異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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決意

 歩けど歩けど、瓦礫の山だった。

 

 尖ったものを踏まないように、気をつけて歩く。

 一応なんとなく、遠くに見える森で一番高い樹を目指してみた。

 

 瓦礫の中には、たまに興味を引く物があった。

 錆びた西洋風の剣、盾、何かの生き物の骨、車輪、椅子、などなど。

 人の頭蓋骨にしか見えないものもあった。

 猿とかかもしれないが。

 

 

 2時間ほど歩いたら。

 瓦礫が終わって、道に出た。

 レンガを敷き詰められた道だ。

 それは、遥か遠くまで続いていた。

 

 やや疲労を感じた。Tシャツは汗でべたついている。

 

「……ふう」

 

 一息ついて、レンガ道の横の芝生に寝転んだ。

 

 いい天気だ。

 日差しは柔らかく、汗ばんだシャツを風が通り抜けると、熱が奪われて心地良い。

 

 近くに見たことのない虫が何匹か這っていた。

 カナブンみたいな形だが、背中にトゲがある上に、ピンクと黒の縞模様だ。

 

 不思議な世界観の夢だ。

 自分の想像力に驚いた。

 

 

 

 しばらく休憩した後、俺はまた歩き出した。

 

 せっかく道があるので、その上を歩いてみる。

 どこかにつながっているのかもしれない。

 

 道はひたすら続いていた。

 2時間は歩いた気がするが、一向に途絶える気配はない。

 

 見える景色もほとんど変わらない。

 周囲は森で囲まれ、少しひらけたところに道が続いている。

 

 太陽(?)の位置が、徐々に低くなってきた。

 時刻は1時か、2時くらいか。

 喉が渇いた。

 腹も減った。

 しかし一向に、目覚める気配はない。 

 

 もしかして……夢じゃないのだろうか?

 ――いやいや、まさか。

 浮かんだ疑念を、すぐさま振り払う。

 

 もしも夢じゃないとすれば。

 今の俺は相当に危険な状況だ。

 生きるためには水と食料が不可欠なのは言うまでもない。

 現状、そのどちらも手に入る見込みはないだろう。

 

 その上、ここがどこなのかも分からない。

 危険な生物がいるかもしれない。

 そもそも、人間がいるのかも分からない。

 

 仮に人間がいたって、俺に好意的だとは限らない。

 俺は俺がここにいる理由を、何一つ説明できないのだ。

 不審に思われて敵意を向けられる可能性の方が、よっぽど高いだろう。

 

 さすがにこの状況、夢に決まってる。

 覚めてしまえば、またあの灰色の毎日が続く。

 今歩いているのは、それまでの退屈しのぎでしかないのだ。

 これが現実であるわけがない。

 

 景色を眺めながら、ぼんやりと歩いた。

 ただただ、歩く。

 歩き続ける。

 しかし目が覚めることはなく、日が落ち続けるばかりだ。

 

 

 ……おかしい。

 さすがにおかしい。

 なぜ、目が覚めない。

 

 もうしばらくしたら、日が沈みそうだ。

 体感時間で言えば、10時間は経過している。

 空腹も限界に近い。

 

 記憶に残る夢というのは何度も見たことがある。

 だが、こんなことは初めてだ。

 これまでの夢なら、こんなに腹が減ったり疲れたりすることはなかった。

 それに、土を踏む感触、森を抜ける風の音、日に照らされた草の匂い。

 そのどれもが、すさまじくリアルだ。

 

 もしかして、本当に、夢じゃないのだろうか。

 そんな考えが、再度頭をよぎった。

 

 ――こんな状況で。

 俺は少しワクワクし始めていた。

 

 もし。

 もしこれが現実なら。

 あの世界とはオサラバしたということだ。

 結局のところ、敵意と暴力しか得るものはなく。

 失意と疎外感しか感じることのできなかった、あの世界とは。

 

