異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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図書館探索

 ……さて。

 ついに、この日がやってきた。

 

 ここは魔術協会本部。

 転移魔術について調べるため、図書館に足を踏み入れる。

 ここに来るのは、随分と久しぶりだ。

 

 本当なら昨日の予定だったが、そのことについて思い出すと死にたくなるので気にしないことにする。

 旅の恥はかき捨て。

 過去は振り返らずに生きていこう。

 

 

 まずは、ランクアップから。

 D級に上がるのは、その場で初級魔術を見せたらオーケーだった。

 さらにC級に上がりたいと告げると。

 経歴を確かめられた後、外に連れ出された。

 ついていくと、広い庭のような場所に出て、中級魔術を見せろと言う。

 規模を抑えたフレイムピラーを見せ、無事合格。

 

 お金を払い、俺は晴れてC級魔術師となった。

 

「では、こちらが証書とバッジです。

 図書館へは、入り口でいずれかを見せれば入れますので」

 

 受付嬢が言った。

 それらを受け取り、早速階段を上がって図書館へ向かう。

 入り口には警備が立っており、言われた通りに証書を見せると入館を許可された。

 

 目の前に、大きな扉がある。

 図書館の扉だ。

 ついにここまできた。

 

 俺は扉に両手を当て、ゆっくりと開いた。

 

 

 

 中は特に変哲のない、小さめの図書館といった風情だった。

 魔術師っぽい人が数人、本を読んでいる。

 

 適当に、中を歩いてみる。

 いくつかの項目ごとに、本は整理されていた。

 

 ・初級魔術

 ・中級魔術

 ・上級魔術

 ・火魔術

 ・水魔術

 ・風魔術

 ・土魔術

 ・治癒魔術

 ・結界魔術

 ・薬草学

 ・数学

 ・魔術の歴史

 ・アルバーナの魔術

 ・協会誌

 

 当然ながら、転移魔術、なんて棚はない。

 

 司書さんがいたので、まずは聞いてみることにする。

 

「すみません、転移魔術についての本、とかってありますか?」

 

 司書さんは少し困った顔になった。

 

「転移魔術……ですか。

 すみません、本として纏められたものは、おそらく存在しないと思います。

 しかし、関連する論文は、協会誌にいくつか掲載されているはずです。

 お調べになるなら、そちらをお探しいただくのがよろしいかと」

 

 やっぱり本はないのか。

 まぁ、予想していたことだ。

 協会誌を片っ端から読んで、その論文とやらを探そう。

 

 協会誌の棚の前に行く。

 

 長い本棚の端から端まで、協会誌が並べられていた。

 全部に目を通すのは、さすがに骨が折れそうだ。

 とはいえ、やるしかない。

 ようやくここまできたのだ。

 どれだけ時間がかかろうと、やってみせよう。

 

 

 ―――――

 

 

 協会誌とは、魔術における最新の研究論文を、2ヶ月毎にまとめたものらしい。

 つまり1年に5冊(1年は10ヶ月)出版されることになる。

 そしてここには、1000冊を優に超える会誌がある。

 まさしく、協会の歴史そのものといった風情だ。

 

 1日かけて、過去10年分の会誌を洗ってみた。

 その結果、関連がありそうなものは3つ。

 

「物体移動魔術仮説における、種々の変数の再定義について」

 

 これが一番新しい、転移魔術と関連しそうな論文だ。

 恐らくエミリーが言ってたのはこの論文だろう。

 

 ヒトを移動する場合は転移魔術、物を移動する場合は物体移動魔術と呼ばれているようだ。

 いずれもまだ実現してないため、仮説としてしか存在しない。

 その証明のために研究者達が長年腐心しているが、成果は思わしくないようだ。

 

 この論文も、研究が前進した感じが一切しないものだった。

 他の2つも同様だ。

 

 

 最近の10年分の論文を調べてこれだけということは、この10年で研究はほとんど進歩していないということになる。

 そして新しい論文とは、その分野における、それまでの研究成果を踏まえた上で出されているものだ。

 すなわち最新の論文で実現不可能なら、過去のものを見ても不可能なのは明白である。

 

 --つまるところ。

 現状、転移魔術は仮説の域を出ず、進歩もほとんどない。

 それが結論らしい。

 

 ……まぁ、分かってはいたことだ。

 少なくとも、一足飛びに俺に起こったことが分かるようなものは、ここにはない。

 

 しかし。

 ようやくここまできたのだ。

 諦めるには、まだ早いはずだ。

 

 協会誌はまだ山ほどある。

 その中に、わずかでも手がかりがあるかもしれない。

 

 時間をかけて、全ての協会誌を調べてみることにしよう。

 

 そう決意して、図書館を出た。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 それから10日間かけて、全ての協会誌に目を通した。

 

 結論から言うと。

 手がかりは、得られなかった。

 

 物体移動魔術についての論文はちらほら出てくるものの。

 やはりどれも同じような感じで、ただ仮説をこねくり回しているだけのものばかりだった。

 それならばと、その仮説を自分で読んでみたりもしたが、俺の頭では全く理解できなかった。

 

 可能性は低いと分かってはいたものの。

 時間をかけた挙句にいざ現実を突きつけられると、結構ショックだ。

 

