夢魔の主~或いはナザリック地下墳墓のメンヘラコミュ障ぼっち~   作:(๑╹◡╹)ノ

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ナザリック心得その6.『思い込むな、決め付けるな』

「はぁ…」

 

 デミウルゴスはひたすらに凹んでいた。

 理由は勿論さくらもちを止められずに、未知の外界へとフライアウェイさせてしまったこと…

 

 

 

 ばかりではない。

 

「私は思い上がっていたのだろうか。……いや、事実としてそうなのだろうね」

 

 ナザリック地下大墳墓を飛び出していった、さくらもちとのやり取りに起因する。

 沈痛な面持ちとともに彼デミウルゴスは先程のやり取りを追想するに至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さくらもちが自身の領域内を通りがかる。

 それは良い。むしろ光栄なことだ。

 

 しかし、到底見過ごすことの出来ない大きな問題点が一つあった。

 

 鼻歌交じりで*1未だ危険度すら定かならざるナザリックの外に赴かれようとしていたのだ。

 

「お、お待ち下さい! さくらもち様! 一体どちらへ!?」

「……わ、私ですか? ……これから一人で散歩をするつもりで、その」

 

 至高の御方が単身でナザリック地下大墳墓外に御出でになるなど言語道断。

 デミウルゴスにとってそれを見過ごすことなどできようはずもない。

 

 お考えを改めるよう懇願し、護衛部隊の編成を提言するのは至極当然のことであった。

 

 さくらもちはデミウルゴスの発言が終わるまで口を挟まず最後まで静かに聞いてくれた。

 そして穏やかな笑顔を浮かべたのだ。

 

 不敬ながらこちらの心配が通じたものとデミウルゴスは喜色の笑みさえ浮かべた。

 

 

 

 

 ……それが大いなる勘違いなどと想像だにしないまま。

 

「……デミウルゴスさんの仰りたいことは分かりました」

「で、では…!」

 

「私、一人で散歩をしたいと言ったばかりですよね? 聞いてました? よね?」

 

 その心底穏やかな、まるで春の微風のような笑顔が… 彼にはなによりも恐ろしかった。

 何故気付かなかったのだろう。

 

(……今やさくらもち様の瞳の色は永久凍土もかくやとばかりに冷え切っているではないか)

 

「デミウルゴスさんにとってはおバカな私の希望なんて即却下に値するものなんでしょうが…」

「そ、そのようなことは決してッ!」

 

「……うへ、うへへ。……最後まで聞くまでもなく、私の言葉は否定して良いものなんですねぇ」

 

 決して器用とはいえない、いびつな笑みが形作られる。

 いつしかその瞳はドロドロの濁りを宿している。

 

 普段は伏し目がちな瞳が、赤黒いドロドロのそれが、真っ直ぐデミウルゴスを射抜いてくる。

 それがたまらなく恐ろしかった。

 

 考えに足らぬ発言で怒りを買うのは悲しいが已むを得ない。

 取るに足らぬ存在だと失望されるのだって身を裂くほどに辛く苦しいが耐えてみせよう。

 

 だが、しかし、それでも… 『敵と認識される』のはきっと死ぬよりも恐ろしい。

 

 至らぬ身なれど、忠義を疑われることは、その存在理由の全てを否定されるに等しいのだ。

 だから自然、言葉を重ねていた。

 

「は、憚(はばか)りながら御身を心配してのこと。その御身体に僅かの危難も及ぼしたくないのです」

「………」

 

「無礼の段は心より謝罪申し上げます。如何なる罰とて甘んじて受けましょう。ですが、どうか」

「………」

 

「どうか、私めの取るに足らぬ意見にお耳を傾けていただきたく…」

 

 腰を折り曲げて捧げられた頭に視線が痛いほど集中しているのを肌で感じる。

 比喩表現抜きで水溜まりが出来るのではないかというほどに汗をかき、『その時』を待つ。

 

 そして、視線の圧力がふっと和らいだ。

 

「……まずは、頭を上げてください」

「はっ」

 

 小柄な少女の身体なのに、至極つまらなそうな表情で『見下ろされて』いた。

 この身体に一体どれほどの圧力を秘めているのか。

 