 ここで餓死する可能性も高い。

 しかし、あの世界に帰ったところで、灰色の生活を送るだけだ。

 ろくでもない2択だが、なんだかこのまま歩き続ける方が、あの世界で生きる事よりもマシな選択肢に思えた。

 

 もしも、これが現実で。

 生き延びることができたなら。

 ……この世界で、生を謳歌してやろう。

 

 今度こそ、誰かの役に立ちたい。

 そして今度こそ、手に入れたい。

 

 ――打算なしの友情を。

 ――掛け値なしの愛情を。

 ――俺が生きている意味を。

 

 ……それまで、死んでたまるか。

 

 

 

―――――

 

 

 

 ひたすらに歩いたら、日が暮れる前に小川を見つけることができた。

 

 川底は透き通っており、傍目には綺麗そうだ。

 かがんで水に手を触れると、冷たくて心地良い。

 いてもたってもいられず、水を掬って飲んだ。

 

 ――美味しい。

 美味しさがヤバい。

 

 干からびた細胞の1つ1つが潤っていくのを感じた。

 寄生虫などの不安はあったが、このままでは飲まなくてもどうせ死んでしまうだろう。

 俺は、満足いくまで水を飲んだ。

 

 そして、顔を上げると。

 辺りは橙色に包まれていた。

 来た道の遥か向こうの山の稜線上に、日が隠れ始めている。

 黄昏時というやつか。

 

「きれいだ……」

 

 思わず呟いた。

 

 夕焼けによって空は紅く染まり、向かい合う空には星が出ている。

 景色は橙色の光で柔らかく満たされ、森の木々に長い陰影が宿り。

 耳に入るのは小川のせせらぎと虫の声だけ。

 

 まるでその光景は。

 これまでの俺の人生にようやく与えられた、報いのような気がした。

 

 あまりの美しさにその場で立ち尽くしてしまった。

 これほど心を打つ光景に出会ったことはない。

 この景色を見られただけでも、歩いた甲斐はあったと思った。

 

 

 

 

 しばらくそのままぼんやりしていたら、だんだんと辺りが暗くなってきた。

 

 ――夜がくる。

 そんな言葉が頭に浮かんで、ハッとした。

 

 水にありつくことに精いっぱいで、夜への対策など考えてなかった。

 対策といっても、思いつくのは火をつけることくらいだが。

 まだ物が見えるうちに、火を起こす努力をするべきか。

 

 孤児院の食堂のテレビで見たやつは、板に枝をこすり合わせて火をつけていた。

 それを思い出して適当に枝を拾ってみたものの、板がない。

 その辺の木から作れなくはないかもしれないが、水分を含んでて無理だろう。

 そもそも乾いた板があったところで、火をつけられる自信などない。

 

 考えて虚しくなってきた。

 水は飲めたが腹は相変わらずペコペコだ。

 もう動くのも疲れた。

 これ以上行動できる気力がない。

 

 俺は葉っぱを集めて、即席の布団を作った。

 潜るとチクチクしたが、ないよりはましだ。

 

 その間に、周囲は完全な闇と化した。

 何も見えない。

 迂闊に動くと川に落ちそうなくらいだ。

 そして――。

 

 空を見上げると、満天の星空だった。

 

 空腹は耐え難かったが、その光景に俺は自由を感じた。

 

 このまま眠って、目が覚めたら。

 もしかしたら、もとの世界に戻ってしまうのかもしれない。

 そう考えて、残念に思った。

 この世界にいたいと思った。

 

 もし明日になっても、この世界にいたなら。

 ここが、俺の現実だ。

 その覚悟を持って、瞼を閉じた。

 

 すぐに溜まっていた疲労が襲ってきて、俺はあっという間に眠りに落ちた。

 

 

 

-----

 

 

 

 眩しさを感じて、目が覚めた。

 

 果たして、俺は土の上で、木の枝に覆われていた。

 見えるのは空と森。

 

