夢魔の主~或いはナザリック地下墳墓のメンヘラコミュ障ぼっち~   作:(๑╹◡╹)ノ

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ナザリック心得その7の1.『人にやさしく』

 晴れ渡る美しい青空。

 森を挟んだ向こう側にカルネ村を臨む大平原には、今、爽やかな風が吹き抜けている。

 

 文献に残るピクニックなるものをさくらもちならずとも思わずしたくなる陽気であろう。

 そんな中、彼女は…

 

「なるほど、すばらしい! 全て貴女様の仰るとおりです、ぷれいやー様!」

「……どういうことだ? さくらもち殿はやはり特別な存在なのか?」

 

 マッチョな男二人の間に挟まれて迫られていた。

 

 方や金髪を短く刈り揃えた生真面目な雰囲気を纏った隙のない佇まいの神官戦士。

 方や歴戦の武人といった威厳を持つ黒髪に顎髭を蓄えた精悍な顔立ちの剣士。

 

 いずれもさくらもちとは少々(かなり?)年齢が離れているが顔立ちは整っている。

 そんな二人に挟まれているのだ。モテモテである。

 

 構図だけならばまさに『薔薇の間に挟まる空気読めてねー女』であった。

 

「おそらきれい」

 

 当のさくらもち本人は現実逃避気味に死んだ目で澄み渡る青空を仰ぎ見ていたが。

 

「愚か者、ガゼフ・ストロノーフ! ぷれいやー様の御名(みな)を気軽に呼ぶでない!」

「ほう、それは失礼をした。なんせ平民上がりで学がないものでな」

 

「フン、分かれば良い! 礼を知らぬのであれば精々分は弁えることだな!」

「だが我が国を不当に侵犯し、殺戮の限りを尽くした貴殿には言われたくはないがな?」

 

「なんだと!?」

「いいか、ハッキリ言っておく。勘違いするなよ、陽光聖典ニグン・グリッド・ルーイン」

 

「貴様ぁ…」

「俺は今、さくらもち殿の顔を立て貴様に斬りかからないでやっているだけなのを忘れるな!」

 

「ちょ、ちょっと! すとぉーっぷ! け、喧嘩してても話進みませんので… うへへぇ…」

 

 愛想笑いを浮かべたさくらもちがおろおろと仲裁すれば途端に男二人は大人しくなる。

 ……互いにそっぽを向きながら、であるが。

 

 剣士ガゼフと神官戦士ニグンの仲は(一部取り返しがつかないほどに)悪いようである。

 

(どうでもいいけれど私を間に挟んで喧嘩しないで欲しい… 私に仕切らせないで欲しい…)

 

 気分は「私のために争わないで!」である。全くもって嬉しくない。泣きたくなってくる。

 

(こういう状況に胃を痛め調停するのはモモンガさんの分野のはず… どうしてこうなった…)

 

 半べそを浮かべながら、さくらもちはこの状況に至るまでの経緯を振り返るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下墳墓を飛び出したさくらもちはあてもなく彷徨(さまよ)っていた。

 といっても、それ自体に別に困る要素はない。

 

 ユグドラシルを遊んでいた頃より、漂泊(ひょうはく)流離(さすら)(びと)となることはままあったからである。

 しかし、こうまで全く心当たりのない光景が続くとなると話は別。

 

 ぐるりと見渡しても、地形や植生にさくらもちの知る限りで合致するそれは思い出せない。

 

(ゲーム世界に入り込んでしまった… のではなく、どこぞへ転移したんですかねー…)

 

 そういえばセバスたちに外の偵察に向かわせたもののその報告は受け取っていなかった。

 せめてモモンガが後からそれらを受け取っていることを願うばかりである。

 

「……はぁ」

 

 完全に自業自得とは言え、さくらもちは我が身の迂闊さに人知れず大きなため息を吐く。

 とめどなく溢れてくる自己嫌悪が止まらない。

 

 胃がムカムカしてくる。

 

 いかな重度のメンヘラをキメてるさくらもちとて誰彼構わず噛み付く狂犬ではない。

 突発的に爆発する地雷にしか見えずとも彼女なりのルールは存在する。

 

 つまり自分が悪いなと思ったなら、人知れず反省をすることくらいはできるのだ。

 それを表に出せない性分故、他者からは勝手に落ち込んでるようにしか見えないのだが。

 

 それでも不器用ながら自罰的な心持ちで胃のムカつきと戦っていると…──

 

 

 

 

 

「……おや?」

 

 少し開けた場所に出た。

 

 周囲の粗末なあばら家からは人の生活の気配が伝わってくる。

 そこは、さくらもちから見れば村と呼ぶことすら(はばか)られる原始的な小集落であった。

 

 払暁の頃合い、夜が終わり始めて空が紫色に変わり始めようとしている時刻。

 いかに村人の朝が早いといえどまだ動き出す気配はなく。

 

 そんな時間帯に戸を叩いて声を掛けるのも、さくらもちには躊躇われた。

 

(そう… 今はタイミングが悪い… もう少し機を見計らうのです…! ……キリッ!)

