異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
「ガアアァァアァァァァッ!!」
俺の言葉が逆鱗に触れたのか。
魔王が、身の毛がよだつような叫び声をあげた。
圧倒的な、怒気をはらんだ音。
それに反応したのか、周囲の魔族も全て、魔王と共に襲い掛かってきた。
「クロックアップ」
前方はクリスに任せ。
後ろを振り返り、唱える。
止まった時の中で、状況を確認する。
背後から来ていた者の中で、至近距離で襲ってくる魔族は2体。
そいつらを結んだ直線に沿って、巨大な風の刃を用意しておく。
時は動き出し、突如現れた魔術に対応できず、狙った魔族が死んでいく。
しかしすぐさま、次のやつがやってくる。
クリスも前方への対応で手一杯のようだ。
魔族の数が多い。
ワンミスが命取りになる。
「クロックアップ」
頭痛がひどいが、使わないと打ち漏れが出る危険がある。
だがもう、あまり多くは発動できない。
頭痛が限界を超えるとどうなるか、俺にも分からない。
再度、向かってきているやつらに対して魔術で対応する。
フレイムピラーを、最大出力で設置しておく。
向かってきているやつらを含め、多くの魔族を狩れるはずだ。
クロックアップ中も、背後の様子は分からない。
止まった世界では、振り向くことはおろか、眼球を動かすことすらできないからだ。
クロックアップの効果が切れ。
状況確認のため、クリスの方を振り向いた。
後方から、
そして振り向いた俺の視界に、魔王が映った。
こちらに向かってくる。
馬鹿な。
「――クロックアップ!」
再度、世界が止まる。
俺は近づかれたらおしまいだ。
どうしても、使用頻度が多くなる。
止まった時の中、クリスを探す。
……いた!
視界の端で、倒れている。
そこには赤い色が混じっている。
まさか、魔王にやられたのか。
治癒魔術をかけなければ。
しかし、すぐそこに魔王が迫ってきている。
他の魔族も俺に向かってきている。
クロックアップ中に撃てる魔術は一つだけだ。
そして治癒魔術は、近づかないと発動できない。
――くそ、どうする。
とにかく魔王だ。
クリスなしで近づかれたら、勝算はゼロだ。
他の魔族なら、後でもまだ何とかなる可能性がある。
魔王に向けて、フレイムピラーを放つ。
しかし今度は直接当てずに、魔王の少しだけ前に設置する。
魔王とて、慣性からは逃げられないはずだ。
今の体勢からは、前に進むことは間違いない。
さっきは当たった瞬間に認識されて避けられた。
これならどうだ。
時が動きだす。
俺の目の前で、大きな火柱が上がる。
魔王はそれに飲み込まれ、見えなくなる。
「ぐぅっ!」
ひどい頭痛がして、鼻から血が出てきた。
それを袖で乱暴にぬぐい、視界を確保しようと一歩下がった。
その時。
爆炎の中から、魔王が現れた。
両腕を交差して。
眼球や鼻、口を守っている。
一切のタイムロスがない。
完全な直撃だけを避け、もろい部分を守りながら、ほぼ一直線に俺の方へ向かってきたようだ。
多くの鱗が溶け落ちているが、活動に支障はないらしい。
くそっ!
切れる手札がない。
魔術を撃っても躱されるだろう。
クロックアップも唱える暇がない。
クリスは倒れている。
何か打開策はないのか。
目前に魔王が迫る。
畜生、ここまでなのか。
俺の復讐は。
俺の人生は。
結局、こんなもんなのか。
顔をゆがめる俺の横を、何者かが走り抜けた。
雷光のような速さで俺の目の前に立ちはだかり、魔王の凶爪を剣で受ける。
爪を白刃に滑らせ、懐に潜り込み。
移動してきた速度をそのままに、そいつは魔王に当て身を食らわせた。
体格で3倍は差があろうかという魔王が、衝撃で後ろへ飛ぶ。
しかし魔王はすぐに体勢を立て直し、そいつを睨んだ。
「貴様っ……!」
「久しぶりだな、ハジメ」
そいつは、ユリヤンだった。
ユリヤンが、俺の目の前に立っていた。
親友が、助けに来てくれた。
その頼もしさに、不覚にも口元が緩んだ。
「ユリヤン! 助かった」
「俺が生きてるのはお前らのおかげだ。
お互い様だ」
魔王を睨み返しながら、ユリヤンが言う。
その間に、またも多数の魔族がこちらへと向かってきた。
しかし。
「――皆の者! 聞け!
先刻の爆発は、このハジメが起こしたものだ!
この男は、ヒトの希望だ!
命に代えても守れ!」
ユリヤンが叫ぶと。
「オオオオオオォォォ!」
周囲から、腹の底まで震わせるような雄たけびが木霊した。
気づけば、辺りに味方が増えていた。
俺を守ってくれている。
たくさんの兵士が、周囲の魔族と戦ってくれている。
「ここは引き受ける!
