夢魔の主~或いはナザリック地下墳墓のメンヘラコミュ障ぼっち~   作:(๑╹◡╹)ノ

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ナザリック心得その8.『みんなの居場所を忘れるな』

 ぎぃこぎぃこ。

 トンテンカン、トンテンカン。

 

 平和なカルネ村に(のこ)金槌(かなづち)の音が響き渡る。

 

 ぎぃこぎぃこ。

 トンテンカン、トンテンカン。

 

「ふぅ… 色んな仕事こなしてきたが大工にゃ縁がなかったもんだからどうにも慣れねぇ」

「いやさ、中々のモンじゃねぇの? こりゃこっちも負けてらんねぇな!」

 

「兵士さんがたー! 良かったら冷たい水でも飲んで休憩なさってくださいなぁ!」

 

 それぞれの指揮官のもと、急ピッチで粗末な柵をこしらえる王国戦士団と陽光聖典。

 彼らは玉の汗を拭いながら村人から提供された冷たい水に喝采をあげる。

 

「え、塩分も取ってくださいねぇ… は、蜂蜜漬け檸檬もどうぞぉ… うへへ…」

 

「おお、さくらもち様! これはありがたい!」

「うぅむ、美味い! 一仕事の後のこの菓子はなによりの馳走ですな! はっはっはっ!」

 

「うへ、うへへぇ… 別にお菓子でもないようなぁ… あ、いや、なんでもないですぅ」

 

 我先に手を伸ばす両部隊の面々により、さくらもちお手製の蜂蜜漬け檸檬は即完売となる。

 麗らかなる昼下がりの中で、笑い合う面々に挟まれ卑屈な笑みを浮かべるさくらもち。

 

 それを微笑ましく見守るセバスにユリ。

 

 さくらもちは眩しげに空を見上げながら思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……どうしてこうなったの?)

 

 泣いていた。

 

(……教えて、心の中のモモンガさん? YOUは私に何をさせたいんですか?)

 

 顔で笑って背中で涙する哀れなメンヘラコミュ障が一人、そこには存在していたのであった。

 

 さくらもちの(意図しない)活躍により王国戦士団と陽光聖典部隊はその衝突を免れた。

 コミュ障としてはそこで話は一旦終わったものとして霞の如く存在感を消し去りたかった。

 

 けれど、そうは問屋がおろさなかったのだ。

 

 報告した相手、モモンガの発案によって事態はより深く構築されてゆく。

 あれよあれよという間に、いつもどおりさくらもちを置いてけぼりにして…──

 

(や、やっぱり無理ですよぅ… 私なんかが『代表』なんてぇ…)

 

 心で半べそをかきながら、さくらもちは報告後のモモンガとのやり取りを振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

『……ふむふむ、なるほど。そういった事情があったんですね』

「うぅ… ご迷惑をお掛けして、本当に、本当に申し訳ありませぇん…」

 

『いえ、これは案外チャンスかも知れません。お手柄ですよ、さくらもちさん』

「……ほぇ?」

 

『いいですか? まず…』

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 

「む、無理無理無理ぃ! 無理ですってぇ! わわわ、私なんかが交渉窓口なんてぇ!?」

『そう悲観したものじゃないですよ? 俺の見立てでは勝算は充分あります』

 

「は、はぁ? な、なにを根拠に一体…」

『立派に両勢力から尊敬を勝ち取ってるじゃないですか。カルネ村も含めたら三勢力かな?』

 

「は? ……いえ、ナイナイナイです! 仮にそれが本当でもただの偶然、結果論で…」

『さくらもちさん』

 

「ぅぐ。……ぁぃ」

『自信を持って下さい。たとえ結果論でも、それを導いたのは他でもないあなたなんです』

 

「……うぅ~~~~」

 

 真っ正面から褒められて自己肯定感の低いさくらもちは顔を真っ赤にしながら唸る。

 それはそれとしてモモンガの提案とは、彼女にとっては正気を疑う内容であった。

 

 それはモモンガの存在を伏せたままさくらもちを各勢力の橋渡し役にするというものであり。

 到底メンヘラでコミュ障でぼっちの女に任せるような役割ではなかった。頭おかしい。

 

 確かにこの美しい世界を思う存分探索し、瞳に焼き付けたいとさくらもちも思っていた。

 

 しかし、出ずっぱりになって各勢力の交渉窓口になってしまうとあらば話は別である。

 そんなことになるくらいならばナザリックの自室で籠もってる方がずっとマシなのである。

 