 

 付近の茂みに身を隠し、観察を続けた。

 

 ……暫くして、村人たちが動き出す気配がし始めた。

 各々、畑道具を手にして家族と語らいながらそれぞれの持ち場に向かっている。

 

 素朴だが各々のなすべきことをなす良き村人のようである。

 そして、この集落の人々が起き始めたことでいよいよさくらもちはどうしたかといえば…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(機をみはかららら… む、無理ぃ…! あんな沢山の人*1の前に出るとか無理ぃ!?)

 

 案の定ヘタれていた。

 

 茂みの陰から動けないまま、途方に暮れていた。

 メンヘラコミュ障にとっては同時に百名規模を相手取り会話をするのは少々荷が重い。

 

 最初に動くのは1人、2人であって欲しかったなどと勝手なことを考えている始末。

 

(もう帰っちゃおうかな… モモンガさんには集落発見しましたって報告して。……あっ!)

 

 そこまで考えて、どうやってここまでたどり着いたのかイマイチ覚えてないことに気付いた。

 

 迷子であった。

 紛うことなき迷子であった。

 

 小さな集落の片隅で頭に葉っぱを付けながら茂みの陰でコソコソと臆病に隠れている。

 至高の御方の姿か? これが。

 

「………」

 

 さくらもちは自分の情けなさに思わず泣きたくなった。

 思わず天を仰げば今や夜明けの時は終わり、視界には綺麗な青空が広がっていた。

 

 嫌い。嫌いなのである。誰よりもまず自分自身が。

 

 胃がムカムカする。

無理無理無理。

 つらい。

苦しい苦しい苦しい。

 しんどい。

助けて助けて助けて。

 

 恥に塗れた生き様なれど、この状況の責任を誰かに押し付けるほど恥知らずでもない。

 

 傲慢にして繊細、(しか)して不器用。

 おおよそ生き難さの極致にありながらも、なんの間違いか身に衣を纏って歩き出した存在。

 

 それがさくらもちという存在であった。

 

「おそらきれい」

 

 つぅ… と、頬を伝う涙。

 澄み渡る青空を以ってしても、いや、空が美しければ美しいほどに自己嫌悪に沈みゆく。

 

 勝手に飛び出しながら勝手にドン底まで落ち込む最悪のマッチポンプの完成である。

 当然こんな地雷まみれのメンヘラ女に進んで近付く物好きなど存在しない。

 

 あとはトコトンまで自己嫌悪に塗れてから情けなさを堪えモモンガに迎えをお願いするばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのはずであった。

 

「おねーちゃん、どうして泣いてるの? どこからきたの?」

 

 しかし、いかなる因果か偶然か。

 さくらもちの発したそのか細い嘆きの声が、一人の村の少女に届いた。届いてしまったのだ。

 

 じめじめと腐りゆくばかりだったさくらもちは無理矢理に表舞台に引っ張り上げられる。

 

「わからない。……もう、なにもかも」

「た、たいへん! おねーちゃーん! おかーさーん! しらないおねーちゃんがー!」

 

 そして、どこか他人事のように煤けた笑みを浮かべながら彼女は『保護』されることとなった。

 年端も行かぬ現地人の赤毛のおさげにした少女(幼女?)によって。

 

 じめじめ沈んでいた彼女… さくらもちを見付け出すという、奇跡のような偶然によって。

 

 

 

 

 

* * *

 

「まぁまぁ… こんな可愛らしいお嬢さんを見付けてくるなんて、ネムったら」

「……あ、その、恐縮ですぅ」

 

「王都からやってこられたのですかな? 従者の方が見えるまでゆっくりなさると良いでしょう」

「……う、うへへ。……まぁ、その、どもです」

 

「都からきたの? ネムねっ、最初お花の妖精さん見付けたのかなってびっくりしたんだぁ!」

 

 花の妖精は言いすぎである。

 

 さくらもちはあれよあれよという間に親切そうな夫妻の家へと案内されていた。

 その服装やら佇まいから都会のお嬢様だと判断されたようだ。

 

 ちなみに案内してくれた幼女の名はネム。その両親がエモット夫妻とのことである。

 つまりこの幼女のフルネームはネム・エモットということになるのだろうか。

 

 そしてネムには一人の姉がおり…──

 

「ちょっと、お父さん! お母さん! もう、さくらもちさん困ってるよ!」

 

 今さくらもちの前にスープを置きながら夫妻を窘めた明朗快活な少女が姉のエンリであった。

 

 年の頃は15,6歳といったところか。

 少し癖のある金髪に整った顔立ち。さくらもちと異なり女性らしい丸みを帯びた身体付き。

 

 夫妻によれば*2、エンリとネムは村一番の美少女姉妹と評判らしい。

 

(ひょえっ… か、顔がいい… 転移してから美形しか見てないぃ。……あ、骨はノーカンで)

 

 さくらもちも*3その意見に大いに賛同していた。

 といっても顔を真っ赤にしながら、首を激しく上下に振り蚊の鳴くような小さな声で…

 

「ゎ、わたしも… そ、そう思いますぅ… え、エンリさんもネムさんも… とっても可愛くて… か、顔が良くて… す、素敵ぃ…」

 

