異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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襲来②

 ――パチリと。

 宵闇の中、ユリヤンは目を覚ました。

 

「あれ? まだ朝じゃないよな?」

 

 手を伸ばしてカーテンを開けても、目に映るのは暗がりだけ。

 ユリヤンは手探りでランプをつけ、時刻を確認する。

 時計は、予定した起床時間よりもかなり早い時刻を示していた。

 

「なんだ、無駄に早起きしちまったな」

 

 愚痴るように呟きながら、両手を上げて伸びを一つ。

 隣で寝てる女を起こさないように、そっとベッドから降りた。

 寝室を出て、顔を洗う。

 

「……ふぅ」

 

 顔を水にひたすと、頭がすっきりした。

 

 昨日までの出来事。

 今日の予定。

 短期的な目標。

 長期的な目標。

 脳内に、様々な情報が巡る。

 

「……そうか、今日はダルケル伯爵との会談だ」

 

 ユリヤンは、戦線の軍備増強をあきらめてはいなかった。

 先日の会議で、意見を一笑に付されてから。

 すぐに、根回しを開始していた。

 

 四大国家の一角、アルバーナ。

 その王子ともなれば、交渉材料は多く持っている。

 ユリヤンは持てるカードを駆使して、味方を増やそうとしていた。

 まずは、ユリヤンの意見に否定的でない者。

 次点で、否定的であっても取引に応じそうな者。

 それらを標的に、懐柔していく方針だ。

 

「今のままじゃまずい。

 魔族はいずれ、攻めてくる」

 

 ユリヤンはこの考えを確信していた。

 具体的な証拠はない。

 魔族の行動原理など、自分が知る由もない。

 自分の意見を否定する者達を、理解さえできる。

 ――しかし、確信していた。

 

 剣士の勘。

 そう言うしかない。

 先日の魔族の動きは、絶対に策謀を持つものの動きだった。

 

「……まぁ、今日明日に攻めてくるわけでもないだろうが」

 

 顔を布で拭きながら、ふっと息を吐く。

 計画は、年単位だ。

 少しずつ、地道に会議の意見を掌握していくしかない。

 1000年も攻めてこなかったのだ。

 あと数年くらい、もつだろう。

 

「よし」

 

 朝日が昇るのを眺めながら、自分を鼓舞するように呟いた。

 寝坊がちなユリヤンは、朝日を見るとすっきりと一日を始められる。

 いつもと同じく美しい、茜色の空。

 

 しかしなぜか。

 その日は、妙な胸騒ぎがした。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 午後。

 

 ユリヤンはダルケル伯爵との会談を終え、一息ついた。

 交渉の感触は良好だ。

 伯爵の出身国であるラーガ王国は、アルバーナの南に位置する。

 ラーガ王国は病害で穀物が不作だという話を、以前に寝た女から仕入れた。

 そこを材料に交渉し、ほぼ狙い通りに話は着地した。

 優先的に穀物の取引を行うと約束すると、伯爵は軍備について前向きな姿勢を見せてくれた。

 

「……はぁ。

 過半数まで、あと何十人だ?」

 

 紅茶を飲みながら、ため息をつく。

 まだまだ先は長い。

 ラーガなど、小国もいいところだ。

 意見を牛耳っている派閥に、入れてもいない。

 

 これから先。

 今日の交渉などより、遥かに困難な説得をしていくことになるだろう。

 場合によっては、武力による脅しも必要になる。

 相手は各国の貴族階級。

 腹芸はお手の物の、海千山千の権力の亡者達だ。

 戦線(こんなところ)にいるのは、もしかしたら左遷人事なのかもしれないが。

 それでも駆け引きの経験は、自分より遥かに豊富だろう。

 

 だが、やるしかない。

 じっくりと、時間をかけて、相手の弱みを探っていく。

 見つけた弱みに付け込んで、派閥に取り込む。

 まだるっこしいが、これを続けていくしかない。

 

 ユリヤンは紅茶に口をつけて、さらに思考を巡らせ。

 カップをソーサーに置いた時。

 

 その耳に、聞きなれない音が響いた。

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 

 3回1組の鐘の音。

 それが何度も何度も、街中に鳴り響く。

 ここにいる誰一人として、これまで聞いたことがなかった音。

 この500年間、響いたことがなかった音。

 響くはずがない音。

 

 ――緊急戦闘配備の、合図だった。

 

 

 ―――――

 

 

「――何があった!?」

「――状況は!?」

「――馬鹿な! そんな訳があるか!