 絶望感が出てきた。

 どうしたらいいだろう。

 目標を失ってしまった。

 

 最後の協会誌に目を通した翌日。

 俺は丸一日、家でぼんやりと過ごした。

 

 空っぽになった頭で思いついたのは、仮説を複写して、エミリーに見せてみるというものだ。

 長年かけて研究者達が証明できなかったものが、ひとりの学生にできるわけもないだろうが、彼女なら何か、有用なヒントを与えてくれないだろうか。

 

 藁にすがるような気持ちだが。

 すがれるものにはすがってみよう。

 俺は一日かけて、仮説を複写する作業を行った。

 

 

 

 翌日。

 魔術学院に行くと、いつものようにエミリーは授業を受けていた。

 顔を見るのが久しぶりで、なんだか嬉しくなる。

 じっと見ていると目が合った。

 ウィンクしてみた。

 顔を背けられてしまった。

 

 

 放課後に図書室に行くと、案の定、彼女はいた。

 

「……よぉ、久しぶりだな」

 

 エミリーの隣に座る。

 

「そうね。

 それで? 探し物は見つかったのかしら?」

「それが……全然ダメだった。手がかりゼロだ」

「そう。まぁ、しょうがないわよ。

 もともとが荒唐無稽な話だもの」

 

 エミリーはチラリとこちらを見た。

 なんだか気遣わしげだ。

 最近、エミリーの態度が少し柔らかい気がするな。

 

「それで、ちょっと見てほしいものがあるんだけど」

「あなたの局部なんて、私は見たくないわ」

「そんなもん見せようとしとらんわ!」

 

 前言撤回。

 やっぱりエミリーは平常運転だ。

 

「物体移動魔術の仮説を複写してきたんだ。

 お前なら、何か分からないかと思って」

「……えっ? それって相当昔に書かれたものよね?

 協会の図書館にはそんなものが置いてあるの」

 

 エミリーが少し、興奮した口調になった。

 興味がありそうだ。

 

「これなんだけど、見てくれるか?」

 

 俺は鞄から、論文の複写を取り出した。

 

「字が汚いわね」

「悪かったな」

「冗談よ。読み終わるまで、ちょっと待ってなさい」

 

 なんだか、エミリーは上機嫌になった。

 

 そして待つこと30分ほど。

 

 

「ハジメ」

「あいよ」

「残念ながら、力にはなれそうにないわ」

「……そうか」

 

 まぁ、当たり前だ。

 学生がパッと仮説を読んだだけで魔術を実現させてしまったら、研究者の立つ瀬がないだろう。

 エミリーは天才だと思うが、さすがに不可能だ。

 

「何か、分かったこととかはあるか?」

「……そうね。

 この仮説は面白いわ。

 私も著者の言う通り、物体移動魔術は可能だと思う。

 その延長にある、転移魔術も。

 ただ、その実現にはまだ足りないものが数多くあるし、それらを見つけるのには、とても大きな労力がかかるでしょうね。

 まぁ結局のところ、結論は変わらないわ。

 転移魔術の実現は、あと100年は難しいでしょうね」

 

 そうか。

 まぁ、そんなとこだろう。

 ……でも、いつかは実現可能なものなのか。

 だとしたら、とても魔術の研究が進んだどこかの誰かが、俺を転移させた可能性がないわけではない……のだろうか。

 

「……ちなみにさ、アルバーナよりも研究が盛んな国では、すでに転移魔術が実現してる可能性って、ないのかな」

「ない……とは言えないけど。

 でもアルバーナよりも研究が進んでいる国なんて、なかなかないわよ。

 ここは世界でも有数の大国なんだから。

 それに魔術協会は大半の国に設置されてるし、情報の共有もされているから、公になっていないのは間違いないわ。

 あるとしたら、国家レベルで秘密裏に研究されていた場合くらいでしょうね」

 

 アルバーナ貴族としてのプライドがあるのか、少し饒舌に話すエミリー。

 

 そうか。

 だとしたら、闇雲に他の国をあたっても、しょうがないか。

 

「……わかった。もう少し考えてみるよ」

「そう。まぁせいぜい、がんばりなさい」

 

 エミリーは本に目を移しながら、そう言った。

 

 俺に対する彼女は、いつもこんな感じだ。

 励ましの言葉なんて、聞いたことがない。

 セリフはいつも、せいぜい頑張りなさい、だ。

 ともすれば冷やかしにすら聞こえるその言葉。

 しかし、不思議と。

 俺に気力を与えてくれる。

 

 何故だか分からないが。

 彼女のその言葉には、彼女が素直に表せない多くの気持ちが乗っているような、そんな気がするのだ。

 そう思うようになったのは最近のことだし、もしかしたら気のせいかもしれないが。

 しかし今日もその言葉のおかげで、落胆していた気持ちがひっぱり上げられた。

 

「ああ、がんばるよ。ありがとう」

「…………」

 

 俺がそう言うと、エミリーは顔を上げ、神妙な表情で見つめてきた。

 

「どうした?

 俺の顔、何かついてるか?」

 

 手で顔を触るが、何もない。

 

「……なんでもないわ。またね」

「ああ、またな」

 

 俺は図書室を後にして、次の手を考えることにした。


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