 そんな些細な疑問など浮かべるに能わぬまま、デミウルゴスは次の言葉を待つ。

 

「……幾つか、お伝えしたいことがあります」

「はっ」

 

「まず、これは飽くまで私の考えなので、どう受け止めるかはデミウルゴスさんの自由です」

「それは… いえ、承知致しました」

 

 なによりも敬愛すべき主君の言葉を何度も否定する訳にはいかない。

 声を荒げるのを抑えているのであろう、努めて深呼吸をしながらさくらもちは言葉を紡ぐ。

 

「まず最初に… 私は『絶対に死にたくない』なんて言った覚えはないんですけど…?」

「!?」

 

「当然、そのためにあなた方になんらかの意見を求めたこともありませんよねぇ…?」

「そ、それは…」

 

「まぁ、それは別にいいんです。死にそうな人がいたならば止めるのは普通のことですしねぇ…」

「ご、ご理解を賜り恐縮の至りです…」

 

「ただ、私はともかくモモンガさんを差し置いてだいぶ好き勝手言ってくれましたよねぇ…?」

 

 心当たりがない。

 宝石で作られたその瞳を白黒させんばかりのデミウルゴスにさくらもちは追撃する。

 

「勝手に一人で外を出るなとか、護衛部隊を付けろとか、そういうルールありましたっけぇ?」

「そ、それは…」

 

「『それは…』どうなんですかぁ!? さも当たり前のように言っていましたよねぇ!?」

「い、いえ…」

 

「知らない私がおバカなだけなんですかぁ!? モモンガさんは知ってるってことですかぁ!?」

「そ、そのようなことは決して…」

 

「なんなんですかぁ! モモンガさんが仲間はずれにするような人だってことですかぁ!?」

 

 勝手な『俺ルール』を制定され従うよう強要されたと受け止め、ついには爆発する。

 

 彼女にとって勝手な判断で勝手に動かれるのはまだ良い。許せるのだ。

 困りはするものの、それだけだ。アルベドの奇行の数々も困りはするが許せる。

 

 無論のこと、尻拭いさせられるならば勘弁して欲しいと思いはするけれど。

 それにしたってうんざりはするものの怒りはしない。伊達に長いこと社畜をやってないのだ。

 

 しかし、それが『あなたのため』とかいう下らないお題目になってくると話は別である。

 それは人生で色々経験してきたさくらもちにとっての地雷ワードに他ならない。

 

 そういった人種は耳障りの良い言葉で自分を縛り、従わねばすかさず責めてくる。

 そして自発的な、当人らにとって満足の行く反省をするまで決して解放してくれない。

 

 さくらもちにとって、そういった存在は今までのそう長くない人生上において全て敵であった。

 ただ一人の例外もなく*2。

 

 そしてデミウルゴスはなんか良く分からない忠誠の儀とやらを勝手に捧げてきてこれなのだ。

 彼女にとってそれは理解の埒外(らちがい)であった。

 

 メンヘラの沸点は低い。なによりも束縛を嫌い、そして攻撃性が極めて強い。

 そして他者から攻撃されたと感じれば、即座に敵認定をする。

 

 後はもうネガティブ思考の坩堝(るつぼ)に陥るばかり。

 妄想が妄想を呼び悪感情が醸成(じょうせい)され続けてゆくのだ。

 

 言うまでもなく迷惑な存在である。

 こんな存在がコミュニティに溶け込もうというのが土台間違っているのだ。本来ならば。

 

 しかしながら絶対的な上下関係が存在する場においてはその論理、いや、暴論は通ってしまう。

 少なくとも、ナザリック地下大墳墓内のNPCたちに対しては。

 

「い、いえ… 全て、至らぬ私めの独断でございます…」

「へぇ… つまり私は勿論モモンガさんの気持ちすらあなたにとっては判断材料にならないと?」

 

「………」

 

 返す言葉もなくデミウルゴスは項垂(うなだ)れる。

 部下たる魔将たちも至高の御方の勘気を前に怯えて縮こまるばかり。口を挟めるはずもない。

 

