異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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旅立ち編
異世界転移


 

 目覚めると、そこは異世界だった。

 

 は?

 いや……え?

 どういう事?

 

 呆然としつつ、周囲を見渡す。

 見慣れた古い時計、壁にかかるカレンダー、寝心地の悪い布団。

 そんな物は景色から一切なくなって。

 眼に入るのは薄汚れた瓦礫、森、空。

 

 どういう事だ?

 何なんだこれは?

 

 極度に混乱した頭には、何故だか、自分の半生が映し出された。

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 思い出せる最初の記憶。

 それは、孤児院で泣いてる自分。

 

 何故泣いているのかは、思い出せない。

 大抵は、少し年上の悪ガキのせいだ。

 

 俺は昔から髪や瞳の色素が薄く、肌も白かった。

 髪はほとんど茶髪に見える。

 そんなことが、悪ガキ達の関心を集めた理由のようだった。

 

 食事に虫を入れられたり。

 羽交い絞めにされて殴られたり。

 そんなことが、日常茶飯事だった。

 

 初めは抵抗していた。

 しかしやがて、抵抗こそが暴力を助長するのだと気がついた。

 それからは、ただひたすら息を潜めて生活した。

 

 つらく、苦しい日々だったが、なんとか耐え凌いだ。

 じりじり、じりじりと時は過ぎ。

 歳が10を数える頃から、少しずつ嫌がらせはなくなっていった。

 

 後遺症が残るようなケガがなかったことは、幸いだったと思う。

 

 

 

 12歳になり、中学生になった。

 

 俺は、ひたすら他人の目を避けて生きるようになっていた。

 それまでの経験から、目立つとロクなことがないと感じていた。

 

 しかし。

 そんな性格を変えたいと思った。

 なんで自分は、岩陰に隠れる虫のようにコソコソと生きているのか。

 もっと、堂々と生きていきたかった。

 もっと、自分に自信を持ちたかった。

 

 悩んだ結果、一大決心をして。

 俺はサッカー部に入った。

 

 部活初日。

 心臓がドキドキしていた。

 思えば未来に対して前向きになったのは、あの時が生まれて初めてだった気がする。

 

 しかしそこでも、俺は馴染めなかった。

 茶色の髪はよほど悪意ある視線を絡めとってしまうらしい。

 入部したその日から、上級生に目をつけられた。

 

 すれ違いざまに腹を殴られて嘲笑されたり。

 練習中にサッカーボールをぶつけられたり。

 すぐに、そんな扱いを受けるようになった。

 

 友達も、できなかった。

 上級生に目をつけられている俺と、積極的に関わろうとする物好きはいなかった。

 

 自分から話しかけてみても、ダメだった。

 皆、当たり障りないことを言って会話を切り上げてしまった。

 恐らく皆、厄介ごとに巻き込まれたくなかったのだろう。

 

 ……部活がダメならクラスで友達を作ろう。

 そう思った時もあった。

 

 しかし、それもダメだった。

 部活で上級生にいじめられていることが広まっているのか。

 それとも茶色の髪のせいなのか。

 話しかけてみても、誰一人として、休み時間に一緒に遊ぶような存在はできなかった。

 

 結果として、昼食は1人で食べ、休み時間は外を眺めて過ごした。

 学校以外の時間は、とにかくサッカーボールを蹴っていた。

 

 まぁそれでも、以前の生活よりはマシだった。

 身の危険を感じるような暴力にさらされることはなくなったからだ。

 そのまま時は過ぎ、2年生になり、夏の大会が終わった。

 

 

 

 

 ――すると、変化があった。

 

 

 1つ目の変化は、俺をいじめていた先輩達が引退したことだ。

 つまり、部内では俺の学年が最上級生となった。

 それだけで、部内の空気が明らかに変わった。

 

 思えば標的の代表が俺だっただけで、他の同級生も大なり小なり被害をこうむっていたのだろう。

 直接的ではないにせよ、目をつけられないように振る舞うことにはストレスがあったに違いない。

 上級生がいなくなったとたん、皆がいきいきとして見えた。

 

 

 2つ目は、サッカーが上手くなったこと。

 気づけば部内で、俺が一番上手くなっていた。

 