 ――夢ではなかった。

 現実だ。

 これが、俺の現実。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 叫んだ。

 問題は山積みなのに、何故か全てが些細なことに思えた。

 不思議な全能感が体中を満たしていた。

 

 やってやる。

 この世界で、全力で生きてやる。

 そう、胸に誓った。

 

 

 

 起きてから小川で顔を洗い、水を飲んだ。

 少し上流まで登ってみたが、魚はいそうになかった。

 空腹はひどいが、まだ動ける。

 

 ただ現状は、非常にピンチだ。

 この場での判断によって、死ぬこともあり得る。

 むしろその可能性が高いくらいだ。

 慎重に考えて、行動を決めることにする。

 

 選択肢は3つ。

 

 1つ目は、このまま道を歩くこと。

 2つ目は、ここで水を確保しつつ、誰かが通るのを待つこと。

 3つ目は、川を下り、水を確保できる状態を保ちつつ、移動すること。

 

 悩んだ結果。

 俺は1つ目を選んだ。

 

 2つ目は食べ物が手に入らないことが確定してしまっており、ジリ貧な印象だ。

 昨日、丸一日歩いて誰も見かけなかったのだ。 

 誰かが偶然通りかかる可能性は低いだろう。

 

 3つ目は、川を下った先に何かがある可能性は低い気がする。

 それに、俺は裸足だ。

 悪路でケガをして感染症でも起こしたら、その時点で人生が終了してしまう。

 

 ゆえに、1つ目。

 こんな舗装された道があるということは、やはりどこかに繋がっている可能性が高いと思う。

 この世界がなんであれ、この道は必ず、誰かがどこかへ行くために作ったものなのだ。

 それに勝る行動の指針はなかった。

 

 結局方針は昨日と変わらず、俺は道を歩くことにした。

 

 水の携帯はできなかった。

 都合のいい容器は全く見当たらず、とにかくできるだけたくさん飲んで、俺はその場を離れた。

 

 

―――――

 

 

 3時間ほど歩いたろうか。

 

 空腹がひどい。

 昨日の朝から、何も食べていないのだ。

 体内の糖分は枯渇して、貯蔵された蛋白と脂肪からエネルギーを生み出していることを実感する。

 覚悟していたが、かなりきつい。

 全部投げ出して、座り込んでしまいたい。

 

 一歩一歩、気をすり減らすように歩いていると。

 ――目の前に、ウサギが現れた。

 

 何の冗談かと思った。

 唐突に現れたのだ。

 森からピョコピョコと道に出てきた。

 のんきな顔をしている。

 いやよく見ると頭に角があって、ウサギとは呼べないのかもしれない。

 そんなことはどうでもいい。

 

 それが幻覚でないと理解した瞬間、俺はそいつに飛びついた。

 サッカーで鍛えた瞬発力。

 信頼するその脚は、しかし長時間の飢餓によって錆びついてしまっていた。

 脚はもつれ、身体は容易くバランスを失い、俺は転倒した。

 

 ……ウサギはびくっと身を震わせ、森へ逃げて行った。

 

 

 

 それから2時間、さらに歩いた。

 

 悔しくて涙が出た。

 しかし貴重な水分を無駄してはならない。

 出た涙は舐めながら歩いた。

 

 まぁ、少なくとも、動物がいることは分かった。

 しかし森に入って探しても、この体力では捕まえられない。

 そのことを学習した。

 ……学習したのだ。

 

 相変わらず、空腹は危険水域にある。

 そのうえ、喉も乾いてきた。

 景色はあまり変わらない。森ばかりだ。

 さらに道がやや登り坂になってきて、非常に苦しい。

 

 その時、鳥の一群が頭上を横切った。

 

 鳥はこちらに来てから何度か見たが、あんなに多いのは初めてだ。

 白と黒のしましま模様、くちばしが黄色の鳥。

 10羽以上いる。

 

 目で追うと、そいつらは全員、森の中の1本の木に停まったようだった。

 ピーチクパーチクと、やかましく木を揺らしている。

 ここからそう遠くない。

 

 しかしその木に向かっても、どうせ捕まえられやしない。

 無駄に体力を使うのがオチだ。

 ついさっき、学んだのだ。

 

 そう思ってそのまま歩いて行こうとした。

 しかし、俺は脚を踏み出せなかった。

 何か引っかかるものがあった。

 

 あれだけ多くの鳥が一様に同じ場所に向かうのだ。

 ……巣。

 巣があるんじゃないか?