 なんとかそんな罰ゲームを避けたいさくらもちは、自分の情けなさを武器に抗議を行う。

 

「ぃ、いいんですかぁ? わ、私なんかに任せてぇ? 絶対面倒事持ってきますよぉ?」

『どんと来いですよ。むしろ俺が表に出ない分だけ安全にフォローに回れるじゃないですか』

 

「……そ、それは確かにぃ」

 

 納得してしまった。

 それは確かに、と納得してしまった。

 

 そもそもからして、相手の持つ情報という手札が完全に明らかにはなっていない状況。

 対してナザリック側は、異世界に転移したばかりで右も左も分からぬ始末。

 

 軽く話しただけでプレイヤーの伝承など気掛かりな内容の話はてんこ盛りであった。

 プレイヤー当人や関連する施設やアイテム等が現存する可能性も捨てきれない。

 

 また、ニグンは幸運にもさくらもちに好意的だがそれが法国の総意とは限らない。

 自分たちが彼らの思うような『ぷれいやー』でない場合、あっさり攻撃される危険性もある。

 

 ならば、必要な情報が出揃う前にバカ正直にこちらの手札を総て晒すのは下策中の下策。

 モモンガの存在を伏せたまま、あらゆる出来事に二人分の知恵で対応した方がずっと良い。

 

 逃げるにせよ、戦うにせよ、あるいはなんらかの搦め手を使うにせよ。

 

 モモンガという伏せ札はナザリックの立ち回りにおいて大きな意味を持つことだろう。

 だが伏せ札は言うまでもなく、伏せておいてこそいざという時の保険となるのだ。

 

 それを明かしてしまえば効果は半減、どころか無に帰してしまうおそれすらもある。

 

(……理屈はわかる。わかるんですけどぉ。……うぅ)

 

 さくらもちは人との交渉の矢面に自分が立つことがめちゃくちゃにストレスであった。

 

 モモンガが表に立ち自分がフォローするという形ならば一も二も無く賛成していただろう。

 ……しかし、そうするのは難しいという事情も心得ている。

 

 いるがゆえにこうして煩悶しているのである。

 

『それに、ホラ… 俺ってバリバリの異形種じゃないですか。……法国は難しいかなって』

 

 そうなのだ。

 

 異形種はおろか亜人すら人類のカテゴリから弾く国でモモンガがどのように扱われるか。

 なにか想像もつかないような要因*1でもない限り、それは火を見るより明らかである。

 

 リスクは避けるに越したことはない。

 それにもとはといえば自分が撒いた種。ならば自分が刈り取るのが筋というものであろう。

 

 そう自らを納得させ、さくらもちは深いため息の後にヤケクソ気味に了承の意を示した。

 

「……わかりましたよぅ! ……モモンガさんに甘えて愚図(ぐず)っちゃって、ごめんなさいぃ」

『いえ、さくらもちさんに無理をさせてる自覚はありますから。こちらこそ申し訳ないです』

 

「う、うへへぇ… ほ、ホントのホントに困った時はフォローお願いしますからねぇ?」

『えぇ、もちろん。……そして、ありがとうございます。おかげで助かります』

 

「……う、うへへ。……うへへぇ、仲間じゃないですかぁ! 助け合ってこそですよぅ!」

 

 果たして散々渋っていた先程までの気持ちはどこへやら。

 ギルド長に頼られるという喜びから、さくらもちは*2笑顔で安請け合いをするにまで至る。

 

 長年の付き合いゆえか、生来の気遣い性ゆえか。

 さくらもちとの対話にて常にパーフェクトを叩き出すことに定評のあるモモンガであった。

 

「で、でもですね… な、納得はしましたけど、私だって一応異形種なんですよぉ…?」

『あぁ、ロバ耳。……でも髪の毛と一体化してるから大丈夫じゃないですか? (しお)れてますし』

 

(しお)れてないっ! 垂れ耳(ロップイヤー)なんですっ! あとロバ耳じゃなくてウマ耳ッ! ウ・マ・ミ・ミ!」

『アッハハハ! いや、すみません。ウルベルトさんとのやり取りがどうにも印象深くて…』

 

「……まったくもう。……お二人とも夢魔(ナイトメア)のアイデンティティを一体なんだと思ってるんだか」

 

 かくして『さくらもち個人の部下』という扱いでナザリックより送られてくる。

 それが冒頭でもチラッと存在を示していたセバスとユリであった。

 

 もちろんこの二人はモモンガの手引きにより送られてきたさくらもちの補佐である。

 

 妥当オブ妥当な人選に、当初さくらもちは人知れず安堵のため息が漏れたものであった。

 しかし、それが一瞬で驚愕の表情に彩られる。

 

(な、なんで巨大な円卓を背負って運んできてやがるんですかテメェらはぁ──ッ!?)

