異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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対キマイラ戦

 雨が上がり、日差しが出てきた。

 

 出かけにクリスが雨の方が有利とか言っていたが、まぁ、誤差の範囲だろう。

 その程度で勝敗が動くとは思えない。

 俺は気分的に、雨よりも晴れの方がいい。

 これだって立派な、有利になる理由だ。

 

 さて、なんだか決戦の空気感を失ってしまったので、いったん休むことにした。

 キマイラの住処は崖のふもとにあり、その崖伝いにある洞窟で俺達は休んでいる。

 もう、クリスのレーダーにはキマイラの気配が引っかかっているそうだ。

 

 いよいよ本番。

 気合を入れていこう……と思うのだが、何だかそれが難しい。

 クリスと目が合うと、彼女は赤面して目を逸らしてしまう。

 話しかけても、目を逸らしたまま返事をする。

 俺が近づくとそそくさと離れていく。

 

 ……いかん。

 こんな状態で戦いを挑んでも、負けは目に見えている。

 負けとは即ち死だ。

 命を懸ける戦の前に、これではダメだ。

 

 もはや一度引くべきかもしれない。

 別に急ぐわけではないのだから。

 

「クリス。

 今日はいったん引いて、別の日にするか?」

 

 その質問に、クリスは驚いたような顔をした。

 その後すぐに苦虫を噛み潰したような表情になり、背を向けた。

 そして、両の手の平で自分の頬をハタいた。

 

 ばちん、と高い音がする。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 クリスは振り返って言った。

 

「すまない。少し取り乱してしまっていた。

 もう大丈夫だ。

 連携の確認をしよう」

 

 毅然とした表情でそう答えるクリスだが、その頬は真っ赤に腫れていた。

 ……ホントに大丈夫か?

 

 

 しかしその後は、普段通りのクリスだった。

 これまで培ってきた連携を発揮するべく、その最終確認を入念に行う。

 その後、休憩し、精神統一。

 張り詰めたような沈黙が、俺達を包む。

 

 いよいよだ。

 負けるわけにはいかない。

 

 俺はしっかり集中できた。

 程よい緊張感が全身を覆っている。

 

 クリスがおもむろに口を開いた。

 

「行こう」

 

 その表情に油断や動揺は一切なく、ただ覚悟だけが映っていた。

 

 

 ―――――

 

 

 キマイラの居場所に向かって、一歩ずつ歩く。

 俺達の周りには木々が茂っているが、キマイラはそれらがなくなる、開けた場所にいるという。

 まだやつの姿は見えない。

 クリスは既に気配を感じており、やつが動いたら知らせてくれることになっている。

 

 可能であれば、やつが気付く前に魔術を撃ち込みたい。

 そして気付かれてからも、接触する前に2、3発魔術を放つ。

 できれば当たるといいが。

 使うのは、遠距離ではエアスラッシュ。

 近づいてきたらファイアだ。

 全て最大出力で行う。

 素材など、燃え尽きても構わない。

 

 クリスは例え俺が初手で倒してしまっても、文句はないと言っていた。

 本音では、自分でとどめを刺したいのだと思う。

 しかしそんなことを気にする余裕はない。

 死ぬのは、こちらかもしれないのだ。

 

 ピタリと、前を歩くクリスが止まる。

 木の影に隠れ、俺にも従うようにジェスチャー。

 同じ木の影に隠れた。

 クリスが指をさす。

 その方向を見ると。

 

 ……いた。

 あれがキマイラか。

 

 ギルドの情報通りの外見。

 ライオンとヤギの双頭で、翼がある。

 尻尾は見えないが、おそらく蛇なのだろう。

 

 こちらには気づいていない様子だ。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 クリスの息が荒い。さした指も震えている。

 無理もない。

 彼女は6年という歳月を、やつを殺すために費やしたのだから。

 

「やるぞ。いいか?」

 

 小声で尋ねる。

 

「ああ。頼む」

 

