異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
俺が覚悟を決めて、クリスの背を追って走ると。
ユリヤンと魔王が戦っていた。
目まぐるしく位置が入れ替わる、激しい攻防。
どちらかがその武器を振るう度に、衝撃波が周囲の砂を散らす。
互角に渡り合っているように見えるが、押しているのは魔王の方だ。
よくよく見ると、ユリヤンにはいくつかの傷がある。
魔王が3回攻撃するのを防いで、ようやく1度剣を振れるというバランス。
「殿下!」
しかしそこに、クリスが加わった。
ユリヤンの攻撃が空を切った後。
魔王が攻勢に出るそのタイミングで、クリスが攻撃を仕掛ける。
魔王はクリスへの対処を迫られ、ユリヤンへの攻撃はできなくなる。
そしてそこに、俺の魔術も加わる。
残念ながら、目の前の攻防のスピードに対して、俺の魔術は遅い。
たしかにクロックアップを使えば、ノータイムで魔術を発生できる。
しかしそんな距離まで近づけば、二人の邪魔をしてしまうだろう。
このレベルの戦闘にはついていけない。
今は自分の近くに魔術を発生させ、それを飛ばすという方法をとるしかない。
魔術師というのは、小回りの利かない大砲みたいなものだ。
対個体ではなく、対軍勢に対して運用するのが正しい。
城壁の上に並べるのは、理にかなってると思う。
戦闘を目で追うのが精いっぱい。
エミリーの魔術で身体能力を強化してもなお、その程度だ。
しかし、そう悲観することはないはずだ。
やりようはある。
どんなに速い攻防だろうと、力と力がぶつかり合えば、お互いの動きが止まる。
魔王が躱した時ではなく、受けた時。
そこを狙って、範囲制御した中級魔術を放つ。
被弾はしないものの。
魔術を躱すために、魔王は体勢を変えた。
効果が目に見えてあるわけではないが、ないよりはマシなはずだ。
ボクサーのボディブローのように。
ひたすら続ければ、何かのチャンスを生み出すかもしれない。
ジリジリとした時間が流れる。
二人が攻撃を受ける度にハラハラするが、紙一重で全て対応できている。
逆に魔王も、二人の攻撃を躱すのは紙一重だ。
パワーバランスは拮抗していた。
しかし。
少しずつ、状況が変化し始めた。
ユリヤンとクリスの動きが、ほんのわずかずつ、よくなってきた。
おそらく、連携に慣れてきたことが原因だろう。
この二人で初めての共闘だ。
もしかしたら二人とも、他人と戦うという経験自体、少なかったかもしれない。
もちろん、ユリヤンもクリスも、達人と言っていいレベルの剣士だ。
自分の攻撃で、味方を傷つけるようなへまはしない。
しかし味方の行動がわからないと、どうしてもワンテンポ遅れてしまう。
そのズレが。
戦闘が長引くにつれ、少しずつ解消されていった。
お互いのクセを理解し始め、阿吽の呼吸を形成しつつある。
「クリス!」
「了解!」
二人は、アイコンタクトで意思疎通して。
左右から同時に、魔王を攻撃した。
魔王は左右の爪で、それぞれの剣撃を受ける。
俺はすかさず魔術を発動。
ユリヤンとクリスは散開。
魔王はかがんでそれを避ける。
「――羽虫どもが!」
魔王が叫び、下がったクリスへと詰め寄る。
あっという間に距離が縮まり、魔王がクリスを襲う。
クリスは盾で受け流すが、やや体勢を崩した。
すかさず魔王が追撃。
しかしその振り上げた爪は、ユリヤンの剣によって防がれる。
ユリヤンは、攻撃を剣で受け流し、反撃に転じる。
魔王はそれを、かがんで躱す。
しかしそこには、クリスの攻撃が待ち構えていた。
魔王は体勢が崩れている。
「もらった!」
横一文字に薙いだクリスの攻撃は、しかし虚しく空を切った。
「何!?」
目の前の光景に、俺は思わず声を上げた。
「ゴミどもが。私に逆らったことを、後悔させてやろう」
魔王は、遥か上空に跳躍していた。
翼を広げ、ホバリングするように宙に浮いている。
……いや!