 

 そう、彼らは人間離れした怪力と速度でもって大きな円卓と椅子とを運んできたのだ。

 ……あとお茶の道具も。

 

 そしてツッコむ暇もあればこそ。

 唖然とする王国戦士団と陽光聖典と村の人々とさくらもちを後目(しりめ)に粛々と準備を整え始める。

 

 さくらもちは涙目になりながら盛大にモモンガへと抗議する。

 

(モモンガさん!? モモンガさぁん!? ぷりーず、ふぉろーみー!)*3

『すみません。さくらもちさんの補佐をしつつ人々を()()せ、としか言ってないんですが』

 

(それがどうしてこんなことになるんですかぁ!?)

『いやぁ俺にもさっぱり。ところで、ふぉろーみーってたっち・みーさんに響き似てません?』

 

(こ、この能天気骨(ポンコツ)野郎ァー!? うわぁん!? ど、どないせぇってゆーんですかぁ!?)

 

 焦りによって念話による奇跡の《伝言(クレーム)》を可能としたさくらもちは人知れず頭を抱える。

 

 そうこうしているうちに香ばしい湯気を漂わせるティーカップの準備が整った。

 互いに牽制し合うような微妙な空気のもと、居心地の悪い間が空いてしまう。

 

(……ふぅ)

 

 いよいよ観念したさくらもちは、内心の吐息と涙目を隠しつつ。

 令嬢モードの仮面を貼り付けながら、笑顔でガゼフとニグンの二人に着席を促すのであった。

 

「どうぞお掛け下さいませ。……ガゼフさん、ニグンさん」

 

 それぞれセバスとユリに椅子を引かれ、若干戸惑いながらも着席する。

 そんな二人の様子を見届けてから自らの紅茶に口を付け、しとやかな笑みを見せる。

 

 その優雅な仕草に、兵士連中はもとより村人までもが吐息を漏らす。

 

 ふと目を上げればソワソワした様子でさくらもちを見守っていたネムと視線が交錯する。

 このカルネ村で出会った小さな師匠のそんな姿に癒やされながらさくらもちは口を開いた。

 

「セバスさん、ユリさん。お手数ですが席をもう2つ… それとお茶菓子もお願いします」

「は。かしこまりました」

 

 手早く淀みなく準備が進められ、円卓に2つのティーカップとお茶菓子が追加された。

 

「……どうぞ、ネム師匠と村長さんもよろしければお掛けになって下さい」

 

 さくらもちの隣に陣取り、見上げるような形でにっこり得意げな笑顔を浮かべるネム。

 対するさくらもちも表情を綻ばせ、彼女に向けた優しい笑顔を浮かべている。

 

 そんな二人を微笑ましく見守るセバスとユリを後目(しりめ)に村長も慌てて己の席についた。

 

 かくして、さくらもちにとっては些か以上に気乗りしない形ではあるが。

 体裁は整えられた。整えられてしまった。である以上は、始めなければいけないわけである。

 

 何を? ──そう、会談を。

 

「……さて、みなさんさえよろしければ始めましょうか。……話し合いを」

 

 今なお以って全く気乗りはしない。

 

 しかしながら、それもこれも自分の撒いた種という拭いきれない残念な実績がある。

 そもそも謝罪と補償をすれば話し合いに応じると言ったのは自分なのである。

 

 さくらもちは不承不承ながら現実を受け入れ、モモンガの用意した話し合いの席に立った。

 

(……気が進まねぇ。……でも、ネム師匠のためにもがんばろう。……えい、えい、おー)

 

 隣に座るネム師匠の癒やしに励みを受けつつ、内心で大きな大きなため息を吐きながら。

 

「……失礼、その前に少しよろしいだろうか? さくらもち殿」

「あ、はい。どうぞ? ……どうかしましたか、ガゼフさん」

 

「貴殿がやんごとなき身の上であることは薄々勘付いているが… この御二方と円卓は一体?」

「……これは私としたことが。ろくな紹介や説明もないままに、大変失礼を致しました」

 

 背景でニグンさんが「不敬だぞ、ガゼフ・ストロノーフ!」とか叫んでいるがさておき。

 

(ですよねー! はい、絶対聞かれると思ってましたー!)

