異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
視界の光が消えると。
眼下には、海が広がっていた。
「え? え? 何よこれ」
「ど、どういうこと?」
クリスとエミリーがへたりこんでいる。
「説明は後だ」
ここは海岸付近の高台。
森の奥に、海を一望できる。
普段なら、青々とした海がどこまでも広がる光景が見えるはずだが。
「嘘、でしょ」
「……これほどの数とは」
海は、黒く染まっていた。
蟻の群れのようなその一粒一粒。
それら全てが、圧倒的な力を秘めた魔族なのだ。
何十万もの魔族が、木でできたイカダに乗って、こちらに向かってきている。
魔族がオールを漕ぐ姿。
余裕があれば滑稽にも映るだろうが、今はそんな感情は1ミリも沸かない。
ただただ、戦慄する。
それらは全て、俺達を滅ぼすために行われているのだ。
おおよそ似つかわしくないその行動も。
大量に作られたイカダも。
これだけの数を統制する労力も。
全ては、ヒトを滅ぼすという目的に繋がっている。
「クリス、できるだけ遠くまで、気配の探知を頼む。
エミリー、俺の打ち漏れを見つけたら、魔術をよろしく」
だがこれは。
間違いなく、好機だ。
千載一遇、空前絶後の、大チャンスだ。
なぜなら――。
「原初の火。暗がりを照らすもの。
三つ時の呼び声。彼方より響く」
俺は、杖に魔力を込めていく。
遥か遠くの星の、膨大な魔力。
それを、惜しみなく引きずり出す。
「方角は東。虚空より歩みし時の番人。
その城壁は高く、高く」
今の様子なら、魔族が海岸に着くまでまだ時間はかかるだろう。
魔族はどうやら、空を飛んでこちらに来ることはできないようだ。
「頂きを目指す王。
その翼は燃え炭になろうとも」
……だとすれば、殺せる。
今、このタイミングなら。
奴らを全て、滅ぼすことができる。
「その志は遠く、遠く。
約束の地にて再び見えん」
――俺はそのために、『力』を手にしたのだから。
「――エインシェント・ノヴァ」
唱えた瞬間。
俺の杖から、一条の光芒が魔族へと向かって走った。
眼下の海を切り裂くように、一直線に飛んでいく。
その光は、1秒もしないうちに、魔族の群れに着弾した。
――そこから。
網膜を焼くような、閃光が咲いた。
「うっ!」
「きゃっ!」
エミリーとクリスが反射的に目を閉じる。
直後。
発光する火球が生じ、瞬く間に。
それは街を一つ包める程の大きさに成長した。
視界が紅に染まる。
魔族が、朱色に溶けて飲み込まれていく。
数瞬遅れて、爆音が響いた。
花火のように、音が遅れてやってきた。
鼓膜が破れそうな、その音が去った後。
次は叩きつけるような熱風が、こちらに向かってきた。
「つかまれ!」
クリスが伸ばした手をつかむ。
吹き飛ばされないように、固まって熱風をやり過ごす。
熱風が過ぎたら、今度は津波だ。
その凄まじいエネルギーに、海岸に生える木々がなぎ倒されていく。
俺達は高台にいるから影響はないが、海岸のかなりの部分が水に浸かってしまった。
それらが過ぎ去って。
ようやく魔族の方を見る。
俺が魔術を放った一帯は、大量の水蒸気で何も見えなくなっていた。
霧のなかに、魔族達の声だけが響いている。
焦ったような声。
声が混ざって内容は判別できないが、相変わらず不快な響きだ。
「クリス、魔族の気配は?」
「え? え?
えっと……あ、ああ!
い、今のでかなりの数を減らせたようだ。
だが、まだ数万体は残っている」
「陸に近いやつはいないか?」
「だ、大丈夫だ」
思わず、笑みがこぼれる。
想定の範囲内。
むしろ、状況は最高に近い。
……お前らに滅ぼされた、ヴィルガイアの魔術。
とくと味わうがいい。
「悠久の時を刻む理。其の根源は静止。
方角は北。
果てなき空をも覆いつくし。
白き山脈の巨人のもとへ」
さらに唱えるのは、水聖級魔術。
水の名がつくが、その本質は冷却。
大量の水蒸気や海水が、その伝達を早めてくれるはずだ。
この状況なら、水に触れていないやつはいないだろう。
「遥かに刻む文言は朽ち。
遥かに交わす契りは絶えようと。
頂はなお、我が元に」
最後の一小節。
万感を込めて唱える。
「――フリージング・エア」
キンッと。
空間が隔たる音がした。
魔術を放った領域と、それ以外に。
杖から発した冷気が、前方に急速に広がっていく。
分子の振動を即座に静止し、体積さえも奪いながら。
窒素、酸素、水蒸気、その他。
空気中に含まれる全てが、瞬時に凝固して固体へと変わる。
一拍置いて、周囲の空気が真空の空間へと流れ込む。
それは激しい風を引き起こした。
さっきとは逆に、吸い込まれるような風。
再度、クリスに捕まってやり過ごす。
その烈風が過ぎ去った後。
波立つ海は、その形のままに氷塊と化していた。
木も、砂も、水も、空気さえも。
あらゆるものが凍りついた、灰白の世界。
そこに、動く者はなくなった。
「クリス、どうだ?」
「…………」
「……クリス?」
クリスを見ると、ようやく我に返ったように答えた。
「……あ、ああっ!
