異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
約束の時間の少し前に、待ち合わせ場所へと到着した。
身だしなみを整え、クリスを待つ。
「――すまない。待たせたか?」
声がした方を見ると、鎧を脱いだ、普段着のクリスがそこにいた。
髪は下ろし、ほんのり化粧もしている。
白のカーディガンに、紺のロングスカート。
ただでさえ長い脚がブーツによってさらに伸び、歩く姿は以前の世界のモデルのようだ。
この娘を街で見かけても、鎧姿など誰も想像すまい。
「いや、今来たとこだよ」
俺はそう返して、歩き始める。
しかし右手と右足を同時に出してしまった。
なんとか平静を装い、店を目指す。
想定以上にクリスが綺麗で、内心めちゃくちゃ動揺してしまっていた。
店は、アバロンでも上の方にランクインする、高級レストラン。
かなりの値段だったが、命の礼だ。
いくら払っても高いということはあるまい。
10分ほど歩いて、店に到着し。
入ろうとしたら、袖をつままれていた。
「……どうした?」
振り返ると、クリスは顔を真っ赤にして、眉毛をハの字に寄せている。
「おい、ご馳走になるとは言ったが、こんな店とは聞いてないぞ。
もっと安い店だと思っていた。
こんな高級な所は初めてだ。この格好で大丈夫か? 変じゃないか?」
昼間の大立ち回りが嘘のように、初々しい反応を見せるクリス。
そんな彼女を見て。
卑怯にも、俺は落ち着きを取り戻した。
「大丈夫だ。全く変じゃない。似合ってるよ」
「そ、そうか? 本当だな?」
「ああ。インディアン嘘つかない」
「インディアン……?」
クリスの疑問をよそに、レストランへと入る。
店員に案内されたのは、窓際で眺めのいいテーブルだった。
サンドラ村は夜になると真っ暗だったが、アバロンでは道にも街燈が設置され、建物の明かりも多い。
つまり、夜景というものが楽しめるのだ。
クリスは促されるまま、おずおずと席に着いた。
その様子を見て、1つ懸念が生まれる。
「酒は飲めるか?」
こういう店は、飲めないと楽しさが半減するからな。
せっかくの高級レストラン。
できるだけ楽しんでもらいたい。
「……バカにするな。酒くらい嗜む。
少し店の雰囲気に、驚いただけだ」
「よかった。
なら遠慮せず、好きなものを頼んでくれ。
何を飲んでくれてもいいから」
「そ、そうか?
……ま、まぁ、最初はハジメと同じものにしようかな?」
クリスはメニューを眺めながら、どれを頼んでいいのか分からない様子だ。
それを取り繕う彼女を見るのは楽しいが、俺にも知識がある訳ではない。
つまり、実は困った状況だ。
しかし2人揃ってまごついていると、クリスにまで恥をかかせてしまう。
命の恩人だ。
丁重にもてなさねば。
村を出てから手に入れた、俺の酒知識を総動員して乗り切るのだ。
「じゃあとりあえず、食前酒でアルセッタを2つ下さい」
記憶をたどり、以前クレタの街で食前酒として出てきた酒をチョイスした。
柑橘系で飲みやすかったし、コースの食前酒で出てきたのだ。
これなら外すことはあるまい。
しかしアバロンでも、食事とセットで酒を出してくれたらいいのに。
田舎とは文化が違うのだろうか。
いや、クレタの街ではお客がそう多くない。
仕入れる酒の種類を限定せざるを得なかったのだろう。
つまり料理と飲み物がセットだったのは、苦肉の策ということだ。
そう考えると、飲んだことがあるものを頼むのはもったいない気もするな。
次からはウェイターに聞いて頼んでみよう。
初めからそうすれば良かった。
ウェイターはうやうやしく礼をして、メニューを下げていった。
酒を待つ間、少しぎこちない空気が流れた。
クリスはキョロキョロ、ソワソワしてるし、俺も彼女と向かい合うと、緊張してしまう。
「お待たせしました。アルセッタです」
ウェイターが優雅な動作でグラスに酒が注ぐ。
満たされたグラスは、真っ白なテーブルクロスにとても映えていた。
「さて、じゃあ頂くとしようか。
……クリス、今日は本当にありがとう」
「あ、ああ」
グラスを合わせ、酒を飲む。
懐かしい味だ。
柑橘系の甘酸っぱい味。飲みやすい。
クリスも一口飲んで気に入ってくれたようで、すぐに二口目を飲むべくグラスを口に運んでいた。
「……ところで、クリスは何で西の森にいたんだ?