 さくらもちは怒り狂っていた。

 

 当たり前のようにこちらの行動を制限し、閉じ込めようとしてくる彼の言動に。

 モモンガにやめろと言われたならば渋々従っていただろう*3。

 

 しかし曲がりなりにもモモンガの許可を得ての行動になんで水を差されなければならないのか。

 彼らはあくまで自称ながらも、『忠実な部下』という触れ込みではなかったのか。

 

 これでは、一体どちらが…──

 

 

 

 

 そこまで考えて、さくらもちの思考に天啓が閃いた。

 

(……ははぁん! 読めちゃった! 読めちゃいましたよぉ!)

 

 視界を覆っていた不快な靄が取り払われていくような感覚に心からの笑みが浮かんだ。

 なるほど、このやり取りは不幸なすれ違いによるものだったのだと全て理解できた。

 

「あぁ! うへ、うへへへぇ… なるほどぉ! そ、そうだったんですねぇ!」

「……?」

 

「……よ、ようやく分かりましたぁ。……うへへぇ。……わ、私ったらおバカでごめんなさいぃ」

「さ、さくらもち様…?」

 

「あなたの方が偉いんだから黙って言うこと聞いてろと… そ、そういうことですよねぇ…?」

 

 だって、自分のような存在に誰かが忠誠を誓うということがそもそもおかしかったのだ。

 分かってしまえばなんてことはない、たちの悪いドッキリのようなものだったのだ。

 

 有能な存在が自分に傅(かしず)いてきたのは謎が深まるばかりだが高度なプレイのようなものだろう。

 どうせおバカな自分が考えたところで正しく『下手の考え休むに似たり』というもの。

 

 そう考えたからこそ、さくらもちは澄んだ瞳で眼の前の『偉い人』からの言葉(さしず)を待ち続けた。

 

「………」

「………」

 

 しかし、反応はない。

 あまりにもあまりな『結論』ゆえに、デミウルゴスは暫しの放心を余儀なくされていたのだ。

 

「? ……じゃ、じゃあなにもないなら私は行きますねぇ。……お叱りがあるならまた後ほどぉ」

 

 結局待てど暮せど反応が返ってこなかったため、さくらもちは一人で外に出る。

 なにか問題があれば後ほど叱責されるだろうという気楽な考えのまま。

 

 デミウルゴスのメンタルに決して消えることのない大きな傷を刻み込んだ自覚もないままに。

 

 卑屈であり、他者の感情に極端に怯えながらも、それを斟酌(しんしゃく)しない。

 譲れない信念や掲げるべき王道など存在しない。プライドだってない。

 

 ただ自身の自由を阻害する敵には牙を剥き出し敵対心を顕わにし、攻撃を躊躇わない。

 傲慢にして臆病、そういった二律背反たる感情の持ち主こそがさくらもちであった。

 

 さくらもちは異形種と成り果てるより以前から、そんな怪物であったのだ。

 ……少なくとも、その精神性においては間違いなく。

 

 結果、デミウルゴスは貰い事故… 災難を被る羽目となってしまった。

 

 彼の抱く懸念や捧げた提案に大きな間違いはなかったであろう。

 しかし、その経験値の少なさからメンヘラの地雷と沸点の低さを読み損ねてしまった。

 

 これは、ただ、それだけの話であった。

 

 本来、失策とすら呼ぶべきではないそれこそが彼の失策であったのだ。

 そのために、己が領域に取り残されて独(ひと)り項垂(うなだ)れる結果と相成ったわけである。

 

 

 

 

「おや、そんなところで黄昏(たそが)れて一体どうしたんだ? デミウルゴス」

 

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

 ナザリックの点検がてら通りがかったモモンガは、目ざとくそんな彼に声を掛けるのであった。

 

「モモンガ様…」

 

 捨てられた仔犬のような哀愁漂わせた様に、内心で驚きの意を示すモモンガ。

 これはさくらもちと何かあったな、と思い*4殊更明るい声音で再度言葉を掛けることにした。

 

「おお、そうだ! おまえさえ良ければだが、これからちょっと一杯付き合ってくれないか?」

 