 この1年半、平日も休日もひたすらボールを蹴っていたのだ。

 孤児院の近くの公園で、夜も練習した。

 雨の日も風の日も、常にボールを蹴っていた。

 それ以外の行動はほとんどしなかった。

 

 他にやることがなかったせいもあるが。

 俺にとって、日々の楽しみは練習だけだった。

 

 自分が少しずつ上達していることを自覚できる。

 その喜びだけが日々の救いだった。

 そして、ひとりでボールを蹴っている間だけは、他の全てを忘れられた。

 結果として、俺は小学生からサッカーをしていたやつらもまとめて、ごぼう抜きにしていた。

 

 すると徐々に。

 俺は部内で一目置かれるようになった。

 組織的なプレーは難ありだったが、個人技では他を圧倒できるようになっていた。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 そんな、ある日の練習後。

 帰り支度をしていると、同級生の1人が話しかけてきた。

 

「……田中君、最近めちゃくちゃ上手くなったよね。

 秘密の特訓でもしてるの?」

 

 少し茶化すように。

 そいつは言った。

 

 人に話しかけられたのはいつぶりだったか。

 心臓が跳ねるように鳴り。

 背中に妙な汗をかいた。

 

「……別に。いつも公園でボール蹴ってるだけだよ」

 

 俺は内心の動揺を全力で隠し。

 冷静に聞こえるように答えた。

 声は、ややうわずって鼓膜に響いた。

 

「そうなんだ。すごいね。僕なんて部活だけでへとへとだよ。

 ……あ、知らないかもしれないから一応言っとくと、僕、佐藤ね。佐藤良太」

 

 名前は知っていた。

 さすがに、部内の同級生の名前くらいは覚えていた。

 

 その後、校門を出て別れるまで20分ほど、佐藤との会話は続いた。

 内容はとりとめもないことで。

 少しずつ寒くなってきたとか、

 どのサッカー選手が好きだとか、

 ウザい教師がいるとか、そんなことだ。

 

 しかしそのやりとりは。

 俺がこの世に生まれてから交わしたどの会話よりも、長かった。

 

 佐藤と別れた後、俺はふわふわした足取りで孤児院へと帰った。

 初めて、同級生と一緒に下校した。

 

 それは大抵の人間は経験したことがある、何でもないことだろう。

 だがそれが、俺にとっては、とてつもなく嬉しいことだった。

 孤児院で夕食を食べるとき、手が震えて箸を持てないほどだった。

 その日は興奮して眠れず、孤児院を抜け出して夜遅くまでボールを蹴った。

 

 それから、佐藤とよく一緒に帰るようになった。

 練習中も話すようになった。

 佐藤と話していると他のやつらも会話に混じってきて、多人数で話すこともあった。

 それは、楽しかった。

 本当に楽しかった。

 

 まるで、自分の心の材質が、まるっきり変わってしまったかのようだった。

 ずっと石のように硬く重苦しかった胸の内が、些細なことでゴム鞠のように弾んむようになった。

 自分から話すことも多くなったし、笑うことも多くなった。

 それはプレーにも表れ、苦手だった組織的なプレーも、問題なく行えるようになっていった。

 

 

 しかし、俺は。

 心の片隅に、小さな違和感を感じていた。

 しかし、それを無視して日々を過ごした。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

「……田中の胸のとこ、気になってたんだけどそれ、刺青?」

 

 ある日の部活終わり。

 着替えている時に佐藤に聞かれた。

 

 そう。

 俺の胸の真ん中には、異様な形をした痣がある。

 六芒星のように見える痣だ。

 よく見れば何か文字のようなものが書いてるようにも見える。

 かなり正確な円と直線が肌から浮いて見え、正直自分にも刺青にしか見えない。

 

 物心ついたときには既にあり、いじめの格好の理由になった。

 もしかしたら、両親のどちらかがこれを描いたのかもしれないとも思っていた。

 成長しても我が子だと分かるように。

 

「いや、わからない。俺の知る限り昔からあったんだ。」

 

 ……へえ、とやや引きながら佐藤は答えた。

 心の片隅にわずかな波紋が広がった。

 

「もしかしたら、田中の両親が目印に描いたのかもね。

 自分の息子だってわかるように。

 いつか、ひょっこり迎えに来るかもよ?」

 