 もう一度確認しろ!」

 

 ユリヤンが会議室に移動すると、中は騒然としていた。

 軍を指揮する立場の貴族たちが皆、真っ赤な顔をして、大声で叫んでいる。

 

 緊急戦闘配備が発令した場合。

 兵は直ちに防衛線を敷き、各国の代表はこの場に集まり戦略を論議する。

 1000年前から、そのように定められていた。

 

 この場は、この広い要塞都市で最高の意思決定機関。

 戦線の命運は全て、この会議にかかっている。

 その至高の議事堂に。

 怒号、叫声が飛び交っていた。

 

「皆様、静粛に!」

 

 たまらず、議長が声を上げる。

 議長は、四大国家の一つ、シャンパーニ王国の王族である。

 この男は、議長という地位を利用して、議決を巧みに誘導し続けてきた。

 しかしその男も、ついさっきまで慌てふためいて叫んでいたのだ。

 むしろ、その議長の態度が混乱を助長したとすら言える。

 言葉の重みは、ゼロに等しかった。

 

 変わらぬ喧噪で、各国の代表は騒ぎ続ける。

 代表たちは皆、お抱えの偵察員に怒号を飛ばしていた。

 

 偵察部隊は軍属の機関であり、本来なら代表個人に情報を伝えるものではない。

 しかし1000年の間に、軍としての機能は腐敗していた。

 自国から派遣した偵察員に、各自が自分を優先して情報を回すよう命じた結果が、この騒ぎだ。

 

「皆様、静粛に!

 静粛に!」

 

 二度目の議長の檄。

 あまり効果はない。

 しかし大半の者が情報を受け取ったことで、少しずつ場は静まり始めた。

 

「皆様、お気持ちはわかります!

 しかし、我々には時間がありません!

 目の前の危機を、いかにして乗り越えるか!

 建設的な話をしましょう!」

 

 お抱えの偵察員達が少しずつ退室していき、徐々に、混乱が収束していく。

 喧噪は去り。

 今度は、通夜のような沈黙がやってきた。

 各国の代表たちは、一様に絶望した顔をしている。

 

 警報が鳴った時から、ユリヤンは何が起こったのか、うっすらと勘づいていた。

 そして今、彼らの表情を見て、その考えは確信に変わる。

 

「……改めて、状況をお話します。

 魔族が、攻めてきました。

 数は、50万。

 もう間もなく、この砦へと到来します」

 

 やはりか、とユリヤンはため息を吐く。

 誰もが苦悶の表情を浮かべて、押し黙っている。

 

「対するわが軍は、30万です。

 魔術師が10万、戦士が20万。

 各々、部隊を指揮していただくことになります。

 総指揮は、バルロワ卿が適任かと……」

「う、うむ……」

 

 齢50のロロ=バルロワは、この場で最も身分が高く、戦線の滞在期間も最も長い。

 魔族の偵察部隊の相手も、この10年以上バルロワが指揮している。

 戦線の代表と言って差し支えない。

 総指揮に任命されるのは、彼以外ないだろう。

 

 しかし、本人は自身なさげに、口ごもって頷くだけだ。

 かつてない規模の、魔族の侵攻。

 そんなものに対処できる自信がある者など、この場にいるはずがない。

 そして、対処できなかった場合。

 それはすなわち、自分達の死を意味する。

 

「すでに、兵の配備は完了しています。

 普段と同様の布陣に、この都市の全ての戦力を配置しています。

 それでは、何か策のある方は挙手をお願いします」

 

 議長は場を見渡すが、誰一人として手を挙げる者はいなかった。

 ひたすらに沈黙が続く。

 ユリヤンも考えをしぼってみるが、何一つ妙案は出てきはしない。

 

(……ま、そりゃそうだ)

 

 ユリヤンは心の中でため息を吐く。

 兵数何十万という規模の戦だ。

 そこで有効な策など、それこそ何年という単位で準備をしておかなければ、機能するはずもない。

 魔族との戦争など、絵空事であるかのように。

 目をそらし続けていた報いが今、やってきたのだ。

 

「こんなことなら……」

 

 誰かがぼそりとつぶやいた。

 こんなことなら。

 こんなことなら、もっと国の予算を戦線に回すべきだった。

 もっと、兵の練度を底上げするべきだった。

 もっと、備えを講じておくべきっだった。

 そんな心中の後悔が、皆の顔に浮かぶ。

 

 しかし、今更何を思っても、過去は変えられない。

 すでに賽は投げられてしまった。

 迫りくる恐怖に、皆が押し黙っている中で。

 

 スッと。

 一人の男が手を挙げた。

 ユリヤンだ。

 

「……お、おお。

 アルバーナではないか。

 貴殿は軍備の必要性を説いておったな!