あんなところ、1人で来るところじゃないだろう。
まぁ、おかげで助かったけど」
「ああ。私はいつも、あの辺りで狩りをしているんだ」
「狩り……ってことはやっぱり、冒険者なのか?」
「うーむ、どうだろう。私が冒険者を名乗っていいのかは、分からないな」
クリスは、グラスをくるくると回しながら答えた。
少し頬が赤い。
「どういうことだ?
魔物を狩ってるなら、冒険者じゃないのか?」
「確かに魔物を狩ってはいるが、私は冒険者資格を持っていない。
依頼を受けて魔物を倒している訳ではないんだ。
ただ森に入り、その日見つけた魔物を狩り、ギルドへ売って生活している」
「……それって、何かメリットがあるのか?
金を稼ぐためには、依頼を受けた方が割がいいと思うけど」
俺の質問に、クリスは少し黙り。
酒を一口飲んでから答えた。
「そうだな……。
私は冒険者というもの自体には、あまり興味がないんだ。
私には目的があって、その他のことには時間を費やしたくない。
依頼で稼ごうとすると、最初は低級の任務しか受けられないだろう?
ランクを上げようとすれば、遠くの村に出かけたり、割の悪い仕事をしなければならない。
それに時間を割くのが嫌なんだ」
俺はこれまで自分がかけた時間を思い、納得した。
「なるほど。確かに。すでに魔物を1人で狩れる人間からしたらそうかもな」
「ああ」
「……目的のため、か」
「そうだ」
そのまま少し、沈黙が流れた。
運ばれてきた料理を、無言で食べる。
とりあえず、美味い。
クリスも料理をほおばり、少し目を見開いている。
グラスが空いたので、ウェイターに良さそうなのを見繕ってもらい、注文する。
ワインっぽい酒が2人分、テーブルに乗った。
「なぁ、その目的ってのが何なのか、聞いてもいいか?」
どうしても気になり、聞いてしまった。
俺の質問に、クリスはこちらを見つめ、逡巡している。
「まぁもちろん、無理に聞こうとは思わないけどさ。
ただ、俺に手伝えることがないかと思って」
軽い口調で言うと。
「……いや、これは私の個人的な問題だ。
他人の手を煩わせるようなことではない。
気持ちはありがたいが、大丈夫だ」
クリスは困ったように眉根を寄せ、笑顔を取り繕って言った。
俺は。
その態度が、なんだか無性に腹立たしかった。
「……他人じゃない」
「え?」
「君は、俺にとって、他人なんかじゃないって言ってるんだ。
……命の恩人だぞ?
俺がどれだけ重い借りを背負ってると思ってるんだ。
気にするな、なんて軽く言うけどな。
それを気にせずに生きていけるほど、俺は図太い神経をしてないんだよ。
だからもし食事を奢ること以外に俺にできることがあるのなら、頼むから教えてくれ。
なんだってやるから」
急にまくし立ててしまった。
言ってから、自分の発言に驚いた。
そうか、俺はこの借りを、どうしても返したいと思ってるのか。
お礼に誘った食事の場でこの物言いは、自分でもどうかと思う。
しかし俺は、自分で思っていた以上に、クリスに命を救われた恩を重く捉えていたらしい。
施されたままでは、俺は自分を許せないのだ。
クリスは驚いた顔で俺を見ていた。
俺は目を逸らさずにその瞳を見つめる。
再度、沈黙が流れたあと。
やがて、ゆっくりと彼女は話し始めた。
「……そうか。
助けた方にも、責任は生じるということか。
今までもこんなことはあったが、誰一人そんなことを言う者はいなかったから、それでいいのだと思っていた。
そうか。言われてみれば、そうかもしれないな」
一息ついて、彼女は続けた。
「……分かった。
ではハジメ、頼みがある。
手伝ってほしい」
俺は身を乗り出して尋ねる。
「何を手伝えばいい?」
クリスの眼は、相変わらず澄んでいる。
しかし毅然としたその表情の中に。
俺はその時初めて、影を感じた。
「……私の、復讐をだ」
音楽隊による穏やかなBGMの中で。
クリスは言った。