 

 ちょっとだけ勢いで押しきれないかなと思っていました。

 無理でしたけど。

 

 むしろツッコミどころ満載なのにスルーしてくれてたニグンさんがおかしかっただけである。

 いやでも、これはしょうがない。

 

 自分がガゼフの立場ならすごく気になってただろうしおそらく多分メイビー突っ込んでた。

 仕方ないですね、はい。

 

 観念したさくらもちは薄っぺらい仮面を貼り付けたまま自己紹介を促した。

 

「こちらの二人は私の… 部下、にあたります。セバス、ユリ… みなさんにご挨拶を」

 

「セバス・チャンと申します。さくらもち様にお仕えしております。どうぞお見知りおきを」

「同じく、ユリ・アルファと申します。メイドとしてさくらもち様にお仕えしております」

 

「よろしくお願いしますね? それで、円卓についてですが…」

 

 余裕の笑顔を浮かべながら時間を稼ぎ、モモンガにヘルプコールを連打するさくらもち。

 

(ちょっと、モモンガさん! モモンガさん! なんかぐっどな言い訳ぷりーず!?)

『……うーん』

 

(モモンガさん、はよ! みんなこっち見てますから! 視線が痛いんです!)

『……ちょっと思い付きませんね。なんであんなの背負っていったんでしょうね、あの二人』

 

(……モモンガさん?)

『めんご! セルフでがんばってください。大丈夫、さくらもちさんならできますって!』

 

(モモンガさん!? ちょ、モモンガさん!? あ、待って! 《伝言(メッセージ)》切らないで…)

 

 哀れ、無情にも《伝言(ヘルプコール)》は切られることとなる。

 

 この骨、肝心なところでは一度も助けてくれていないのでは? 

 誰よりも信頼していた(過去形)ギルメンへの恨み節をふつふつと募らせるさくらもち。

 

 一方で急に押し黙ったさくらもちにガゼフは首を傾げる。

 

「さくらもち殿?」

「……おっと、これは失礼しました」

 

 さくらもちはいよいよ腹をくくった。

 こうなったらアドリブでなんかもういい感じにこの場を乗り切るしかない! と。

 

 端から見れば優雅にして華麗。

 しかし内面はダダ焦り。

 

 そんなさくらもちは、余裕のある仕草でティーカップを置き言葉を紡ぐ。

 

「さて、この円卓の意味ですが…」

 

 さくらもちの手配したこと*4だからきっとすごい意味があるに違いない。

 そう固唾を呑んで、ガゼフがニグンがネムが村長がセバスがユリが答えを待つ。

 

 ……何故セバスとユリまでさくらもちの答えを心待ちにするのかは謎である。

 

「……『この円卓にある者は、上下の別なく互いに平等な立場である』」

「ッ!」

 

「『この円卓を囲む間は地位や立場などなく、同じ目標を見据える仲間であり同志である』」

 

「仲間であり…──」

「──同志である」

 

「立場に囚われぬ自由闊達(かったつ)な議論を行えるように、そんな祈りと願いを込めて」

 

 いにしえの騎士物語から引用してもっともらしく語ってみた。

 

 ネムや村長はピンとこなかったが王国戦士団と陽光聖典にとってこの話は効果覿面(こうかてきめん)であった。

 なんかさくらもちの気付かぬところで拳を握り締めて興奮している様子がうかがえる。

 

 なお、当の本人はいっぱいいっぱいで自分が何をほざいているかすら定かではない模様。

 

「そしてこの大きさは… いつか世界のあらゆる国の人々と同じ席に着けることを希望して」

 

「世界の…──」

「──あらゆる国の人々と」

 

「……たかが円卓に望み過ぎでしょうが、どうか俗人(ぞくじん)戯言(ユメ)と笑ってやってくださいな?」

 

 勢いのまま喋り倒してから再度ティーカップに口を付け、ほうっと一息。

 

 繰り返すが、彼女にとってはもはや自分が何を口にしたかもまとまらない状況である。

 だからさくらもちは演説の締めくくりに言葉ではなく、ただ意味深な笑顔を浮かべてみせた。

 

(……困った時は笑顔に限りますよぅ! あっはっはー! もう、どうにでもな~れ♪)

 

 笑顔の解釈は人それぞれ。それに委ねて全力で放り投げることにしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばしの沈黙。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁあああああああああああああああああッ!!!」

 

 そして、熱狂。

 

「……ふふっ」

 

 少し肩を揺らしたものの変化はそれだけ。

 笑顔を途切れさせることなく、さくらもちはこの場に沸き起こった熱狂の総てを受け入れた。

 

(……なんだこれ。……なんだこれぇ!?)