魔族だな。
先程まで感じていた気配は、全てなくなった。
全滅した、と見ていいと思う」
……よし。
ホッと息を吐いた。
ギリギリで間に合った。
もしも陸で戦ったら、詠唱する暇などなかっただろう。
万どころか、百体の魔族ですら絶望的だ。
そうなれば、俺達に――ヒトに、勝ち目はなかったかもしれない。
大陸の東側の国々は、魔族の奇襲で壊滅的な被害を受けただろう。
海は彼方まで凍りつき。
木は風でなぎ倒され。
氷から木が生える景色になってしまったが。
目的は果たせた。
「間に合ってよかった。
クリスが気づいてくれたお陰だ。
助かったよ」
そう言ってクリスを見ると、なんとも言えない表情をしていた。
「エミリーもありがとう。
俺に、命を預けてくれて。
エミリーがいてくれたから、冷静でいられた」
エミリーを見ると、なんとも言えない表情をしていた。
「…………」
「…………」
二人はその表情のまま、固まってしまった。
「…………どうかしたか?」
たまらず、聞いてしまった。
それが失敗だったのだろうか。
二人の顔が、みるみる感情を取り戻していく。
一瞬の静寂ののち。
――左右から、けたたましい声が俺の耳を貫いた。
「……『どうかしたか?』じゃ、ないわよこのバカ!!」
「ハジメのオタンコナス! 無口! 陰キャラ!」
「そんな魔術が使えるなら、言っときなさいよ!」
「そうだ! 私達がどれだけ絶望したと思ってるんだ!」
「私、死ぬのは確定だと思ったわよ!
どれだけの魔族を道連れにできるか、そんなことしか考えてなかったわよ!」
「私も、二人が死ぬのを一秒でも遅らせることしか考えてなかった!
選べるのは、死ぬ順番だけだと思っていたぞ!」
「バカ! 根暗! カメムシ!」
「鈍感! 朴念仁!」
「――やかましいっ!」
……なんだこいつら。
なんでこんなに言われなきゃならんのだ。
だって、説明する暇はなかっただろ。
魔族が陸に上がったらアウトな状況だったんだから。
むしろ、俺の迅速な作戦行動を褒めてほしい。
「いいじゃねーか、魔族は全部倒せたんだから」
「「よくない!」」
二人が声をそろえて言う。
まだ不満らしい。
やれやれだ。
嘆息しながら、自分の発言の違和感に気付いた。
――全部?
果たして侵攻してきた魔族は、今ので全部なのだろうか。
確かに圧倒的な数だった。
だが、海を越えての侵攻に、戦力の全てを割くなんてことがあるだろうか。
仮にこの襲撃が成功したとしたら、ヒトは西に逃げるだろう。
その結果、仮に防衛線をヒトが突破したなら、逆に魔族の領土を占領できることになる。
それでは本末転倒だ。
つまり、西の大陸には、まだ相当数の魔族がいるはずだ。
そして、もし俺が敵の指揮官なら。
海越えの侵略に、ヒトが混乱した矢先を狙うだろう。
防衛線で後ろを気にしたら、それは大きな不利になる。
そこを突いて、防衛線に攻めこみ、突破すれば。
完全な挟撃となって、魔族の勝利が濃厚になる。
「――まずい」
一応すでに、挟撃を阻止することには成功した。
だが、仮に今のと同じ戦力が西にいるとしたら。
……あれだけの数だ。
防衛線を突破されてもおかしくない。
そうなれば、相当な数の犠牲者が出る。
「クリス、エミリー!」
「「はい!」」
その返事に、ちょっと面食らった。
二人を見ると、やや硬い表情でこっちを見ている。
蛇に睨まれたカエルを、少しだけ思わせる表情だ。
なんか、ビビってる?