 とつぶやいただけだが。コミュ障特有の挙動不審な謎動作である。

 

 しかし、それがかえって良かったのだろう。

 貴族か裕福な商家の娘さんらしくもない気取らぬ姿勢にエモット家一同大いに好感を抱く。

 

「なにもない村ですが、どうぞさくらもちさんの気の向くままにご滞在くださいませ」

 

「さくらもちさんにとっては不足でしょうが、ネムを案内に付けさせますので」

「はいっ! ネム、ちゃんとカルネ村をあんないしまーす!」

 

「もう、3人とも! ……ごめんなさい、さくらもちさん。ネムと遊んでやってくれませんか?」

 

 そのスープは昨晩味わった料理より遥かに素朴だったが、負けず劣らず美味しく感じられた。

 

「……ぁ、あい! わ、私なんかでよければ喜んでぇ!」

 

 ネムが都会からきたお嬢さんを案内して回ってるという噂は一瞬でカルネ村全域に広まった。

 都会のお嬢様にこんななにもない村の案内なんて… と思ったのも束の間のこと。

 

「そこは3日前にミッキーが落とし穴を掘った場所なので注意しましょー!」

「はいぃ、ネムさん! と、ところでミッキーさんとはどなたでしょう?」

 

「ミッキーは白くて大っきなワンちゃんです。おかーさんはむく犬さんとゆってました!」

「な、なるほどぉ! べ、勉強になりますぅ!」

 

「えっへん! わからないことがあったら、なんでもネムにきいてくださいねっ!」

 

 ネムのおしゃまな物言いにも嫌な顔一つ浮かべず全力で相槌を打ちながら会話を楽しみ。

 

「じゃあ、今日はこのお花畑で… おはなのかんむりの作り方をでんじゅしましょー!」

「わぁ! ありがとうございます、ネム先生… いえ、ネム師匠!」

 

「えへへ… ネムししょーをしんじついてきてください! さくらもちさんもきっとできます!」

「はいっ、ネム師匠! が、がんばりますぅ!」

 

「えっへん! ネムししょーのてもとをよくごらんくださいねっ!」

 

 気立てよく笑顔を振り撒き歩くその姿は、あっという間にカルネ村の評判となる。

 図々しいお願いだったかと心配していたエモット夫妻とエンリの懸念は一気に払拭された。

 

 ……むしろさくらもち(サイド)がネムに全力で攻略されていたのはここだけの話であるが。

 

 お花畑とは名ばかり。村の片隅の『花もつける』雑草の吹き溜まりのような場所である。

 それでもさくらもちにとっては生まれて初めての『お花畑』である。

 

 そこに彼女は腰を下ろして、手に泥をつけながら花冠作りに楽しく悪戦苦闘するのであった。

 

 されど好事(こうず)()(おお)し。

 こののどかなカルネ村を凶刃が襲わんとしたのは、まさにそんな時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三 三 三

 

 男はこの胸糞の悪い任務に辟易としていた。

 

「……くそったれが」

 

 人類守護のためというお題目は掲げられているが、この虐殺に果たして大義はあるのか。

 

 国が驚異と見做すただ一人の剣士を確実に屠るために罠を仕掛けるのは良い。

 まだ理解できる。真正面からアレと戦えと言われたならば命が幾つあっても足りない。

 

 ならば一度で確実に仕留めるために罠を仕掛けるのは当然のことだ。

 国にとって残念なことに、相手は何度もチャンスをくれる無能ではないのだから。

 

(……しかし、それにしたってもう少しやり方というものがあるだろうによ)

 

 対象の属する国と緊張関係にある別国の兵士に扮して周辺各村を焼き払う。

 それも徹底的に虐殺をして口を封じた上でだ。そうして獲物が釣れるまで待ち構える。

 

 不幸にも選ばれてしまった村々には、男が知る限りでは何の罪も存在しなかった。

 その日の営みを細々(ほそぼそ)(まかな)うだけの質素な暮らしぶりが(うかが)えるばかりであった。

 

 将来が楽しみな愛くるしい子どもたちがいた。

 結婚を控えた希望に溢れる若い娘がいた。

 

 今際の際にも神に祈りを捧げる敬虔なる老人がいた。

 我が子を守るためにその身を盾にする男がいた。

 

 みんな、みんな、手にした剣で命を奪った。

 一切の容赦や情けなく。(あまね)く全てを殺し尽くした。

 

 男は自分が死後地獄に落ちるであろうことをこの上なく実感していた。

 

 そして男の嫌悪感を否応なく高めたのはこの作戦たちの『同僚』たちであった。

 彼らは積極的に無抵抗の者を甚振(いたぶ)り、若い女性を(なぶ)り始めた。

 

 この糞みたいな作戦を実行するうちに壊れてしまったのか。

 はたまた、タガが外れて本性が剥き出しになってしまったのか。

 

 それは最早どうでもいいし、どうであっても今更取り繕えることではない。

 

 重要なのは男が仲間だった彼らに心底失望し、軽蔑の念を抱いてしまったこと。

 仲間へ向けるあからさまな蔑視は男を決して長生きはさせてくれないだろう。

 