 クリスが答えた。

 

 さぁ、始まりだ。

 

 

「エアスラッシュ!」

 

 特大規模の、風の刃がキマイラに向かう。

 詠唱した瞬間、こちらに気づいた。

 跳躍され、余裕をもって避けられる。

 エアスラッシュは後ろの崖に当たり、崖崩れを起こした。

 着地したやつは、走ってこちらへと向かってきている。

 

 クリスは隠れていた木から飛び出して、広い場所へと向かう。

 俺も後を追う。

 走りながら、魔術を唱えた。

 

「エアスラッシュ!」

 

 しかし当たらない。

 余裕を持って躱されてしまう。

 やはりこの距離では厳しいか。

 

 開けた場所に出た。

 2メートル前にクリス。

 キマイラまでは、あと20メートルほど。

 こちらへ走ってくる。

 

「クリス!俺を先に!」

「わかった!」

 

 手筈通りの行動をとる。

 クリスが下がり、目の前には迫りくるキマイラ。

 めちゃくちゃ恐ろしい。

 あの牙が刺されば、鎧など一撃で貫通するのだろう。

 ……だが、ここで引くわけにはいかない。

 

 目前にキマイラが迫る。

 今だ!

 

「ファイアウォール!」

 

 目の前に出現する巨大な炎の壁が、俺の視界を塞ぐ。

 やつがあのまま進んだなら、黒コゲのはず。

 しかし。

 

「ハジメ! 危ない!」

 

 間一髪、空から降ってきたキマイラの爪を、クリスが弾く。

 やつは跳躍し、空を飛んで炎を避けていた。

 わずかに焦げた所も見えるが、活動に支障はなさそうだ。

 ……くそっ。

 

 キマイラが、今度はクリスに襲いかかる。

 しかしクリスは熟達した動きで、やつの攻撃を捌いた。

 きっと何百回、何千回とイメージしたのだろう。

 ライオンの牙、爪、ヤギの角、蛇の毒。

 その連携のいずれも、クリスに傷を負わせることはできない。

 

 彼女の6年間の努力が、この瞬間、この動きを実現したのだ。

 圧倒的なキマイラの手数を、全て紙一重で躱していく。

 まるで舞のような、洗練された動き。

 その動作の1つ1つが、彼女のこれまでの人生を物語っていた。

 どうか、報わせてやりたい。

 

 俺は出来る限り近づき、クリスの一挙一動に集中する。

 経験は十分に積んだ。

 できるはずだ。

 この混戦でも、やつだけを狙うこと。

 

 目で追うのがやっとの、クリスとキマイラの立ち合い。

 爪での攻撃を避け、蛇の噛みつきを盾でいなし。

 剣を振るうことでライオンの牙の軌道を変える。

 そんな目まぐるしい、一連の動作の中。

 

 クリスが、両膝を曲げた。

 それはこのひと月、何度も見た動作。

 ならばこの次の行動は決まっている――バックステップ。

 

「エアスラッシュ!」

 

 クリスの後退と、俺の詠唱は同時だった。

 一瞬前にクリスがいた空間を、風の刃が通り抜ける。

 それは攻撃のために突っ込んでいたヤギの首と、右の翼を切り落とした。

 

 ――よし!

 

「ガグァァァァァァッ!!」

 

 キマイラが叫び、クリスを無視して俺の方に走ってきた。

 

 ――まずい。

 詠唱を。

 

「ファ」

 

 そこまでで止まってしまう。

 それより先に、牙が到達してしまった。

 またこれかよ。

 

「ぐおあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 その牙は、俺の両腕を噛み砕いた。

 バキリボキリと嫌な音がする。

 そして腕だけでは飽き足らず、すぐさま俺の首を狙ってきた。

 やばい。

 

 その時。

 

「っあああぁぁぁぁっ!!」

 

 クリスが大上段から剣を振り下ろす。

 その一撃で、ライオンの首を斬り飛ばした。

 