 先見の明があると認めざるをえまい。

 して、何か策があるのか!?」

 

 バルロワが、期待に満ちた声で聞く。

 うつむいていたその他の面子も顔を上げ、ユリヤンを見る。

 

「いえ、ありません。バルロワ卿」

 

 しかし、ユリヤンの返事は期待したものとは違った。

 皆がその返事に落胆し。

 それなら何故挙手などしたのかと、非難の視線を向ける。

 

「しかしですね皆さん。

 なぜ、そんなに落ち込んでらっしゃるのか。

 私には分かりかねます」

 

 ユリヤンが、よく通るはっきりとした声で言った。

 

「所詮魔族など、取るに足りない下等な生き物だと。

 普段から仰っていたではありませんか。

 ……いえ、私は本心から述べているのです。

 数で負けている。

 何故その程度のことで、こちらが劣勢だと決めつけているのですか」

 

 聞く者は皆、怪訝そうな顔をユリヤンに向ける。

 ユリヤンはなお、堂々と主張を続けた。

 

「私は今、過去の自分を恥じています。

 軍備の増強など、必要なかった。

 最近皆様とお話させていただいて、自分の考えの誤りに気付いたのです。

 前回の会議で皆様が仰っていたことこそが、まさに正論だったと。

 会議で私が言ったことは、的を得ない愚かな意見だったと、考えるようになったのです。」

 

 そこで一拍おき、ゆっくりと周囲を見渡す。

 そして、皆の意識が完全に自分に向くのを確認し、言った。

 

「皆様、たかが魔族です。

 歴史上、ヒトの英知の結晶たる魔術に、奴らが抗えた試しはありません。

 いつものことではありませんか。

 やつらは魔術の威力に恐れをなし、なすすべもなく逃げていく。

 ……まぁ、今回は数が多い。

 たしかに打ち漏れは出るでしょう。

 しかしそこで奴らを待ち受けるのは、各国の粋を結集した屈強なる戦士達です。

 あのような下等生物など、一刀のもとに叩き伏せることに疑いの余地はないでしょう」

 

 ユリヤンの、毅然とした物言いに。

 ほんのわずかに、皆の眼に光がともる。

 

「具体的なお話をしましょう。

 50万の魔族のうち、30万は魔術の弾幕を躱せずに死ぬでしょう。

 近づけるのは、20万。

 例え数が同じでもこちらが勝つというのに、20万対30万の勝負です。

 負ける要素がないではありませんか」

 

 ユリヤンは両手の平を見せ、笑いながら言った。

 

 そんなに、うまくいくわけがない。

 多くの者がそう思った。

 しかしその反面、気づいた。

 そのようにならないという根拠もまた、ないことに。

 

 この場の誰もが、魔族との戦争の経験などないのだ。

 しかし普段の戦闘の様子を考えると、こちらが有利に思えなくもない。

 皆の腰が引けている最も大きな理由は、「経験したことがない」ということなのだ。

 

「確かに、かつてない規模の戦闘が予想されます。

 しかしそのことで皆様、浮き足立っておられるようだ。

 長く戦線にいると、前例のないことがそれほど恐ろしく映るのでしょうか。

 私のような新参者には、分かりかねますね。

 これから始まるのは、いつもと何の変りもない、ただの狩りですよ。

 それとも、まさか本当に、魔族に怯える臆病者しか、この場にはいないということですか?」

 

 ユリヤンは、相変わらず笑みを浮かべたまま。

 会議の場ではありえないような暴言を吐いた。

 

「ふざけるな!」

「若輩が! 調子に乗るな!」

「我らがどれだけの時間、奴らと相対してきたと思っている!」

 

 押し黙っていた面々が、急に騒ぎ出す。

 その目には、先程まではなかった闘争心が宿っていた。

 

「……いいだろう。

 いや、貴卿の言う通りだ。

 ……皆の者。

 我らの力、調子に乗った魔族に知らしめてやろうではないか!」

 

 バルロワが叫ぶ。

 その顔には、先程までの動揺はなく。

 覚悟を決めた表情に変わっていた。

 

「――魔族を滅ぼすぞ!」

 

 バルロワの雄たけびに。

 その場の全員が、大音量の返事で応えた。

 

 

 

 

 

 


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