異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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エミリーとの出会い

 魔術学院に入学してから、10日ほどが経過した。

 

 頑張って登校して、授業とは全く違うページを読み進めた。

 たまに授業をチラッと聞いても、言ってることは意味不明だ。

 

 しかし教科書を読んだ分は、なんとか頭に入っている。

 少しずつ、前に進んでる感じはする。

 

 家で勉強すると寝っ転がりたくなる衝動に駆られるので、勉強は図書室でやることにした。

 

 編入試験の前に勉強していた図書室だ。

 学校と同じく規模が大きい。

 200人くらいは座れるスペースがある。

 

 入学前に調べたが、転移魔術についての本は置いていなかった。

 

 よし。

 ファイト一発。

 

 頭に鉢巻きを巻く勢いで、今日も勉強に取り組む。

 

 

 ―――――

 

 

 ……ふぅ。

 結構がんばった。

 ちょっと休憩。

 

 しかし、100ページを過ぎたあたりから、やたらと複雑になってきた。

 進みも遅くなるし、よく分からないまま進んでしまっている所もある。

 こんなんで授業に追いつけるのだろうか。

 

 ……考えてると気が滅入ってきた。

 こんな時は、散歩でもしよう。

 

 

 

 校内の人気のない所を歩いてみる。

 なんとなく、騒がしくない場所を歩きたくて、校舎の裏を歩くことにした。

 校舎裏は人の気配はないが、歩いていて楽しいわけでもなかった。

 校舎の壁が、延々と続くだけだ。

 

 ぼんやり歩いていると、校舎の影から声が聞こえた。

 

「……よし。まぁ、ここなら誰も来ないでしょ」

 

 若い女の声だ。

 ん? 何をする気だ?

 

「アイシクルエッジ!」

「うぉわっ!!」

 

 突然、無数の氷柱が足元から生えてきた。

 先端はめちゃくちゃ尖っている。

 刺さったら、体に穴が1つ増えていたろう。

 

「ちょっ、何すんだよ!」

 

 声のした方に叫んだ。

 

「あら、人がいたの」

 

 声の主は、15歳くらいの女の子だった。

 白銀の髪を、頭の両側で縛っている。

 ツインテールというやつだ。

 整った顔立ちだが、つり目でワガママそうな印象を受ける。

 

「人がいたの、じゃねーよ。

 まず謝らんかい!」

「どうしてこの私が、あなたに謝らないといけないのよ」

 

 少女はふんぞり返って、そんなことを言ってくる。

 

 ……この女。

 人の身体に風穴開けようとしといて、全く反省がない。

 

「ふざけんな! 当たったら死ぬかもしれなかっただろうが!」

「うるさいわね。

 ちゃんと当たらないように調整したわよ」

「え、そうなの?」

「嘘だけど」

「嘘かよ!」

 

 落ち着け俺。

 相手は年下の女の子だ。

 クールにいこう。クールに。

 

「なぁ、危ない目にあってその原因を起こした人がそんな悪びれない態度だと、こっちも引けなくなっちゃうだろ?

 ここは一つ、大人になって、謝っちゃくれないか?」

 

 少女は少し、考える様子を見せた。

 そしてこちらをまっすぐ見つめ、腰に手を当て、堂々と言い放った。

 

「嫌よ!」

「…………」

 

 勉強のストレスも相まって。

 俺の中の殺意の波動が目を覚ましそうな気配がする。

 女を本気で殴りたいと思ったのは生まれて初めてだ。

 

 震える拳を握りしめたその時。

 少女が言った。

 

「あら、あなたどこかで見た顔だと思ったら、この間編入してきた生徒じゃない」

 

 ああん?

 何故それを。

 

「私も同じクラスよ。

 エミリー=フォン=グレンデル。

 しょうがないから、気軽にエミリーと呼んでいいわ」

 

 確かに、俺もなんとなく見た覚えがあるかも。

 ……じゃなくって。

 

「自己紹介の前に、やることがあるだろう。

 話はそれからだ」

「ここで裸になれと言うの?