……まぁいいか。
そっちの方がやりやすい。
「俺は今から、大陸間の防衛線に向かう!」
「「えっ!?」」
「しばらくしたら、魔族がそっちからも攻めてくる可能性が高い。
それを迎え撃つ!」
「「ええっ!?」」
……なんか、二人の返事がすごいシンクロしてる。
「だから、ここで別れよう。
あれだけ戦力を削いだんだ。
さすがに正面から戦えば、最終的にはヒトが勝つだろう。
ここは戦端から最も離れてるし、安全だ。
わざわざ危険な場所に赴くことはない」
できるだけ冷静に、見解を伝える。
妙なテンションだった二人も少し落ち着いて、考える仕草を見せ始めた。
「俺は魔族を許せないし、俺の目的は奴等を滅ぼすことだ。
だから、この機会に全てを終わらせようと思ってる。
付け加えるなら、友達を一人、援護をしてやろうってとこか。
つまり、俺には目的がある。
だから、自分の命を危険に晒す」
……そう。
ここで全てを終わらせる。
「でもそれは、二人には関係のないことだ。
あの魔族の大群と陸で戦えば、相当な苦戦を強いられるだろう。
死者も多く出るはずだ。
自分の命がなくなっても、全然おかしくない」
恐らく、かつてない規模の侵攻になるはずだ。
それに参戦するのは、エルフの里を目指す旅より遥かに危険だ。
「だから、俺一人で向かう。
……いいな?」
散々巻き込んでおいてなんだが。
二人には、できれば安全なところにいてほしい。
今回は仕方なかった。
転移するまで状況が分からなかったし、他に戦力がいなかったし、とにかく時間がなかった。
だが、次は違う。
戦線には、手練れの剣士や魔術師が山程いるはずだ。
それなら二人くらい、いてもいなくても変わらないだろう。
「ダメよ」
「ダメだな」
え?
聞き間違いかな?
「まるでダメね、ハジメ。
不正解よ」
たしなめるような口調で、エミリーは言った。
まるで、魔術学院に戻ったかのようだ。
さっきビビってるように見えたのは、見間違えだったのか?
「何が、二人には関係ないこと、よ。
関係あるに決まってるじゃない」
いや、そんなことないだろ。
少なくとも俺には、思いつかない。
「ハジメ」
クリスもまた、とがめるような口調で俺の名を呼んだ。
「私達だって、守りたい人がいるんだ。
私にとっては、アルバーナに住む家族がそうだ。
ハジメはヒトが勝つと予想しているみたいだが、それは所詮推測でしかないだろう?
例え微力でも、私は大切な人を守るために戦いたい」
真っ直ぐな眼差しで言う。
確かにそう言われると、関係なくもないか。
「それに友達ってユリヤン殿下のことでしょう?
私達だって、一緒にお酒を飲んだ仲よ。
私は、殿下を友人だと思っている。
友人を助けたいと思うのは、当たり前でしょう」
今度はエミリーが、また一つ理由を付け加える。
まぁ、その通りだ。
「……そして、一番間違っていること」
エミリーが言う。
俺への不満が、ありありと浮かんだ顔をしている。
クリスも同じような表情で、その言葉を引き継いだ。
「それは、私達がどれだけハジメのことを大切に思っているか、全く理解していないことだ」
二人して、俺をにらみつけてくる。
「ここでハジメ一人で行かせて、ハジメが帰ってこなかったら。
私達は一生、その後悔を背負って生きることになる。
そんなことは断じて、受け入れられない」
「あなたが私達をどう思ってるのか知らないけどね。
もう私達にとってあなたは、世界で一番大切な存在なの。
それをもっと自覚して、私達に心配をかけないように振る舞いなさい」
二人が真面目な顔で、そんなことを言ってくる。
その言葉は、すごく嬉しい。
本当に嬉しい。
嬉しいが。
「でも、俺にとってもお前らは、世界で一番大切な存在なんだ。
もしも魔族に殺されたりしたら、俺は耐えられない。
頼むから、おとなしくここで待っててくれないか?」
「いやだ」
「いやよ」
即答かい。
「ハジメが心配してくれるのは嬉しい。
だが、ここで指を咥えて待っていることはできない」
「そんなに心配してくれるなら、あなたが私達を守って。
私達も、あなたを守るから。
それが
しばし、二人とにらみ合う。
しかしどっちに目を向けても、全く目を逸らさずにらみ返してくる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………はぁ」
ため息が出た。
この二人、テコでも意見を変えそうにない。
「分かったよ。
……3人で向かうことにしよう」
結局、俺が根負けする形で。
3人で、戦線へと向かうことにした。