 

 ……実際は想定外の反応に固まってしまい、笑顔のまま処理落ちしていただけなのだが。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 大歓声に沸くのは王国戦士団や陽光聖典部隊、カルネ村の人々だけではない。

 セバスとユリも感動のあまり涙を流しながら拍手をしている。

 

 ネム師匠とそのご家族もよくわからないなりにキャッキャと喜んでいる。かわいい。

 

『フフ… ハハハハハ! 流石はさくらもちさん! コレですよ、コレ!』

(え? ちょ、モモンガさん? たす、たすけて…)

 

『さぁ、張り切っていきましょうか。……ここからがこの【話し合い】の本番ですよ?』

(なにを!? ちょ、私を置いていかないで説明を…)

 

「さくらもちっ! さくらもちっ!」

(う、うるっせぇええええええええええええええええええええええええッ!?)

 

『俺もしっかりサポートしますから、がんばっていきましょう! 俺たち二人で!』

 

 かくして。

 

 腹話術の人形よろしく、さくらもちはモモンガの言葉をただ伝えるだけで話し合いは終わる。

 順調すぎるほどに順調に、至極あっさりと。

 

 ・ここ、カルネ村を便宜上の中立地帯として四勢力*5の話し合いの席を常設すること。

 ・次回のこの地での会談の時期は法国や王国の相談期間も加味して二ヶ月後とする。

 ・さくらもちはここでのみ確実に会談に応じ、いかなる勢力にも忖度(そんたく)しないことを(むね)とする。

 ・王国の代表はガゼフ、法国の代表はニグン、カルネ村の代表は同村長とする。

 ・原則として代表交代は認めないが、傷病その他特別な事情がある場合はこれを考慮する。

 ・代表は会談の席にその補佐役を各自一名まで選定し、出席させることが可能とする。

 ・会談における代表の過半数の賛成を以って新規の勢力代表の参加を認めるものとする。

 

 そして、上記7つを骨子とした諸々の取り決めをあっさりと承認させてしまったのだ。

 

 流石は問題児ばかりのギルドのギルド長を伊達に長いこと勤めていないモモンガである。

 この手の調整・交渉ごとはお手の物であった。

 

 なんかふわっといい感じにさくらもちが盛り上げ、モモンガが実務面を詰めていく。

 本人たちにとっては*6自覚はないものの、この二人は中々に悪辣なコンビでもあったのだ。

 

 こうしてあれよあれよという間に話はまとまった。

 

 今は会談の場となるカルネ村を多少なりとも守るため、兵員総出で柵を建設中である。

 額に汗して働き互いに言葉を交わし合う姿からは、一触即発の兆しは何処にも見られない。

 

 なお、さくらもちはといえば。

 

「………」

 

 手伝いを申し出たものの、あまりに不器用であったために*7今は隔離されている。

 

 応援*8要員としての活躍を求められ、所在なさげに木陰で腰掛けている。

 完全にいらない子扱いである。セバスとユリは大活躍で人気者だというのに。

 

 ……至高の御方の姿か? これが。

 

「せつねぇ…」

 

 いたたまれなくなり、ナザリックから蜂蜜と檸檬を運んでもらい蜂蜜漬け檸檬を振る舞ったが。

 流石に檸檬を輪切りにして陶器に入れた蜂蜜に漬け込むくらいはさくらもちにも出来たから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぎぃこぎぃこ。

 トンテンカン、トンテンカン。

 

 平和なカルネ村に(のこ)金槌(かなづち)の音が響き渡る。

 

 ぎぃこぎぃこ。

 トンテンカン、トンテンカン。

 

 そうしてさくらもちとネム師匠の二人の作品は、冠に首飾りに腕飾りにと多岐に渡って。

 その総数が30を超え、村の花々が刈り尽くされる頃…──

 

 遠い西の空に日が沈む頃、兵士たちによる慣れない大工仕事はひとまずの完成を見た。

 そのまま両軍ともにカルネ村で一夜過ごすこととなり、村を舞台に酒宴と相成る。

 

 ナザリックより酒を運ぶよう手配したのは勿論、気遣いの出来るモモンガさんであった。

 

 そして見ていただけなのにさくらもちは何故かめちゃくちゃ声望を高めていたのであった。

 ……誰よりもまず、本人がいたたまれなさそうにしていたのはさておき。

 

あの、お酒苦手で… ちょ、だからやめ… だから呑まないって言ってんでしょうがぁっ!?