 戦場に身を置く職分であればなおのこと。

 ……剣や弓矢は正面からのみ襲ってくるとは限らないのだから。

 

 けれども、男はそんな周囲の目などお構いなしに一層殺戮に没頭することになる。

 まかり間違って生きてしまったらもっと悲惨な目に遭う。そう理解してしまったから。

 

 せめて尊厳だけでも護ってやるために。

 

 口汚く悪態を吐き、血と泥に塗れながら地獄を作り出す道化者。

 それが自分。何処までも無力な自分なのだと嘲笑いながら。

 

 そうやって殺戮に精を出す自分が自国のお題目を果たして笑えるのだろうか。

 顔を歪め、澱んだ気持ちで剣を振るう。これが最後の虐殺だと信じながら。

 

 一心不乱に任務に没頭する彼の姿を上官が密かに評価していたのは皮肉であったが。

 

 そして深い森を抜け、最後の村… カルネ村に到着する。

 到着してしまった。

 

 ここでも標的が釣れなかったら作戦の見直しのため一度本国に帰還する手筈になっている。

 男は標的であるリ・エスティーゼ王国随一の剣士ガゼフ・ストロノーフに人知れず祈る。

 

(これが最後の任務、か… どうかこの村で待ち構えていてくれよ、ガゼフ・ストロノーフ…)

 

 そして自分をどうか斬り捨てて欲しい。こんな卑劣な作戦ごと叩き潰して欲しい。

 心底恥ずべき存在として、唾棄するように。

 

 いや、ガゼフが罠に絡め取られて命を喪うことになってもそれはそれで良い。

 

 いずれが勝つにせよ村への破壊工作は中断させられることになる。

 標的が現れてなお殺戮に没頭するほど同僚たちも思考能力を捨ててはいないはずだから。

 

 その隙に追うのが割りに合わなくなるほど遠くに村人が逃げてくれることを祈るしかない。

 

 しかし、男の密やかな期待は裏切られることになる。

 男の上官たる陽光聖典は若いが有能な男であり、ガゼフの属する王国は腐りきっていた。

 

 ガゼフ・ストロノーフは間に合わない。

 

 森を抜けた男の目にはのどかな村の光景と花遊びに興じる二人の少女の姿が映った。

 

(ガゼフ・ストロノーフは間に合わなかったか… どうする? 待つか? ……いや!)

 

 男は、自分が部隊の中で恐らくいの一番に森を抜けたのだろうという自覚はある。

 虐殺が始まるまでに幾ばくかの時間は残されていることだろう。

 

 だがしかし、それでもだ。

 

 花畑の少女の一人を目にしてギリギリまで標的を待つという考えは捨てざるを得なかった。

 

 噂で聞く王国の黄金姫ほどではなかろうが整った顔立ち。

 黒く艶やかな長い髪と、雪のように白い肌。一目で分かるほどに細やかで上等な(こしら)えの装い。

 

 同僚らの目に触れれば彼女がどんな末路を辿ってしまうか、火を見るより明らかだろう。

 

「……くそったれが」

 

 この作戦に従事して以降、お馴染みとなった悪態を吐きながら男は剣を抜いた。

 音を殺しながら、それでいて素早く死角より忍び寄る。

 

 こちらに気付かず手元で花を弄んでいる幼い少女の背中に一閃。

 少女は声もなく倒れ伏せた。……苦しみは少なかったと、男は信じたかった。

 

 くしゃくしゃに顔を歪めながら男は、呆然としているもう一人の少女のもとに駆け出す。

 

(……本来ならば叫び声をあげぬよう、喉元を抑えるのが常道だが)

 

 男は、少女の『目元』を抑えてその白く細い喉に剣を突き立てた。

 せめて最後の記憶が安らかな花遊びのそれであって欲しいと願いながら。

 

 言うまでもなくこれは欺瞞(ぎまん)である。なんの慰めにもなりはしない。

 

 未だ剣を通して脈動を伝えてくる少女の喉元で、剣を(ねじ)りながらとどめを刺した。

 剣を引き抜けば、真紅の血潮が花畑を染め上げる。

 

 幼い少女と黒い少女。二人分の血で赤く染め上がる花畑。

 

 それがどうしようもなく、これまで自分が踏みにじってきたあらゆる全ての暗示に思えて。

 男は嗚咽を漏らしながら、涙をこぼし続ける。

 

「すまない… すまない… すまない…っ!」

 

 戦端が開かれたにしては些か静かな村の中で、嗚咽混じりの懺悔がいつまでも続いていた。

 

 三 三 三

 

 

 

 

 

 

「すま、な… むにゃ…」

 

「このおじちゃん、森から出てきたと思ったらいきなり寝ちゃってどうしたのかな?」

「え? えー… う、うへへ… なんででしょう…? つ、疲れてたのかなぁ…?」

 

 さくらもちはそう言いながらすっとぼけた。

 

 真っ赤な嘘である。

 心当たりありまくりであった。

 

 さくらもちはユグドラシルにおいて夢魔の主(ナイトメアロード)という種族クラスを取得していた。

 当然、死者の主(オーバーロード)の『負の接触(ネガティブ・タッチ)』と同様に種族的特徴とも言えるスキルを所有している。

 

