

 ふぅ… と、コップを置いて一息ついたさくらもちはモモンガに自分の考えを告げた。

 

「……まぁ、軽く外を『散歩』してみようかと。……い、いいですかねぇ?」

「もちろん。ただ、充分に気を付けてくださいね?」

 

「……あ、ぁぃ。……モモンガさんは、その、どうします? ……なんて」

「そっすねぇ。俺はナザリックの点検かな… 『何が出来て』『何が出来ない』のか、とか」

 

「……な、なるほど。……ぷ、プロパティチェックは重要ですもんね。……う、うへへぇ」

 

 そうして互いに笑みを交わしていたが、ふとさくらもちが表情を曇らせた。

 

「で、でも… モモンガさん、大変じゃないです? だ、大丈夫ですか… 疲労とか…」

「だ、大丈夫ですよ! ホラ、俺ってアンデッドになったから疲れないみたいで…」

 

 その気遣いの表情に妙な居心地の悪さを感じたモモンガは、殊更に元気に振る舞う。

 

 しかし、それは逆効果であった。

 

 己の失策に気付いたモモンガは慌てて自分の口を抑えたものの、もう遅い。

 さくらもちは言葉を失い、責めるような眼差しでじっとモモンガを見詰めてきた。

 

「………」

 

 暫しの無言。

 下僕(シモベ)たちはそんな一触即発の空気を醸し出す至高の御方々をハラハラと見守る。

 

「あ、いや…」

「さっきから料理に手を付けてなかったのも、つまり『そういうワケ』だったんですか?」

 

「……はい。すみませんでした」

 

 バレていたのならば仕方ない。

 言い逃れは出来ないと観念したモモンガはとうとう白旗を上げ全面降伏をするに至った。

 

 深い深いため息を吐いて、さくらもちは腕を組んで顔を俯かせる。

 

「あの… あ、いや… その…」

 

 恐縮した様子のモモンガがためらいがちにさくらもちに声を掛けようとして断念する。

 

 基本おバカなさくらもちとて致命的に愚かではない*3

 モモンガが食事が摂れないことを伏せていたのは自分を慮ってのことと理解はしている。

 

 だからこそ、彼女は自分を責めるのではなく打開策を考えた。

 

 自分を責めるのは辛いし、しんどい。大事な仲間を責めるのも同様に辛く、しんどい。

 しかも出口の見えないネガティブの袋小路は気分をズンドコにまで凹ませてくる。

 

 そういう苦行をメンヘラコミュ障女としては避けたいのだ。心から。

 頻繁に自傷行為を繰り返すのも、極論、癖かあるいは他人を責めるためのもの。

 

 大事な仲間であるモモンガを責めるのも自分を責めるのも、さくらもちは避けたかった。

 

(……閃いた!)

 

 そうして、天の采配ゆえか。

 さくらもちは幸運にも、この事態を打開しうるある『妙手』を思い付いたのであった。

 

「さ、さくらもちさん?」

 

 急に顔を上げて席を立って近付いてきたさくらもちに対し、首を傾げるモモンガ。

 

「……モモンガさん、ちょっと失礼しますね」

 

 さくらもちの小さな指先がモモンガの白い骨の上腕部にそっと触れる。

 すると、モモンガの胸のうちにとてつもなく美味かつ風味豊かな味わいが広がった。

 

 明らかに先程までさくらもちが食べていた料理のそれである。

 

「! これは…」

「ふ、ふふ… うへへ。どうやら成功したようですねぇ、《共感(シンパシー)》と《共感覚(シナスタジア)》がぁ…」

 

 ──《共感(シンパシー)》と《共感覚(シナスタジア)》。

 

 どちらもユグドラシル時代ではあまり日の目を見ない付帯特殊能力であった。

 エルダー・ナイトメアの種族的特殊能力であったため、さくらもちは取得していたが。

 

 前者は自身の感じる感情を対象に向けて共有させるスキル。

 後者は種族や個体ごとに異なる感覚を変換(≒翻訳)し、受け取るためのスキル。

 

 要は【接続端子(コネクター)】と【変換器(エンコーダー)】のような関係なのだ。

 

 ……といえば聞こえは良いがどちらも設定上のフレーバー要素が極めて強かった。

 そのため、【ユグドラシル】時代では役立たずスキルの烙印を押されていたのだが…*4

 

「うっま! さくらもちさん、俺、こんな旨い料理食べたの生まれて初めてですよ!」

「う、うへへぇ… よ、よかったですぅ… じゃ、じゃあ、これも… あむっ」

 

「おおぅ… ジューシィかつまろやか。なんて美味さ。……今日まで生きてて良かったぁ」

 