 お猪口を傾けるようなひょうきんな仕草を取る骸骨(モモンガ)。

 

 言うまでもなく、さくらもちなしでは物の味が分からなくなった彼に本来嗜好品は必要ない。

 そして、そんなモモンガの気遣いを正確に汲み取れぬほどにデミウルゴスは愚昧(ぐまい)でもない。

 

 デミウルゴスは深々と礼をすると、淀みない動きでショットバーへの案内を務めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第9層『ロイヤルスイート』内ショットバー。

 

 ここは他のエリアと異なり、敢えて広くし過ぎない間取りで席もカウンターに8つ程度。

 照明も綺羅びやかなそれではなく、寄り添うような静かな灯りを宿している。

 

 まさに一握りの常連が通うような隠れた穴場的スポット。

 雰囲気を楽しむための落ち着いた空間を演出するよう設計されたことは想像に難くない。

 

 そんな中、デミウルゴスから一部始終を聞いたモモンガは愉快げに喉(骨)を鳴らした。

 

「ははは、そんなことがあったのか。それは災難だったなぁ、デミウルゴス」

「……まこと、己が身の不明に恥じ入るばかり。……どうか、私めに厳罰を。……モモンガ様」

 

 今なお深く項垂れているデミウルゴスは用意された酒杯に手を付ける気配すらない。

 

 カラン、とグラス内の氷を鳴らしながらモモンガが静かな笑みを浮かべる。

 琥珀色の液体が室内の穏やかな灯りを照り返し、幻想的な煌めきを放つ。

 

 アンデッドとして飲食を摂るにも不自由する身体となったが風情を感じる心は残っている。

 ならば、これはこれで悪くない。

 

 そんなことをぼんやりと考えながら言葉を紡いだ。

 

「……罰? なんだってそんなモンをおまえに与えなきゃならんのだ?」

「それは、無論…」

 

「この件、どっちが悪いかと聞かれればそりゃ勿論さくらもちさんさ。子供じゃないんだから」

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は社会人専用のギルドである。

 当然、社会人である以上はそれ相応の振る舞いが求められるというもの。

 

 翻ってデミウルゴスから伝え聞いたさくらもちの振る舞いはどうなのか? 

 全てにおいて落第点である。擁護の余地もない。

 

 モモンガから見ればそれもまた『彼女らしさ』だが、それは身内目線の贔屓目というもの。

 デミウルゴスの立場からすれば災難もいいところだ。心から御愁傷様と申し上げたい。

 

 カラカラと笑みをこぼすモモンガにデミウルゴスは驚愕の表情を隠せない。

 

「伝えるにしたってもう少しやり方ってモンがあるだろうさ。なぁ、デミウルゴス?」

「は… いえ、それは、その…」

 

「はは、すまんすまん。おまえにとって少しばかり答えにくい問い掛けだったかも知れないな」

「………」

 

「まぁ、まずはおまえもグラスに手を付けてくれよ。折角のバーなんだからさ」

 

 モモンガの言葉に従い、デミウルゴスはおずおずと酒杯を手に取った。

 それを見て、モモンガは改めて笑みを浮かべる。

 

「そうだ、それでいい。さっきから俺一人楽しんでるみたいで如何にも間抜けだったんだ」

「そのようなことは…」

 

「ははは、デミウルゴスは主人を立ててくれる良い部下だなぁ」

「あ、ありがたき御言葉…」

 

「けどな、こういった酒の席でくらいはもう少し砕けてくれても良いんだぞ?」

 

 落ち着いた室内が穏やかな物腰のモモンガの言動を後押ししてくれる。

 

 モモンガはリアルでは『使われる側』の人間であった。

 部下などいた記憶がないし、彼自身、幾らでも替えがいる社畜の一人でしかなかった。

 

 それでも、彼自身にとっての理想の上司を思い描くことくらいはできる。

 

(……まぁ分からないなりに、な。手探りなのは俺だけじゃない、みんな一緒だろうさ)

 

 そんな存在『らしい』振る舞いで場の空気を保つことに腐心した。

 