 それが『夢魔の香気(ナイトメア・フレグランス)』である。

 

 これは自身に敵意を抱く対象が近付いた時に睡眠状態に陥らせる自動迎撃スキルである。

 自動的かつ無差別に発動するため使い勝手が悪いかと思えば()にあらず。

 

 高(レベル)の存在には基本的に弾かれるものの多少の能力低下(デバフ)をお見舞いできる。

 それに加えて種族:夢魔(ナイトメア)の配下に属する者たちの能力を一律強化(ブースト)することもできるのだ。

 

 流石に《共感(シンパシー)》と《共感覚(シナスタジア)》のみで手切れとするほど運営も非情ではなかったのだろう。

 ……まぁ、後者は基本ぼっちであったさくらもちにはあまり関係のない能力であったが。

 

 とはいえ、これが発動したということは『敵意を抱かれた』ことに他ならない。

 

「えっと、ネム師匠… この人の手に持ってる鉄の棒で叩かれたら普通の人は…」

「しんじゃいます」

 

「で、ですよねぇ…?」

 

 つまり、なんか知らないが彼は殺しにかかってきたということになる。

 

 師匠であるネムの態度からしても異世界特有のちょっぴり物騒な挨拶という線は消え去る。

 ということはこのカルネ村は、現在襲撃を受けているということになる。

 

「よ、よく分からないけれど… わ、私がなんとかしないとぉ…!」

 

 ネムたちエモット家には恩がある。エモット家が大切に思っているであろうカルネ村にも。

 ならばいかにヘタレのさくらもちと言えど立ち上がらぬ理由はない。

 

 ()くしてさくらもちは何故か村に攻め入ろうとする兵士をちぎっては眠らせちぎっては眠らせ。

 異世界転移モノでありがちな無双シーンを心ゆくまで堪能することと相成る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……す、すごく地味ですねっ! これ!)

 

 なんせ相手の攻撃ターゲットに入れられた時点で自動発動なのだ。やることがほぼない。

 そもそも単なる種族的特徴なのだからこういう絵面になるのも仕方ないのだが。

 

 もっとこう、派手な戦闘シーンとかあっても良かったのでは? 

 いや、戦端が開かれて本格的に事を構えたくはない以上はこの対応が正解なのだが。

 

 ちなみにこの《夢魔の香気(ナイトメア・フレグランス)》、範囲も限定的なためギルメンにはあっさり封殺されたりする。

 特に鳥人(バードマン)であり狙撃手(スナイパー)でもあるペロロンチーノとは相性が悪すぎることこの上なかった。

 

 閑話休題。

 

 流石に種族的特徴に任せるだけではなく《夢遊病(ザムナンビュリズム)》などを使い補助もこなした。

 

 この《夢遊病(ザムナンビュリズム)》はユグドラシルにおける第五位階の魔法である。

 眠りについた者を自在に操る魔法で、その者の魔法やスキルを使うよう命じることも出来る。

 

 その気になれば情報を吐き出させることだって可能である。

 使いようによっては強力な効果を発揮することは疑いようがない。

 

 それでも眠りが解除されれば術も解けるため一般的には欠陥魔法と認識されていた。

 初心者ならばいざ知らず上級者ならば状態異常対策などして当然の心得だからだ。

 

 そんな対策されやすい魔法が第五位階という事実が、その使い勝手の悪さを物語っていた。

 

 しかし、そんな欠陥魔法でも武装の解除や広場への集合くらいは命じられる。

 後は村人*4らからロープを借りて、彼らをふん縛り転がすだけの簡単なお仕事である。

 

 見事カルネ村襲撃事件を乗り切ったが、さくらもち視点では大したことはなにもしていない。

 こんなことで手柄を誇るほど厚顔無恥にはなれないのだ。

 

「へ、兵士のみなさん… なんか、その、疲れてたみたいですねぇ… うへ、うへへぇ…」

 

 結果、笑って誤魔化すことになる。

 

「ふむ、不思議なこともあるものですなぁ…」

 

 村長がカルネ村を代表してその言葉に答える。

 

 無論カルネ村の人々は、さくらもちがなにかをしてくれたのだという事実を察してはいた。

 しかし善行を積んでなお驕らぬその謙虚な姿勢に感心し、無理に暴く野暮を避けたのだ。

 

 ……勘違いであるが。

 

「しかし、見たところこの兵士らの鎧は隣国バハルス帝国のもの… よもやついに侵攻が…」

 

 己が顎を撫でながら深刻そうな表情で村長がつぶやいている。

 さくらもちもシリアスな顔を浮かべながら頷いた。

 

「あ、ぅ… バハルス帝国ですよね? 知ってる、知ってますよぅ…。あのでかいドラゴンの召喚獣的な…」

 

 それはバハムートである。

 ちなみに巨大な竜として扱っているのは、ほぼ某有名国産RPGシリーズのみである。

 

 さておき。

 

 そんなさくらもちの浅い知ったかぶりを村人の誰かが指摘する前に果たして状況は動いた。

 突如として武装した騎兵が50名ほど、大挙してカルネ村に立ち入ってきたのだから。

 

