異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
ユリヤンと出会ってから、旅は順調に進んだ。
ひと月かけて、10以上の街を経由する。
最初は街に着く度に新鮮さを感じていたが、さすがにだんだん飽きてくる。
旅の間の1日の行動も、ほとんどパターン化されてしまった。
朝起きたら宿で朝食をとり、馬車に乗る。
馬車で話しかけても大丈夫そうな人がいれば、雑談する。
毎日長距離移動なので、退屈を紛らわすには話してるのが一番いい。
最初に会ったときユリヤンをあやしいナンパ師だと思ったが、知らない人と雑談するのは合理的な行動だった。
いやしかしまぁ、あいつがナンパ師であることは間違いないが。
街に着いたら、宿を決める。
その後は、馬車で会った人と飲んだり。
ユリヤンが街で引っかけてくる女の子と飲んだりする。
ユリヤンのナンパの成功率は異常な高さだった。
そして、やつは飲んだ女の子とどこかへ消え、宿に戻らないこともしばしばあった。
それは別にいいのだが。
2人組の女の子の片割れを俺に押し付けていくので、何もせずに別れるのが気まずいことが問題だった。
俺がそれに対して文句を言うと。
やつはなんと、2人とも連れて行くようになった。
女の子を2人連れて、その後どうしているのかは定かではない……。
まぁ、そんなエピソードを挟みつつも。
ユリヤンとの旅は楽しかった。
まだ出会ってそう時間は経っていない。
しかし2年半一緒に過ごしたサッカー部のやつらより、遥かに親しく感じる。
思ったことをこれほど素直に口に出せる相手は、初めてだ。
俺は、ユリヤンに友情を感じていた。
それはもしかしたら、ユリヤンも同様だったのか。
ある夜、二人で飲んだ時に秘密を打ち明けられた。
なんと、ユリヤンはアルバーナの王族だった。
本名はユリヤン=ウォード=アルバーナ。
まぁ側室の末弟で、王室内の扱いは下の中くらいだそうだが。
とはいえユリヤンはれっきとした、アルバーナの王子様ということだ。
しかしなぜ、そんな人物がこんなところにいるのか。
それについて聞くと、こんなことを言っていた。
「もうじき俺は、魔族との戦争の最前線で指揮をとるんだ。
まぁこの500年間、一度も攻められちゃいないんだが。
それでも昔からずっと、各国で代表を派遣する決まりになっているんだ。
任期は10年で、前任者はもうすぐ任期満了。
それで今回白羽の矢がたったのが、俺だった。
だから俺は、これから10年間、はるか遠くの地で暮らすことになる。
ただ、そうなる前に一度自由に旅をしたくなってな。
戦力を地方からも探すという名目で、2年くらいフラフラ旅してたんだ」
だそうだ。
王族に生まれても、いろいろと苦労があるらしい。
ノブレスオブリージュというやつか。
普段のユリヤンからはあまり想像できないが。
そしてその時、俺のことも聞かれた。
適当に濁そうかとも思ったが、やめた。
初めての友達には、正直でいようと思ったのだ。
しかし事実を伝えると、ユリヤンは爆笑しやがった。
そうか、大変だったんだな、とヒーヒー言いながら笑っており、信じてはいなそうな感じだ。
……まあ、それならそれでいいだろう。
ついでに、転移魔術について尋ねてみたが、全然知らないそうだ。
魔術は専門外らしい。
女を口説くこと以外に専門があるのかと聞いてみたら。
笑いながら、それには遥かに及ばないが、と前置きして。
剣術だけは鍛えていると言っていた。
その時は、特に印象にも残らず聞き流していた。
しかし、ユリヤンの剣術の腕前は相当なものだった。
俺がそれを知ったのは、つい数日前のことだ。
その日。
いつものようにユリヤンと話しながら馬車に揺られていると、御者が叫んだ。
「魔物だ!」
馬車が止まり。
