異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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ニーナとの出会い

 獣道は、途切れることなく続いていた。

 

 カーブを加えることで、丘をなだらかに下ることができるようにできている。

 おかげで、足取りは実にスムーズだ。

 周りには草と、ところどころに大きな岩があるだけ。

 

 日差しは柔らかく。

 腹もほどほどに膨れていて。

 目的地まであと少し。

 これまでの旅路で、一番コンディションがよかった。

 そんな時。

 

 「―――――――――!」

 

 突然、叫び声が聞こえた。

 すぐに途切れたが、おそらく間違いない。

 女の悲鳴だ。

 

 すぐに声の聞こえた方を探すと。

 遠くの草むらで、金髪の少女が男に馬乗りにされていた。

 

 俺は反射的に駆け出した。

 獣道を外れて、急斜面を走り抜ける。

 サッカー部で鍛えた両脚。

 それは今度こそ、その力を発揮することができた。

 転ばないように踏ん張りながらも最速で脚を回転させ、とにかく急いでその場所へと向かう。

 

 ……近づくにつれ、状況が見えてきた。

 

 男の手にはナイフがある。

 少女はこのわずかな時間で、口に猿轡を噛まされ、両腕を後ろ手に縛られていた。

 13-4歳くらいだろうか。

 必死で両脚をばたつかせて抵抗している。

 しかし男にマウントをとられ、為すすべがない。

 

 少女の衣服の胸元を、男がナイフで裂いた。

 そのまま肩を露出させ、襟口を裏返す。

 少女の上半身が露わになる。

 男はナイフを口に咥えた後。

 はめていた手袋をはずし、少女の胸へと手を伸ばした。

 

 ――少女は顔を歪め、ぎゅっと眼をつぶった。

 

「やめろッ!!」

 

 後ろから、男に体当たりした。

 

 不意をつかれた男は攻撃をもろに喰らい、坂を3メートルほど転がった。

 咥えていたナイフは宙を舞い、近くの草葉に落ちる。

 俺はそれを素早く拾い上げ、男に向けた。

 

「はっ、はっ、ぜっ、はっ」

 

 息切れがひどい。

 全力で走ってきたことを悟られたくなかったが、息切れは止められなかった。

 

 どうする。

 男にまだ武器があったら。

 戦闘に対して、何か訓練をしていたら。

 俺は殺されて、結局少女は慰み者になる。

 男が態勢を整えていない今のうちだ。

 追撃してナイフで刺すんだ。早く。

 

 ……そう思ったが、俺の身体は動かなかった。

 

「ぜっ、ぜっ、はっ、はっ」

 

 俺の息切れの音だけが辺りに響く。

 

 男はすぐに立ち上がると。

 こちらを見ながらじりじりと距離をとった。

 よく見ると、右腕が垂れ下がって、動いていない。

 もしかして、俺のタックルで負傷したのだろうか。

 

 俺は少女の前に立ち。

 ナイフを掲げて、男を睨み続けた。

 男は少しずつあとずさりし、5メートルほど離れた時。

 くるりと背を向け、坂を駆け下りていった。

 

「はっ、はっ、逃げ、たっ?」

 

 しばらく男を目で追ったが、かなり離れてから丘の裏側に移動したため、見えなくなった。

 どうやら本当に逃げたようだ。

 

「…………よかったぁ」

 

 ほっとしたら脚がガクガク震えてきて、その場にへたり込んだ。

 

 無我夢中だった。

 一歩間違えれば死んでいたかもしれない。

 運が良かった。

 

「はぁ……」

 

 ため息がでた。

 だいぶ日も落ちてきた。早めに村にいかないといけない。

 脚の疲労が限界に近い。村まで持つだろうか。

 

 風が通り過ぎ、草がざぁっと音を立てた。

 耳を澄ますと、虫の鳴き声も聞こえる。

 

 そして。

 それらに混じって、近くでうーうーと声が聞こえた。

 ……忘れてた。

 

 

―――――

 

 

「大丈夫?」

 

 声をかけると、少女はあとずさりした。

 俺を警戒しているようだ。

 でも逃げないのは、俺によってひとまず自分が救われたのだということを理解しているのか。

 それとも手を縛られた上に猿轡では、逃げても同じ目に合うと思ったのか。

 

 俺は露わになっている少女の上半身から目をそらしつつ。

 猿轡と手の拘束をナイフで切って、自分のTシャツを渡した。

 女の子の裸に興味はあるが、流石にこのタイミングで欲情できるほど節操がないわけではない。

 ……が、見えてしまうものは見えてしまう。年相応の小さな胸だった。

 

 少女はおとなしく、されるがままにしていた。

 Tシャツを渡すと不思議そうにそれを見たが、俺が着ていたのを思い出してか、Tシャツに袖を通した。

 その時、少女の瞳に少し安堵の色が宿ったように見えた。

 

「―――――」

 

 少女が、初めて言葉を発した。

 短い言葉だったが、全然理解できなかった。

 俺は首をかしげる。

 少女はきょとんとしていた。

 

