異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
夜。
西の大陸の某所。
星明りに照らされて、巨大な建物が、その輪郭を晒している。
岩山をくり抜き、中を居住空間としたもの。
城と呼ぶには、あまりにも拙く。
建物と呼ぶことすら、抵抗を感じる者もいるだろう。
しかしそれが。
長い年月をかけて造られた、魔王の城であった。
魔族は、何かを作るということに向いていない。
強大な力の制御は難しく。
鋭利な爪は、繊細な作業ができない。
イカダを作れたことが、奇跡と言っていいほどに。
絶望的に、不器用だった。
せめてもの救いは、火を扱えること。
全ての魔族が、口から火を吹くことができる。
それは恐らく、進化の過程で攻撃手段として備わったもの。
しかし今、魔族の多くがそれを木の枝に移し、光源として活用している。
その発想によって、魔族の社会は格段に便利になった。
魔王は城の屋上で寝転び、星を見上げる。
扱うようになった火の灯りによって、少しばかり見える星は少なくなってしまったが。
星はいつもと変わらず、美しい輝きで彼を迎えてくれた。
星を眺めながら。
彼は、ヴィルガイアを滅ぼした時のことを思い出した。
あの時、彼は初めてヒトの街というものを見た。
城壁を超えて、その街並みを目にした時。
美しいと。
そう思った。
城も。
家も。
道も。
目に入る全ての
洗練された造形。
魔族が幾星霜をかけようと、作り出すことができない景色。
それらは衝撃をもって、彼の心を揺さぶった。
星の動きに規則性を見出した時と同様の。
もしくはそれ以上の。
愛情といって差し支えない感情が、彼の胸中に溢れた。
しかし。
その景色の中に。
視界に入れることすら、許し難い生物がいた。
それは、美しい景勝を飛び回る虫のように。
美しい街並みを、うぞうぞと這い回っていた。
――許せない。
彼は、その感情に支配された。
これほどまでに、胸を打つ景色。
それを作り出したのが、見るだけで虫唾が走るような生物だということ。
その景色を魔族が作り出すことは、永久に叶わないだろうということ。
そのいずれもが、彼の神経を逆撫でした。
手に入らぬ物ならいっそ、跡形もなく消し去る。
それが、その時彼が下した結論だった。
その結果、ヴィルガイアの街並みは徹底的に破壊され。
最期には、エドワードの魔術によって、その城も消え去った。
だが今。
ヒトを真似て作り出した、城と呼ぶことすら滑稽な岩の上で。
星を見上げながら。
彼は嗤う。
あの景色は、じきに自分のものになる。
過程など、どうでもいい。
作ったのが誰かなど、どうでもいい。
最終的な所有者が自分であれば、それでいいのだ。
すでに、先遣隊を放ってからひと月以上が経過した。
今頃、大陸の東側は大混乱だろう。
来るはずのない方向から、魔族の大群が攻めてきたのだから。
全ての部隊に、建物は壊さぬよう厳命している。
殆どの魔族は、ヒトの文化になど興味はない。
壊すなと言われればそれを守るだろう。
起こっているであろう虐殺を目に浮かべ、魔王は嗤う。
ただ、ひとつ懸念があるとすれば。
来るはずの伝令が来ないこと。
先遣隊の魔族の一部に、作戦の首尾をこちらに伝える任を負わせたのだが。
未だに、彼の元にはやってこない。
しかし、彼に動揺はなかった。
航海の予行演習は、何度となく行った。
そのいずれもが、問題なく遂行できた。
今回と異なるのは、実際にヒトを虐殺するか否かだけだ。
所詮、彼以外の魔族は、魔物とそう変わらない。
魔族が、初めてヒトを殺したら。
その感触に夢中になって、任務が疎かになっても不思議ではない。
(奴が生きていれば、任せられたろうが……)
昔、一体だけ彼の基準に見合う者がいた。
他の魔族よりも賢く、命令に忠実で、忍耐強く遂行できる部下が。
しかしその者は、ヴィルガイア侵攻の際に失ってしまった。
(仕方がない)
このまま伝令を待っていては、ヒトを滅ぼす絶好の機会を失ってしまうかもしれない。
戦線のヒト共が、後ろを気にする好機。
これを利用しない手はない。
戦線で、偵察を繰り返した結果に照らせば。
仮に援軍がまだでも、問題なく勝てる戦だ。
全てを加味して、彼は結論を下した。
――明日。
ヒトに全面攻撃を仕掛ける。
数の問題でしぶしぶ海を渡らず、こちらに残った者もいる。
皆、鬱憤が溜まっているだろう。
思う存分、暴れさせてやるとしよう。
闇の中で、かがり火が揺らめく。
星々だけが、彼の決定を見守っていた。