異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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前夜

 

 旅行から帰ってきたあの日から。

 俺は仕事を新しく入れることをやめた。

 

 何度か街に出かけ、旅に必要な道具を揃えた。

 本と地図を買い、旅についての知識を得た。

 荷物は多くなると思ったが、案外少なくて済んだ。

 

 俺には水も、火起こしの道具も必要ない。

 魔術というのは本当に便利だ。

 

 最近、威力を弱めることができるようになった。

 もう、意図せずに馬鹿でかい火の玉を作ることはない。

 杖があればもっと調整が楽になるらしいが、道具を買い揃えた残金では、値段が高くて手がでなかった。

 

 

 旅の目的は、俺がこの世界にやってきた理由を知ることだ。

 その答えがこの世界にあるのかも分からないが。

 とにかく俺は知りたい。

 そのためには、行動を起こすしかない。

 発展した都市に行けば、もしかしたら人を転移させる魔術なんてものも、あるのかもしれない。

 そういう手がかりを、探しに行く。

 

 気がかりなのは、ニーナのことだ。

 実はニーナには、旅に出ることを伝えられていない。

 シータが伝えると言ってくれたので、それに任せている状態だ。

 俺から言うのはハードルが高かった。

 もし泣き顔のニーナに引き止められでもしたら、決意が揺らいでしまうかもしれない。

 もう少しだけここにいよう、と先延ばしにして、結局旅立てない気がする。

 それが怖かった。

 

 彼女達には、本当に色々なものをもらった。

 こんなにも暖かくて幸せな生活は、生まれて初めてだった。

 旅に満足する結果が得られたら、またここに帰ってきたい。

 また一緒に暮らしたい。

 手前勝手な話だが。

 そう思わずにはいられない。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

「ねぇ、ハジメ」

「うん?」

 

 夜、広場で魔術の練習をしていたら、ニーナが話しかけてきた。

 

「……どこかに行っちゃうの?」

 

 ニーナを見ると、いつもの快活さは影をひそめ、不安げな顔をしていた。

 恐らくシータが話したのだろう。

 

「ああ。旅に出る。10日後には、出発するつもりだ」

 

 その言葉に、ニーナは目を伏せた。

 

「……どうして?」

 

 ニーナの声が震えている。

 それに気づいて、心が揺れてしまう。

 

「俺は、自分のことが何も分からないんだ。

 自分が何者なのか、なぜこの世界にやってきたのか。

 理由があるのか分からないし、それが見つかるかも分からないけど、俺はそれを探したいんだ。

 ニーナとシータには、本当に感謝してる。

 家族だって言ってくれて、本当にうれしかった。

 俺も、家族だと思ってる。

 ここが、生まれて初めてできた、俺の居場所だ。

 このままここにいて、3人で過ごせたら幸せだと思う。

 だけど、ダメなんだ。

 俺の中に、いつも不安があるんだ。

 明日になったら、自分がいなくなってるんじゃないか、世界が変わってしまってるんじゃないかって、いつも眠るときには思う。

 日常の中で、そんな考えが、頭から離れないんだ。

 それを解決するには、ここに来た理由を探すしかないと思うんだ」

 

 俺は言おうと思っていたことを、矢継ぎ早にまくしたてた。

 自分の心の揺れが大きくなる前に、ニーナに伝えようと思ったのだ。

 ニーナは相変わらず、目を伏せていた。

 

「……それって、どうしてもしなきゃいけないの?」

 

 目を伏せたままニーナが言う。

 

「ああ、そう思う」

「……そっか」

 

 ニーナはそう言うと、そのまま広場を去っていった。

 俺はしばらくその場に座り込んだあと、また立ち上がり、魔術の練習を再開した。

 

 その日以降、ニーナは魔術の練習に来なくなった。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 出発の前日になった。

 もう準備は全て整った。

 荷物は全てリュック1つに収まった。

 それほど重くもない。

 保存食、地図、ロープ、着替え、防寒具、雨具、サイフなんかが入っている。

 靴は長時間の移動に耐えられる丈夫なものを買った。

 ナイフも購入し、ケースに入れて腰に巻いた。

 

「よし」

 

 準備が抜かりないことを確認したところで。

 トントン、とノックの音が聞こえた。

 

「ハジメ、ご飯できたよ」

「わかった。今行く」

 

 これがこの家での、最後の夕食だ。

 

 

 

 台所に入ると、シータとニーナは席についていた。

 シータは向かい側、ニーナは俺の隣。

 いつも通りの食事風景。

 だがテーブルの上には、普段よりかなり手の込んだ、豪華な料理がある。

 

「私とお母さんで作ったんだ」

 

 ニーナが少しだけ、自慢げに言う。

 

「ありがとう。頂くよ」

 

 料理を食べるうちに、この家での出来事がいろいろと思い出されてきた。

 懐かしさが胸にあふれてくる。

 ニーナも同じだったのか、えらく昔の話をはじめた。

 

