港に船出のラッパを吹き鳴らしながら鉄華団を乗せた船は波を引き裂いて動き出す。ほとんどの団員たちは初めての船旅に目を輝かせていたり、既に船酔いでぐったりしていたりとそれぞれが楽しんでいる。しかし、全員がそうではない。団長である自分もその一人で、青い窓を眺めながらここ数日の出来事がぐるぐると頭の中を渦巻いていた。
まず第一はツカサが拉致されたことだろう。山賊のような奴らに少女が連れ去られたらどうなるかと言うのは想像に難くない……というか、自分も助け出す際にあの吐き気を催す空間に入ったのだ。しかし、経験がないせいでこんな時にどう声をかければいいのかわからない……いや、下手に声をかける方がダメだよな?
次にフレイヤのこと。以前から何かおかしいことはわかっていた。小動物のような女の子が三日月にも匹敵するほどの戦闘力があるなんて、現実味があまりにも薄い。目つきが鋭くなることもあれば、口調がまるっきり変わることだってあった。そういえばこの間の川の時だって……いや、これに関しては余計なノイズが混ざるので考えないでおこう。とりあえず一度フレイヤとちゃんと話すべきだ。
宇宙の孤島、暗黒宙域《ローサイド》。その中心近くの巨大な船の長い廊下をティファレトは一人歩いていた。
(ただでさえ体調悪いし、準備にも忙しいこんな時に呼び出しなんてなんなのよ!?あー、くそっ!腹痛いわね!!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!)
「よぉ、ティファレト」
「あぁ?」
後ろからの声に振り向くとホドが立っていて、まるでからかうように半分笑みを浮かべた表情をしていた。
「あんだけ偉そうなこと言っといてよぉ、まさか負けるどころか自慢のお顔に傷がついたんだってなぁ〜?」
「…………」
ティファレトは俯いて全身をふるふると震わせ、美しい金髪の隙間から覗くこめかみには血管が浮き出ていた。
「ははは、なんてなぁ。お互い負けたもん同士……っうお!」
ティファレトのするどいこぶしが鳩尾に突き刺さる寸でのところで防ぐことができた。受け止めた手のひらはビリビリとまだ拳の残像を感じていた。
「あっぶねぇなぁ、イラついてんじゃないぜ」
ティファレトは何も言わずに奥へと進んでいった。相当にご立腹のようでホドは少し申し訳なくなったが、冷静に考えれば向こうの方がよっぽどクソ野郎なので気にするのをやめて追いかける。
「なぁ、さっきのは謝るからよ、仲良くしようぜ。ほら、お互い様だろ?」
「あー、うっさいわね、私あんた嫌いなのよ」
「そうなのか?」
「“スクール”でもあんたとネツァクはモテてたわね。あんたのロットは美形が多い」
「お前も見た目だけならねぇ、でも性格が終わってるからなぁ」
「中身なんていくらでも取り繕えるでしょ?そういうんだからケセドなんて女を好きになる」
「俺は別に……」
「チッ……そう言うところよ!」
そのようなやりとりをしている間に廊下を抜けて広間のような場所に出た。そこには幅の広い階段があり、その上には椅子が鎮座していた。
「だれもいないな?」
「どうせおじい様の代理人でしょ?くだらない、早く要件だけ……」
突如響くハイヒールの音に2人の時間に静寂が訪れた。そして音源の主が死角から姿を現して椅子に座り、こっちを見下ろしていた。おそらく170はオーバーしているであろう身長と、10代にも30代にも見える美しい顔、そして高そうな薄く柔らかい布一枚を衣服のように巻いて作った天女のような格好をしている。
(なんで、
ティファレトの額に冷や汗が滲んで目を逸らす。ホドの方をチラリと見やると、爽やかな笑顔を向けているものの明らかに顔が引きつっていた。
「ごきげんよう二人とも、それぞれの役目へのお勤めご苦労ね」
透き通った吐息混じりの声、まるでこちら全てを見透かしているような目で見つめてくる。いわゆる“私たち”は基本的にこの女が嫌い、もしくは苦手意識がある。思考が全く読めず、まるで人の形をした別の何かを相手にしているような気分になるからだ。
「それで、どういったご用件で?」
ホドが大袈裟に、まるで騎士のような身振りで跪く。それを見たハゥルフシャフはクスクスと笑った。
「ホドったら、それは“母”に対する作法ではないわよ?もっと砕けた感じでいいのではないかしら?
用件というのは私の愛しきケセドちゃんはいつ帰ってくるのかしら?ということね」
「…………」
「…………」
二人とも失敗してしまった身としては特に何も言えない。特にティファレトは完全敗北を喫しているのだ。
「愛しき“
それにあの子は私の最高傑作になりうる子なのです」
“最高傑作”という言葉にティファレトは顔を顰め、半ば睨みつけるようにハゥルフシャフを見つめた。
「お母さま、ケセドよりも美しく!強いのではありませんか!私の方が!私こそが!」
「あら?あなたもとても優秀で愛しいことに違いはなくてよ?」
「そういう問題では……!」
「ティファレト」
ティファレトは自分に向けられた優しい微笑みと手招きに不服そうな表情と無言で返事をする。
「おいで」
彼女は相変わらず微笑みを浮かべている。しかしその一言は明らかな“命令”であり、ティファレトは冷や汗をかきつつも従うほかなく歩き始めた。ハゥルフシャフがさらにニコリと笑うとその場に正座の体勢をとって太ももをポンポンと叩いた。
「お、お母さまそれは……」
何も言葉を交わさず、ハゥルフシャフの細めた目に促されて、ティファレトは寝転がり、彼女の太ももに頭を預けた。彼女の肌から漂う良い匂いと、柔らかな感触に心地よさを覚えながらも、状況に対する不満からティファレトは顰めっ面を浮かべる。ホドが口元を抑えて自分を見ているのに気づいてこめかみに青筋が浮かび上がった。
「ごめんなさいね、さっきは最高傑作なんて言ったけど貴女も私の最高の娘よ?よしよし」
「……確かにケセドはセフィラの1人なだけあってその辺の蛆虫よりは優秀なのは認めてます!ですが、あいつはセフィラの中では飛び抜けて落ちこぼれではありませんか!!?」
「蝶」
「え?」
「蝶って美しいわよね」
「……はぁ」
「でも幼虫の頃は蛆虫と大差ない見た目をしてるのよ?」
「よくわかりません、ケセドを美しいと言いたいんですか?
ケセドは……まぁ……チッ……可愛いらしいというのはわかります。ですがその点に至っては私の方が」
ハゥルフシャフはティファレトの言葉を遮る様に人差し指を彼女の薄い唇に重ね、クスクスと笑う。
「貴女は少し自分のことばかり考えすぎね」
「…………」
「はい、次はホドくんの番ねぇ……」
「どうだい?ここまで重量が変わると阿頼耶識的にもかなり感覚が変わるんじゃないかい?」
暖かい太陽の光が降り注ぐ中、船の甲板にて三日月とヨッドはさらに新しい武装を追加したバルバトスの試運転を行っていた。
「確かに少し重いけど、すぐに慣れると思う。
……こんな装備で良いの?」
今、バルバトスの姿は簡単に言えば曲線を描く分厚い装甲に覆われ、頭は完全に隠れている。 腕の先には鋭い爪が備わっていてフレスベルグの強みを活かした形状だ。背部のスラスターは地上用、水中用を切り替えれる仕様になっている。
「水陸両用装備というのはこういうもんさ」
「ふーん」
「実際に海に入ってみようか」
「大丈夫なの?この船動いてるけど」
「大丈夫、大丈夫。簡単に追いつけるよ」