 ブシュッと血液が飛び、俺の顔にかかる。

 断面から血がドクドクと流れ出し。

 ライオンの首が転がり、胴体が崩れ落ちた。

 

「エアスラッシュ!」

 

 即座に、尻尾の蛇の首も飛ばす。

 

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 その場に、クリスの荒い息づかいだけが響いた。

 これまでの激しい攻防が嘘のように、景色が静止している。

 ドボドボと流れるキマイラの血液だけが、時の流れを示していた。

 

「終わった……」

 

 クリスが呟いた。

 

 ついに、彼女の6年間に、終止符が打たれた。

 紛うことなき、完全勝利だ。

 

「ハジメ! 大丈夫!?」

 

 我に帰ったクリスが、慌てて駆け寄ってくる。

 

「……ああ。こないだよりはマシだよ」

 

 両腕があらぬ方向に曲がり、所々から骨がとび出している。

 鎧の腕部分は砕け、服の袖は血で真っ赤だ。

 気絶しそうなくらい痛いけど、しかし死ぬほどではない。

 

 意識を集中する。

 

「ヒール」

 

 暖かい光が両腕を包み、腕は元通りになった。

 握ったり離したりして、動きを確かめる。

 問題ない。

 

「……ふぅ。やったな」

 

 そう言ってクリスを見ると、また泣いていた。

 結構、泣き虫なんだよな。

 

 目が合うと、俺の胸に顔をうずめてきた。

 さらに背中に手が回される。

 しかし鎧のせいで感触は何も伝わってこない。

 道中も思ったが、やはり鎧なんか着るべきではなかったか……。

 ……いや、クリスも着てるから意味ないか。

 

「ありがとう。ハジメ。

 ありがとぉっ……うっ、うぇっ、ううぅ」

 

 おずおずと、手を頭に乗せる。

 

「よくやったよ、クリス。お疲れ様」

「うっ、うぅ……。

 お父さん、お母さん。

 倒したよ。

 私、あいつを。

 倒したよ。

 うっく、うっ、うわぁぁぁんっ」

 

 感極まったのか、クリスは声を上げて泣き始めた。

 それから10分程。

 クリスはずっと、泣き続けた。

 

 

 ―――――

 

 

 しばらくして。

 

 目を真っ赤に腫らしたクリスは、我に帰ったのか、恥ずかしそうに俺から離れた。

 

 ……さて。

 

「こいつをどうしたものかね」

 

 目の前には、キマイラの死体。

 ライオン、ヤギ、ヘビの首が転がり、首なしの胴体が横たわっている。

 

「……ハジメ。お願いがあるんだが」

「何だ?」

「このキマイラ、全て焼いてはくれないか?」

 

 クリスは言った。

 え、もったいないな。

 毛皮とか、売れば金になりそうだが。

 

「どうしてだ?」

「すまない、私のわがままなんだが。

 ここでこいつから素材を回収してしまったら、今日やったことの意味が薄れてしまう気がして。

 ……だめか?」

 

 そうか。

 確かにこいつを使って金儲けをしたら、クリスの6年間の意味が変わってしまうかもしれない。

 こいつを倒したのは、両親の仇討ち、そして、過去の弱い自分を乗り越えるためだ。

 それ以外の不純物は、ない方がいい。

 

「いや、いいさ。

 クリスの戦いだ。

 決定権はクリスにある。

 焼いてしまおう」

 

 俺はファイアを唱え、キマイラの死体を焼いた。

 メラメラと炎があがり、キマイラの死体を骨と炭に変えていく。

 その燃えゆく様を、クリスはただじっと見ていた。

 

 

 

 やがて、火は燃え尽きた。

 

「さてと」

 

 クリスの方を見る。

 

「帰ろうか」

 

 彼女は赤い目を細めて、にっこりと笑って答えた。

 

「ああ。帰ろう!」

 

 

 

 俺達はアバロンを目指し、帰路についた。

 


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