 

「わー! 聖女がキレたぞー!」

「逃げろ逃げろー! 捕まったら王国最強と陽光聖典からお説教だぞー!」

 

 いちいち反応してくる様が面白がられ、散々絡まれからかわれたこともまぁさておき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして一夜が明ける。

 

 昨晩はエモット姉妹の好意に甘えて、二人の共用ベッドにお邪魔したさくらもち*9

 彼女は心地好い目覚めのもと、朝靄(あさもや)の中に出立せんとする王国・法国両軍を見送る。

 

 はね放題のその寝癖を背後からユリが必死で整えているのはご愛嬌だが。

 

「では、ぷれいやー様! また二ヶ月後にお会いできます日を!」

「……ぁぃぁぃ、よろでーすぅ。……ふぁ」

 

「我らも報告のため王都に戻ります。さくらもち殿にはすっかり世話になりました」

「……いえいえぇ、こちらこそですよぅ。ガゼフさんも」

 

「………」

 

 瞳を輝かせ朝焼けに向かって駆けていったニグンと違い、言い淀んだ気配のまま残るガゼフ。

 その様子にさくらもちも小首を傾げながら問い掛ける。

 

「……どうかしたんですかぁ?」

 

「あぁ、うむ。……その、報酬の件についてなのだが」

「報酬? ……あぁ、そういえばそんなお話もありましたねぇ。……色々あってすっかりぃ」

 

「忘れていたのか? ……フフッ、貴殿らしいな」

「……うへへ、面目ないですぅ。それで報酬がなにかぁ? 別に私は急ぎませんけどぉ」

 

「そういうわけにはいかんだろう。私が知らぬ存ぜぬを決め込んだらどうするつもりだ?」

 

 苦笑しながらやんわり(たしな)めてくるガゼフに対し、さくらもちは卑屈な笑みを浮かべる。

 

 さくらもちからすれば期限を切らなかった自分の落ち度なのだ。

 百年後二百年後に払うと言われても構わないし、なんなら踏み倒されても構わないのである。

 

 けれど、ガゼフの態度から察するに事の本質はそういった内容ではないのであろう。

 

(ガゼフさんほどの人が言い淀んでいる理由があるとすればぁ…)

 

 ガゼフが何を言いたいかはなんとなく察している。

 ならばこちらから先に言ってあげるべきだろう。

 

 さくらもちは意を決して、殊更なんでもないことのように口を開いた。

 

「……ガゼフさんは王都にお住まいなんでしたっけぇ?」

「うむ。王都の一等地でな、陛下には分不相応な暮らしを与えていただいている」

 

「うへへ… ガゼフさんにならその待遇は分不相応とも思えませんけどぉ…」

「ハハ、からかうのはよしてくれ。あまり持ち上げられても居心地が悪い」

 

「……そのうち、観光がてらお邪魔させていただければぁ。……友人としてぇ」

「! ……うむ、かたじけない。報酬の件は申し訳ないがその時にでも。……では、御免!」

 

「ぁぃ、どうかお気を付けてぇ…」

 

 未だ能力の全容を見せないさくらもちであるが、それでも魅力的な戦力に映ったのだろう。

 

 無粋と知りつつも、ガゼフは王国への忠義から士官を誘う言葉を掛けずにはいられなかった。

 ……たとえ、それによってさくらもちとの友誼が壊れるおそれがあったとしても。

 

 それほどまでに王国は限界なのだろう。

 確かに漏れ伝えられるだけでも貴族とか地下組織とかすごくヤバそうである(語彙力)。

 

 それをなんとなく汲み取ったさくらもちは機先を制して、譲歩と釘刺しを行ったのである。

 それが『報酬をいただきに王都にうかがいますね(意訳:そちらに顔出しします)』だ。

 

 王都で【偶然にも】上の身分の方に会うかもしれないがガゼフの顔を立てるのはそこまで。

 あくまで友人であるガゼフとの旧交を温める以上の意味は期待しないで欲しい、ということだ。

 

 手を振りながら物思いに耽る。

 

(宮仕えは辛いですよねぇ…)

 

 自身も決して恵まれない労働環境に身を置いていたことから彼の気持ちは理解できる。

 それこそ痛いほどに。……いや、彼ほどの忠誠心は自身にはなかった訳だが*10

 