すぐさま護衛が外に出て、魔物と対峙した。
俺を含めた乗客は、おっかなびっくり馬車の窓からその様子を眺める。
基本的に魔物は森に住み、街や道には寄り付かない。
しかし魔物にも個性があるのか、たまに出くわすことがある。
なので重要な街どうしをつなぐ馬車は、国から護衛が派遣されているのだ。
魔物は灰色の熊のような姿で、爪と牙がやたら長く、鋭かった。
殺傷能力抜群って感じだ。
そのうえデカく、3mはある。
乗客に聞くと、グレイベアという名前らしい。
俺も加勢するべきか、とも思ったが。
魔物を見るのも初めてな素人が手を出しても、ろくなことがない気がする。
そう思い、プロに任せることにした。
護衛の人は、襲い来る突進をうまくいなしながら、的確に剣でダメージを与えていた。
グレイベアはあちこちから血を流して苦しそうだ。
見事な剣捌きだった。
おそらく乗客の誰もが、このまま倒しきるだろう、と思っていた。
再度、グレイベアが突進をしかける。
何度も見た動作だ。
毎度のごとく、護衛の人がいなそうとした瞬間。
グレイベアは急に立ち止まり、腕を振るって爪で攻撃した。
行動の変化についていけず、護衛の人は態勢を崩される。
危ない! と思った直後。
ゴトリと音がして、グレイベアの首が地面に落ちていた。
護衛の人は何が起こったか分からないような表情をしている。
気づけば隣にいたユリヤンがいなくなっており、グレイベアの横に立っていた。
剣を振るった姿勢で。
ゴロゴロとグレイベアの首が転がり、慣性を失って止まった後。
乗客から歓声があがった。
馬車に戻ってきたユリヤンに、声をかける。
「すごいなユリヤン」
「まぁ一応、道場の免許皆伝だからな。あれくらいはできる」
さらりとそう言い、何事もなかったかのように雑談に戻った。
護衛の人から感謝され、俺の分まで馬車代がタダになった。
さらに乗客からの賞賛を受け、にぎやかな空気で旅ができた。
ユリヤンは必ず、剣の訓練は毎日行っているらしい。
雨の日も。
風の日も。
女を口説いて飲んだ日も。
本当に、剣に対してはストイックなようだ。
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さて。
そんな紆余曲折を経て、ついにアバロンまでやってきた。
アバロンの街は、さすがに他とは格が違った。
見上げるほど高い城壁が、彼方まで続き。
中央の分厚い城門をくぐると、街の賑わいが耳に響いてきた。
どこまでも真っ直ぐな大通りの脇には、洗練された商店がずらり。
そしてその道の先には、天高くそびえる白亜の城、アルシュタット城。
その荘厳な佇まいをもって、俺達を出迎えてくれた。
「よぉ、田舎にはこんなもんなかっただろ」
ユリヤンが自慢げに話しかけてくる。
「ああ。すごいなこれは。でもお前のものじゃないだろ」
「1000分の1くらいは俺のもんだ」
「ならドヤ顔も1000分の1にしてくれよ」
「ははっ。確かにな」
その後ユリヤンと1000分の1のドヤ顔についてどんなものか話し合った。
完成したドヤ顔は、口の端がわずかに上がっている、ほぼ真顔になった。
「その顔なら許そう」
「見たか、これがアバロンだ」
「ああ、恐れ入ったよ」
くだらない会話をしていると、降りる場所が見えてきた。
しかし考えてみれば、これでユリヤンともお別れだ。
寂しくなるな。
リュックを背負い、馬車を降りてから尋ねた。
「ユリヤンはこれからどうするんだ?」
「俺は城に戻って、しばらくダラダラするよ。
前任者の任期はもう少しあるはずだから、それまで自由にさせてもらう。
ハジメこそ、どうするんだ?」
「俺は転移魔術について知りたいから、魔術協会を訪ねてみようと思う」
「そうか。
……あ、忘れてた。
そういえばハジメ、魔術学院って知ってるか?
