異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

102 / 109
魔族の話③

 夜。

 西の大陸の某所。

 

 星明りに照らされて、巨大な建物が、その輪郭を晒している。

 岩山をくり抜き、中を居住空間としたもの。

 城と呼ぶには、あまりにも拙く。

 建物と呼ぶことすら、抵抗を感じる者もいるだろう。

 しかしそれが。

 長い年月をかけて造られた、魔王の城であった。

 

 魔族は、何かを作るということに向いていない。

 強大な力の制御は難しく。

 鋭利な爪は、繊細な作業ができない。

 イカダを作れたことが、奇跡と言っていいほどに。

 絶望的に、不器用だった。

 

 せめてもの救いは、火を扱えること。

 全ての魔族が、口から火を吹くことができる。

 それは恐らく、進化の過程で攻撃手段として備わったもの。

 しかし今、魔族の多くがそれを木の枝に移し、光源として活用している。

 その発想によって、魔族の社会は格段に便利になった。

 

 魔王は城の屋上で寝転び、星を見上げる。

 扱うようになった火の灯りによって、少しばかり見える星は少なくなってしまったが。

 星はいつもと変わらず、美しい輝きで彼を迎えてくれた。

 

 星を眺めながら。

 彼は、ヴィルガイアを滅ぼした時のことを思い出した。

 あの時、彼は初めてヒトの街というものを見た。

 城壁を超えて、その街並みを目にした時。

 

 美しいと。

 そう思った。

 

 城も。

 家も。

 道も。

 目に入る全ての()が美しく映った。

 

 洗練された造形。

 魔族が幾星霜をかけようと、作り出すことができない景色。

 それらは衝撃をもって、彼の心を揺さぶった。

 

 星の動きに規則性を見出した時と同様の。

 もしくはそれ以上の。

 愛情といって差し支えない感情が、彼の胸中に溢れた。

 

 しかし。

 その景色の中に。

 視界に入れることすら、許し難い生物がいた。

 それは、美しい景勝を飛び回る虫のように。

 美しい街並みを、うぞうぞと這い回っていた。

 

 ――許せない。

 彼は、その感情に支配された。

 

 これほどまでに、胸を打つ景色。

 それを作り出したのが、見るだけで虫唾が走るような生物だということ。

 その景色を魔族が作り出すことは、永久に叶わないだろうということ。

 そのいずれもが、彼の神経を逆撫でした。

 

 手に入らぬ物ならいっそ、跡形もなく消し去る。

 それが、その時彼が下した結論だった。

 その結果、ヴィルガイアの街並みは徹底的に破壊され。

 最期には、エドワードの魔術によって、その城も消え去った。

 

 だが今。

 ヒトを真似て作り出した、城と呼ぶことすら滑稽な岩の上で。

 星を見上げながら。

 彼は嗤う。

 

 あの景色は、じきに自分のものになる。

 過程など、どうでもいい。

 作ったのが誰かなど、どうでもいい。

 最終的な所有者が自分であれば、それでいいのだ。

 

 すでに、先遣隊を放ってからひと月以上が経過した。

 今頃、大陸の東側は大混乱だろう。

 来るはずのない方向から、魔族の大群が攻めてきたのだから。

 

 全ての部隊に、建物は壊さぬよう厳命している。

 殆どの魔族は、ヒトの文化になど興味はない。

 壊すなと言われればそれを守るだろう。

 

 起こっているであろう虐殺を目に浮かべ、魔王は嗤う。

 

 ただ、ひとつ懸念があるとすれば。

 来るはずの伝令が来ないこと。

 先遣隊の魔族の一部に、作戦の首尾をこちらに伝える任を負わせたのだが。

 未だに、彼の元にはやってこない。

 

 しかし、彼に動揺はなかった。

 航海の予行演習は、何度となく行った。

 そのいずれもが、問題なく遂行できた。

 今回と異なるのは、実際にヒトを虐殺するか否かだけだ。

 

 所詮、彼以外の魔族は、魔物とそう変わらない。

 魔族が、初めてヒトを殺したら。

 その感触に夢中になって、任務が疎かになっても不思議ではない。

 

(奴が生きていれば、任せられたろうが……)

 

 昔、一体だけ彼の基準に見合う者がいた。

 他の魔族よりも賢く、命令に忠実で、忍耐強く遂行できる部下が。

 しかしその者は、ヴィルガイア侵攻の際に失ってしまった。

 

(仕方がない)

 

 このまま伝令を待っていては、ヒトを滅ぼす絶好の機会を失ってしまうかもしれない。

 戦線のヒト共が、後ろを気にする好機。

 これを利用しない手はない。

 

 戦線で、偵察を繰り返した結果に照らせば。

 仮に援軍がまだでも、問題なく勝てる戦だ。

 全てを加味して、彼は結論を下した。

 

 ――明日。

 ヒトに全面攻撃を仕掛ける。

 

 数の問題でしぶしぶ海を渡らず、こちらに残った者もいる。

 皆、鬱憤が溜まっているだろう。

 思う存分、暴れさせてやるとしよう。

 

 闇の中で、かがり火が揺らめく。

 星々だけが、彼の決定を見守っていた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。