 痣について、佐藤も同じことを考えたらしい。

 

 俺は昔、橋の下に捨てられていたそうだ。

 通行人が発見して警察に届け、親を探したが見つからず。

 行く当てのない俺は孤児院に預けられた。

 

 田中 (はじめ)という名前も、孤児院の院長がつけたものだ。

 今考えると流石に適当すぎやしないか、院長。悪い人ではないが。

 

「……かもしれないな」

 

 そう答えながら、俺は一切期待をしていなかった。

 むしろ、会いたくないとさえ思っていた。

 会ってしまうと、俺の中に存在するあらゆるマイナスの感情が、標的を見つけたことで溢れ出してくるかもしれない。そんな気がした。そしてそんなストレスは御免だった。

 

「帰ろう」

 

 着替えを終えた俺は言った。

 佐藤は無言で頷いて、他の部員たちに目配せをして部室を後にした。

 外に出ると暗くなっていて、星が出ていた。

 月を探したが、見あたらなかった。

 

 

 

 -----

 

 

 

 いつしか、春になっていた。

 中学生活最後の年だ。

 

 俺はエースストライカーとして、部内で確固たる地位を築いていた。

 部内で唯一、県選抜に選ばれトレセンで指導を受けた。

 

 シュートを決めるとグラウンドの隅で黄色い声があがるようになった。

 ファンクラブというのができたらしい。

 二次性徴を経て、俺の容姿はシュートを決めればかっこよく見える程度には出来上がったようだ。

 後輩からは教えを請われ、クラスメイトからも声をかけられるようになった。

 

 充実した毎日だ。

 充実した毎日のはずだ。

 

 しかし日を追うごとに、違和感が大きくなっていた。

 片隅にわずかに存在するだけだったそれは。

 徐々にはっきりと形を成し、色や感触、立体感をもって心の中を占有するようになった。

 

 もう、無視できない大きさになっていた。

 

 

 

 ――そして、夏の大会が始まった。

 チームは順調に勝ち進み、開校以来最高の戦績である、県ベスト4まで駒を進めた。

 全国への切符を賭けた試合。

 多くの生徒、父兄が応援に来た。

 

 相手は去年の優勝校。

 実力差は明白だが、こちらにも勢いがあった。

 白熱した試合は1対1の接戦になり、終盤にさしかかる。

 

 相手のコーナーキック。高い放物線を描くボールが、俺の方に向かってきた。

 マークはいるが簡単なクリアーだ。

 ペナルティエリアには敵が多い。

 シュートされると万一がある。

 ボールは外に出そう。

 とっさに、そう判断した。

 

 俺はジャンプし、頭を振った。

 額にボールが当たる衝撃。

 その感触が――。

 

 頭の角度と、ボールの軌道、回転が、最悪のバランスで成り立っている感触がした。

 

 そのボールは、キーパーの伸ばした手をすり抜けて、ゴールネットを揺らした。

 オウンゴールだった。

 

 ――頭の中が真っ白になった。

 

 しでかした事の重大さは、誰より理解していた。

 この1点はとてつもなく重い。

 喜ぶ相手チーム。

 こちらサイドの観客席は通夜みたいに静まっている。

 チームメイトの顔は見れない。

 

 しかし、このまま沈んでいても敗北は明らかだ。

 時間は刻一刻と過ぎていく。

 何とか、何とかしなければ。

 そう思い、俺は声を上げた。

 

「みんな、ごめん! 本当にごめん!

 でも、まだ時間はある!

 取り返すから!

 俺が絶対取り返すから!

