異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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ユリヤンの懸念

 大陸の西端。

 戦線という、どの国の領土でもない土地。

 魔族との戦いのためだけに存在する、広大な都市、巨大な城塞。

 一つの国家として成立する大きさの都市の西側に、高い二重の城壁を備えた要塞が構えている。

 

 その要塞の中には、兵士のための部屋が何千と存在する。

 そのうちの、高級な部類の一室。

 そのソファに座って、ユリヤンはため息を吐いた。

 

 ――何かが、おかしい。

 

 ここに来た当初、ユリヤンはのんびりと生活していた。

 魔族はこの500年、一度も攻めてきたことはない。

 侵攻のない砦でやることなど、暇つぶしの他にないだろう。

 そんな考えのもと、酒と女に興じる日々を送っていた。

 

 しかし実際には。

 聞いた話と、少しだけ違っていた。

 魔族は、やってくるのだ。

 2年に1度ほどの頻度で。

 ただそれが、十体にも満たない数で、こちらが攻撃するとすぐに逃げていく、戦闘とも呼べない小規模なやりとりであったために、その事実はあまり広まっていなかった。

 

 初めてそれを聞いた時は、気にも止めなかった。

 魔族にも、好奇心旺盛なやつがいるんだろう。

 知らない世界があったら、覗いてみたくなるんだろう。

 そんな解釈をしていた。

 

 しかし先月。

 その戦闘に、ユリヤンは初めて参加した。

 どうせすぐに逃げていくと、周囲の者が揶揄する中で。

 その日ユリヤンは生まれて初めて、魔族という存在と邂逅した。

 

 それは筆舌しがたい、邪悪さを放つ存在だった。

 遠目からでも、生理的な嫌悪感が沸き立った。

 魔術師達も同様なのか。

 壁上から、過剰とも言える魔術が放たれた。

 

 事実、魔族はすぐに退却した。

 城壁の上にずらりと並んだ魔術師たちが、それぞれ数発の魔術を放っただけで、戦闘は終わった。

 いつも通りだったなと。

 魔族など恐るるに足らんと。

 周囲の者は笑っていた。

 

 そんな中。

 ユリヤンの心には、強烈な疑念が生まれていた。

 

 おかしい。

 各国の精鋭の魔術師が、一斉に放つ魔術。

 それらはユリヤンの見てきた中でも最高のものだった。

 上級魔術。

 間違いなく、ヒトの最高峰であるはずだ。

 

 その魔術を。

 その魔術を、奴らは()()()()()

 土煙の中で、かすかに見えた魔族の動き。

 それは明らかに、こちらの戦士の平均値よりも上だった。

 恐らく、魔術に被弾して死んだ者はいないだろう。

 もちろん、かなりの遠距離なので、着弾までの猶予は長い。

 しかしそれを差し引いても、その素早さは脅威に映った。

 

 なぜ、定期的に少数で攻めてくるのか。

 なぜ、それだけの能力を持ちながら、すぐに撤退していくのか。

 

 ……こいつらはもしかして、大規模な侵攻の機会を窺っているんじゃないか?

 定期的に攻めてくるのは、魔術の威力を測るためなんじゃないか?

 そんな懸念が、ユリヤンの頭に生まれた。

 

 遥か昔、ヒトは魔族に滅ぼされかけた。

 しかしギリギリのところで踏みとどまり、なんとか現在の形に持ち込んだ。

 

 時間が経ちすぎて、正確な記録は残っていないが。

 ヒトが盛り返せた理由は、魔族の数が少なかったからだと言われている。

 魔族が、ヒトを駆逐するよりも速く。

 ヒトは魔術を進歩させ、魔族と渡り合えるようになった。

 

 しかし、魔族が大規模な侵攻をやめて1000年。

 ヒトが、ヒト同士で争っていたその期間に。

 息をひそめていた魔族が、その数を増やすことに専念していたとしたら。

 そして。

 ヒトを滅亡させる機会を、今も虎視眈々と狙っているとしたら。

 

 ――戦場での魔族の行動にも、説明がついてしまう。

 

「…………は」

 

 ユリヤンは再度ため息を吐き、グラスに酒を注ぐ。

 

 ここでは月に一度、会議が行われている。

 各国の代表が方針を話し合う、重要な場。

 ユリヤンも、アルバーナの代表として出席している。

 

 初めての魔族との戦闘を終えた、次の会議。

 ユリヤンは訴えた。

 戦闘での動きを見る限り。

 やつらの一個一個に、相当な戦闘力がある。

 もしも大規模な侵攻を受けた場合、防衛線を守れないかもしれない。

 

 戦線の軍事力は、緩やかな右肩下りをたどっている。

 当初は各国の戦力の半分を、戦線に回すことが義務だった。

 しかしその基準は年々低下して、今では4分の1にも満たない。

 

 それではまずい。

 いつか魔族が攻めてきた時に、防衛できない、と。

 ユリヤンは真摯に訴えた。

 

 しかしそれに対する参加者の反応は、散々なものであった。

 大半の者は、その意見を取るに足らぬものと侮った。

 

 戦力は十分あり、攻め込まれても問題なく勝てる。

 事実、奴らは我々の魔術に対抗できず、逃げることしかできない。

 新参者が口を挟むな。

 臆病風に吹かれたなら、荷物をまとめて祖国へ帰れ。

 そんな、ユリヤンを否定する主張で、会議は溢れかえった。

 

 ……皆、経験からくる思い込みに支配されている。

 ユリヤンはそう感じた。

 ヒトの一生は短い。

 10年、20年続いてきた出来事なら、永劫続くと思うには十分だ。

 ましてやそれが、1000年。

 長く戦線にいる者ほど、魔族が攻めてくることを絵空事と考えるようになっていた。

 

 そしてそのような者ほど、この場での発言力は高い。

 地位を利用して安寧を得る事に慣れきってしまって、ひたすらに保守的。

 ユリヤンにとっては、不都合極まりない。

 とはいえ彼らとて、悪人というわけではない。

 年月というのは、ヒトの考え方を支配してしまうものなのだろう。

 

 一応、ユリヤンの意見に耳を傾ける者も、少なからず存在した。

 しかしその者達も、具体的な戦力増強の話には口を閉ざす。

 金がかかるからだ。

 それは、自国の防衛力を下げる事に繋がってしまう。

 結果として、ユリヤンの意見に賛同する者は、ゼロだった。

 

 

 グラスを口に運びながら、ユリヤンは思う。

 

 確かに、この1000年変わらなかったことだ。

 魔族とは相容れないが、干渉しない。

 それが正しいという空気が流れている。

 

 だが。

 それはこっちが勝手に思っていることだ。

 やつらがどう思っているかなんて、分かりはしない。

 有史以来、西の大陸に足を踏み入れて、生きて戻ったヒトはいない。

 やつらのことなど、自分達は何一つわかっていないのだ。

 

 それならば、せめて備えておく必要があるだろうに。

 ――慣れと馴れ。

 それらは本当に、思考を鈍らせてしまう。

 だがユリヤンでさえ、10年後はどう考えているか分かりはしない。

 そんなヒトの愚かさに、諦念を覚える。

 だがそれこそが、ヒトなのだろう。

 

「……まぁ、どうにもならんな」

 

 ゴクリと酒を飲み、ユリヤンは一人、目を閉じた。

 

 


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