 思わず苦笑する。

 

(ガゼフさんほどの人ならもっと上手な生き方を選べたでしょうに…)

 

 だから進んで下僕(シモベ)になりたがるNPCたちの気持ちがさくらもちには理解不能であった。

 しかし、そんな彼らのいる『そこ』こそが今の自分の居場所なのだ。

 

 ……いや、それは『今』だけではなく。

 おそらくきっともっとずっと前から。

 

 モモンガともども二人して、ユグドラシルを止めきれなかった時からずっと。

 自分たちには『そこ』しか居場所がなかったのかもしれない。

 

 それは全盛期のアインズ・ウール・ゴウンではなく。

 ギルドメンバーのほぼ全てが去ってしまった寂れた姿こそが、何処か自分に似付かわしくて。

 

 時折寂しさを表に出すモモンガと対照的に、安心感を抱いていた自分を否定できなかった。

 

(……まぁ、モモンガさんは如才ない人ですからどこででも能力を発揮できたでしょうけど)

 

 モモンガと違い自分はユグドラシルがなかったら早晩どこぞで狂い死んでいただろう。

 さくらもちは内心でそう断定し、自嘲する。

 

 さくらもちは自分の気性の悪さをよく自覚している。

 自分のせいで場の空気が悪くなったことなど数知れないと自分を責め続けている。

 

 あるいは今のギルドの寂れ具合も自分のせいかも知れないとすら思っている。

 自分には良いところが一つもないのだと心の底から信じている。

 

 瞳が、赤い瞳がドロドロと黒ずんで濁ってゆく。

 

 自分なんか、どこにいたって『自分じゃないといけない』存在なんかじゃなかった。

 きっと誰からも必要とされるというのは、モモンガのような人物のことを指すのだろう。

 

 嫉妬も羨望もとうの昔に擦り切れた。自分など誰かと比較することすら烏滸(おこ)がましいから。

 こんな面倒だらけの自分を見捨てないでいてくれるモモンガには感謝しかないのだから。

 

 だから、その存在(さくらもち)が不要になる時まではアインズ・ウール・ゴウンを支えていきたい。

 

(だから、うん… まだがんばれる。……私は、まだがんばれます)

 

 これからのナザリックもきっと好きになれるはずだから。

 さくらもちは、そう自分に言い聞かせる。

 

「……さて、帰りますか。……私たちの居場所(ナザリック)へ」

 

 どこか空虚なその声に応えるように深く一礼をするセバスとユリ。

 その時、さくらもちの袖が小さく引かれた。

 

「……ん?」

 

 視線を動かすと、そこには瞳いっぱいに涙をためた小さな女の子の姿があった。

 ……ネム・エモットである。

 

「さくらもちちゃん… 帰っちゃうの?」

「……えぇ、はい。……でも、また遊びにきますから」

 

「……ほんとに?」

 

 腰をかがめて視線を合わせ、壊れ物を扱うかのようにそっとその頭を撫でて笑顔を見せる。

 

「……えぇ、本当ですよ」

 

 明るい声音でそう言うと、ネムはくしゃりと表情を歪めてそっと手を伸ばしてきた。

 小さな手のひらがサラサラしたさくらもちの黒髪にそっと触れて、優しく撫でる。

 

「泣かないで、さくらもちちゃん」

 

 言葉を失う。

 

 そんなに自分は分かりやすかっただろうか、とさくらもちは思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 ……さくらもちは、泣くことができなかった。

 

「ありがとうございます、ネム師匠。……色々と教えてもらったことは一生の宝物です」

 

 だから、せめて笑う。

 いつもの卑屈の笑みとは違った、少しでも自然な笑みを見せられることを願って。

 

「うん。じゃあ、また会おうね。……やくそく」

 

 花が綻ぶようなネムの満面の笑みに、少しの元気をもらって、さくらもちが応える。

 

「はい、約束です。……ときにネム師匠、『指切りげんまん』って知ってます?」

「なぁに、それ?」

 

「おや、私にもネム師匠に教えられることがあったみたいですね。さて、何かと言いますと…」

 

 少し大袈裟なくらい得意げな表情でさくらもちは『指切りげんまん』を説明した。

 案の定、ネムは楽しそうに乗ってきた。

 

 ならばとセバスとユリを待たせ、互いの小指を絡めて『指切りげんまん』をはじめてみる。

 

「ゆーびーきーりーげーんーまーんー…」

 