これはチャンスだ。
予想外の展開に驚いたが。
冷静に考えれば、こちらに有利な行動のはずだ。
こいつらは跳躍はできても、飛翔はできない。
現に魔王も、少しずつ高度が落ちてきている。
いくら翼で軌道を変えられるとはいえ、空中での自由度は高くないはずだ。
それならば。
ユリヤンとクリスの剣が届く所までやつが落ちてきたら、仕留められる。
二人を見ると、油断なく剣を構えている。
彼らも同じ考えのようだ。
だが、あの魔王の態度はなんなのか。
やつだって、空中が不利なことくらいは分かっているはず。
なのに、なぜあんなに余裕がある。
「――魔の根源。
其は暗黒。
靉靆たる亡者の御手」
魔王が両手を広げ、何かをつぶやき始めた。
同時に膨大な魔力が、この場から消えるのを感じる。
「まさか、これは!」
ユリヤンが叫ぶ。
「星の輝き。
彼の者のそばで誓いたもう」
「――クロックアップ!」
時が止まる。
だが、魔王の位置は射程範囲の外だ。
あそこにタイムラグなしで魔術を置くことはできない。
風魔術を設置。
時が動き出す。
発動した風魔術は魔王に向かって飛んでいく。
しかし、容易に避けられてしまった。
これではダメだ。
あそこまで届く攻撃手段は、一つしかない。
聖級魔術しか。
「原初の火。暗がりを照らすもの。
三つ時の――」
「――其の怒りを以て、ここに顕現せよ」
圧倒的なエネルギーが、魔王の周囲に満ちるのを感じる。
俺より早く、魔王が詠唱を終えてしまった。
ダメだ。間に合わない。
いや、信じる。
俺は信じる。
過去を払拭した今なら、信じられる。
たった一つの可能性。
それを信じて、俺は詠唱を続けるだけだ。
「その翼は燃え炭になろうとも――」
「シャドウスパーク」
魔王が唱えた瞬間。
暗雲が空に現れ、幾多の雷が地上に向かって降り注いだ。
視界が真っ白になる。
だが、痛みはない。
苦しさもない。
そして見渡せばそこに、ユリヤンも、クリスもいる。
……これはやはり。
「なんとか、間に合ったわね」
「エミリー!」
気づけば、エミリーがすぐ後ろに立っていた。
杖を掲げながら、疲れた顔をして。
クリスが駆け寄る。
「これは、どういうことなんだ?
やつが魔術を放ってきて、わたしはもうダメかと……」
「私が結界魔術を使ったの。
もう、魔力はすっからかんよ」
俺たちの周囲には、白く光る、大きなドーム状のヴェールが張られていた。
「もう維持もできないから、しっかり決めてね、ハジメ」
詠唱しながら、エミリーに向かって頷く。
「その志は遠く、遠く。
約束の地にて再び見えん」
最後の一小節。
それを口にした瞬間、ヴェールが弾ける。
土煙が晴れて、魔王の姿が現れる。
「馬鹿な!
あれを受けて、生きているはずが……!」
「エインシェント・ノヴァ」
静かに、杖から光球を放つ。
それは、土煙と雷雲を切り裂きながら。
上空の魔王へと、吸い込まれるように飛んでいく。
多少翼で軌道を変えても関係ない。
威力も範囲も、今までのものとは別次元だ。
俺は人生で初めて、勝ち誇って。
両親の仇に、告げる。
「1000年越しの仇討ちだ。
……滅べ、魔王」
「この私がっ!
こんな、虫けらどもにぃ!」
光球は魔王の付近で炸裂し。
戦場を覆う、炎の花が咲いた。
それを見上げた誰もが。
戦いの終わりを、悟ったのだった。