異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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戦争④

「ガアアァァアァァァァッ!!」

 

 俺の言葉が逆鱗に触れたのか。

 魔王が、身の毛がよだつような叫び声をあげた。

 圧倒的な、怒気をはらんだ音。

 それに反応したのか、周囲の魔族も全て、魔王と共に襲い掛かってきた。

 

「クロックアップ」

 

 前方はクリスに任せ。

 後ろを振り返り、唱える。

 

 止まった時の中で、状況を確認する。

 背後から来ていた者の中で、至近距離で襲ってくる魔族は2体。

 そいつらを結んだ直線に沿って、巨大な風の刃を用意しておく。

 

 時は動き出し、突如現れた魔術に対応できず、狙った魔族が死んでいく。

 しかしすぐさま、次のやつがやってくる。

 クリスも前方への対応で手一杯のようだ。

 魔族の数が多い。

 ワンミスが命取りになる。

 

「クロックアップ」

 

 頭痛がひどいが、使わないと打ち漏れが出る危険がある。

 だがもう、あまり多くは発動できない。

 頭痛が限界を超えるとどうなるか、俺にも分からない。

 

 再度、向かってきているやつらに対して魔術で対応する。

 フレイムピラーを、最大出力で設置しておく。

 向かってきているやつらを含め、多くの魔族を狩れるはずだ。

 

 クロックアップ中も、背後の様子は分からない。

 止まった世界では、振り向くことはおろか、眼球を動かすことすらできないからだ。

 

 クロックアップの効果が切れ。

 状況確認のため、クリスの方を振り向いた。

 後方から、設置した魔術(フレイムピラー)による爆音が聞こえる。

 

 そして振り向いた俺の視界に、魔王が映った。

 こちらに向かってくる。

 馬鹿な。

 

「――クロックアップ!」

 

 再度、世界が止まる。

 俺は近づかれたらおしまいだ。

 どうしても、使用頻度が多くなる。

 

 止まった時の中、クリスを探す。

 

 ……いた!

 視界の端で、倒れている。

 そこには赤い色が混じっている。

 まさか、魔王にやられたのか。

 治癒魔術をかけなければ。

 

 しかし、すぐそこに魔王が迫ってきている。

 他の魔族も俺に向かってきている。

 クロックアップ中に撃てる魔術は一つだけだ。

 そして治癒魔術は、近づかないと発動できない。

 

 ――くそ、どうする。

 とにかく魔王だ。

 クリスなしで近づかれたら、勝算はゼロだ。

 他の魔族なら、後でもまだ何とかなる可能性がある。

 

 魔王に向けて、フレイムピラーを放つ。

 しかし今度は直接当てずに、魔王の少しだけ前に設置する。

 魔王とて、慣性からは逃げられないはずだ。

 今の体勢からは、前に進むことは間違いない。

 さっきは当たった瞬間に認識されて避けられた。

 これならどうだ。

 

 時が動きだす。

 俺の目の前で、大きな火柱が上がる。

 魔王はそれに飲み込まれ、見えなくなる。

 

「ぐぅっ!」

 

 ひどい頭痛がして、鼻から血が出てきた。

 それを袖で乱暴にぬぐい、視界を確保しようと一歩下がった。

 その時。

 

 爆炎の中から、魔王が現れた。

 両腕を交差して。

 眼球や鼻、口を守っている。

 一切のタイムロスがない。

 完全な直撃だけを避け、もろい部分を守りながら、ほぼ一直線に俺の方へ向かってきたようだ。

 多くの鱗が溶け落ちているが、活動に支障はないらしい。

 

 くそっ!

 切れる手札がない。

 魔術を撃っても躱されるだろう。

 クロックアップも唱える暇がない。

 クリスは倒れている。

 何か打開策はないのか。

 

 目前に魔王が迫る。

 畜生、ここまでなのか。

 俺の復讐は。

 俺の人生は。

 結局、こんなもんなのか。

 

 顔をゆがめる俺の横を、何者かが走り抜けた。

 雷光のような速さで俺の目の前に立ちはだかり、魔王の凶爪を剣で受ける。

 爪を白刃に滑らせ、懐に潜り込み。

 移動してきた速度をそのままに、そいつは魔王に当て身を食らわせた。

 体格で3倍は差があろうかという魔王が、衝撃で後ろへ飛ぶ。

 しかし魔王はすぐに体勢を立て直し、そいつを睨んだ。

 

「貴様っ……!」

「久しぶりだな、ハジメ」

 

 そいつは、ユリヤンだった。

 ユリヤンが、俺の目の前に立っていた。

 

 親友が、助けに来てくれた。

 その頼もしさに、不覚にも口元が緩んだ。

 

「ユリヤン! 助かった」

「俺が生きてるのはお前らのおかげだ。

 お互い様だ」

 

 魔王を睨み返しながら、ユリヤンが言う。

 その間に、またも多数の魔族がこちらへと向かってきた。

 しかし。

 

「――皆の者! 聞け! 

 先刻の爆発は、このハジメが起こしたものだ!

 この男は、ヒトの希望だ!

 命に代えても守れ!」

 

 ユリヤンが叫ぶと。

 

「オオオオオオォォォ!」

 

 周囲から、腹の底まで震わせるような雄たけびが木霊した。

 気づけば、辺りに味方が増えていた。

 俺を守ってくれている。

 たくさんの兵士が、周囲の魔族と戦ってくれている。

 

「ここは引き受ける!