 だから、俺にボールを――」

 

 顔を上げ、チームメイトの顔を見たその瞬間。

 俺は絶句した。

 

 俺に対して、皆が一様に向けるその表情。

 そこに仲間意識など、欠片も存在しなかった。

 

 その眼が映していたものは。

 嫌悪と。

 排斥と。

 制裁。

 ……ただ、それだけだった。

 

 ずっと心の内にあった違和感が急激に膨張し、俺の心を埋め尽くした。

 そして、その感情をはっきりと自覚した。

 

 それは、絶望だった。

 

 

 本当はわかっていた。

 去年の夏、3年生が抜けて戦力が落ちたチームに、俺の得点力が必要だったこと。

 でも俺は明らかに、周囲とコミュニケーションがとれてなかった。

 

 状況を把握した監督が佐藤に声をかけて、俺を輪に加えるように指示したこと。

 皆が俺がいないところで、俺の生い立ちや境遇を馬鹿にして笑っていたこと。

 俺の性格も、誰からも好かれてはいないこと。

 

 本当は全部、わかっていた。

 見えてないふりをしていただけだ。

 

 誰も、俺を好きじゃない。

 

 好意的な視線をくれた女子だって、俺を好きなわけじゃない。

 俺の外見が気に入っただけだ。

 監督も、同級生も、後輩も、プレイヤーとしての俺の能力を必要としただけ。

 俺自身を好きな人間なんて、どこにもいない。

 

 仲間が欲しかった。

 心の底から信頼し合える仲間が。

 

 もっと時間をかければ。

 もっとチームに貢献すれば。

 皆と分かりあえて、本当の仲間になれるんじゃないか。

 

 どこかでそんな風に思っていた。

 愚かだった。

 土台が腐っているのに、その上に何かを作ろうったって、無理な話だ。

 

 そしてその日。

 目を逸らしていた現実を、まざまざと見せつけられた。

 

 

 

 -----

 

 

 

 それからのことは、よく覚えていない。

 道で大声で話す誰かが言うには。

 俺はオウンゴールの後、ピッチに立ち尽くして動かなかったため、引きずられるようにして交代したそうだ。

 試合は追加点を決められ、3対1で負けた。

 

 翌日、引退式と記念の紅白戦があったが、俺は行かなかった。

 

 登校すると、周囲の人がこちらを見てヒソヒソと話していた。

 指をさしたり、笑ったりする人もいた。

 誰も話しかけてはこなかった。

 

 もう、何もかもがどうでもよくなった。

 

 俺が望むものは、一生手に入らない。

 そう思った。

 

 放課後、自販機でコーヒーを買い、公園で飲んだ。

 いつも練習をしていた公園だ。

 普段なら部活をしている時間だから、この時間に来るのは初めてだ。

 まだ日も出ていて、雑多な賑わいがある。

 

 その日は俺の、15歳の誕生日だった。

 誕生日といっても、俺が橋の下で発見された日付をそう呼んでいるだけだが。

 

 木陰でシートを広げて団らんしている家族が目に入った。

 男の子が手の中の蝶を自慢げに見せ、両親が微笑んでいる。

 

 ――不意に、涙が出てきた。

 とめどなく溢れてくる。

 なんで泣いているのか、自分でも分からなかった。

 しかし止めようとして歯を食いしばっても、全く効果がなかった。

 近くを通る人が、こちらを見てくる。

 目立たないように、俺は膝に顔をうずめて泣いた。

 

 

 涙が出なくなった頃には、あたりは暗くなっていた。

 

 俺は孤児院に帰り、夕食を食べ、シャワーを浴び、布団に入った。

 いつものように、誰とも話すことはなかった。

 

 ……こんな世界、なくなってしまえばいい。

 

 そう思った。

 

 

 

 -----

 

 

 そして。

 目覚めると、俺は瓦礫の山に囲まれていた。

 

 走馬灯というのは過去の記憶から今の自分に有用な何かを探すために出現するらしいが、俺の場合は全く役に立たなかった。

 なくなってしまえばいい、なんて思ったが、本当になくなるとは。

 

 しかしまぁ、おそらくこれは夢だろう。

 さっきから頬をつねったり叩いたりしてみても痛いだけで、一向に目覚める気配はないが。

 

 周りの砂とか石とか触ってみたら、とてもリアルだ。

 石を投げたら瓦礫に当たって、カンッと乾いた音がした。

 

 俺は長袖のTシャツにジャージという恰好で、昨日寝たときのままだ。

 夢にしては芸が細かいな、と思った。

 しかし体感時間にして30分ほどが経ち、そろそろ飽きてきた。

 

 こんな夢は初めてだが、まぁ、所詮は夢だ。

 何か行動したほうが、面白い夢も見られるだろう。

 

 適当にそう考え、俺は瓦礫の山を歩いてみることにした。

 

 


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