「――――――、――――――、―――――?」

 

 さらにしゃべりはじめたが、まるで理解できない。

 おおよそ聞いたことのない言葉だ。

 

「ごめん。

 君の言ってることは、全然分からない」

 

 当然、その言葉も少女には通じず、その後何度も話しかけてきた。

 しかし俺が分からないというジェスチャーを繰り返すと、やがて諦めたように首を振り。

 

「ニーナ」

 

 少女は自分を指さしながら言った。

 

「ニー、ナ」

 

 赤ん坊に教えるかのように、言葉を繰り返す。

 どうやら少女の名前のようだ。

 俺が頷くと、今度はこちらを指さした。

 

「ああ、えーと、一だ。田中 一」

 

 は、じ、め、と俺も繰り返した。

 ニーナはファーストネームだろうから、一でいいだろう。きっと。

 それを聞いたニーナはパッと笑って、言った。

 

「ハジメ!」

 

 それは、天真爛漫という言葉がよく似合うような、屈託のない笑顔だった。

 なんだかドギマギしてしまう自分が情けない。

 だが仕方ないだろう。

 俺は女の子とまともに会話したことなどないのだ。

 

 しかし、ニーナはどこへ行こうとしているのだろうか。

 もうそろそろ日も暮れそうだし。

 あんなのがいるような世界で、女の子の1人旅なんて正気の沙汰じゃない。

 

 そんなことを考えていると。

 ニーナは草むらからバッグを拾ってきた。

 女物のデザインっぽい。

 恐らく襲われたときに落とした、彼女の物なのだろう。

 

「―――――、―――――?」

 

 ニーナがまた、何事かを俺に向かって言った。

 が、全く分からない。

 すると俺の腕をつかんで。

 ぐいぐいと引っ張って歩き始めた。

 

「わっ、なんだ?」

 

 ニーナは俺の疑問には答えず、ずんずん進んでいく。

 されるがままに歩いていくと、岩があった。

 ニーナはその上に登り、俺にも来るようにジェスチャー。

 わけもわからないが、俺も登ってみる。

 すると、そこからは村が見えた。

 

 ニーナは村と自分を交互に指さし。

 その後俺を指さして、首を傾ける。

 

 その動作から察するに。

 多分、ニーナの目的地はあの村なのだろう。

 そこに俺も誘ってくれている……のか?

 

 俺も自分を指さして、村を指さし、ウンウンと頷いてみた。

 するとニーナもウンウンと頷いた。

 

 どうやら当たっていたらしい。 

 俺とニーナは、一緒に獣道を歩くことにした。

 

 

 ―――――

 

 

 村に着いたのは、日暮れ前だった。

 

 もう少しで夜になるところだった。

 途中からニーナが焦り始め、2人で小走りになった。

 

 丘の上から見た大きな門。

 それが夕焼けに照らされ、大きな影を作っていた。

 

 ニーナは急ぎ足で、門をくぐって村の中へと入っていく。

 俺はどうしたものかと逡巡していると、ニーナが振り返って何か言いながら手招きしていた。

 少しためらったが、結局。

 俺も門をくぐり、村へと足を踏み入れた。

 

 10分ほど歩くと、建物にたどり着いた。

 木でできた家。

 周りの家と変わらない、この村において普通らしい家。

 どうやらそこが、ニーナの家らしい。

 

 ニーナは家の前で立ち止まると。

 俺を指さしたあと、地面を指さした。

 「ここにいろ」ということだろう。

 俺が頷くと、ニーナは中に入っていった。

 

 

 ―――――

 

 

 その後しばらく、ニーナは戻ってこなかった。

 

 手持ち無沙汰になる。

 なんだか、流されるままにここまで来てしまった。

 ……これでいいのだろうか?

 まぁトラブルなく村に入れて、俺としては僥倖だが。

 

 とりあえず、ニーナから敵意は感じない。

 言葉の通じない俺に、何度もコミュニケーションをとろうとしてくれたし、たまに笑顔も見せてくれた。

 彼女がここにいろと言うなら、ここで待とう。

 悪いようにはならない。

 そんな気がする。

 

 もしニーナと出会わなかったら、どうなっていたろうか。

 俺ひとりでは、追い払われるのがオチだった気がする。

 言葉の通じない怪しい奴が突然現れて、歓待してくれるとは考えにくい。

 そうなったら、食い物がなくて死んでしまっていただろう。

 

 ……もとの世界ならば。

 どんなことがあっても流石に、餓死するような事はなかった。

 例え法を犯したとしても、刑務所で飯は食べられる。

 どんな時でも、最低限の衣食住の保証があり、安全だった。

 

 しかしあの世界に戻りたいとは、不思議なほどに思わない。

 

 あそこに戻れば、簡単に食べ物にありつけるし、シャワーも浴びられるし、清潔な布団で眠ることだってできるだろう。

 もう少し年を取れば、金も稼げる。

 そうすればもっと、自由度は高くなる。

 普通なら、何も分からない今よりも、そっちの方が断然いいのだろう。

 

 ……だが。

 俺にとっては。

 それらは重要じゃないのかもしれない。

 

 

 俺は多分、人と心を通わせたいのだと思う。

 

 あの世界ではできなかった。

 また戻っても、きっとできない。

 何故だかは分からないが、確信がある。

 

 じゃあ、この世界でなら、可能なのか?

