異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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ランクアップ祝い

 D級になった夜。

 

 俺はささやかなお祝いをすることにした。

 自分へのご褒美だ。

 プレゼントフォーミーフロムミー。

 なんとも情けない響きだが、しかしひたすら金だけ稼ぎ続けるだけというのは、つらいものだ。

 この10日間、休みなしで狩りをしていたのだ。

 少しくらい金を浪費しても、許されるだろう。

 

 来たのはギルドの近くにあるバー。

 おしゃれなBGMが流れ、照明は暗め。

 客は皆、静かにくつろいでいる。

 少し高めの店だが、今日はお祝いだからな。

 よしとしよう。

 

 カウンターに座り、マスターに声をかける。

 

「記念日なんですけど、何かいいのありますか?」

 

 マスターは穏やかにこちらを一瞥し。

 頷いた後、無言で酒を作り始める。

 なかなかサマになる動作だ。

 俺にもっと貫禄がでたら、ぜひとも真似したい。

 

 待つ間は、楽器の演奏を聴く。

 全て生演奏だ。

 演奏者は2人。

 バイオリンとピアノのような楽器のデュオで、綺麗なメロディを奏でている。

 ……うーむ。いい感じだ。

 

「どうぞ。フラーとキャスバルの果汁、トレノを混ぜて、炭酸で割っております。

 ご賞味ください」

 

 コトン、と俺の前にグラスが置かれた。

 解説は何一つ伝わらないが、とにかく飲んでみる。

 

 ――美味い!

 

 どうやら、甘い果実と酸味のある果実を混ぜたもののようだ。

 度数は高めで喉が焼け付く感じがあるのに、果実の風味と炭酸に押し流されて、後味はすっきりしている。

 クセになりそうだ。

 

「これはなんていうお酒ですか?」

「アバロン、です。お気に召しましたか?」

「すごくうまいです」

 

 都市と同じ名前を持つカクテルらしい。

 そういえば、作物のほとんどを周囲からの輸入に頼るアバロンだが、唯一の名産がフラーという果実だと、ユリヤンが言っていたことを、ぼんやりと思い出した。

 

 美味しいのでぐいぐい飲んでしまい、あっという間に次の酒に移る。

 次は、辛めのものをリクエストした。

 

「キャスタ麦から作ったお酒です」

 

 目の前に、液体と氷の入ったグラスが置かれる。

 

 氷。

 そう、冷凍庫はないのに、氷が出てくる。

 実は魔術協会の稼ぎの1つに、氷の提供というのがあるらしい。

 協会に金を払っている店に、魔術を使って氷を常備させる仕事だ。

 持ち回りで、複数の店を1人の魔術師が担当する。

 俺も是非やりたかったが、安全で割がいいから人気で、めったに求人は回ってこないらしい。

 

 俺は酒を一口飲み、味わう。

 先ほどのアバロンよりも、さらに度数が高い。鼻の奥にツンと来る。

 しかし酔っ払いたいときには、それが心地良い。

 お通しの塩辛い豆を食べながらチビチビと飲み、すぐにグラスは空になった。

 

 お通しもなくなったので、追加でつまみを頼む。

 牛乳を発酵させたもの。

 チーズだ。

 それに合うものを、と頼んだら、ワインっぽい酒が出てきた。

 

「タラトスの83年物です。まだ少し若いですが、違った顔を楽しめますよ」

 

 解説までワインっぽい。

 違った顔も何も、元の顔を知らないが。

 

 ……ちなみに、ここで言う83年とは、なんと2683年である。

 魔族の侵略を許していたヒトが、国境を現在の位置に押し戻した年を起源0年とした年号だ。

 

 今は2685年。

 前の世界と比べて、文明の発展が遅い世界だな、と思う。

 いや、あくまで暦を数え始めてからの年数でしかないから、発展の早さなんて比べようはないか。

 四大文明の時代から暦をつければ、あの世界だって3000年を超えるだろう。

 西暦の2685年は、どんな世界になっていることやら。

 ……もはや俺には縁遠い話だが。

 

 ともかく酒を飲んでみると、つまみとの相性が抜群だった。

 これまたすんなり胃袋に入ってしまうが……けっこう酔っぱらってしまった。

 話をするでもなく酒を飲むと、ペースが早くてすぐに酔いが回るな。

 

 そろそろ、お開きとするか。

 

 しかしやっぱり少し寂しいもんだ。

 次からは、ユリヤンを誘おう。

 それとも他に誰か、誘う相手ができるといいが。

 

 立ち上がると、ふと、ニーナとシータの顔が浮かんだ。

 そうだ。帰ったら、ふたりに手紙を書こう。

 前に書こうと思ってたのに忘れてた。

 無事にアバロンに着いたこと、冒険者として生きていること、道中の面白かったこと、ユリヤンの紹介。

 書きたいことは無数に出てくる。

 全部書いてしまおう。

 

 酒を飲み干し、会計をした。

 大銅貨5枚と銅貨2枚。

 1日の稼ぎを全て使ってしまった計算だが、いいのだ。今日は記念日だ。

 

 

 千鳥足で宿に戻り、手紙を書いた。

 まだ2ヶ月も経ってないが、その割に色々あった気がする。

 全部書いていたら、夜が明けてしまった。

 

 せっかくなので、手紙を出しに行く。

 郵便局で手紙を渡し、大銅貨1枚を払った。

 あっちに着くのは1ヶ月後だという。

 

 眠たい。

 今日はクエストは無理だな。

 ……宿に戻って昼寝することにしよう。


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