 何もかもが突然過ぎる、そんな事態に放り込まれたことは否定すまい。

 しかしそれは自分たちプレイヤーばかりではない。

 

 彼らNPCにもどこか浮き足立った空気があることを、モモンガは如実に感じ取っていた。

 自分一人の転移ではない心強さ。そして自分以上に慌てふためいてくれる彼女(さくらもち)の存在。

 

 それはきっと言葉で言い表す以上に、モモンガの内面に勇気と冷静さをもたらしていた。

 

(なんかアルベドだけいい空気を吸っている気がするが… まぁ、それはいいだろう。うん)

 

 隙あらばさくらもちにセクハラをキメようとしている気がする。勘違いじゃなければ自分にも。

 

 なんであんな挙動しているんだろう? タブラさんの設定によるものだろうか? 

 多分、なんかしょーもない設定でも長々と書き連ねていたのだろうと思考の隅に追いやって。

 

 そんなことを考えつつモモンガは、しかし、いよいよある種の爆弾を投下することにした。

 

「……だがなデミウルゴス、こう言っちゃ悪いが俺もあの人の気持ちが少しは分かるよ」

「!?」

 

「いや、繰り返すがおまえは悪くないんだぞ? ……理屈じゃなくて感情面の問題だからな」

「そ、それは一体どのような…」

 

「ははは、そう難しく考えないでくれ。まぁ贔屓目と言われれば、それまでなんだがな…」

 

 言葉を区切る。少しの沈黙。

 対するデミウルゴスは身を乗り出し、真剣にモモンガを見詰めている。

 

 その金言、一言一句たりともを決して聞き逃さないとばかりに。

 己が不明によりさくらもちの不興を買ったという、その過ちを二度と繰り返さぬためにも。

 

 やがて意を固めたのかモモンガが再び口を開く。

 

「……なぁ、デミウルゴス。おまえの中で俺たちは一体どういった存在だ?」

 

 虚を突かれる。

 

 揺るぎなき『答え』を下賜されるものと、デミウルゴスは思っていたからだ。

 しかし、至高の御方の問い掛けに対し彼の中で『答えない』という選択肢は存在しない。

 

 故に、寸毫ほどの間の後に思い付く限りの称賛の言葉とともに所感を述べてゆく。

 

 ──賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力を兼ね備えた方。

 

 ──他者の心に寄り添いながらもその背を以って進むべき道を指し示される方。

 

 ──端倪すべからざる御方。

 

 ──慢心や油断を誰よりも戒められ、その身であらゆる全てを解き明かす方。

 

 あらん限りの賛辞の言葉にモモンガは思わず内心で苦笑してしまう。

 自分はおろか、疑心暗鬼の塊のさくらもちをこうまで褒め倒せる語彙力には感心しかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、そうか。ありがとな」

 

 一通りの美辞麗句を相槌を打ちつつ聞き遂げてから、区切りの良いところで礼を言う。

 そうして、彼は『本題』に入った。

 

「じゃあ、おまえはおまえの中の俺と眼の前の俺… もし齟齬が生まれたならどっちを取る?」

「……は?」

 

「尊重してくれるのは嬉しい。きっとおまえたちの中の俺はさぞや立派な存在なんだろうさ」

 

 カラン、と幾分小さくなったグラスの中の氷を揺らす。

 

「けれど、勝手な思い込みを押し付けられるのは… 少しばかり息苦しいかな」

「………」

 

「あぁ、いや、違うか。……ロクに言葉も交わす前から決め付けられるのは、『寂しい』んだ」

 

 ──ちっぽけな俺の、つまらない、個人的な感情だよ。これは。

 

 そう嘯(うそぶ)いてから、モモンガは照れ隠しに酒杯を口元で傾けてみせた。

 ……やはり飲めない。

 

 骨と、服と、カウンター席を僅かばかり濡らしただけのそんな無意味であろう仕草。

 しかしデミウルゴスは主人のそんな仕草にどうしようもない『温かみ』を感じた。

 

「きっと俺たちは、これから沢山間違えて沢山すれ違うだろう。完璧じゃあないんだから」

「………」

 

