異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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旅行②

 気づけば、夕食の時間になろうとしていた。

 俺は結局、ずっと天井を眺めて過ごした。

 

 そろそろ、準備をしなくては。

 ベッドから起き上がり、風呂場に行くと、水が張ってあった。

 

 この世界では基本的に、風呂は水だ。

 年中暖かいから、特に冷たくて困るということもない。

 ただし暖かい風呂に入る文化自体はあり、大きい街には銭湯のようなものもある。

 とりあえず俺はその水に浸かり、体を洗った。

 

 風呂場を出て、着替える。

 今年の誕生日にシータからもらった、シャツとパンツだ。

 シータは毎年、ニーナと一緒に俺にも服を作ってくれた。

 本当に、よくしてもらっていると思う。

 

 持ってきたキレイな靴を履けば、準備OKだ。

 

 

 ―――――

 

 

 ロビーに着くと、2人は既に到着していた。

 

 シータは黒のドレスだった。

 胸に花の形をしたブローチを着けている。

 普段とそんなに印象は変わらない。

 

 ……しかし。

 ニーナは、別人のようだった。

 

 以前買った青のドレスに、白のハイヒールを合わせ。

 肩まである金髪をアップにしていた。

 ほんのり化粧もしている。

 唇に引いているのは、もしかしたら俺があげた口紅かもしれない。

 高級宿のロビーという場所もあいまって。

 普段のニーナからはかけ離れて、大人っぽく見えた。

 ……こんなに、変わるものなのか。

 

「すまん。おまたせ」

「ううん。今来たとこだよ。行こ!」

 

 俺とニーナはまるでデートのような会話をして、食堂へ向かった。

 

 

 

 食堂にはたくさんの丸テーブルと椅子が並んでいた。

 その内の1つに案内され、席に着く。

 音楽隊による優雅な演奏が、会場に響いていた。

 天井にはシャンデリアのような照明が吊り下げられている。

 その明かりの1つ1つは、ランプの炎なのだろう。

 

「すごいとこだね」

 

 ニーナが目をキラキラさせていた。

 正直俺も、こんなにすごいとは思わなかった。

 

 キョロキョロしていたら、食前酒が運ばれてきた。

 この国には、未成年の飲酒を取り締まる法律はない。

 各自、自己責任で、という感じだ。

 そして俺は自己責任において、今日は飲むつもりだ。

 つまり初めての飲酒になる。

 どんなものなのだろうか。

 

「ねえ、お母さん、これお酒だよね? 私飲んでいいの?」

「いいわ。あなたももう15だしね。今日から飲んでいいことにしましょ」

「わぁ、大人の仲間入りだ!」

「もちろんハジメも、飲んでいいわよ」

「うん、飲ませてもらうよ、シータ」

「そう。……じゃあ早速いただきましょうか。乾杯!」

「「乾杯!」」

 

 目の前のグラスを持ち、高らかに掲げた後。

 口元に持っていき、ゴクリと飲んだ。

 

 口の中に、甘酸っぱい香りが広がる。

 遅れて炭酸の泡沫が口の中で弾け、スッキリとした後味で覆われる。

 柑橘系の炭酸酒のようだ。

 アルコール度数がどれくらいかは分からないが、飲みにくい感じは全然しない。

 美味しい。

 

 ニーナを見ると、旨そうに二口目を飲んでいた。

 

「お母さん、お酒って、美味しいかも」

「そう、飲み過ぎないようにね。……ハジメはどう?」

「美味しい。もっと飲みにくいもんだと思ってた」

「ふふ、よかったわね」

 

 会話の後は、料理が運ばれてきた。

 前菜、スープ、魚料理、肉料理、パスタ、デザート。

 どれも美味しかった。

 しかし前菜から肉料理まで、それぞれの料理に合うお酒が付いてきた。

 1つ1つは少なめに注がれていたが、残すのは勿体ないと全て飲んだ結果。

 俺は現在進行形で、酔っ払ってしまっている。

 

 ニーナも同様のようで、顔を真っ赤にしてトロンとした目になっていた。

 シータはいつも通りだ。

 さすがは年の功と言うべきか。

 

「美味しかったわね」

「ああ、美味しかった」

「美味しかったー。あともう2周したいくらい」

 

 その言葉に笑ってしまった。

 シータも笑っている。

 酩酊感を楽しみつつ、そのまましばらく雑談に興じた。

 

 

 ―――――

 

 

 食事の後。

 皆でそのまま部屋に戻った。

 

 歩いていて、ちょっとフラつく。

 真っ直ぐ歩いているつもりなのに、右へ左へと体が動いてしまう。

 ニーナはそうでもない。

 あれ、もしかして俺の方が酒に弱いのか。

 なんだか悲しい。

 

 すぐにニーナ達の部屋の前へと着いた。

 

 ――俺は、自分の部屋に戻ろう。

 

 そう判断したにも関わらず、俺の体は動かなかった。

 

 ひとりで寝るのは、嫌だ。

 誰かと寄り添って眠りにつく。そんな暖かさに、俺は生まれてきてからずっと、憧れていた。

 さっき、せっかくニーナが誘ってくれたじゃないか。

 

 そんな感情が顔を出した。

 

 何だこれは?