 クリスを治せ!」

「がってん!」

「させぬ!」

 

 クリスの元へと走る俺を。

 魔王が阻もうと、右腕を振り上げる。

 が、その腕は振り下ろせない。

 背後から襲ってきた一太刀を躱すため、引いたからだ。

 

「さっきの借りを返すぞ、魔王。

 10倍にしてな」

「この死にぞこないが……!」

 

 すぐに、背後からすさまじい剣戟の音が聞こえてきた。

 振り返りそうになるが、こらえてクリスのもとへと走る。

 倒れているクリスの肩から、ドクドクと血が流れているのが見えた。

 

「クリス! 大丈夫か!?」

 

 返事がない。

 まさか、と焦ったが、呼吸と脈は確認できた。

 だが、右の肩口から胸郭付近まで至る、かなり深い傷がある。

 盾にも、同じところに破損がある。

 おそらく袈裟切りの軌道の攻撃を盾で防いだものの、威力を殺せずに負傷してしまったのだろう。

 

「ハイヒール」

 

 中級治癒魔術。

 俺が使える治癒魔術は、中級までだ。

 まぁ、この場はそれで十分だろう。

 エメラルドグリーンの光に包まれ、クリスの傷が修復される。

 肩をゆすりながら、呼びかける。

 

「クリスッ! クリスッ! 起きてくれ!」

「……ん、んぅ。私は……ハッ!」

 

 ガバッと、クリスが起き上がった。

 

「ハジメ、今は!?

 私はどれくらい気を失っていた!?」

「よかった。無事そうだな。

 大丈夫だ。

 まだ、ほんの少ししか経ってない」

 

 クリスは辺りを素早く見回し、状況を確認した。

 

「私はどうしたらいい?」

「魔王を倒そう。協力してくれ」

「わかった」

 

 クリスは素早く剣と盾を拾って、走り出した。

 俺も後を追う。

 

「……少しだけ、夢を見ていた」

「夢?」

 

 走りながら、クリスがしゃべり始めた。

 

「キマイラを倒した時の夢だ。

 あの時は、本当にハジメに助けられた。

 ――ようやく、私が助ける番だな!」

 

 そう言って、クリスは速度を上げ、魔王へと向かっていった。

 その後ろ姿を見て、不意に。

 脳裏に、地球で過ごした15年間が去来する。

 

 ガキ大将にいじめられていた時。

 孤児院の皆から、仲間外れにされていた時。

 サッカー部のやつらとの友情が、嘘っぱちだと知った時。

 それらが走馬灯のように、胸の内に巡る。

 

 そして気づいた。

 ……そうか。

 俺はいつも、誰かに助けてほしかったんだ。

 誰かにそばにいてほしかった。

 自分だけは味方だと、そう言ってほしかったんだ。

 

 そんなものは甘えだと、強がっていた。

 誰も助けてくれないのは、自分に価値がないからだと思っていた。

 

 クリスとエミリーに出会って。

 彼女達が、俺の味方だと言ってくれても。

 どれだけ俺のために、動いてくれても。

 好きだと言ってくれてさえ、なお。

 

 俺の心の芯には、かたくなに、それを拒絶するやつがいた。

 今、その正体がわかった。

 そいつは、過去の自分だ。

 いじめられて、仲間外れにされて、裏切られたあの時の自分。

 

 つまり、俺は彼女達に対して、こう思っていたんだ。

 

「でもお前たちは、あの時俺を助けてくれなかったじゃないか」と。

 

 なんて馬鹿馬鹿しい。

 なんて幼稚で、愚かで、独りよがりな感情。

 でも俺はそんなくだらない思いを、ずっと抱えていた。

 頭では間違ってると分かっても、心はそれを主張し続けていた。

 

 だが、今。

 クリスの言葉で、行動で。

 かたくなだった部分が消え去っていくのを感じる。

 

 いじめられた。

 仲間外れにされた。

 裏切られた。

 その原因が、目の前にいる。

 そいつは凶悪で、強くて、恐ろしくて、一人じゃ勝てそうにない。

 でも、そいつを倒せたら、あの時の自分も報われる気がする。

 

 そんな俺の、独りよがりな復讐のために。

 そいつの恐ろしさを目の当たりにしてもなお。

 身体に深い傷を負ってもなお。

 クリスは立ち向かってくれた。

 挑んでくれた。

 勝てる保証などない戦いに、その身を晒してくれた。

 

 戦場に来る前、彼女は家族を守るためだと言っていた。

 もしかしたら、そのための行動なのかもしれない。

 だが、俺は俺のために彼女が行動していると、そう信じられた。

 

 また裏切られるぞと。

 心の奥で警鐘を鳴らす存在が、いなくなった。

 クリスも、エミリーも。

 あの眼鏡の女の子とは、違うのだと。

 ようやく、心の底から信じられた。

 

 今、俺は俺の全てで、彼女達を信じられる。

 いつになく、身体を軽く感じた。

 今なら、なんだってできそうな気がする。

 

「倒す」

 

 決意を込めて口にする。

 

 世界のヒト達を守る。

 ヴィルガイアの無念を晴らす。

 両親の仇を討つ。

 そして、俺の15年間を、取り戻す。

 

 そうすることで、初めて。

 俺は、俺の人生を始められる。

 


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