異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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祝勝会

<ハジメ視点>

 

 朝だ。

 清々しい朝。

 

 昨日キマイラを倒してアバロンに戻った後。

 祝勝会をしようとクリスに持ちかけたが、断られてしまった。

 

 少しひとりで考え事をしたい、とのことだ。

 

 フラれた俺はやることがなく。

 家でひとり酒を飲んでいたら眠くなってきて、何の変哲もないままに就寝したのだった。

 

 

 しかし、祝勝会がなくなったわけではない。

 クリスは言った。

 

「今日は遠慮する。また明日」と。

 

 昨日の明日。

 つまり今日である。

 今日はクリスとふたりで、とことん飲もう。

 

 キマイラを倒した時の、クリスの泣き顔は印象的だった。

 苦しみから解き放たれたような、新しい人生の産声のような、そんな涙だった。

 見ていて俺ももらい泣きしそうになったほどだ。

 

 クリスの新しい人生の門出だ。

 盛大に祝ってやろう。

 

 

 ……しかし、それまでは暇だ。

 何もすることがない。

 しょうがないから俺もクリスにならって、今後のことでも考えてみるか。

 

 とはいえ、当面の目標はこの街に来た時から変わっていない。

 魔術協会の図書館で、転移魔術について調べることだ。

 

 そのためにお金が必要だったから、現在冒険者をして金を稼いでいる。

 そしてクリスとパーティーを組んでから、収入が5倍くらいになった。

 ソロの時は1回のクエストに2日以上かかることもザラだったのに、クリスのおかげでそれがなくなったからだ。

 どのクエストも1日で終わる。

 報酬は折半しているにも関わらず、このペースでいけば目標額まで1ヶ月もかからないだろう。

 まったく、クリスさまさまだ。 

 

 ただ、重大な問題がある。

 クリスがパーティーを続けてくれるとは、考えにくいということだ。

 彼女は自由になったのだ。

 やりたいこともいろいろあるだろう。

 

 ……一応、ダメ元で頼んでみるか?

 そんな誘惑に駆られるが、やめておこう。

 

 もし俺に恩を感じたりしていたら、生真面目なクリスのことだ、俺の頼みを無下にはできまい。

 俺のために彼女を縛るのは、本意ではない。

 せっかく、彼女が勝ち取った自由なのだ。

 クリスには好きに生きていってほしい。

 

 とすると、D級を1人でこなすか、どこかのパーティーに入れてもらってC級でやっていくか。

 そのどちらかを、選ばなければなるまい。

 

 ……どこかのパーティーに入れてもらおうかな。

 クリスと活動してから、やっぱり話し相手がいるって大事だと思った。

 1人というのは、寂しいものだ。

 他人と一緒もストレスにはなるが、ひとりぼっちの方が辛い。

 

 ――よし。

 その方針でいこう。

 

 そして金が貯まったら、魔術学校に入学して、中級魔術の勉強をする。

 それができればC級魔術師になれ、図書館に入れる。

 そうすれば、転移の謎が解けるかもしれない。

 先は長いが、気長にやっていこう。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 夜。

 

 アバロンの中心街にある、なじみのバー。

 俺は待ちきれず、予定のかなり前から入ってしまっていた。

 ちびちびと酒を啜っているが、もう2杯目だ。

 少し酔っぱらっている。

 

 グラスを眺めていると、扉が開く音がした。

 

「すまない。待たせたか?」

 

 見ると、クリスがいた。

 以前食事をしたときと、同じような格好だ。

 

「いや、今きたところだよ」

 

 条件反射でそう答えると、向かいにクリスが座った。

 今日はテーブル席だ。

 

「何にする?」

「そうだな……以前飲んだ、アバロンをもらおうか」

 

 マスターに頼むと、すぐに出てきた。

 コトリとグラスが置かれる。

 

「それでは、キマイラ討伐成功を祝して……乾杯!」

「乾杯」

 

 グラスを合わせると、小気味良い音が響いた。

 俺は手に持ったグラスを、ゴクゴクと一気に飲み干す。

 ああ、最高だ。

 

「マスター、俺にもアバロンを」

 

 空になったグラスを掲げながら頼むと、マスターは無言で頷いた。

 

 その後しばらく、あの戦いについて、ふたりで語り合った。

 

 

 ―――――

 

 

「……ハジメの風魔術のタイミング、完璧だったな」

「だろ? 何度も見たからな。

 クリスの足さばきだけで確信したよ」

「ああ、完璧な連携だった。

 おかげで首の片方を落ちて、勝機が見えた」

「クリスの最後の一太刀も、すごかったよ。

 なんていうか、鬼気迫る感じだった。積年の恨みってやつか」

「やめてくれ。

 ハジメの方に向かわせてしまった時点で、失敗だ。

 私の剣が少し遅れれば、ハジメは死んでしまっていた。

 申し訳なく思っている」

「何言ってんだよ。俺が予定より近づきすぎたんだ。

 あの距離で防ぐなんて、誰にもできないやしないよ」

「そう言ってくれると、助かるが……」

「それにまぁ、結果的にはあれでよかったんじゃないか?