 ようやくカルネ村の人々に慣れた頃に数十名が御代わりされて、思わず硬直するさくらもち。

 

「私はリ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。話を聞きたいのだがよろしいかな?」

 

 王国戦士長というおそらく偉い立場であろう人が、平穏無事な村を見渡し声を掛けてきた。

 何故かさくらもちを真っ直ぐ見詰めながら。真っ直ぐ見詰めながら。熱視線である。

 

 種族的特徴《夢魔の香気(ナイトメア・フレグランス)》が反応しない以上敵意がないことは分かる。

 分かるのだがじっと見詰められるのは些か居心地が悪く、止めて欲しいと切に願うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 彼の説明によると、王命を受けて近隣を荒らし回る帝国騎士討伐の任に就いていたそうだ。

 対人能力に難のあるさくらもちに代わり対応を買って出てくれた村長には感謝しかない。

 

 このまま穏便にフェードアウトしたい。あわよくばネム師匠との花冠作成作業に返り咲きたい。

 

「なるほど、事情説明に感謝する。……して村長、そちらの方は?」

 

 ダメでした。フェードアウト失敗である。さくらもちは泣きたくなった。

 

「えっ、あのっ… わ、私さくらもちと言いまして… その、なんの取り柄もない通りすがりの一般人でして… ご、ごめんなさいぃ…」

 

 ひゅいっ、と息を呑みながら小声でまくし立てる。視線を合わせることが出来ない。

 

 威厳のある立派な人、社会的地位のある人が怖い。特に男性が怖い。

 どこか自分が惨めな気分になってしまうのだ。何故か責められている気分になってしまうのだ。

 

 そんな人間には社会では怒鳴られてきた経験ばかりだったから。

 ガゼフと名乗った男は下馬し、ゆっくりとさくらもちに近付いてきた。

 

 そして、ギュッと目をつむるさくらもちに対して…──

 

「この村を救っていただき、かたじけない。……本当に、本当に感謝する!」

 

 そう言って頭を下げたのであった。

 

「……へ?」

 

 これに驚いたのはさくらもちであった。

 

 王国戦士長がいかなる身分にあるのか定かではない。

 それでも分からないなりにとても偉い人であろうことは雰囲気で伝わってくる。

 

 なのに、そんな人が自分なんかに向かって頭を下げてきたのだ。

 慌てるのは当然であった。

 

 さくらもちは盛大にキョドりながら言葉を紡ぐ。

 

「あ、いや、私は別に大したことは何もしてなくてですね、あのその… みなさんのお陰で…」

 

 しまいには言い訳にすらならない戯言(たわごと)を繰り出す始末。

 そんな仕草を謙遜と受け取ったのか、ガゼフやその部下たちが温かい笑みを浮かべる。

 

 ポツポツ言葉を交わすうちに、しかし、さくらもちも落ち着いたのか淡い笑顔を返した。

 

「その… ネム師匠たちや、村のみなさんを助けられて… あの、良かったです…」

「あぁ、まことにさくらもち殿のおかげであろう」

 

「あ… あのあの、それと…」

「……む?」

 

「お、王国戦士団のみなさん… 一生懸命駆け付けてくれて、ありがとうございました…」

 

 そして、そう言って深々と腰を折り曲げてお辞儀する。

 これにはガゼフたち王国戦士団はもとより、カルネ村の人々も揃って目を丸くした。

 

「いや、しかし、我々は貴殿がいなければ間に合わなかっただろう?」

「……ま、間に合わなかったら出立する意味はありませんか?」

 

「それは…」

「わ、私はそうは思いません。……あ、あなた方は万が一の可能性に賭けて出立したんです」

 

「………」

「そ、それで… 見事に間に合ったのだと… わ、私はそう思います… うへ、うへへ…」

 

「……そうか。貴殿は、さくらもち殿は不甲斐ない我々にそう言ってくれるのだな」

 

 瞑目し、感慨深げにガゼフはそう独り言ちた。

 

 ここまで遅きに失して既に焼き払われた多くの村々を目にしてきた。

 貴族の妨害を受け出立が遅れに遅れてしまったことなど、彼にとって言い訳になりはしない。

 

 それでも一縷の希望にすがって出立を強行したのはひとえに王国の民を護りたいがため。

 

 信頼する部下たちに貧乏くじを引かせてしまったことを心より申し訳ないと思いつつ。

 たとえ壊滅間近の状況であろうと、怨嗟の声とともに石を投げられようが後悔はなかった。

 

 それが最後の一人であろうと救えるのであれば、後悔などあるはずがない。

 

 しかし今、独力で村を救った実力者から認められたのだ。ガゼフは胸中で感嘆の吐息を漏らす。

 

(無私の精神で人を救い… 己が事より人の在り方を認め、讚える… これが聖女か…)

 

 いいえ、ただのメンヘラコミュ障ぼっちです。

 

 さくらもちからすれば真っ先に褒められ讃えられるべきはガゼフたち王国戦士団であった。

 なんせ彼女がいた西暦2138年の世界における行政の腐敗・凋落は目を覆わんばかり。

 