俺が旅で唯一見つけた魔術師候補ってことで、入学金はタダにできるぞ」
「魔術学院?」
初めて聞いた。
そんなものがあるのか。
「そう。魔術って便利だからな。育成機関くらいある。
他の街にもあるけど、ここの規模は別格だ。
優秀なやつはスカウトされて、宮廷魔術師になったりするんだ」
「なるほど。
それはいいことを聞いた。
魔術教会が空振りだったら、そっちを訪ねてみることにするよ」
ユリヤンは頷き、荷物を背負いなおした。
「……俺は城にいるから、何かあったら来い。
門番に俺の名前を出せば、通れるようにしとく。
ただその時は様をつけろよ。不敬罪でしょっぴかれかねないからな」
「それは困るな。
ユリヤン様、なんて言おうとしたら、呼吸困難でしゃべれなくなるかもしれない」
「タダ券と引き換えだ。そのくらい我慢しろ」
そう言うと、ユリヤンは苦笑した。
「……いろいろありがとう、ハジメ。
お前のおかげで旅も楽しかった」
「俺もだよ。またな、ユリヤン」
手を振りながら、ユリヤンは去っていった。
あいつのおかげで、いろいろなことを知ることができたし、旅もスムーズで楽しいものになった。
またどこかで縁があればいいが。
―――――
さて、さっそく目的の魔術協会を訪ねることにする。
停車場から歩くこと15分ほど。
あっさりと、魔術協会に到着した。
こじんまりとした建物だ。
しかしレンガ造りの壁にはツタが絡み付き、その歴史の深さを浮かばせる。
扉を開けて中に入ると。
全体的に古いが、よく言えばアンティーク調ともいえる内装だった。
正面にカウンターがあり、数名の受付嬢が立っている。
他に簡素なテーブルとイス、壁には大きな掲示板があり、紙がいくつも貼られていた。
魔術師らしき男が2人、掲示板を眺めている。
受付嬢の1人に声をかける。
「あのー」
「はい、いかがいたしましたか?」
「まず、ここの組織について、教えてほしいんですけど……」
そう尋ねた俺に、受付嬢は丁寧に説明してくれた。
簡単に要約すれば。
まず、魔術協会とは、魔術師同士の寄り合いのような組織。
主な業務は業務のあっせん。
魔術師の需要は、便利屋や護衛、式典への参加など、多岐にわたるという。
それらに対して適正な会員を派遣し、マージンを取っている。
また、会員になると会費も取られるらしい。
それらを何に使うかというと、魔術研究への出資と、研究成果への褒章だそうだ。
この建物の裏に研究棟があり、日夜魔術師が研究を行っているのだという。
そして研究をまとめた雑誌を、月に一度刊行しているらしい。
「……その雑誌というのを読みたいんですが、可能ですか?」
受付嬢に尋ねてみる。
……研究雑誌。
それを調べれば、転移魔術に関することが何か分かるかもしれない。
「今月の物はロビーに置いてますので、どなたでも閲覧可能です。
しかしバックナンバーは、図書館に保管しているので、会員でないと入れません」
「会員になれば、入れるんですか?」
「恐縮ですが、図書館に入ることが可能なのは、C級会員からです。
階級はA~Eの5等級であり、各等級ごとに様々な条件があります」
「C級になるためには、どうしたら?」
「C級会員ですと、半年以上当会の会員であることが必須となります。
その他に、中級魔術を扱えること、一定の研究成果を認められること、魔術学校の卒業生であること、などの条件のいずれかを満たさなければなりません」
なんと。じゃあ図書館に入るのに少なくとも半年はかかるってことか。
「……けっこう厳しい条件ですね」
「図書館には、歴史的な価値のある本もありますので……」
簡単には入れないか。
どうしたものか。
俺の目的は、俺がこの世界に来た理由について調べることだ。
ずっと考えていたが、そんな荒唐無稽なことが可能そうなのは、魔術しか思い浮かばない。
やはり、ここが最も答えに近い気がする。
ならば条件を飲むしかないか。
「わかりました。
それでは、魔術協会に入るにはどうしたらいいでしょうか?」
「いくつかの書面による手続きと、入会費が必要です。
書面は数分で準備ができます。入会費は、銀貨5枚になります」
「銀貨5枚!?」
「はい、銀貨5枚です。
また今後、会費として月に銀貨1枚が必要になります」
……なんと。
銀貨5枚も払ったら、俺の財布はかなり目減りする。
「……わかりました。手続きをお願いします」
「了解いたしました。ではまず、こちらの書類に―――」
その後、十数分で手続きは終わった。
基本、名前と住所を書くだけだった。
住所はサンドラ村のものを書いておいた。
銀貨5枚を渡すと、少し豪華な紙でできた会員証と会員カード、それとバッジを渡され、晴れて俺は魔術協会員となった。
その後、安宿を探したが王都というだけあってなかなか見つからず。
路地裏で見つけた、あまりきれいとは言いがたい宿に泊まることにした。
安いだけあって、ボロいし汚い。
しかし、こんな宿ですら、泊まれるのはあと10日くらいだ。
何とかして金を稼がなければ。
明日から、仕事を探すとしよう。