 俺は全然、不満はないぞ。

 クリスの泣き顔も見れたし」

「や、やめてくれ。あの時のことは、忘れてくれ」

「うっ、うぅ……。

 お父さん、お母さん。

 倒したよ。

 私、あいつを。

 倒したよ。

 うっく、うっ、うわぁぁぁんっ」

「わっ! やめろっ! 馬鹿っ!」

 

 耳まで真っ赤にしているクリスを見るのが楽しくて、つい調子に乗ってしまう。

 

 しかし、馬鹿、か。

 品行方正なクリスから、そんなことを言われるとは。

 クリスはキマイラを倒してから、ちょっと変わった気がする。

 少しずつ、素の部分を見せてくれるようになったのかもしれない。

 

「なんだハジメ。ニヤニヤして」

「ん?

 クリスはかわいいなぁと思って」

「か、かわ、かわ……?

 コラッ!

 からかうのはやめろっ!」

 

 耳どころか顔全体を真っ赤にして、茹でダコと化すクリス。

 クリスは思春期の全てを鍛錬にささげて生きてきた。

 そのせいで、どうやら人にからかわれるということに慣れていないらしい。

 まぁ俺も大概だが、俺はユリヤンとの旅で少し鍛えられたのだ。

 クリスを相手になら、目を合わさなければからかうくらいの余裕がある。

 目を合わせたら、美人すぎていまだに緊張するが。

 

 酒を飲んで、一息ついた後。

 気になっていたことを質問した。

 

「それで、クリス。

 これからどうするんだ?

 キマイラ退治は終わったことだし、これから何か、やりたいこととかあるのか?」

「そ、そうだな……」

 

 俺の質問に、クリスは何故かもじもじとし始めた。

 上目遣いで、意味ありげな視線を送ってくる。

 上気した肌とあいまって、なんだか非常に色っぽい。

 

「あの、もしハジメがよかったらなんだが……」

 

 ……あれ、なんだろう、この感じ。

 これ告白される前のやつじゃない?

 一緒にキマイラを倒したことで、好感度稼いじゃった?

 クリスが俺と付き合いたいと言うなら、俺は全く全然これっぽっちもやぶさかではない。

 

 ――いや。待て。

 俺はクリスのことを好きだろうか。

 もちろん好きか嫌いかで言ったら好きに決まってる。

 しかし、愛してるといえるか?

 中途半端な気持ちで応えても、クリスを傷つけるだけだろう。

 ダメだ。

 ちょっと待ってクリス。

 その先は言わないで。

 もうちょっとだけ考えさせて!

 

「私とのパーティーを、継続してくれないか?」

 

 

 ……まぁ、そんなこったろうと思いました。

 

「ど、どうかしたか?

 すごく悲しそうな顔をしているぞ?

 やっぱり嫌だったか?」

 

 嫌じゃないよ。

 というかめちゃくちゃありがたい提案だ。

 ただ、現実に戻ってくるのに時間がかかってるだけなんだ。

 ふぅー、よし。

 

「……いいのか?

 そりゃ、俺にとっては願ったり叶ったりの提案だけど。

 他にやりたいことだって色々あるんじゃないか?

 俺と冒険者なんかしてたら、もったいなくないか?」

 

 平静を装って、クリスに尋ねる。

 

「いや、いいんだ。

 なんだかな、ハジメと一緒にいるのが、心地いいんだ。

 こんな気持ちは初めてでな。

 考えてみれば、私は12の時から、友人というものがいなかった。

 だからハジメは私の、初めての友人だ。

 もう少し、このまま続けさせてくれないか」

 

 告白と勘違いさせといての、お友達発言とは。

 ひどいやつめ。

 

「知ってるか?

 友情っていうのは、双方がそう思って初めて成立するんだぞ」

「えっ、それってつまり……。

 ハ、ハジメは私のこと、嫌いなのか?」

 

 クリスはとても動揺して、キョドり始めた。

 わずかに涙まで浮かべている。

 なんとも切ない。

 クリス、本当に友達いないんだな……。

 

「ごめん、冗談だよ。

 俺としてもありがたい提案だ。

 喜んで、受けさせてもらう」

 

 クリスはあからさまにホッとした表情を浮かべた。

 ぼっちの唯一の友人として、庇護欲がくすぐられるな。

 俺もぼっちだから、上から目線でいるにはハートの強さが必要だが。

 

「ただ、俺の目的は魔術を調べることなんだ。

 だから、必要な金が貯まったら、狩りの頻度がかなり下がるかもしれない。

 ……それでもいいか?」

「ああ、構わない。宜しく頼む」

 

 クリスは嬉しそうに微笑んで言った。

 こうして、これからもクリスとC級冒険者を続けることが決まった。

 

 そしてその後も、宴会は続いた。

 クリスとの会話は心地よく、些細な話で盛り上がった。

 話題は尽きなかったが、しかし楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、閉店とともにお開きとした。

 


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