 たとえ事件が起こっても駆け付けることなど極めて稀。

 駆け付けるにしても基本は提出書類の記入が楽になるからと粗方終わってからの出動と相成る。

 

 いざ来たら来たで、点数稼ぎのためになんの関係もない通行人を捕縛することもしばしば。

 

 腐っているのである。

 

 民の窮状を憂えて取るものも取りあえず出動したガゼフらの爪の垢を煎じて飲ませたい。

 そもそも状況を知ってしまえばたまたま通りすがった自分がでかい顔をするのは据わりが悪い。

 

「だ、だから… ガゼフさんたちは、その… 胸を張ってくださいぃ…!」

 

 ゆえに、さくらもちは落ち込んでるっぽいガゼフたち王国戦士団を精一杯励ました。

 

 これから自分たちはこの世界で暮らしていくことになるのだ。おそらく否応なく。

 ならばお役人さんのモチベーションを下げるような振る舞いは厳に戒めるべきであろう。

 

 徹頭徹尾自分のためである。

 

 しかしそんな内心を知らぬ戦士団とカルネ村の人々に、さくらもちの言葉は胸に響いた。

 

「……ありがとう、さくらもち殿。私も、もう少しがんばってみるよ」

 

 万感の思いを込めて、ガゼフはそう言葉を紡いだ。

 

「? ……はい。がんばって、ください?」

 

 さくらもちはそこまで畏まられる理由が分からずに、首を傾げながらそう返すにとどまったが。

 

 というより、なんやかんやでそんな暇もなかったが気付けば良い時間である。

 そろそろどんな形であれモモンガに連絡を取った方が良いだろう。

 

 ユグドラシルの時みたいに《伝言》は使えるだろうか? 

 そんなことを考えながら失礼にも会話を聞き流しているさくらもちの前でまた騒動が起きた。

 

「戦士長! 村の周囲に複数の人影発見! 包囲するような形で接近しつつあり…」

 

 またぞろ厄介ごとの気配である。

 

 どうやらこうやってガゼフたちと会話をしている隙に村は包囲されていたようだ。悲しい。

 ちょっとカルネ村攻められ過ぎでは? などと失礼なことを考えてしまう始末である。

 

(……さて、どうしましょうか)

 

 さくらもちはどうしようかと考える。

 

 いずれにせよ、モモンガと交信を試みて相談の上で決定するのがベターであろう。

 この場で《伝言》を使うのも難なので、隙を見て離脱の上で使いたいところだが…──

 

 考え込んだ様子のさくらもちを見てどう判断したのか、ガゼフは彼女に語りかける。

 

「……さくらもち殿、私に雇われないか?」

「えっ? あ、はい? や、雇う? な、なんで?」

 

「戦士長!?」

 

 予想だにしなかった言葉を投げ掛けられて盛大にキョドるさくらもち。

 

 一方、そんなガゼフに対して戦士団やカルネ村の面々は責めるような視線を寄越す。

 快く自分たちを護ってくれた気の良い乙女*5を危険に晒すのは良心が咎めるのだ。

 

(たお)やかな乙女にこう言うのは気が引けるが、あなたはかなりの実力の持ち主と見受ける」

「え? い、いやぁ~… ど、どうなんでしょう… 上には上がいる世の中ですしぃ…」

 

「恥を忍んでお願いする。報酬は満足が行くまで支払うと約束しよう! どうかご助力を!」

 

 ぶっちゃけさくらもちのガゼフらへの好感度はかなり高いといって差し支えない。

 高圧的に接してもおかしくない身分の男性が、自分なんかを丁重に扱ってくれたのだ。

 

 助けることについてはやぶさかではないが、モモンガと相談してから決めたいのが本音である。

 自分の行動を引き金に戦争とかそういうことになったら合わせる顔がないというものだから。

 

 だから今すぐに返事を出せと言われても困るのだ。

 

「う、う~ん…」

「それにこういう言い方はしたくないが我等が(たお)れれば、連中は次はこの村に牙を剥くだろう」

 

「あ。じゃあ、やります。雇われます」

 

 決まり手、ネム師匠。

 さくらもちは即座に手のひらを返すのであった。

 

(仕方ない。モモンガさんには一段落してから連絡しますか… あ、死んだらごめんなさいね)

 

 こうなった以上、さくらもちも腹をくくる。

 

 ながら運転は危険である。

 ジッサイ古事記にもそう書いてあるような気がする。

 

 片手間に通信しながらことに挑むのはいくらなんでも慢心し過ぎの所業であろう。

 

「しつこく頼んでおいてなんだが… 本当に良かったのか? さくらもち殿」

「そっちから退路を断っておいて何を言ってるんですかぁ… うへへ…」

 

「む。それは、そうなのだが…」

「実際心配なのはこの村の人々のこと*6でしたので… 精一杯やれるならいいかなって…」

 

「さくらもち殿…」

「まぁ、流石に死んだら責任の取りようもないですし結果的に悔いもなくなりますし?」

 

「さくらもち殿… すまない… すまない…!」

 

 深々と頭を下げるガゼフに対し、さくらもちはちょっと不器用な卑屈な笑みを返す。

 