「そんな時にみんなと一緒にやり直せる在り方を、俺は、俺たちはこれから見付けていきたい」

「……私に、出来るでしょうか」

 

「出来るとも。……それが『アインズ・ウール・ゴウン』なんだから、出来ないはずがない」

 

 臆面もなく言い切った。おまえもその一員なのだから出来ないはずがない、と。

 

 異形種狩りによってどうしようもなく追い詰められていたあの頃。

 ユグドラシルというゲームそのものが嫌になりかけていたあの時期にやり直す機会が得られた。

 

 当時は名こそ違ったが、それこそが今のアインズ・ウール・ゴウンに続く原点だったはずだ。

 少なくともモモンガはそう信じている。

 

 だったら出来ないはずがない。

 あの時たっち・みーたちに救われたように、今度は自分たち自身の手で。

 

 立ち向かえるのだ。この新しく巡り会った運命に。

 

「こんな状況下だけど俺たちの関係は始まった。なら、これは一つの機会なんじゃないか?」

「……全て、全て仰るとおりかと存じます」

 

 頑なであった自分の心をその溢れんばかりの慈悲深さで優しく溶かしてくれた。

 ばかりか、手を差し伸べて優しく導いてくれるのだ。

 

 そんなモモンガの尊い在り方に、デミウルゴスは溢れる滂沱の涙を止められずにいた。

 ともすれば嗚咽により耳汚しになるであろう言葉を必死に紡ぎ、首肯を以って応えとする。

 

 その無礼を咎めるでもなく、モモンガは優しく見守ってくれていた。

 

「ただ、これはあくまで俺個人の考えだ。他の人には他の人なりの考えがあるだろう」

「そのようなことは… いえ、そうかもしれませんね」

 

 誰もが触れれば涙を流さずにはいられないお考え。

 しかしながら、それを決して強要したりしない慈悲深さ。

 

 今やデミウルゴスは至福の感情に包まれていた。

 

 この場に立ち会えたことを。

 そして自らが存在できた喜びを存分に噛み締めながら。

 

「さくらもちさんにも… 無論おまえたちにも、それを押し付けるつもりなんてない」

「……はっ。私たち自身の目でそれを見極め判断していくことが肝要、ということですな」

 

「そのとおり」

 

 何処までも理解が早く、優等生なデミウルゴスの回答にモモンガは破顔する。

 禍々しい骸骨にしか見えないその容貌が、今は何処か優しく暖かく感じられる。

 

「……承知致しました。交流を交わします間により深い敬意を抱くことも考えられますが?」

「じっくり見た結果、やっぱり俺たちをすごいって思ってくれるなら、それはそれで嬉しいよ」

 

 ──ま、そうなっちゃったら少しばかり照れくさいけどな。

 

 頬を掻くその仕草からはモモンガの… いや、鈴木悟の『人間臭さ』が感じられるのであった。

 そして、終わりの時間がやってくる。

 

「……悪いな、長々と時間を取っちゃって」

「何をおっしゃいますか。何物にも代え難い一時を賜りましたことに限りない感謝を」

 

「どうだろう? おまえの中の俺は、こんな情けないことを言う人間だったかな?」

 

 冗談めかして微笑むモモンガに、デミウルゴスは言葉を返す。

 

「正直に申し上げまして、私めの想定の範囲外ではありました。己の不見識を嘆くばかりです」

「ははは、夢を台無しにしてしまったならすまないな」

 

「……いいえ、いいえ。そんなあなた方『だからこそ』私はその手足としてお仕えしたいのです」

 

 満足げなどこかスッキリとした表情のデミウルゴスを見送って、モモンガは吐息を一つ。

 

(なんとかフォローは出来たかな? ……怪我の功名、というヤツかもしれない)

 

 今の段階で衝突が発生したことはむしろ運が良かったと言えるだろう。

 

 さくらもちは難しい性格をしている。それは間違いない。

 しかし、今回の件は勝手な『盲信』をぶつけてきたNPCたちにも問題があったと見ている。

 