 分からない。

 ただ、こちらに来てから、なんとなく気分が晴れやかだ。

 

 飢えて、疲れて、殺されるかとも思って。

 大変な目にあったが、以前ほどの絶望は感じない。

 それが何故なのかは分からないが。

 ここで死ぬなら本望とすら思える。

 

 そもそもなんで俺がこの世界にやってきたのかも謎のままだが。

 とにかく、この世界で頑張ってみたい。

 これまでとは、何かが変わるかもしれない。

 

 

 そんなことを考えていると。

 玄関から、ニーナが出てきた。

 ちょいちょい、と手招きされる。

 俺は玄関の扉を開け、中に入った。

 

 ニーナは服を着替えていた。

 白のワンピースだ。

 カンテラを右手に持っていて、左手でTシャツを渡された。

 俺がTシャツを着たのを確認して、廊下を進む。

 左手の扉を開けると、そこはダイニングのようだった。

 

 料理用のスペースの手前に、大きめのテーブルと、椅子が4つ。

 奥の椅子に、壮齢の女性が掛けている。

 そしてテーブルの上には、3人分の食事が用意されていた。

 

 ニーナが俺を指して、女性に向かって何かを話した。

 紹介してくれているのだろうか。

 

 女性はこちらをじっと見る。

 その眼は深い青色だ。

 なんとなく目をそらしてはいけない気がして、俺も女性の眼をじっと見つめた。

 そのまま静止すること3秒間。

 ふう、と1つため息をついて、女性は微笑んだ。

 ニーナとよく似た、かわいらしい笑顔だった。

 

 女性は何かをしゃべった後。

 ゆっくり立ち上がり、俺に向かってお辞儀をした。

 同時に、ニーナも俺に向かってお辞儀をしていた。

 お礼の動作なのだろうか。

 少し気恥ずかしい。

 

 そのあと、ニーナは俺の手を引っ張り、食卓の椅子へと座らせた。

 目の前には、美味しそうな食事が並んでいる。

 3人分の食事は、女性と、ニーナと、俺の分だったらしい。

 促されるままに、俺はそれを食べた。

 

 それは、こちらに来てから初めてのまともな食事だった。

 ……そして、もしかしたら。

 生まれて初めての、団らん、だったかもしれない。

 

 ニーナはとても楽しそうに話し、女性も笑顔でその話に頷いていた。

 たまに話題が俺のことになるのか。

 ニーナが俺の方を指さし、何事かをしゃべっていた。

 何を言っているのかはさっぱりだが、不思議と悪い気はしなかった。

 

 

―――――

 

 

 食事の後、俺はニーナに手を引かれて、部屋に案内された。

 8畳くらいの広さで、机と椅子、ベッド、本棚がある。

 立派な部屋だ。

 

 ニーナはカンテラから部屋のランプに火を移した。

 それから俺を置き去りにして、どこかへいってしまった。

 

 まさか、ここに泊めてくれるのか?

 いやまさか。

 女性2人の暮らしだ。

 俺みたいな怪しいやつを1つ屋根の下に置くものか。

 

 ニーナはすぐに戻ってきた。

 手には桶とタオル、それに洋服を抱えている。

 それらを床に置き、自分の身体を拭く真似をした後、こちらにタオルを渡してきた。

 

 身体を拭けということか。

 わかったと頷いたら、ニーナは部屋を出て行った。

 

 指示された通り、濡れタオルで身体を拭く。

 爽快感が半端じゃなかった。

 

 一通り身体をキレイにした後。

 ニーナが置いて行った洋服を見ると、男物の洋服だった。

 麻のような素材でできたシャツとパンツ。

 サイズは俺にぴったりだ。

 ……これは着てもいい、ということだろうな。

 ありがたく着させてもらった。

 Tシャツとジャージは、部屋の隅にたたんで置いた。

 

 それから、ニーナは戻ってこなかった。

 

 ……マジでこの部屋を使っていいのか?

 聞きたいが、女性2人の家で探しに行くのもためらわれる。

 しかもニーナを見つけても、伝えられる自信はない。

 

 もういいか。

 今日もなんだかんだあってクタクタだ。

 考えるのも疲れた。

 こんな清潔なベッドを前にして、我慢などできるものか。

 

 俺は欲望のままに、ベッドに横になった。

 

 ……気持ちいい。

 自然と顔がニヤける。

 

 眼を閉じると、昨日にも増した強烈な睡魔が襲ってきた。

 ものの数分もしないうちに、俺は眠りについたのだった。

 


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