 この謎に満ちた転移先ではNPCらの【設定】同様強い効力を発揮するに至っていた。

 少なくともアンデッドにまで味覚を付与するなど*5前代未聞である。

 

 今までになくはしゃぎ始めるモモンガを、下僕(シモベ)たちは心から微笑ましく見守る。

 

 最初は遠慮していたモモンガもあまりの美味しさに徐々に遠慮のたがを外し始めてしまう。

 とはいえ自分から提案したことと、さくらもちも嫌な顔一つせずあれこれと摘み始めた。

 

「じゃあ、さくらもちさん! 次はコレをお願いしてもいいですかね? コレを!」

「……はいはい。……う、うへへ。……お、お任せあれぇ。……ぱくっとなぁ」

 

「な、なんでこんなに濃厚な味わいなのに喉越しはスッキリしてるんだ… すごすぎる…」

 

 ただ、さくらもちにはたった一つだけ誤算があった。

 それは…──

 

(ど、どうしよう… そろそろお腹の容量が… でもモモンガさんをガッカリさせたくは…)

 

 この際ぶっちゃけると、さくらもちはアウラやマーレよりも食が細かったのである。

 あと微妙に好き嫌いも多かった。生肉やドレッシングやらが超苦手であったのだ。

 

 紫蘇(しそ)などのハッカ系も好まず、リアルでは成人を迎えていたが酒や煙草も(たしな)まなかった。

 そして今、自分の裁量で選べた先程までと違いモモンガの好みに合わせて取っている。

 

 さらに《共感(シンパシー)》と《共感覚(シナスタジア)》を彼に届けるためには、自ら口に運び摂取しなければならない。

 つまり、まぁ、その、なんというかさくらもちはピンチなのであった。

 

 ……色んな意味で。

 

(このままじゃ(リバース)してしまうです… 立派(?)な淑女(レディ)として、それは断固阻止せねば…)

 

 いかなメンヘラで、コミュ障で、ぼっち気質のどうしようもない(さくらもち)だとしても。

 彼女にだって淑女(レディ)としてのちっぽけなプライドは存在するのだ。易々と醜態は晒せない。

 

 笑顔を貼り付けたままどうしたものかと思案していたその時、彼女に電流が(はし)る。

 

(そうだ! なんかNPCたち、忠誠を誓うとか言ってたしフォローを頼めるんじゃ…)

 

 アインズ・ウール・ゴウンのNPCはプレイヤーに設定魔が多かったこともあり概ね優秀だ。

 もとい、『優秀であるという設定』をフレーバーテキストに盛り込まれていることが多い。

 

 以心伝心、とまではいかないまでもこちらの窮状を汲み取ってくれるかもしれない。

 

 一縷の望みを賭して、さくらもちはモモンガの目を盗みNPCにアイコンタクトを送る。

 ハッとした表情を浮かべ、アルベドが席から立ち上がった。

 

 よし、伝わった! と、さくらもちは内心で大きくガッツポーズ。

 

 アルベドはさくらもちに向けて首肯を一つし、そのまま一直線に彼女のもとへと向かう。

 

(わ、分かってくれたんですね。ありがとう、アルベドさん… 感謝します、アルベドさん…)

 

 あとはまぁ、頭が良いって設定のNPCのフォローに全力で乗っかるだけである。

 モモンガには悪いが食事の続きはまたの機会ということにして貰おう。

 

 そんな都合の良いことを考えて力を抜いたさくらもちの姿は隙だらけであった。

 

 アルベドはそのままノンストップでするりと間合いを詰める。

 そして身長差を埋めるように、カーテシーを行うが如き優雅な動きで顔を近付けてきた。

 

(……ん?)

 

 なんか様子がおかしいな? と思ったものの時既にアフター・ザ・フェスティバル。

 アルベドは名は体を表すかの如きさくらもちの桜色の唇に、自身のそれを合わせんと…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょぅわぁああああああああああああああああああああッ!?」

 

 間一髪。

 

 惚れ惚れするような見事な動きで残像すら映しつつ、さくらもちがその場を飛び退いた。

 そのままモモンガの背後に隠れてプルプルと震えている。

 

 盾にする気満々である。

 

「オオ、ナント見事ナ動キ、素晴ラシキポジショニング。流石ハさくらもち様」

 

 ナザリック随一の武人であるコキュートスすらも唸らせる動きの冴え。

 瞬きほどの刹那の間に展開された、なんとも鮮やかなそれに下僕(シモベ)一同感嘆の吐息を漏らす。

 

 やったね、さくらもち。信者が増えるよ。

 

