異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
気づけば、夕食の時間になろうとしていた。
俺は結局、ずっと天井を眺めて過ごした。
そろそろ、準備をしなくては。
ベッドから起き上がり、風呂場に行くと、水が張ってあった。
この世界では基本的に、風呂は水だ。
年中暖かいから、特に冷たくて困るということもない。
ただし暖かい風呂に入る文化自体はあり、大きい街には銭湯のようなものもある。
とりあえず俺はその水に浸かり、体を洗った。
風呂場を出て、着替える。
今年の誕生日にシータからもらった、シャツとパンツだ。
シータは毎年、ニーナと一緒に俺にも服を作ってくれた。
本当に、よくしてもらっていると思う。
持ってきたキレイな靴を履けば、準備OKだ。
―――――
ロビーに着くと、2人は既に到着していた。
シータは黒のドレスだった。
胸に花の形をしたブローチを着けている。
普段とそんなに印象は変わらない。
……しかし。
ニーナは、別人のようだった。
以前買った青のドレスに、白のハイヒールを合わせ。
肩まである金髪をアップにしていた。
ほんのり化粧もしている。
唇に引いているのは、もしかしたら俺があげた口紅かもしれない。
高級宿のロビーという場所もあいまって。
普段のニーナからはかけ離れて、大人っぽく見えた。
……こんなに、変わるものなのか。
「すまん。おまたせ」
「ううん。今来たとこだよ。行こ!」
俺とニーナはまるでデートのような会話をして、食堂へ向かった。
食堂にはたくさんの丸テーブルと椅子が並んでいた。
その内の1つに案内され、席に着く。
音楽隊による優雅な演奏が、会場に響いていた。
天井にはシャンデリアのような照明が吊り下げられている。
その明かりの1つ1つは、ランプの炎なのだろう。
「すごいとこだね」
ニーナが目をキラキラさせていた。
正直俺も、こんなにすごいとは思わなかった。
キョロキョロしていたら、食前酒が運ばれてきた。
この国には、未成年の飲酒を取り締まる法律はない。
各自、自己責任で、という感じだ。
そして俺は自己責任において、今日は飲むつもりだ。
つまり初めての飲酒になる。
どんなものなのだろうか。
「ねえ、お母さん、これお酒だよね? 私飲んでいいの?」
「いいわ。あなたももう15だしね。今日から飲んでいいことにしましょ」
「わぁ、大人の仲間入りだ!」
「もちろんハジメも、飲んでいいわよ」
「うん、飲ませてもらうよ、シータ」
「そう。……じゃあ早速いただきましょうか。乾杯!」
「「乾杯!」」
目の前のグラスを持ち、高らかに掲げた後。
口元に持っていき、ゴクリと飲んだ。
口の中に、甘酸っぱい香りが広がる。
遅れて炭酸の泡沫が口の中で弾け、スッキリとした後味で覆われる。
柑橘系の炭酸酒のようだ。
アルコール度数がどれくらいかは分からないが、飲みにくい感じは全然しない。
美味しい。
ニーナを見ると、旨そうに二口目を飲んでいた。
「お母さん、お酒って、美味しいかも」
「そう、飲み過ぎないようにね。……ハジメはどう?」
「美味しい。もっと飲みにくいもんだと思ってた」
「ふふ、よかったわね」
会話の後は、料理が運ばれてきた。
前菜、スープ、魚料理、肉料理、パスタ、デザート。
どれも美味しかった。
しかし前菜から肉料理まで、それぞれの料理に合うお酒が付いてきた。
1つ1つは少なめに注がれていたが、残すのは勿体ないと全て飲んだ結果。
俺は現在進行形で、酔っ払ってしまっている。
ニーナも同様のようで、顔を真っ赤にしてトロンとした目になっていた。
シータはいつも通りだ。
さすがは年の功と言うべきか。
「美味しかったわね」
「ああ、美味しかった」
「美味しかったー。あともう2周したいくらい」
その言葉に笑ってしまった。
シータも笑っている。
酩酊感を楽しみつつ、そのまましばらく雑談に興じた。
―――――
食事の後。
皆でそのまま部屋に戻った。
歩いていて、ちょっとフラつく。
真っ直ぐ歩いているつもりなのに、右へ左へと体が動いてしまう。
ニーナはそうでもない。
あれ、もしかして俺の方が酒に弱いのか。
なんだか悲しい。
すぐにニーナ達の部屋の前へと着いた。
――俺は、自分の部屋に戻ろう。
そう判断したにも関わらず、俺の体は動かなかった。
ひとりで寝るのは、嫌だ。
誰かと寄り添って眠りにつく。そんな暖かさに、俺は生まれてきてからずっと、憧れていた。
さっき、せっかくニーナが誘ってくれたじゃないか。
そんな感情が顔を出した。
何だこれは?