「ね、そういえばさ、初めてこの家にハジメが来たとき、全然しゃべらなかったよね。

 言葉が通じなくてさ。私ばっかりしゃべってた」

「そうだったな。おかげさまで、今はこの通りペラペラだ」

「その後は、カシルスの糸を作ってもらってたっけ。

 あの時、お母さんがケガしてたもんね」

「ああ、最近全然作ってないな。今でもできると思うけど」

「いいよ。ハジメの作った糸、線維がぼさぼさだもん」

「えっ、そうなのか。割と自信持ってたんだが……」

「うん、あんまりひどいのは、こっそり私直してたんだよ」

「そりゃすまなかったな」

「いいよ。ハジメのおかげで魔術も使えるようになったしね」

「どっちかっていうと、ニーナのおかげで俺が魔術を使えるようになった感じだけど」

「そう? じゃあお互い様かな」

「そうかもな」

「魔術の修行も楽しかったね」

「ああ、そうだな。楽しかった」

「ハジメの魔術、ホントにすごいから」

「そんなこと……いや、そうなのかもな」

「そういえば、ハジメが来て最初の誕生日、ご飯作ってくれたよね」

「そんなこともあったな」

「アレね、ホントに美味しかったよ。こないだのコース料理に負けないくらい」

「よかったよ。でも、この料理も美味しいよ」

「作ったのはほとんどお母さんなんだけどね……」

 

 そう言ったきり、急に。

 ニーナは黙ってしまった。

 無言のまま、食事を食べる。

 ややあって、ニーナはぽつりとつぶやくように言った。

 

「ハジメがいなくなったら、寂しくなるな」

「すぐ、帰ってくるよ」

「……絶対だよ?」

「ああ」

「絶対、帰ってきてね」

「ああ、約束する」

「私達のこと、忘れないでね。

 わた、私達は、ずっと、か、家族なんだからね」

「わかってる。お前らこそ、俺のこと、忘れないでくれよ」

「忘れるわけないよ。

 ……うっ、うっく、……うえーん」

 

 ニーナは俺の服を掴んで泣き始めた。

 俺はニーナの頭を撫でることしかできなかった。

 胸がちょっと当たってることに気づいても。

 いつからか、ドキッとはしなくなっていた。

 

 

 

―――――

 

 

 

 夕食の片づけが済んだ後。

 

「さて、ハジメ、あなたに渡したいものがあるんだよ」

 

 そんなことを言いながら。

 シータが台所の収納をガサゴソやり始めた。

 何だろう。

 

「ハイ、これ。

 こないだの旅行の時に、買っておいたんだ」

 

 両手で抱えるくらいの大きさの、細長い木箱。

 

「開けてみてちょうだい」

 

 言われるがまま、木箱を開けた。

 

「……杖だ」

 

 中には、杖が入っていた。

 木でできた、美しい杖だ。

 先端が捻じれていてカッコイイ。

 手に持ってみると、すんなりと馴染んだ。

 

「安物だけどね。

 魔術師には便利なものらしいから」

「……大切に使わせてもらうよ。ありがとう」

 

 街に行った時、杖の値段も見た。

 一番安いものでも、俺には払えない額だったのだ。

 安物なんて、とんでもない。

 ありがたく、使わせてもらおう。

 

「ほら、ニーナ」

「わかってるよ、ちょっと待って」

 

 何やらニーナがソワソワしている。

 

「あのね、ハジメ。私からも、あげたいものがあって。

 いや、気に入らなかったら、貰わなくても全然いいんだよ。

 捨てちゃってもいいから。

 ……一応、見るだけ見てみて?」

 

 何だろうか。

 ニーナからそんな風に渡されて、受け取らない物などあるはずがないのに。

 ニーナは顔を真っ赤にして、紙でできた箱を渡してきた。

 そんなに重くはない。

 何だろう。

 

 開けてみると。

 中には、ローブが入っていた。

 魔術師が着てそうな、フードがついたやつだ。

 色はダークブラウン。

 かっこいい。

 

「これ、どうしたんだ?」

「私が織ったの。お母さんに見てもらいながら。

 初めてだから、上手くできてないところもあるんだけど……」

「着てみていいか?」

 

 了承を得る前に俺はローブを羽織った。

 鏡がないから似合ってるかは分からないけど、サイズはぴったりだ。

 

「よく似合ってる」

 

 シータが言ってくれた。

 

「ホントに、気に入らなかったら、捨てちゃっていいから」

 

 ニーナが焦ったように言う。

 

「捨てるわけないだろ。こんなにカッコいいのに。

 サイズ、ちょうど良いよ。ありがとな、ニーナ」

 

 そういって俺はニーナを抱きしめた。

 

「……うん」

 

 ニーナは恥ずかしそうに、俺の腕に顔をうずめていた。

 

 

 

 その後、俺からもふたりにプレゼントをした。

 旅行の帰りに、買っていたものだ。

 

 シータには、織り物の染料。

 消費するものだし、気に入らなくてもそう困らないだろう。

 水に溶かして使うもので、中には少し奇抜な色も入れてみた。

 

 ニーナには、赤のドレスを渡した。

 青のドレスを着たニーナが印象に残ってて、他の色も着せてみたいと思ったのだ。

 

 ふたりとも喜んでくれた。

 

 ニーナは、ドレスを着てみせてくれた。

 ハイヒールを履き、口紅をつけて。

 

 とても綺麗だった。

 

 最後に、いいものが見られた。


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