クリスを治せ!」
「がってん!」
「させぬ!」
クリスの元へと走る俺を。
魔王が阻もうと、右腕を振り上げる。
が、その腕は振り下ろせない。
背後から襲ってきた一太刀を躱すため、引いたからだ。
「さっきの借りを返すぞ、魔王。
10倍にしてな」
「この死にぞこないが……!」
すぐに、背後からすさまじい剣戟の音が聞こえてきた。
振り返りそうになるが、こらえてクリスのもとへと走る。
倒れているクリスの肩から、ドクドクと血が流れているのが見えた。
「クリス! 大丈夫か!?」
返事がない。
まさか、と焦ったが、呼吸と脈は確認できた。
だが、右の肩口から胸郭付近まで至る、かなり深い傷がある。
盾にも、同じところに破損がある。
おそらく袈裟切りの軌道の攻撃を盾で防いだものの、威力を殺せずに負傷してしまったのだろう。
「ハイヒール」
中級治癒魔術。
俺が使える治癒魔術は、中級までだ。
まぁ、この場はそれで十分だろう。
エメラルドグリーンの光に包まれ、クリスの傷が修復される。
肩をゆすりながら、呼びかける。
「クリスッ! クリスッ! 起きてくれ!」
「……ん、んぅ。私は……ハッ!」
ガバッと、クリスが起き上がった。
「ハジメ、今は!?
私はどれくらい気を失っていた!?」
「よかった。無事そうだな。
大丈夫だ。
まだ、ほんの少ししか経ってない」
クリスは辺りを素早く見回し、状況を確認した。
「私はどうしたらいい?」
「魔王を倒そう。協力してくれ」
「わかった」
クリスは素早く剣と盾を拾って、走り出した。
俺も後を追う。
「……少しだけ、夢を見ていた」
「夢?」
走りながら、クリスがしゃべり始めた。
「キマイラを倒した時の夢だ。
あの時は、本当にハジメに助けられた。
――ようやく、私が助ける番だな!」
そう言って、クリスは速度を上げ、魔王へと向かっていった。
その後ろ姿を見て、不意に。
脳裏に、地球で過ごした15年間が去来する。
ガキ大将にいじめられていた時。
孤児院の皆から、仲間外れにされていた時。
サッカー部のやつらとの友情が、嘘っぱちだと知った時。
それらが走馬灯のように、胸の内に巡る。
そして気づいた。
……そうか。
俺はいつも、誰かに助けてほしかったんだ。
誰かにそばにいてほしかった。
自分だけは味方だと、そう言ってほしかったんだ。
そんなものは甘えだと、強がっていた。
誰も助けてくれないのは、自分に価値がないからだと思っていた。
クリスとエミリーに出会って。
彼女達が、俺の味方だと言ってくれても。
どれだけ俺のために、動いてくれても。
好きだと言ってくれてさえ、なお。
俺の心の芯には、かたくなに、それを拒絶するやつがいた。
今、その正体がわかった。
そいつは、過去の自分だ。
いじめられて、仲間外れにされて、裏切られたあの時の自分。
つまり、俺は彼女達に対して、こう思っていたんだ。
「でもお前たちは、あの時俺を助けてくれなかったじゃないか」と。
なんて馬鹿馬鹿しい。
なんて幼稚で、愚かで、独りよがりな感情。
でも俺はそんなくだらない思いを、ずっと抱えていた。
頭では間違ってると分かっても、心はそれを主張し続けていた。
だが、今。
クリスの言葉で、行動で。
かたくなだった部分が消え去っていくのを感じる。
いじめられた。
仲間外れにされた。
裏切られた。
その原因が、目の前にいる。
そいつは凶悪で、強くて、恐ろしくて、一人じゃ勝てそうにない。
でも、そいつを倒せたら、あの時の自分も報われる気がする。
そんな俺の、独りよがりな復讐のために。
そいつの恐ろしさを目の当たりにしてもなお。
身体に深い傷を負ってもなお。
クリスは立ち向かってくれた。
挑んでくれた。
勝てる保証などない戦いに、その身を晒してくれた。
戦場に来る前、彼女は家族を守るためだと言っていた。
もしかしたら、そのための行動なのかもしれない。
だが、俺は俺のために彼女が行動していると、そう信じられた。
また裏切られるぞと。
心の奥で警鐘を鳴らす存在が、いなくなった。
クリスも、エミリーも。
あの眼鏡の女の子とは、違うのだと。
ようやく、心の底から信じられた。
今、俺は俺の全てで、彼女達を信じられる。
いつになく、身体を軽く感じた。
今なら、なんだってできそうな気がする。
「倒す」
決意を込めて口にする。
世界のヒト達を守る。
ヴィルガイアの無念を晴らす。
両親の仇を討つ。
そして、俺の15年間を、取り戻す。
そうすることで、初めて。
俺は、俺の人生を始められる。