俺は酒でどこかおかしくなってるんじゃないか?
「……なぁ、ふたりとも。俺もそっちで寝ていいかな?」
気がつけば、そんな言葉を口走っていた。
そして。
ニーナがこちらを見つめて、微笑みながら言った。
「そんなの、当たり前じゃん」
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部屋に入ってから、シータが俺達に水を飲めと言った。
酒を翌日に残さないための知恵だという。
俺とニーナは言われるがまま、部屋のテーブルで水をがぶ飲みした。
確かに少しだけ、酔いが醒めた感じがする。
「今日は楽しかったね」
ベッドに腰掛けているシータが言った。
「楽しかったー!」
「ああ、楽しかった」
ニーナと俺が答える。
「今日、あなた達と一緒に旅行ができて良かった。
……幸せだったわ。ありがとう」
急に、シータが神妙な事を言い始めた。
やはりこの旅行は何か、思い出作りのような意味合いだったのだろうか。
俺の疑問をよそに、シータは続ける。
「ニーナ、いつか言おうと思ってたんだけどね。
今が一番いいと思うから、言うわね」
不穏な前置きが入る。
何だろうか。
ニーナを見ても、何のことだか分かっていない表情だ。
「……あなたにはね、お兄ちゃんがいたの。
もしかしたら覚えてるかしら。
3つ歳の離れた、お兄ちゃん」
それは予想外のカミングアウトだった。
今まで3年間一緒に住んでて、そんな素振りは一切なかった。
「あの子は生まれつき身体が弱くて。
それでも、一生懸命生きてたんだけどね。
あなたが3歳のときに、病気で死んでしまったの」
シータは、目に涙を浮かべていた。
聞いてて、なんだかこっちまで泣きそうになる。
「私は悲しくてね。
ベッドで少しずつ冷たくなっていくあの子の顔を、10年経っても忘れられなかった。
あの子に何もしてあげられなかった。
こんなことなら、あの子は生まれない方が幸せだったんじゃないかって。
思い出す度につらくてね。
だからあなたにも、その話はしなかったの。
でも、いつかは話さなきゃって思ってたのよ。
じゃないと、あの子が可哀想だもの。
自分の妹にくらい、自分の存在を知っておいてほしいだろうから。
でも、話せなかった。踏ん切りがつかなくてねぇ」
シータは、とつとつと話を続ける。
ニーナは何かを思い出そうとするような表情で、それを聞いていた。
「……悩んでたらね、ハジメが現れたの。
初めて見た時に、あの子のことを思い出したわ。
あの子がもし生きていたら、これくらいの歳かしら、って。
そしたら、なんだか面影があるような気がしちゃってねぇ。
髪の色も同じなのよ。お父さん譲りの、綺麗な茶色の髪。
そんなハジメが、ニーナを救ってくれたって知って。
私には、神様がチャンスをくれたんだって思えた。
……もう一度あの子と過ごすことができる、チャンスを」
シータはバッグからハンカチを取り出し、涙をぬぐった。
「もちろん、別人だって分かってるわよ。
同じだなんて思ったら、ふたりともに対して失礼よ。分かってるわ。
……でもね。
あの子にしてあげたかったことを、ハジメにしたり。
あの子にしてほしかったことを、ハジメがしてくれたり。
そんなことを繰り返す間に。
私の記憶は、少しずつ、淡くて、優しいものに変わっていったの。
今ではもう、思い出しても、悲しみに襲われることはない。
あの子も精一杯生きた。
この世に生まれてきて、幸せだったんだって。
そう、思えるようになったの。
……あなたのおかげよ。ハジメ。
ありがとう」
シータが、俺を見つめて言う。
「私はね、ハジメ。
あなたの事を家族だと思ってる。
ニーナも同じよ。
……あなたはどうかしら?
私達のこと、どう思ってる?」
……気づけば、俺も涙を流していた。
ニーナの兄に向けられるはずだった愛情。
俺も間違いなく。
その愛情に救われていた。
「シータ、ニーナ。
……俺、ふたりのこと、家族だって思っても、いいのかな?」
ニーナがこちらを見つめて、微笑みながら言った。
「そんなの、あたりまえじゃん」
―――――
その後、ツインのベッドをつなげて、俺達は3人で寝た。
並びはシータ、俺、ニーナの順だ。
ニーナは兄のことを覚えていないらしい。
ただ幼い頃に、すごく悲しい思いをした記憶だけが、ぼんやりと残っているという。
「それでいい。ただ、兄がいたということだけ知っておいて」と、シータは言っていた。
手を伸ばすと、ふたりの手に触れた。
するとふたりは、手を握ってくれた。
俺も握り返す。
なんだかすごく、安心する。
――今日は、ぐっすり眠れそうな気がした。