 確かにここには人は滅多にやってこないものね。

 なんて下劣で低劣で、卑劣な人間なの。

 ……嫌よ! そんな辱めを受けるくらいなら、死んだ方がマシだわ!」

「そんなこと一言も言っとりゃせんわ!」

 

 だんだん怒りが疲労に変わってきた。

 もう諦めちゃおうかな……。

 

「……ああ、もういいよ。分かった。じゃあな」

 

 俺は立ち去ることにした。

 

「えっ?

 ……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!

 分かったわよ! 謝ればいいんでしょ!」

 

 あれ?

 どうしたんだ?

 なんか急に態度を翻したな。

 

 立ち止まって振り返ると。

 エミリーと名乗った少女は、俯きながらスカートの端を両手で握っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 そのまま5分が経過した。

 

「…………」

「はよ謝らんかい!」

「やっぱり嫌!」

「なんでやねん!」

 

 もはや、自分の感情が分からなくなってきた。

 

「……分かったわ。

 あなたがそれほど偏屈で狭量な人間だというのなら、妥協点を探しましょう」

「流れるように毒吐くのやめてもらっていいかな?」

 

 エミリーは俺の言葉を無視して話を進める。

 

「あなた、授業についてこれてないでしょう?」

「何故それを!?」

 

 俺は意表を突かれて焦った。

 馬鹿な。何故そんなことが分かる。

 授業には普通に出て、まじめに教科書読んでるのに。

 ページは違うけど。

 

 エミリーは答える。

 

「……なんとなくよ!」

 

 なんとなくだった。

 そんなに頭が悪そうな顔をしていたのか俺は。

 

「そこで慈悲深い私は、あなたに勉強を教えてあげようと思うの」

「何っ!?」

 

 それは割とメリットがある提案だ。

 今しがた穴を開けられそうになったこの魔術は、教科書にも載っている、紛うことなき中級魔術。

 つまり彼女は、性格はアレだが3年生にして中級魔術を使いこなす才女ということになる。

 性格はアレだが。

 

「あなたみたいな無能なネズミが、この私に教えを乞うことができるなんて、人生の運を全て使い果たしてもまだ足りない果報というものよ?」

 

 いや無能なネズミって。

 

「私にかかれば、あなたのスライムのような頭の中を、短期間で有意義なものと入れ替えることができるわ」

 

 ねぇそれ、もとの中身どこにやったの?

 

「――どう?

 願ってもない提案でしょう?」

 

 俺はツッコミを言葉にすることもできず、呆然と話を聞いていた。

 エミリーは低い背丈で上から目線を保つために、首を背屈して無理やり見下ろしながら様子を窺っている。

 

 ふーむ。

 とにかくエミリーは、何がなんでも謝りたくないらしい。

 かわりに俺に、勉強を教えるという。

 そっちの方が100倍面倒くさいと思うんだが……。

 

 正直、感情を抜きにすればとてもありがたい提案だ。

 ただ、この娘に教えてもらうのがシャクだという感情は、理性を覆い尽くしそうなほどに大きい。

 どうしようかな……。

 

 俺が黙っていると、エミリーはきまり悪そうにソワソワし始めた。

 送ってくる視線も、少し不安げな気がしないでもない。

 

 そういえばさっき、俺が諦めて帰ろうとしたら、慌てて引き止められたな。

 慌てたのは演技とは思えなかった。

 もしかしたら彼女の中にも、少しは罪悪感があるのかもしれない。

 案外、悪いと思ってはいるのだろうか。

 でも謝ることは性格上できなくて、見つけた埋め合わせの方法が、俺に勉強を教えること。

 

 うーむ。

 そうだとしたら、まぁそれを受け入れてやるのはやぶさかではない。

 実際俺は教えてくれる人をとても欲している状態だ。

 感情が許せる理由を探せたのだから、断る理由はないか……。

 

「……わかった。じゃあエミリー、勉強を教えてくれ」

 

 そう言った瞬間、エミリーの顔に笑顔が咲いた。

 あれ?

 そんなに嬉しいの?

 

 しかしすぐに表情を戻し、上から目線を作って言った。

 

「仕方ないわね!

 そんなに言うなら、しょうがないから教えてあげるわ」

 

 ……なんか、面倒臭いやつと関わってしまった。

 

 こうして、俺はエミリーに勉強を教えてもらうことになった。


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