 そして巣があるのなら、卵と、ヒナも、いるんじゃないか?

 その閃きに、電流が走った。

 

 

 

 もつれる脚を踏ん張りながら、俺はその木へと向かった。

 たどり着いた俺は喜んだが、しかしそこに期待していた巣があったわけではなかった。

 

 あったのは、赤い実をつけた木だった。

 5本程まとまって生えている。

 鳥どもはピーチクパーチク鳴きながら、その実を貪っている。

 

 地面にたくさん落ちているその実の中で、きれいなやつを選んでかじってみた。

 

 (……うめぇぇぇぇぇ!)

 

 甘酸っぱい味が口の中に広がる。

 トマトとリンゴを足して2で割ったような味だ。

 めちゃくちゃうまい。

 水分も多量に含んでいて、喉も潤う。最高だ。

 

 少々予定とは違ったが、食べ物を手に入れることができた。

 

 地面に落ちた綺麗なやつを食べつくしたあとは、木に登り、鳥どもを蹴散らしながらその実を貪った。

 少しつつかれた。

 仕返しに捕まえようとしてみたものの、残念ながらたやすく逃げられた。

 

 

 満足するまで食った後。

 少し休んだら、体力はかなり回復した。

 

 Tシャツを脱いで中に実を入れ、袖を結び、襟と胴の穴を塞ぐように持つ。

 そうすると10個ほど持ち運ぶことができた。

 これでしばらく飢餓には耐えられそうだ。

 

 そこからしばらく歩くと、森が途絶えた。

 

 ずっと道の両脇にあった森がなくなり。

 前方に、膝丈くらいの草で覆われた丘が出てきた。

 道はその丘の頂上へ続いている。

 状況の変化を新鮮に感じながら、そのまま歩いた。

 

 

 丘の頂上に着くと、一気に景色が広がった。

 

 もともといた場所が高かったのか、気づかぬうちに登ったのか、俺は結構高い場所にいた。

 来た方には森が広がっている。

 そして――。

 

 向かう先に、村が見えた。

 

 端から端まで見渡せるくらいの小さな村だ。

 人口は200人くらいだろうか。

 畑と果樹園が大半を占めていて、その間に建物がぽつぽつと見える。

 家畜小屋っぽい建物や、広場なんかもある。

 畑で作業をしている人もいれば、広場で遊んでる子どももいる。

 村の入り口には、大きな門があった。

 

 ……ついに。

 人がいるところにたどり着けた。

 挫けずに歩いてきてよかった。

 今日中には着けそうだ。

 2日間歩きっぱなしで疲労困憊ではあるが、目的地さえあればきっと耐えられる。

 なんだか急に腹が減ってきて、Tシャツに包んだ木の実を、村を眺めながら全て食べてしまった。

 

 

 Tシャツを着なおして。

 そのまま道を歩いていくと、分かれ道にあたった。

 

 今まで歩いてきたレンガの道と分岐して、人が踏んでできたような、獣道のような道がある。

 そこだけ草が生えていないことから道だと分かるような、レンガ道よりも整備されていない道だ。

 そしてそっちの道が、村の方向へ向かっているようだった。

 

 確かにさっき丘の上で村を見たときに、周りにレンガの道はなかった。

 ここが分岐点なのだろう。

 レンガの道は、どこか他の場所へ繋がっているようだ。

 

 少し考えて、俺は獣道の方を歩くことにした。

 


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