 二人の声が重なる。

 しかし、ここからネムがニンマリとした笑みを浮かべる。

 

「うそつかなかったらー」

「え?」

 

「さくらもちちゃんのこともっとすきになーるー! ゆびきった! はい、やくそくー!」

「……え? ……え?」

 

「針を1000本も飲むなんてダメだよ! だから、やくそく守ろうね! えへへっ!」

 

 悪戯が成功した子供のような*11笑顔でネムがそう言う。

 さくらもちは一瞬虚を突かれたような表情になった後、静かな笑みを浮かべる。

 

「……わかりました。ネムさんにもっと好かれるよう、私もちょっとがんばってみますね?」

「うんっ! ネムもいい子にしてるから、はやく会いにきてね?」

 

「フフッ… そうですね、はい。良い子のネムさんに会いに、私はやってきますとも」

 

 そして村人総出の見送りを受けて、さくらもちはナザリックに無事帰還した。

 

 少しだけナザリックを好きになれるように。

 少しだけモモンガと一緒にあの頃のように楽しく遊べるように。

 

 ……少しだけ、自分のことを好きになれるように。

 

 自分の腰ほどの背丈の小さな少女に背中を押されて形作った、そんな小さな決意を秘めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてナザリック地下大墳墓への帰還と同時に、さくらもちの謝罪行脚が幕を開くのであった。

 

 いきなり濃密なパワハラを働いてしまったデミウルゴスはもとより各階層守護者たちにも。

 モモンガは物好きにも嫌な顔ひとつせず付き添って、*12優しい表情で見守っていた。

 

 謝罪合戦になってしまい痺れを切らしたさくらもちが逆ギレしたこともここに追記する。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 なお、デミウルゴスたちが後日それは嬉しそうに花飾りを抱えていたことも併せて追記する。

 

 そんなこんなでカルネ村襲撃事件に端を発するここ数日の騒動も終息の気配を迎えた頃に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、モモンガさぁん! ぼ、冒険… 冒険しましょ? い、一緒にぃ… うへへぇ…」

 

 執務室で仕事をするモモンガ*13のもとに空気読めないメンヘラが突撃をかますのであった。

 

 若干浮かれ気味のさくらもちと反比例するかのようにモモンガの表情は重い。

 ……骸骨なので分かりにくいが。

 

 彼は眉間にあたる部分を揉み解すような仕草とともに、ため息を吐いた。

 

「はぁ。……やれやれ、まったくさくらもちさんときたら」

「……も、もしかして。……嫌だったりします? か?」

 

「こう見えてここでの仕事もやりがいを感じ始めていましてね。当然、嫌ですね…」

「……ぁぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なワケないでしょう! この世界、遊び尽くしてやるぜぇ!」

 

「わぁい! わぁい! またモモンガさんと一緒に遊べるんですねぇ、うへへぇ…」

「パンドラぁ! 俺は仕事を辞めるぞォー! ……ごめん、ちょっとの間だけ交代お願いね?」

 

 ……かくして冒険者となった二人は一人の従者を連れ、物語は冒頭へと続いてゆく。

 

 

⇚To Be Continued...

*1
例えば、スレイン法国で(あが)められる『死の神』とソックリさんだなんて偶然が起きない限り。……まぁ、万に一つも有り得ないことでしょうが。

*2
若干調子に乗りながら

*3
ちなみに「Follow(フォロー) me(ミー)」だと「(私に)ついてこい」という意味となる。英語って難しい。

*4
実際はさくらもちは手配していないが。なんならモモンガさんすら手配していないが。

*5
さくらもち、リ・エスティーゼ王国、スレイン法国、カルネ村の4つ。

*6
特にさくらもちにとっては

*7
金槌がすっぽ抜けて自身の頭を強打したため、ネムが思わず頭を撫でて慰めるほどに。

*8
だけしててください

*9
美少女の間に挟まる邪悪な異形種は断じて駆逐しなければならない。絶対にだ。

*10
でなければゲームのために辞表を叩きつけてはいないだろう。

*11
事実としてそうなのだが

*12
さくらもちを指さして笑いながらであるが、アンデッドの彼なりに

*13
なお、さくらもちはこれといって仕事をしていない。気の向くままにナザリックを徘徊し、目に付いたNPCに声を掛けて言葉を交わし、たまに仕事ぶりを褒めるだけのニートである。良いゴミ分… もとい御身分だが何故か下僕(シモベ)連中よりの評判は極めて良いという謎が残っている。無論、本人にその自覚はない。

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