 ──まぁ、死んだら死んだでその時はその時で。

 

 それがユグドラシル時代から一貫する変わらないさくらもちの基本的なプレイ精神である。

 そしてそれは『リアルでの人生』以上に重きをなす彼女の人生哲学の根幹でもあった。

 

 やるだけやって死んでしまったならば、カルネ村の人には悪いが諦めてもらうより他はない。

 

「私たちを信じて村に残るも良し、私たちを囮にして村から逃げるも良し、ですよ。村長さん」

「うぅ、さくらもち様… やはり聖女か…」

 

「うへ、うへへぇ… や、やだなぁ… 『様』付けなんて私なんかには荷が重すぎますからぁ…」

 

 ──ていうか聖女ってなんだおい。そんなもんになった覚えはないんですけど!? 

 

 声なき声(セルフツッコミとも言う)がさくらもちを蝕む。

 

 気付けば手を組んで祈りを捧げる者まで現れる始末。

 さくらもちはいつも通り全力で状況に置いていかれていたのであった。

 

 そんな彼女にぶっきらぼうな言葉を投げ掛ける者がいた。

 

「……やめておけ、さっさと逃げるんだ。どうせかないっこない」

 

 カルネ村の人々か? ──否。

 ガゼフたち王国戦士団の者たちか? ──否。

 

 それは縄で雁字搦めにされている、この村を襲ってきた戦士の一人であった。

 花畑で戯れるネムとさくらもちを襲おうとした、あの男であった。

 

「今この村を包囲しているのは陽光聖典だ。少しでも実力差が理解できるなら逃げるんだな」

 

 それでどれだけ生き延びられるか分からないがむざむざ全滅するよりはマシだろう? 

 皮肉げに顔を歪めながらそう(うそぶ)くと、男は「くそったれが」と悪態を吐いた。

 

 陽光聖典。

 

 スレイン法国が誇る神官長直属の特殊工作部隊たる『六色聖典』、その一角である。

 その名を聞いて、勇敢な王国戦士団の騎士たちが揃ってその表情を青褪めさせた。

 

「よ、陽光聖典だと… まさか、そんな大物が来ていたなんて…」

「噂によれば隊員は揃って第三位階以上の魔法が扱えるとか… か、勝てるはずがない…!」

 

「………」

 

 ガゼフだけは気付いていた。この一連の破壊工作が自身を誘い出すための罠であることを。

 しかし法国の、しかも、六色聖典まで来ているとは。

 

 誰もが言葉も発することも出来ず、絶望的な雰囲気に包まれた*7その場に…──

 

「う、うへっ… うへへへへ… うへへへへへへへへ… あはっ、あはははははははぁ!」

 

 ただ一つの哄笑が響き渡った。

 

 誰もが目を剥いた。

 この絶望的な状況に気が狂ったのかとさえ思った*8

 

 そのただ一つの哄笑の主、さくらもちはゆるりと男の前に移動する。

 そして、腰を深く深く折り曲げる。

 

 互いの吐息がかかるほどにその顔を近付けさせながら。

 

「アンタ、なにを…」

「……あなた、私に似てますねぇ?」

 

「………」

「なにもかも思い通りにならない世界に絶望して、なによりも無力な自分に苛立ってる…」

 

「だったら… なんだってんだ…」

「うへ、うへへへ… うへへぇ… べぇつぅにぃ…? ただ、『似てるなぁ』ってぇ…」

 

「……くそったれが。なにが聖女だ、とんでもねぇバケモンじゃねぇか」

 

 再び悪態を吐かれる。

 しかし、それすらも愉快で愉快でたまらないといった様子でさくらもちは一層笑みを深めた。

 

 いつもの不器用でいびつなそれではなく。

 まるで月に描かれた弧がそのまま映し出されたかのような美しくも凄絶(せいぜつ)な笑みを。

 

「ただ、覚えておいてくださいねぇ…?」

「……なにをだよ」

 

「いつだって、世の中に『私たち』の想像なんて儚くぶち壊されるってことを… うへへへぇ…」

 

 聖女などととんでもない。

 既にどうしようもないほどにさくらもちは壊れきっている。

 

 目の前の男とそのやり取りに気付いたガゼフは、人知れず身震いをするのであった。

 

「……さぁ、いきましょうか。みなさん」

 

 そう言うや否やさくらもちは朗らかに笑いながら森に入り、その先頭を突き進む。

 赤黒くドロドロに濁り切った瞳が、今やまるで一条の星を取り込んだかのように煌めいている。

 

 スレイン法国が誇る陽光聖典との対峙の時は、すぐ間近にまで迫っていた。

*1
ざっと見て百名超。

*2
親の欲目は多分に含まれるだろうが

*3
他の村人などロクに見てもいないなりに

*4
主にエモット夫妻

*5
驚くべきことに、カルネ村の人々や王国戦士団の人々から見れば現状のさくらもちはパーフェクトな聖人である。アンジャッシュって怖い。

*6
あとモモンガとの通信とか。

*7
みんなの心の癒やし、ネム師匠を除く。

*8
みんなの心の癒やし、ネム師匠を除く。

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