 俺は酒でどこかおかしくなってるんじゃないか?

 

 

「……なぁ、ふたりとも。俺もそっちで寝ていいかな?」

 

 気がつけば、そんな言葉を口走っていた。

 

 そして。

 ニーナがこちらを見つめて、微笑みながら言った。

 

「そんなの、当たり前じゃん」

 

 

 -----

 

 

 部屋に入ってから、シータが俺達に水を飲めと言った。

 酒を翌日に残さないための知恵だという。

 俺とニーナは言われるがまま、部屋のテーブルで水をがぶ飲みした。

 確かに少しだけ、酔いが醒めた感じがする。

 

「今日は楽しかったね」

 

 ベッドに腰掛けているシータが言った。

 

「楽しかったー!」

「ああ、楽しかった」

 

 ニーナと俺が答える。

 

「今日、あなた達と一緒に旅行ができて良かった。

 ……幸せだったわ。ありがとう」

 

 急に、シータが神妙な事を言い始めた。

 やはりこの旅行は何か、思い出作りのような意味合いだったのだろうか。

 俺の疑問をよそに、シータは続ける。

 

「ニーナ、いつか言おうと思ってたんだけどね。

 今が一番いいと思うから、言うわね」

 

 不穏な前置きが入る。

 何だろうか。

 ニーナを見ても、何のことだか分かっていない表情だ。

 

「……あなたにはね、お兄ちゃんがいたの。

 もしかしたら覚えてるかしら。

 3つ歳の離れた、お兄ちゃん」

 

 それは予想外のカミングアウトだった。

 今まで3年間一緒に住んでて、そんな素振りは一切なかった。

 

「あの子は生まれつき身体が弱くて。

 それでも、一生懸命生きてたんだけどね。

 あなたが3歳のときに、病気で死んでしまったの」

 

 シータは、目に涙を浮かべていた。

 聞いてて、なんだかこっちまで泣きそうになる。

 

「私は悲しくてね。

 ベッドで少しずつ冷たくなっていくあの子の顔を、10年経っても忘れられなかった。

 あの子に何もしてあげられなかった。

 こんなことなら、あの子は生まれない方が幸せだったんじゃないかって。

 思い出す度につらくてね。

 だからあなたにも、その話はしなかったの。

 でも、いつかは話さなきゃって思ってたのよ。

 じゃないと、あの子が可哀想だもの。

 自分の妹にくらい、自分の存在を知っておいてほしいだろうから。

 でも、話せなかった。踏ん切りがつかなくてねぇ」

 

 シータは、とつとつと話を続ける。

 ニーナは何かを思い出そうとするような表情で、それを聞いていた。

 

「……悩んでたらね、ハジメが現れたの。

 初めて見た時に、あの子のことを思い出したわ。

 あの子がもし生きていたら、これくらいの歳かしら、って。

 そしたら、なんだか面影があるような気がしちゃってねぇ。

 髪の色も同じなのよ。お父さん譲りの、綺麗な茶色の髪。

 そんなハジメが、ニーナを救ってくれたって知って。

 私には、神様がチャンスをくれたんだって思えた。

 ……もう一度あの子と過ごすことができる、チャンスを」

 

 シータはバッグからハンカチを取り出し、涙をぬぐった。

 

「もちろん、別人だって分かってるわよ。

 同じだなんて思ったら、ふたりともに対して失礼よ。分かってるわ。

 ……でもね。

 あの子にしてあげたかったことを、ハジメにしたり。

 あの子にしてほしかったことを、ハジメがしてくれたり。

 そんなことを繰り返す間に。

 私の記憶は、少しずつ、淡くて、優しいものに変わっていったの。

 今ではもう、思い出しても、悲しみに襲われることはない。

 あの子も精一杯生きた。

 この世に生まれてきて、幸せだったんだって。

 そう、思えるようになったの。

 ……あなたのおかげよ。ハジメ。

 ありがとう」

 

 シータが、俺を見つめて言う。

 

「私はね、ハジメ。

 あなたの事を家族だと思ってる。

 ニーナも同じよ。

 ……あなたはどうかしら?

 私達のこと、どう思ってる?」

 

 ……気づけば、俺も涙を流していた。

 ニーナの兄に向けられるはずだった愛情。

 俺も間違いなく。

 その愛情に救われていた。

 

「シータ、ニーナ。

 ……俺、ふたりのこと、家族だって思っても、いいのかな?」

 

 ニーナがこちらを見つめて、微笑みながら言った。

 

「そんなの、あたりまえじゃん」

 

 

 

 ――――― 

 

 

 

 その後、ツインのベッドをつなげて、俺達は3人で寝た。

 並びはシータ、俺、ニーナの順だ。

 

 ニーナは兄のことを覚えていないらしい。

 ただ幼い頃に、すごく悲しい思いをした記憶だけが、ぼんやりと残っているという。

 「それでいい。ただ、兄がいたということだけ知っておいて」と、シータは言っていた。

 

 手を伸ばすと、ふたりの手に触れた。

 するとふたりは、手を握ってくれた。

 俺も握り返す。

 なんだかすごく、安心する。

 

 ――今日は、ぐっすり眠れそうな気がした。


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