 自分一人ならば刺激しないように流れに乗っていったかもしれない。

 けれどもさくらもちの場合はそうはいかない。この衝突と爆発は必然であったと考える。

 

 そもそもさくらもちは自らをグズだバカだと散々にこき下ろしているが、決してそうではない。

 少なくともモモンガにとっては違うのだ*5。

 

 やまいこら女性メンバー*6との仲が良かっただけのマスコットではないのだ。

 ぷにっと萌えの戦略に物申したり、るし☆ふぁーの行動を僅かながら制御することもできた。

 

 特に後者はあの飽き性の彼(るし☆ふぁー)にレメゲトンを完成させたことからも窺える大偉業である。

 

(そもそも、さくらもちさんの性質上『単独のほうが生存性が高い』んだよなぁ…)

 

 正確に言うと種を知っていれば倒し易いが滅ぼし切るのには難儀する、といったところか。

 それを説明しても良かったが、能力で可否を決めていては後々面倒の種となってしまう。

 

 やはり感情面での説得が一番効率的だったように思える。

 

 それもそこそこ発言力が高いであろうデミウルゴスにそれが出来たことは幸先が良いと言える。

 

(……ま、調整役こそがギルド長の務めか。そこは甘んじて受け入れるとしよう)

 

 あまりにも合理性を重視する『人間らしくない』自分の変化に苦笑しつつ席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……モモンガさぁん』

 

 その時、《伝言(メッセージ)》が入る。

 さくらもちである。

 

 散歩にしては長かったがタイミング的にちょうど良い塩梅だろうか。

 

『そ、その… じ、実は私… さっき、デミウルゴスさんにひどいこと言っちゃってぇ…』

「あ、知ってますよー。ついさっきまで俺なりにフォローしておきましたから安心してください」

 

『ほ、ホントですかぁ…!?』

 

 おそらくパァッと輝かせた表情をしているであろうことは想像に難くない。

 笑みを噛み殺しつつ、モモンガは言葉を続ける。

 

「えぇ、ホントですよ。でも、後でさくらもちさんからも謝っておいてくださいね?」

『……ぁぃ、あい! ご迷惑おかけしてぇ。……ネム師匠に教わった花冠もあげときますぅ』

 

「(ネム師匠…?)フフッ、良いってことですよ。さて、お話については以上ですか?」

 

 懸念していた仲直りについても無事に穏便な形での解決ができそうだ。

 

 激しやすいがあまり後に長引かせないのがさくらもちの美点である*7。

 そもそもが彼女自身、自分が悪いという自覚や後ろめたさも感じられる人間なのである。

 

 ……その後ろめたさすらも悪感情の燃料にするから始末に負えないのだが。

 

『あ、それとは別に1つ報告したいことがありましてぇ…』

「おっ、なんでしょう?(ネム師匠とやらについてかな? 現地人と仲良くなりました、とか)」

 

『なんかスレイン法国って人たちが殴りかかってきたんで全員寝てもらったんですけどぉ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにしでかしてくれてんだテメェ」

 

『ぴぇん!? ……だ、だってぇ! 向こうからいきなり殴りかかってきたんですよぉ!?』

 

 迷える同胞(なかま)の救援要請(ヘルプコール)に、先程一人の下僕(シモベ)を導いた死の支配者(オーバーロード)は頭を抱えるのであった。

*1:
お散歩出来る喜びにご機嫌が急回復していた模様。

*2:
無論、そういった結果になるのにはさくらもちに性格上の数々の問題点があったことは言うまでもないが。

*3:
まぁ有能社会人であるモモンガさんはさくらもちの面倒くさい性質をよく理解しているのでその辺は上手くとりなしていただろうが。

*4:
正解である。

*5:
ちょっと被害妄想強めでブチギレたら後先考えずに破滅的な行動を取るのはちょっとなんとかして欲しいと思っているが。

*6:
やまいこ、餡ころもっちもち、ぶくぶく茶釜、さくらもちの4名のこと。特に餡ころもっちもちはさくらもちにとってギルド加入の橋渡しとなってくれた恩人であったこともあり仲が良かった。

*7:
そもそも怒るのが良くないって? ……まぁ、それは、うん。

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