「え? な、なんで? お、おかしいですよね? い、いきなり…」

 

 小刻みに振動しながらさくらもちがアルベドに物申す。モモンガを盾にしながら。

 そのもっともな問い掛けに下僕(シモベ)一同、大きく肯きながらアルベドを睨み据えた。

 

 至高の御方々に口付けをしたくなるのは分かる。それは仕方ない。

 誰だってそうだ。自分たちだってそうだ。*6

 

 だがしかし、実際にそれをしてしまったら犯罪である。

 断じて許される行為ではないのだ。

 

 ──YES至高の御方々、NOタッチの精神たれ。

 

 それが我ら栄えあるナザリック地下大墳墓の下僕(シモベ)たち一同の鉄の掟ではなかったのか。

 さくらもちが聞いていたら「滅びろ」と言いたくなるような想いを胸に目線に力を込める。

 

 しかし当のアルベドはそんな視線などどこ吹く風。悪びれもしないまま口を開いた。

 

「ご不快に思わせてしまったならば心よりお詫び申し上げます。この罰は如何様にでも」

「ぐぬぬ…」

 

「まぁまぁ… さくらもちさん、落ち着いて」

「……ぁぃ」

 

「しかしアルベド。なんだってこんなことをしたのか、理由を聞かせてくれないか?」

 

 アルベドは少し迷うような素振りを見せ、さくらもちに視線をよこす。

 さくらもちはモモンガを盾にしつつ『上等だよ言ってみろやぁ』とばかりに小さく頷いた。

 

 これによりアルベドの迷いは消えた。胸を張り背筋を伸ばして厳粛に宣った。

 

「私めが愚考致しますに、さくらもち様のお腹の容量はそろそろ限界に近かったかと」

 

「なんだって! それは本当かい?」

「……え? ……いや、まぁ、その。……ぁぃ」

 

 身構えていたものの思ったよりマトモな発言だった。というより概ね事実であった。

 秘密を暴露された気恥ずかしさからさくらもちはモモンガの確認に曖昧な表情のまま頷く。

 

「さくらもち様は、しかし、控え目なお人柄からそれを口に出せなかったのでしょう」

「なるほど、そうだったのか」

 

「モモンガ様の喜びに水を差すのは… と私めに合図を送られたのではないかと」

「なるほど、そうだったのか」

 

「ゆえに私めはさくらもち様がこれ以上召し上がる必要なきよう思案を致しました」

「なるほど、そうだったのか」

 

 流れるような説明にモモンガが「なるほど、そうだったのか」botと化している。

 さくらもちはちゃんと話を聞いているのか不安になりつつ事態の推移を静かに見守った。

 

 説明の仕方に若干の不穏は感じるものの大体あっている。口を挟むのもどうだろうと。

 

「そこで私めの味わった料理をさくらもち様にお伝えできるよう、妙案を試みたのです」

「? ……なるほど! そうか、《共感(シンパシー)》と《共感覚(シナスタジア)》か! 考えたな、アルベド!」

 

「お褒めに与り感謝の極み」

「くっ! なかなかやるようだね、アルベド。至高の御方々の意図を汲み即座に動くとは…」

 

「そのりくつでいきなりキスはおかしいとおもうんですが? ……ねぇ? きいてます?」

 

 アルベドの感覚をモモンガに転送することで彼は新たな料理を好きなだけ堪能できる。

 さくらもちもその控え目な胃袋を圧迫することなく中継ポイントとして活躍できる。

 

 まさに起死回生の妙手。

 アインズ・ウール・ゴウン守護者統括アルベド、その知略の面目躍如であった。

 

 種明かしで得心がいったと膝を打つモモンガと悔しげに眼鏡を持ち上げるデミウルゴス。

 渦中の人物のはずなのにさくらもちはこの場から取り残されていた。ものすっごい勢いで。

 

「そもそもキスじゃなくても… というか、他に《共感》と《共感覚》持ってる人とかは…」

「そんなんいるはずないじゃないっすか。あんなクソスキル」

 

「い、言い方ァ!? そ、そのクソスキルのお陰で料理堪能できたことお忘れなくぅ!?」

「あっはははは! めんごめんご」

 

「せ、誠意が微塵も感じられないぃ! 幾ら高級料理食べたからってご機嫌過ぎではぁ!?」

 

 途端、やいのやいのと場が騒々しくなる。

 そうなると我慢出来ないのが他の下僕(シモベ)たちだ。

 

Glück(グルック) ist(イスト) Liebe(リーベ), nichts(ニヒツ) anderes(アンダラス). Wer(ヴェア) lieben(リーベン) kann(カン), ist(イスト) glücklich(グルックリッヒ)*7.……愛こそ幸福なれば」

「あ、アルベドばかりずるいでありんす! わっちだって至高の御方々に奉仕を!」

 

「分かったわ。シャルティア、アウラ、そこに並びなさい。さくらもち様に届けてあげる」

「うぇっ!? わ、私… ってなんで唇近付けてくるのさ! さくらもち様ならまだしも!」

 

「ふむ、これがペロロンチーノさんがかつて夢見た百合の理想郷(ユートピア)。……私は良いと思う」

 

 何故か左手を上げて仰々しく宣言するモモンガ。

 一斉に畏まる下僕(シモベ)たち。

 

「いいわけねーだろ、骨」

「あいたっ」

 

 そんな彼の後頭部を遠慮がなくなったさくらもちがペチンと叩くのであった。

 そして、そんな隙を見せたのが(まず)かったのだろう。

 

 ──ガシッ! 

 

 アルベドだ。猛烈な力でさくらもちの肩を引っ張ってゆく。

 

「さくらもち様、どうか我らの味を受け取ってください。モモンガ様の御為にも」

 

「わ、わっちからは最上級のブラッドワインとブラッドソーセージとレアステーキをッ!」

「え、えーと… じゃあ私もドレッシングたっぷりの紫蘇サラダとか…」

 

「や、やめろぉ!? あ、頭の中で味がちゃんぽんされて… (にが)ッ、血生臭(ちなまぐっ)さッ!?」

 

 かくしてさくらもちの淑女は決壊するに至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やって、られっかぁ──────!!!」

 

 下僕(シモベ)たちにもみくちゃにされ、尊厳を凌辱された悪夢のような饗宴より少し後。

 さくらもちは心の底から咆哮していた。

 

 普段のボリューム控え目かつ自信なさげなつっかえ言葉は鳴りを潜めている。

 

「はっはっは! お疲れ様でした、さくらもちさん。だいぶ打ち解けられましたね?」

 

「ど、どこがですかぁ!? 目ン玉腐ってんですかぁ!?」

「すんません、今の俺、目ン玉ないもので。あ、コレ、アンデッドジョークですよ」

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 HAHAHA! と笑い出すモモンガを無言のままぺちぺち叩くさくらもち。

 彼女にとっては残念なことに微々たるダメージしか与えられていないようだが。

 

「もーやだ! ナザリック地下墳墓(こんなトコ)にいられるか! 私、出奔(いえで)させてもらいますからっ!」

「あ、はい。お散歩ですね? 朝食の時間までに戻ってきてくれると俺が嬉しいです」

 

「うへ、うへへ… モモンガさんの… モモンガさんの、ポン骨野郎ォ──────!!!」

 

 仲間の気遣い(?)を背に受け号泣しながら駆け出す。

 ついにはデミウルゴスの制止も振り切り、さくらもちは自由な世界へと旅立つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おそらきれい」

 

 そして迷子になった。

 どうしてこうなった。

 

「おねーちゃん、どうして泣いてるの? どこからきたの?」

 

「わからない。……もう、なにもかも」

「た、たいへん! おねーちゃーん! おかーさーん! しらないおねーちゃんがー!」

 

 某日、現地住民(幼女)に保護される至高の御方の姿がとある村で見掛けられた模様。

 悲しい出来事でしたね。

 

(ちゃうねん… ユグドラシルと勝手が違うから… そう、これは事故… 不幸な事故…)

 

 とめどなく流れるこの涙はきっと初めて見上げたこの澄み渡る朝焼けのせいに違いない。

 ……そう信じながら、彼女は『感動』の涙を垂れ流し続けるのであった。

*1
臭みを抜いたツキノワグマやヒグマなどの手足を使った高級中華料理。特に美味なのは蜂蜜を採るために用いられる左の前足だとか。

*2
まぁモモンガさん心臓ないんですけどね。なんか赤い玉はあるけど。

*3
精々が企業が世界を支配するディストピア社会でサービス終了するゲームのために辞表を叩きつける程度にしか愚かではない(震え声)。

*4
だからこそ異形種の中でも夢魔(ナイトメア)系は極めて人気が低かったという裏事情がある。

*5
これまでその必要もなかったとはいえ

*6
その瞳は澄んでいた。

*7
「愛とは幸福以外の何物でもなく、故にこそ愛ある者は幸せなのだ」という意味のドイツの格言。





「わたひ… ぐすっ、あの下僕(いじょうしゃ)どもとうまく付き合えない…!」

「泣かないで、さくらもちちゃん」
「がんばろう、さくらもちちゃん」

現地住民幼女… 一体何ムさんなんだ…
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